とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第十六話
海鳴町中央部の駅前に、俺達の乗る一台のバスが停車する。
普段なら社会人や学生で賑わうであろうこの時間帯ではあるが、今回のバスの乗客者はたった三人だった。
いや、正確には三人と一匹というべきだろうか?
「なんか人が少ねえな・・・」
一言感想を言って停車したバスから降り、俺はふと着慣れていない今の服装に目を落とす。
白いTシャツにジャンバー、黒のジ−ンズ。
警察に見つかったら即座に職務質問されると言われて、俺の愛剣は渋々剣道袋に収めている。
事件当時転がっていた凶器である木刀はノエルに持ってもらっていた。
あまり飾りっ気のないラフなスタイルだが、何をかくそう新品である。
無論新調する金なんぞある訳がなく、さくらがわざわざ仕立ててくれたのだ。
それというのも、俺が普段着ている服が十日以上洗っていないと月村達に知られたのが発端だった。
現在俺の愛着ある服は上下共々洗濯されている。
当然そんな俺にバスに乗る金も持ち合わせておらず、同乗したノエルが財布より小銭を出していた。
「事件が解決していないんだから無理もないよ。
私の学校も休校中みたい。
ま、逃亡生活中だから助かっているけどね♪」
「だから何でそんなに嬉しそうなんだよ、お前は」
同じくノエルにバス代支払いを任せて、月村も降りてきた。
近頃一緒に行動している俺の家来である子狐は、定位置となった俺の胸元に収まっている。
出会った当初はいたく警戒されてきたが、ここ数日の付き合いですっかり懐かれてしまった。
家来に慕われるのは主人の人徳だからいいとして、自分の胸元で寛がれるのはどうもむかつく。
まあ、こいつは後で活躍させるので仕方ないが。
「・・・お待たせ致しました」
最後にバスから降りた私服姿のノエルが運転手に一礼している。
中年の親父運転手は礼を返すノエルを見て鼻を伸ばし、俺の傍らにいる月村を見てだらしなく口元を緩めている。
男としてその気持ちは分からんでもない。
庶民スタイルでありながら、気品と美しさは一向に衰えない二人だ。
スタイルもいい二人の服の胸元を押し上げる膨らみに視線が行くのも、男として哀しいの一言だが理解はできる。
が、面白くもないのは事実だ。
俺様の家来に見惚れる暇があるならとっとと去りやがれと言う目で睨むと、中年運転手は慌てて走り去っていった。
ふ、他愛もない。
「バスって久しぶりに乗ったけど、けっこう揺れるね」
「庶民にはそれが当たり前なんだよ。てめえは楽しすぎだ」
お尻を摩りながらコメントする月村に、俺は言ってやる。
「侍君はバスとかよく乗ったりするの?」
「あんな高い乗り物に乗れるか。男なら徒歩だ」
「経済事情がしのばれる意見だね。ほろりとくるよ」
こら、女。本気で同情の涙を流すんじゃない!
俺だって本当は電車とかバスとか利用したいんだぞ。
全ては金。この世は金がなければ何もできない。
お陰で足も鍛えられて健康的な旅の生活をおくれてはいるが、ちょっとむなしかったのも事実だ。
「まあでもさくらの言うとおりだったな。
別荘からここまでバスで往復しても全然怪しまれないですむ」
「パトカーが毎晩うろうろしているもん。
もし車で移動していたら見つかってたかもしれないよ」
俺の言葉に同意見なのか、月村もそう言って頷いた。
俺の潔白を証明するために真犯人を捕まえる。
その方針で夜を見回る事にした俺に、さくらが提案したのがバスでの移動だった。
別荘から街中へ繰り出すのに車で移動するのは危険であり、警察に見つかる可能性が大きい。
交通網を掌握している警察を相手にするのに、自家用車は不利。
さくらはそう言って、山間から駅まで通じているバスでの往復を提唱した。
安全性を考えるのであれば、確かにバスでの移動は賢い選択だと思える。
ここ何日か夜は街中へ繰り出しているが、警察は町を出入りする車や電車に目が行っていて、街中を走り回るバスには不警戒だった。
ただバスには欠点がある。
バスの最終便が午前十二時前であり、それ以後の深夜の見回りができないのだ。
もし最終便に乗り過ごしてしまうと、別荘へは歩いて帰らなくてはならなくなってしまう。
