とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第二十七話







 入院生活二日目―― 



病院へ担ぎ込まれて慌しかった昨日と違って、今日は久しぶりに穏やかな始まりを迎えた。

狂い泣きした一昨日の夜から一変、窓の向こうの空は明るい。

外では連休に突入して家族旅行や行楽と忙しいだろうに、俺は入院。

天気の良い日は散歩が一番だが、外出禁止を言い渡されているので渋々寝床へ。

午前中ははやての介護、なのはの御機嫌取りと概ね平和だった。


――昨日までの狂った世界が、嘘のように。


ベットに寝たまま、天井を厳しい目で睨む。


例えどれほど平和でも……もう、アリサはこの世にいない。


全身に刻まれた痛手、心に負った深い傷。

現実の世界は非現実の侵食にヒビ割れて、脆く崩れて来ている。

世界と自分の痛みに歯を食い縛り、俺は拳を握る。



――この痛みを、犯人にも刻んでやる。



気が狂うまで。

涙に溺れるまで。

悔恨に焼かれるまで、追いつめてやる。



心も、身体も、ズタズタに引き裂いて――!



「……介……良介!」

「っ!? 

な、何だ、はやて……?」

「何だ、やあれへん! 手、手――!」


 ……手? うお!?


気付かずに爪でも立てていたのか、掛け布団のシートが破れていた。

強張った指先は血色を失い、蒼白く染まっている。

力を抜いた途端、汗が吹き出た。

はやては上半身を起こして、俺を心配そうに見ている。


「……どうしたん? 怖い顔してたよ」

「な、何でもない」

「何でもない事あれへんやろ、凄い形相で布団をビリビリ破いてたやんか。
何か不安や心配事でもあるなら、わたしに――」



  "――っ、何でもないって言ってるだろ!!"



 激昂して口から思わず飛び出そうだった罵倒を、次の瞬間必死で飲み込む。


・・・・・・同じ間違いを何度も繰り返すな、俺。


親切な人達の干渉を無理やり追い払った結果――高町家に遺恨を残す羽目になった。

他人からの干渉は、今でも毛嫌いはしている。

人の人生ややり方に口出しする行為は、死ぬほど嫌いだ。

そして口出ししてくる、人間も。

反省や後悔はここ数日間で死ぬほど経験したが、根本的な生き方まで変えるつもりは無い。


――でも、はやてはもう他人じゃない。


嫌いになれない人間を、無理に嫌う辛さを俺は知った。

嫌われても尚干渉を止めない強い人間に、心から憧れた。


はやて、なのは――そして恭也。


同じ部屋に入るこいつ等のように、俺は強くなりたい。

深呼吸、深呼吸。

落ち着け、落ち着け・・・・・・

指摘されたぐらいでいちいち怒鳴ったり、余裕を無くしているようでは半人前だ。


精神を太く、心を広く、人間を豊かに――


アリサを殺した犯人ははやてじゃないんだ。

怒りを向けるべき相手を間違えるな。

心の中で暗く燃え上がる怒りの炎を自覚しながら、俺は無理に微笑む。


「・・・・・・でも。

こんな事言ったら、はやての迷惑になるかもしれない・・・・・・」


 殊勝な顔で言い辛そうにそう口にすると、はやては表情を明るくする。


「そんなん全然ええよ!
わたしじゃあんまり頼りにならへんけど、こういうのって人に話すだけで楽になる事もあるから。

良介が困ってるんやったら、わたし力になるよ」


 俺の怪我や家出――そして、いなくなったフェイトの事。

その他含めて、初めて俺からはやてを頼る事に本人は嬉しそうだった。

居候しておいて、内緒事のオンパレードだったからな・・・・・・

俺を家に招いたお陰で、散々迷惑を被った筈だ。

一番の被害者ははやてかもしれない。


「おにーちゃん、あの・・・・・・なのはも力になりたいです!
おにーちゃんには本当に、いっぱい助けて貰って・・・・・・

悲しい時や辛い時おにーちゃんが支えてくれて――だから!」


 ――何かしたっけ、俺・・・・・・?


