とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第十七話
「ごめんねぇー、晶ちゃん、レンちゃん。こんなに夜遅く迎えに来てもらって」
「ううん、気にせんでいいよ。なのちゃんを一人夜道を歩かせる訳にはいかへんから」
可愛らしい模様のある鞄を持っているなのはに、レンが優しく手を繋ぐ。
レンの言葉に賛同するように、隣の晶も頷いた。
「最近は特に物騒だから、なのはちゃんも気をつけたほうがいいよ。
それになのはちゃんに何かあったら師匠がどういう反応をするか考えただけで・・・・」
少しおどける様に身を震わせる晶に、なのはは屈託なく笑う。
二人なりに自分を心配してくれている事を察したのだ。
「ありがとう、レンちゃん!晶ちゃん!」
夜風が冷たく吹きすさぶ歩道を三人の女の子達が歩いていた。
事件の影響で人通りが絶えている事もあってか、街灯のみが仄かに照らされている道のりはとても寂しく感じられる。
並んで歩いている少女達はそれぞれに笑顔を浮かべているが、やや不安や警戒の色があるのを見逃せない。
そもそも塾の授業が長引いて帰りが遅くなったなのはにレンと晶の二人が迎えに出向いたのは、恭也の心配からだった。
フィアッセを迎えにやる事に不安を感じた恭也が、レンと晶の二人に頼み込んだのである。
外見こそまだまだ学生な二人だが、その実二人は武道の心得があった。
晶は毎日のように空手の修行に励み、レンは幼少時より自らの才能もあってか中国武術を嗜んでいる。
熱意こそ両者比較するに及ばない程の反比例さはあるものの、そこいらのちんぴらなら叩き伏せる実力が二人にはあった。
なのはも日常よりその事実を認識しているため、安心した表情を浮かべている。
三人はなのはを中央に仲良く喋り、家路へとついていた。
「それじゃあお姉ちゃんもお兄ちゃんと一緒に行ったんだ?」
「なんでも警察が追っている犯人に美由希ちゃん心当たりあるそうやから。
美由希ちゃんはどうしてももう一回会いたいらしいわ」
自分に迎えを頼んだ時の美由希の表情をレンははっきりと覚えている。
日頃の剣士にそぐわない優しい表情とはうって変わった決意の顔。
一度決めた事はどんなに苦しくてもやり遂げる強さが美由希にある事は、レンとて承知している。
だからこそ事件に遭遇する危険性のある見回りにも反対はしなかったのだ。
「師匠も師匠で思い詰めている感じがするからな・・・・
俺は師匠さえいいって言ってくれれば、いつだって手助けするのに」
晶は女の子ながらに勝気な性質を持っている。
信じて待っているというレンの受け身な心情とは違って、自ら危険に飛び込んで戦うという能動的な心情を内包していた。
世間的な常識では賛否両論あるだろうが、二人の少女達がそれぞれに恭也や美由希を心配している事には変わりない。
なのはもまた心は同じだった。
「お姉ちゃんもおにいちゃんも大丈夫かなぁ・・・・
テレビで何人も怪我をしている人が出てるって言ってた」
不安に曇るなのはに、晶が明るい口調で言った。
「大丈夫!師匠はとんでもなく強いから!