俺は別にそれでも全然いいのだが、問題は俺の連れを申し出た二人だった。
ノエルは無条件に俺の意見に従ってくれたが、別荘まで数十キロもある道のりを歩ける体力はないだろう。
月村も「私は歩きでもいいよ」と言ってはくれるが、こんなお嬢の体力では恐らく途中で力尽きる。
二人を考慮すると、最終便のバスにどうしても乗らないといけなくなるのだ。
これではいつになったら真犯人を見つける事が出来るか分かったものではない。
俺が犯人なら、日が変わった深夜の午前中を狙うだろう。
「宮本様、忍様、そろそろ参りましょう。じっとしていては見つかります」
周りを警戒しているノエルが、小声で俺達に呼びかける。
「と、そうだったな。じゃあ早速行くか。
おいこら、家来。てめえの出番だ」
「くぅん!?」
恐れ多くも主人の胸元でウトウトしかけていた子狐を無理やり降ろす。
突然降ろされた事にびっくりしたのか、子狐はびくんと身体を震わせて左右に首を振っている。
月村はそんな子狐の傍に屈んで、そっと体毛を撫でた。
「頑張ってね、狐君。犯人を見つけられるのに君が頼りなんだから」
非常に不本意だが、この子狐こそが俺の犯人探しの切り札である。
首下に鈴がついているので野生とは言いがたいが、この子狐とて自然界の生き物。
人間の気配や異常を察する感覚には人間の何倍にも優れているはずだ。
事件があったあの時、路上で倒れている男を一番に発見したのもこの子狐だった。
子狐を使って犯人を探させようという俺の作戦を聞いた時さくらは半信半疑だったのだが、他に方法がないので仕方がない。
犯人の手がかりはまるでない以上、この子狐に期待するしかないのだ。
「くぅ〜ん・・・」
ここ数日連夜で見回りを続けているためか、子狐は少々疲れているようだ。
しんなりとした態度であまり元気がない。
俺様が直々に克を入れてやろうとしたら、何とノエルが子狐をそっと撫でて優しく言った。
「・・・微力ながら私も協力します。頑張りましょう、狐さん」
「・・くぅーん♪」
子狐も嬉しかったのか、ノエルの励ましに甘えた声で鳴いた。
意外なノエルの態度に俺もさすがに驚いて、傍らの月村に耳打ちする。
「ノエルって結構優しいとこあるじゃねえか」
「・・・侍君もそう思ってくれる?」
優しい微笑みを浮かべて俺を上目遣いに覗き込む月村。
「ま、まあな。少なくとも俺よりは優しいだろう」
ちょっと動揺しつつもそう言うと、月村はきっぱりと言った。
「・・・侍君だって優しいよ」
「は?お前、何言っているんだ」
生まれてこの方、人に優しくした事なんぞ欠片もないぞ。
俺が睥睨して月村を見るが、月村は笑ったままそれ以上何も答えなかった。
うーむ、なんか納得できんぞ。
「おい、狐。いつまでもノエルに甘えてないで、とっとと行動しろ行動!」
「くぅん」
尻尾を蹴飛ばすようにして足を振り上げると、子狐はとことこ先頭を歩いていった。
続いて俺が、最後尾にノエルと月村が連れ立って歩く。
こういう地道な作業は好きではないが、犯人を一刻も早く捕まえるためだ。
とっとと見つけ出してボコボコにしてやる。
俺はより一層決心を固めて、夜の住宅街へと繰り出していった。
海鳴町で発生している連続通り魔事件のそもそもの起こりは冬の初めであった。
その日肌寒くなった帰り道を震えながら歩いていたサラリーマンが路上で倒れている若者を発見したのである。
近年大きな事件もなく平和な時を過ごしていた町へ、犯人からの恐怖のプレゼントだった。
警察も尽力をあげて調査を乗り出したが、犯人は常に警察の裏をかいた。
海鳴町内という唯一のキーワードを元に、時間や場所を全て不規則に被害者を増やしていったのだ。
被害者の状況は生かさず殺さずという言葉が正しく、何人もの若者が意識不明の重体に陥っている。
四苦八苦する町への警戒も何の意味もなさずに、数日前にまた一人犠牲者が出てしまった。
新しい犠牲者の誕生に町の人々は完全に怯えてしまい、ここ数日では昼間ですら住民の顔が減少している。
普段は明るい喧騒が絶えない町もすっかり鳴りを潜めてしまったようだ。
一方の警察はというと、これまでの調査でいくつかの手がかりは得ている。