フェイトの事を言ってるなら、本当の意味で解決出来たのはなのは本人の努力だ。

むしろ辛い目や悲しい目に遭わせたのは、俺だろうに。



・・・・・・だからお兄さん、そんな目で俺を見るのはやめて下さいな。



「そうか・・・・・・なら、なのはにも助けて貰おうかな。

本当に、力になってくれるんだな?」

「勿論です!」

「本当に、怒らないよな?」

「当然やん」


 なのはも、はやても、元気良く肯定する。


――内心、ニヤリ。


今の言葉を忘れるな、少女達。

俺は咳払いをして、神妙に話し始める・・・・・・





「――はやて。

お前の家の窓ガラスを盛大に割ってしまいました」





 まさかジュエルシードの仕業とは言えない。

とはいえ石をはやてに渡したのは俺だから、俺の責任だな。

はやてはポカンとした顔をした後に、眉を吊り上げる。


「なっ、何をやって――!?」

「怒らないって、言った!」


 指を突きつける俺、圧されるはやて。


「うぐ・・・・・・で、でもやね――」

「安心してくれ。なのはが弁償してくれるそうだ」





 ――ベットから豪快に落ちるなのは。





「ど、どうしてなのはが――!」

「力になるって、言った!」


 指を突きつける俺、オロオロするなのは。


「う〜、でもそれは・・・・・・」


 怒るに怒れないはやて、泣くに泣けないなのは。

少女達の生真面目な反応が、愉快痛快だった。


――お陰で、精神に余裕が戻る・・・・・・


悲しみと憎しみで満たされた心が、穏やかに落ち着いていく。

可愛い奴らだと思う、本当に。

ちなみにこの場で冗談だと分かっているのは、お兄様一人。

文句を言わないのは――



――本気で、俺が悩んでいるのを知っている為。



恭也程の男だ、俺の敵意や殺意なんて簡単に感じられるだろう。

俺の怪我が単純な事故によるものではない事も。

その上で口に出せない俺の気持ちを察して、露骨な話題逸らしにも口出ししない。

嫌になるほど、人間の出来た男だった。


恭也は嘆息して俺を見つめ――黙って、顎をしゃくる。


ドアの方を、見ろと。



何だよ、誰か来た――うげっ!?





「・・・・・・貴方という人は・・・・・・」





 瞼を震わせて、カルテを握り締めるお医者様――


患者に慈愛と優しさを向ける白衣の天使が、壮絶に身体を震わせて立っていた。

お、お前、来ていたなら早く言え!?

目線で恭也に抗議すると、自業自得と言わんばかりに布団に潜る。

おーい!!



「自分でガラスを割っておいて、なのはちゃんに弁償させるとは何事ですかーー!!」



 うぎゃー、お兄様助けてーー!

なのはやはやては当然知らん顔。

俺の悲劇を苦笑して見守る始末だった、ガッデム。


「い、いや、これは冗談で――」

「言い訳無用です! もう許しません!

ちょっと、こっちへ来て下さい!!」


 お、俺は重傷患者なのに〜〜〜〜!!

細い手の何処にこんな力があるのか、俺はそのまま無理やりフィリスに連行。





――午前中はフィリスの医務室でみっちり叱られました、クスン。














気を取り直して、午後。

フィリスには散々叱られたが、リスティと連絡を取る約束は出来たのでよしとする。

リスティとの仲を勘繰られたが、はやて家の事件の相談と言えばすぐに納得。

本人との連絡はすぐに取れて、今日の午後三時にフィリスの医務室を再度訪ねる事となった。


・・・・・・あいつってちゃんと仕事をしているんだろうか?