あんな何の罪もない人を襲う通り魔なんかにやられる人じゃないよ」
晶にとって恭也は一番尊敬している人物であり、自分の遠い目標でもあった。
いつか越えたいと思ってはいるが、器も力量もまだまだな事は承知している。
晶の頼もしい言葉に、レンも同調するように何度も頷いた。
「そうやで、なのちゃん。
いつもいつもへっぴり腰なおさるとは違って、おししょーや美由希ちゃんがやられたりせえへんから」
一言多いレンの同意に、晶はカチンと来て苦々しく笑って言いのける。
「そうだな、どこかのドンガメじゃ踏まれて潰されるのが落ちだもんな」
誰を指しているのか長年の付き合いで重々承知しているレンは同じくカチンと来た。
レンと晶、二人はこのように常日頃から喧嘩ばかりをしている間柄である。
どちらが良くか悪いのか、実質二人にはあまり関係はなかった。
とにかく顔を合わせる度にどちらかがつっかかったり、逆に責めたりしているのだ。
二人が睨み合うのは高町家では当たり前であり、恒例行事でもある。
「なんや、このおさる!やる気か?」
「上等だ。今日こそ決着をつけてやる!」
鼻が擦れ合うほど近くで睨み合い、二人は互いに構えを取る。
こうした二人の言い合いは始まればさしもの恭也とて止められなかった。
ではそのままにしておいているのかと言われれば、実はそうでもない。
不仲な二人に対しての絶対的な仲介者が約一名いるのだ。
「こらっ!二人とも喧嘩しちゃ駄目!!」
高町なのは、その人であった。
まだまだ子供特有の可憐さがあり、表情を厳しくしても可愛らしいさがある。
が、そこは剣術を鍛え抜いている恭也や美由希の妹。
二人を睨むその姿勢には妙な迫力があり、レンも晶も反論できないでいた。
「いや、なのちゃん。これはこのあほが余計な事言うから・・・」
「何言ってんだ!?そもそもお前が・・・」
「どっちも悪いです!!」
『は、はい・・・・』
威厳すら感じられる小さな叱責者に、達人レベルの二人は素直に謝った。
普段から揉め合いを仲裁している事もあってか、その仕草には迫力すら感じられる。
なのはにある意味でレンも晶も頭が上がらないでいた。
バツが悪くなったレンは話題を切り替えようと口を開く。
「まあ、今も犯人が捕まってない事は事実やからな。
この町に通り魔がいるかと思うと、うちも気が気でないわ」
「仮にも師匠が取り逃がした奴だからな・・・・
あ、そうだ。レン、お前、犯人について師匠から話を聞いているか?」
「何やねん、藪から棒に?」
不思議そうな顔で尋ね返すレンに、晶は辺りを伺って小声で話し始めた。
「何でも犯人の男、背後から放った師匠の鋼糸を振り返りもせずに何度も避けたらしいぜ」
「おししょーの鋼糸を!?」
レンが驚愕するのも無理はない。
そもそも御神流とは実戦の中でこそ真価を発揮する剣術であり、戦いに勝つこそが真髄である。
当然実戦は試合とは違い、ルールなしのあらゆる条件が備わってくる。
全てにおいて対抗する上で刀だけでは不利な場合も当然あり、御神流は小太刀二刀のみにかかわりはしない。
万が一小太刀二刀が手元にない場合でも対応できるように追及されているのだ。
鋼糸とはそういった追及の中で生まれた武器であり、補助道具でもある。
「糸」と名は付いているが通常の糸ではなく、特殊な繊維にごく微細な鉄粉を焼き付けたドイツの繊維メーカーゲインベルグ社製なのだ。
触れれば皮膚を削る事は朝飯前で、特殊な鋼糸だと巻きつければ首を飛ばす事すら出来る。
使用者の腕次第で強力な武器に変化する鋼糸。
微小ゆえに昼間ですら見えづらいその糸を、犯人であるその男は全く見ずに気配だけでかわしたと言う。
恭也本人からの話でなければ、晶だって信じなかっただろう。
「ああ。そんな奴が木の棒とか木刀を凶器にしていたってのがちょっと間抜けだよな」
「・・・・・・今、何て言うた・・・?」
「あん?」
「レンちゃん?」
真剣な眼差しで自分を見つめるレンに、晶はいつもの様につっかかるのも忘れて戸惑う。
隣で話を聞いていたなのはも困惑気味だ。
「な、なんだよお前。いきなり真面目な顔して」
「いいから答え!あんた、さっき何て言うた?」
「だ、だからだな、間抜けな奴だって・・・」
「その前!」
「き、木の棒とかを武器にしていたって」
「木の棒・・・・木の棒か・・・・・」
月明かりがささやかに輝いている夜空を見上げて、思い悩んだようにレンはじっと凝視する。
いつにない真面目な様子に、晶は口を出すのを憚られた。
なのはも心配そうに見つめる中で、レンは胸の奥で思案している。
武器に木の棒を使う人間に、レンには一人だけ心当たりがあった。
その人間とは忘れようにも忘れられない強烈な出会いをしてしまっている。
早朝からコンビニのゴミを漁って、木の枝を堂々と持ち歩き、人に罪をなすりつけて逃げた一人の男。
(まさか・・・・まさかとは思うけど・・・・)
逃げられたあの時はコンビニの店長に説明を強制され、散々な目にあって怒りを覚えたものだった。
今度会ったらとっ捕まえて警察に突き出してやろうとさえ考えていた。
だがもしあの男が犯人だとするのなら、自分はどうするだろうか?