起きている事件の全ては単独犯で行われているという事、犯人には武道の心得があるという事。
そして肝心なのは犯人が若い男で、顔を目撃されているという事実だった。
最後の情報は事実無根にすぎないのだが、当然警察側はその事実を知りようがない。
目撃者の情報を総合した似顔絵を手に、警察は大規模な犯人逮捕へと乗り出していた。
冬の夜は始まりが早い。
仄かな茜色だった儚い空は真っ黒なカーテンがひかれて、町に夜の到来を告げる。
海鳴町の夜はパトカーが公道を走り回って、私服・制服問わずの警官が街中を警戒にあたっていた。
重要参考人を逮捕するために、通り魔事件を阻止するために。
全力を尽くしている警察の努力は町の住民もありがたくはあるが、本音ではあてにはしていないようだ。
何しろ数ヶ月が過ぎようとしているのに犯人を一向に捕まえず、犠牲者を増やしてばかりいる。
結果として街中は人通りは途絶えてしまい、忙しい社会人を除いて外へ出ようとする人間は日増しに減ってきていた。
が、この世の中何にしても例外はいる。
血が流れている物騒な夜に、街中へと繰り出している一人の女の子がいた。
「久遠ー、久遠ー!どこに言ったのかしら、あの娘・・・」
ぽやーとした雰囲気が外見から漂っており、焦る表情もあまり緊迫感が見られない。
美少女と言っていい顔立ちをしているが、縁側でお茶をすする姿が似合いそうなおっとりとした感じが見受けられる。
その少女は危険と言われている住宅街を歩き回りながら、きょろきょろと必死で周りを見渡していた。
「久遠ーー!お願いだから出てきて!わたしが悪かったから〜」
道路の隅々から路地裏まで視線を走らせながらも、訴えかける少女の顔は真剣そのものだった。
何かを探しているかのように、瞳は一点に定まらずに周囲全てに向けられている。
あまつにさえ、自動販売機の下や公衆電話のテレホンカードの差込み口まで覗いている辺りに切迫した様子を感じられた。
見様によっては怪しい光景ではあるが、当人は切実なのだろう。
「久遠ーーー!!
どうしたんだろう?いつもならどんなに遅くても夜には帰ってきたのに・・・・
もう何日も留守にするなんて・・・・」
目尻に涙を溜めて、少女は夜の町を彷徨う。
「久遠」と何度も呼びかける声は静かな街中に響くが、何一つとして返事は帰ってこなかった。
少女の頭の中には「久遠」の事で頭がいっぱいであり、歩き回っても誰ともすれ違わない事に何の違和感も感じていない。
探し回るその姿は私服ではあるが、無防備そのものだった。
見た目や服の上からでも分かる華奢な体つきは少女の非力さを物語っている。
「山の中は探し回っても全然いなかったから、町に出たのかと思ったけど・・・・・
まさか!?道路に出て車にでもはねられたんじゃ!?」
人間思い込めば思い込むほど、悲観的な考えしか出てこなくなる傾向になる。
分かり易いほど見る見るうちに顔色を青ざめた少女は、歩行から走りへと変化していった。
目的地は定かではない。
心配から膨らむ不安がはじけて、少女を走らせているに過ぎない。
当然ながら前もろくに見えていないために曲がり角を曲がった途端、足を引っ掛けて前倒しに転んだ。
「あいたたたた・・・・・・・」
激しく転んでしまった少女は、ひりひりする腕を抑えながら起き上がった。
右の二の腕辺りが赤く擦り傷がついており、若干の熱を持っている。
どうやらあまり運動神経に卓越しているほうではないのか、ろくに受身も取れなかったようだ。
「うう・・・・あれ?」
痛む腕を抑えてうめいていると、転んだ側の足首に違和感があった。
少女は怪訝な表情をして後ろを振り返り、そして驚愕に目を見開く。
自分が何に躓いて転んだのか、それをもっともリアリティある光景で判断してしまったのだ。
頭―――
そう、歩道に倒れている男の頭に躓いたのだ。
少女は驚愕の表情のまま凍りつき、街灯より映し出される男の顔を見た。
見てしまった・・・・・・
血みどろの虚ろな視線を自分に向ける男の顔を。
「い、いやあああああああああああああ!!!」
少女の悲鳴は木霊し、住宅街の隅々にまで響き渡った。
<第十七話へ続く>
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