連休とはいえ、簡単に休める職業ではないだろうに。

すぐに捜査を頼めるのは、素直に嬉しいのだが・・・・・・うーむ。

何にせよ、事件の詳細と犯人の行方を追うのが先決。

俺の大事なメイドを殺しておいて、ノホホンと生きているなど許さない。

本当は俺自身の手で捕まえてやりたいが、負傷が酷くて身動きが取れない。

何せ顔なんて腫れている上に、瞼裂傷だからな……

両手足もダメージが多くて動かすのが精一杯、胸や背中は歩く度に痛む。

フィリスやなのは達の目もある、下手に動けば心配させるだけだろう。


――誰の心配してるんだろうな、俺は……


嘆息して、そのまま一階のフロアへ。

休日の病院は来訪者や患者が少なく、連休の喧騒とは隔離されて落ち着いた空間を築いている。

フィリスに怒られた帰りだ、部屋へ帰るのも恥ずかしい。

俺は一階の休憩室へ向かい、設置された公衆電話の受話器を取る。


犯人探しとアリサの身元調査に必要な協力者――月村一族へ。


携帯電話ははやての家に落としてしまったが、番号くらい頭に叩き込んでいる。

コール音無しで、月村家のメイドさんに繋がる。


――常に冷静なノエルに珍しく、俺の声を聞いて取り乱していた。


何度も無事かどうかを聞かれ、命に別状は無い事を知って安堵したようだ。

・・・・・・考えてみれば、大暴れした後のはやての家へ車を出させたんだったな。

家は窓ガラスが残らず割れて、家の主は気絶。

中庭は戦闘後で荒れ放題、雨が降っていたとはいえ血や泥で荒んでいた。

携帯電話は地面に落ちたまま、本人は行方不明。


ボロボロの竹刀だけが転がっている――


心配しない方がおかしい。

流石の俺も謝って、事後経過を聞いてみる事にした。


『はやてを病院へ運んでくれてありがとう、助かった。

・・・・・・他に誰かいなかった?』

『私が駆けつけた時は、八神はやて様以外には誰もおりませんでした。
何方か該当される人物が?』 

『いや、悪い。俺の気のせいだった』


 ――ノエルが来る前に、アルフは去ったようだ・・・・・・


不安に思うべきか、安堵するべきか、複雑だった。

フェイトを誘拐した犯人ではなく、むしろアルフは人情味のある女だった。


アリサの死を悼んでくれたアルフ、アリサの友人だったフェイト――


もう一度会える機会を作らなければ。

アリサとの約束を果たす為に。


『はやて様の御自宅に関しまして、御嬢様の指示で信頼ある業者に連絡しました。
事情は問われずに処理を。
退院時には修繕が完了している筈です』

「早いな!? ・・・・・・でもまあ、助かるよ。
修繕費は俺の方で――」

『必要ありません。忍御嬢様とさくら御嬢様にそう伝言を言付かっています』

「……綺堂にまで話が渡っているのか……

思えばあの犯人探しから、お前や月村、綺堂に世話になりっぱなしだな。

何時か――

――必ず、借りは返すよ」


 お礼をきちんと言えない困った性格だが、俺は心から感謝していた。

通り魔事件、入院、花見――そして、今回。

偶然の積み重ねだった関係が、いつの間にか俺の人生に深く関わりつつある。

今回の事件では、積極的にこいつらの手を借りようとしている。

この街に来る前の俺だったら、向こうから申し入れて来ても拒否していた。


俺はこの関係を、受け入れているのだろうか……?


受話器の向こう側でノエルは少し沈黙していたが、


『――近い内に』

「……ん?」

『近い内に、宮本様の御力をお借りする事になるかもしれません。

失礼ながらその時は――御助力願えますか?』


 ノエルが、俺に頼み……?


あのノエルが!?

俺こそ失礼かもしれないが、ノエルは完璧超人のように感じてた。

主人の為にあらゆる事を可能とする、人間としての完成形――

その凛々しさに、心を奪われていた。


そんなノエルが不安に声を曇らせて、俺に頼み事をしている……?


アメリカの大統領や日本の首相に土下座されても、ここまで感激はしない。

俺は小市民のようにうろたえたまま、受話器を持ち替えて必死で頷く。


「ま、任せろって! こっちも、今からお前や月村に頼み事があったんだ。
入院一ヶ月を宣告されているので、六月・・以降になるけど――」

『問題ありません。



宮本様――どうぞ、忍お嬢様を宜しく御願いします』



 ――月村に、何かあるのか……?

ま、何にせよ一ヶ月先の話だ。

今は悪いけど、俺の話を優先しよう。


「分かった。
それでだな、月村に代わってくれないか?

あいつに話が――」

「私に話……? なになに」

「なんとっ!?」
 

 ――慌てて背後を振り向くと、やっほー、と気楽に手を振るお嬢様の顔。

ジーンズの私服姿に、見舞い用の果物を持参の月村。

午後の美人来客者を前に、俺は天を仰ぎ見る。



俺って、実は少しも進歩してないんじゃないか……?