本当なら即刻捕まえて、警察に捕まえてもらうのが妥当だろう。
悩む事は一つもない。
あの男とは友達でもなければ、知り合いですらない。
だけど・・・・
『い、いやあああああああああああああ!!!』
闇を切り裂く女性の悲鳴。
思い悩んでいたレンの思考を消し飛ばすには十分だった。
「晶!今のは!?」
「ああ、ひょっとするとひょっとするかもしれない。行ってみよう!
なのはちゃん、走れる?」
緊張感に表情を引き締めている晶に、幼いながらに真剣になのはは受け止めて頷いた。
「大丈夫っ!行こう!」
全員の意思は一統一され、三人は夜道を走り出す。
一番元気な晶が先頭を走り、手を引かれるなのはが真ん中、気を使って殿を務めるのはレンだった。
幾度か直線し、角を大きく曲がった所で三人は衝撃的な光景を目撃した。
目尻に涙を見せて座り込んでいる女の子一人と、地面に仰向けに倒れたまま動かない男。
咄嗟になのはの手を落ち着かせようと強く握った辺り、晶はたいした者かもしれない。
実際リアルな事件現場を目撃して、なのははどうしようもない程震えていた。
「大丈夫ですか?!御怪我とかされてません?」
あまりにショックな光景に膠着していたレンだったが、数秒後ようやく立ち直って屈んだまま動かない女の子へ声をかける。
レンの声にようやく気がついたのか、その女の子は顔をあげた。
女の子は表情に狼狽はあったが、取乱すほどには平静さを失ってはいないようだ。
「は、はい、私は大丈夫です・・・・・ただ、この人が・・・・」
女の子が視線を落としているその先に、倒れている男の姿が見える。
額を血で真っ赤に染め上げた犠牲者の姿。
間違いなく通り魔にやられた後なのだろう。
深呼吸を二回繰り返して、レンは死体の傍に駆け寄った。
まずは生死を確かめなければ、応急処置も何もあったものではない。
「あんた、大丈夫か!しっかりし!」
あまりにも鮮烈な血の匂いと無残な男の姿に同情や嫌悪が浮かばないといえば嘘になる。
しかし一般人よりも特殊な生活を過ごして来たレンは常人以上の精神力は持ち合わせてはいた。
何度か同じように呼びかけると倒れていた男の目が閉じられ、痙攣を走らせる。
「う・・・うう・・・えぅ・・・・・・・」
「よかった、まだ生きてる・・・・
すぐに救急車を呼ぶからな!それまで頑張るんやで!」
こうして事件が発生した以上、これから先は警察の領域となる。
やや混乱は心にあるものの、何とか警察や連絡を取ろうとしたその時、晶が鋭い声をあげる。
「おい、レン!」
「!?・・・・・・・・」
無残な現場より数メートル離れた一本の電柱。
レンがはっと顔を上げるがもう遅く、電柱の影より飛び出して消えていく人影が視界に収められる。
初めからそこに隠れていたのか、それとも状況を遠目で見て逃げたのか?
レンにとっては少なくともそんな事はどうでもよかった。
去り際に月明かりで人影の正体が浮かび上がる。
見えるは若々しい黒髪と、男特有の広い背中。
そして―――竹刀袋。
「あいつ・・・・!」
冷静に判断するのも忘れて、レンはそのまま走り去っていった男の後を追いかける。
「ちょ、ちょっと待てよレン!
深追いはやめた方が・・・・・って、もう!!」
普段は喧嘩はしているものの、晶とてレンが嫌いではない。
言う事も聞かずに男を追って消えていくレンに、晶も慌てて後を追った。
犯人を追うレンに、心配してその後を追う晶。
二人の行動は勇気こそ賞賛できるが、一つだけ決定的なミスを彼女達は侵していた。
「晶ちゃん!レンちゃん!」
その場に残された一人の力なき少女の叫びが闇夜に溶けて消えていった。
<第十八話へ続く>
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