一般人の気配に気付かない剣士の行く末を、憂う。














   なのはやはやてに聞かせる話ではないので、そのまま休憩室で話をする事に。

折角の見舞いに病室へ案内しない無礼を、月村は笑って許してくれた。


――というか、なのは達と同室と聞いて本当に笑っていたのが悔しい。


話を聞くとはやての見舞いに来たそうで、ノエルは病院の駐車場で車内待機しているらしい。

俺は1キロも離れていない相手と、熱心に電話で相談していたのだ。

普通に受け答えしていたノエルも律儀だが、別に傍にいると言ってくれても良かったのに。

とにかくまずは世話になった礼と、出かけてからの経過を話す。


――その上で、これまでの事情も説明。


魔法概念の一切を省略した上で、俺は高町家から出た後の事を話した。


幽霊の事も、アリサの事も――


茶化されるかと思ったが、月村は真面目に聞いてくれた。

幽霊の少女についても疑問をまるで挟まず、親身に受け止めて話の続きを促す。


「俺は、あいつのお陰で救われた。
アリサが俺に命をくれたから、俺は今も生きている。

――敵を、討ちたい。

力を貸してくれ、月村」


 俺が此処まで他人に真剣に願ったのは、初めてだった。

人を血に穢す行為だと知りながら、喜び勇んで頭を下げている。

俺の命は、アイツの命。

憎い犯人を追えるなら、俺の惨めな誇りなんて捨ててよかった。



月村は――俺の頬に、手を当てた。



「――冷たい?」

「え……?」

「冷たいでしょ、私の手」

「あ、ああ……」



 否定はしない。

春が終わりを迎える暖かな気候なのに、触れる手の平より熱が伝わらない。

彼女が俺に向ける瞳と同じく――ゾッとするほど、冷え切っていた。


「少しは、頭が冷えた?」

「――月、村……?」


 月村は綺麗事は絶対に言わない。

冷静に現実を見れる、俺の感情を理解してくれる。

いつだって、俺に協力してくれた。


昔、今も、これからも……


「侍君に協力は出来ない。犯人探しだってしない。

ごめんって言わないよ。

断った事を、私は悪いって思ってないから」



 俺はどうして……



……そんな自分勝手な妄想を、抱いたのだろうか……?



我知らず、立ち上がっていた。


「何でだよ!? た、確かに俺はお前にばっかり迷惑かけてる。
世話になってばかりで、何も返せていない。
その事でお前が不満に思ってるなら、悪かったって思う。

いずれ――いや、この件が終わったら、ちゃんと借りは返す。



金を払えって言うなら――っ!?」



 ――頬に、鋭い痛み……



頬を叩かれたのだと知ったのは、痛みを自覚してから。

俺を見える月村は、冷淡そのもの。

初めて逢った時以上に、俺を冷たい眼差しで見ていた。



――軽蔑した表情で、辛く哀しく……



「私は――



――貴方の、復讐の道具じゃない」



「――っ!」



 月村はそのまま背を向ける。

茫然自失の俺に、顔を見せないまま一言呟く。





「バイバイ、宮本君・・・





 ――とても寂しそうにそう言って、月村は病院を出て行った。

永遠の、別れを告げて。



……。



"私は――貴方の、復讐の道具じゃない" 



「俺は、そんなつもりじゃ……」


 ……じゃあ、どういうつもりだった?



力なく、俺はその場に座る。


――休憩室のソファーに置かれたままの、果物。


彼女の温かい好意が、冷たい侮蔑へと変化した。

食べたら、さぞ不味いだろう。

後味の悪さに、吐き気がする。

強大な戦闘力を持つアルフでさえ恐れずに戦えた俺が――


――月村の哀れんだ視線に、心を傷つけられた。


俺は、致命的に間違えたのだ……


髪を掻き毟る。



――分かってる。

アリサが、俺にこんな事望んでないことくらい。



俺の剣を血に染めれば、優しいあいつはきっと悲しむだろう。

俺が犯人を滅多打ちにしても、血染めにして殺しても――俺の無念が若干晴れるだけだ。

アリサの無念は、消えない。

過去はもう、やり直すことは出来ない。

アリサは死んだのだから。



"私は――貴方の、復讐の道具じゃない" 



 俺は、アリサを理由に――答えを出せない自分を、誤魔化そうとしているだけだ。

憎しみで、悲しみを覆って。



でも。

でもよ、月村。



俺は、俺はこれからどうしたら……いい。



悲しみは、桃子が癒してくれた。

今も俺の心を苦しめ続けているのは――見えない、先行き。

何を選べば正解なのか、どの道を進めば正しいのか。

――アリサの笑顔に辿り着く答えが、分からない……



傷ついた心が、敏感に察知した。




「……何時から、聞いてた」

「すまん……、今朝の様子が気になってな」


 無骨な顔に悲しみを湛えて、恭也が休憩室へ入って来た。

その表情を見れば、聞かずとも判った気がした。

きっと、何もかも……

座るように促すと、恭也は静かに俺の隣に腰掛けた。

恭也はそのまま何も語らない。

月村に嫌われた俺を馬鹿にしない。

アリサを死なせた俺を罵らない。

なのはを傷つけた俺を、怒らない――


恭也のように、なりたかった。


揺れない心が欲しかった。


俺はいつの間にか――この男に、心から憧れていた。

運命の女神が書いた物語でも、恭也ならきっと立派に戦えただろう。



物語の主役は、この男こそ相応しいだろうに――



「――恭也。お前だったら、どうする……?

自分の大切な人を殺した犯人を、許せるか?

俺は――間違えてるんだろうか」


 心の弱さを吐き出す俺に、恭也は静かに返答してくれた。


「……分からない。
もし俺の家族や友達、大事に思える人が殺されれば――正気でいられる自信はないな。

お前のように、復讐に狂うかもしれない」

「……お前でも、か……?」


 意外な気がした。

恭也なら常に最善で、周囲の人々が受け入れる選択を選ぶと思っていたから。

驚く俺を見て、恭也が苦笑する。


「お前が俺をどう見ているのか知らないが――俺はそれほど立派な人間じゃない。
自虐する気はないが、胸を張れるほど精進はしていない」


 強き剣士が見せる、脆弱さの滲んだ表情――


恭也は虚空を見つめながら、語り続ける。

同じく剣の道を志す、一人の人間として。

俺の悩みに出来る限り答えられるように、精一杯の意思で。


「敵を討つ――
お前の憎しみを、俺は否定は出来ない。

俺に出来るのは――家族を、なのはを悲しませない事。

お前がその手を汚せば、きっとなのはは悲しむ。

あくまで復讐に向かうのならば……俺は剣を手にしてでも、お前を止めるだろう」

「――恭也」


 それはきっと――救われない戦い。

俺が勝っても、勝利に浮かれる事はない。

アルフを倒したあの時と同じく、虚しさに胸を締めつけられるだけ。


恭也も同じ。


俺を傷つけた事を、きっと悲しんでくれる。

なのはと同じ、家族である以上――

恭也は俺の手を握る。


「宮本。月村の言葉を、思い出せ。



お前が剣を手にしたのは――



――復讐の道具にする為か?」

「――!」



"私は――貴方の、復讐の道具じゃない" 



 俺、は……



別れを告げた月村の表情が俺の心に突き刺さる。

恭也の実直な言葉が、俺の心の闇を切り裂いた――

歪んだ復讐の喜悦が消えて、残されたのはちっぽけな俺の迷いだけ。


――アリサ……俺は、どうしたら……


拳を震わせる俺に、恭也は珍しく小さく微笑む。


「お前の話が本当なら、相手は犯罪者だ。
正当なやり方で、敵を討てる。


リスティさんに相談してみてはどうだ……?」

「そう、だな……」



 ――少しだけ、運命というものに感謝した。



今日リスティと会うのが、少し早かったら――

月村と会うのが、少し遅かったら――どうなっていたか。



「……ありがとう、恭也。
お前は強いな、本当に」

「お前も強くなっている。
初めて出会った頃に比べれば、見違えるようだ。

強く、気高く――優しくなった。

……お前に意地悪を言ってしまったが、検査入院は本当にこの膝の為だ。
日常生活に支障はないが、負担をかけるとすぐに悲鳴を上げる」


 恭也は、そっと自分の膝に触れる。


膝の故障――嘘くさいと思っていたが、本当だったのか……


何故故障をしたのか、理由は聞かない。

恭也は剣士だ、それ以上の理由は必要ない。

そして剣士である以上――膝の故障は致命的と言っていい。




「日に日に成長するお前を見ていると、諦めかけていた自分が不甲斐なく感じてな……
もう少し、努力をしてみる気になった。

――困難な道だが、俺ももう一度歩んでみる。

辛いだろうが、お前も諦めるな」


 ――ありがとう、すまない。

同時に出て、同時に消えた。



新しい道を歩み始めた――宿敵に贈る言葉に、情など侮辱だ。



「――今一度。

今一度、考え直してみる。

今度こそ、アリサに――お前や月村に、胸を張れる答えを出して」

「ああ、それがいい」


 他人の存在を、これほどまでに眩く感じられた日はなかった。


俺は弱い、そして馬鹿だ。

すぐに道を間違える、愚かな決断を繰り返す。

ならば――学べばいい、他人から。

俺の周りにいる、沢山の強い人達から。


その中に、きっと答えはある。


教えを請うとは、そういう事。

頭を下げる行為はその為に存在するんだ――

外に出られないこの入院生活が、今は逆に心地良い。

一人ではない環境に感謝して、考え続けてみよう。


晴れ晴れとした心境の俺に、恭也は優しく――





――釘を刺す。





「だが、なのはの事は別だ。
いいか? お前は年上、なのははまだ子供であって――」


 ……こ、こいつぅぅぅぅ……!!

今日という今日は、心から尊敬してやってたかもしれないのに!?





悲嘆にくれる俺の横で、俺の復讐とは何の脈絡も無い話を恭也は真面目に語り続けた。




















































<第二十八話へ続く>







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