とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第二十六話







 知り合いばかりの入院暮らし――



フィリスのお節介により始まった奇妙な生活が、初日から早くも難航していた。


「良介。はい、夕御飯」

「あ、ああ…」

「ちょっと待っててな。今、お茶入れるから」

「あ、ああ…」


 衰弱で入院している筈の女の子さんが、甲斐甲斐しく湯飲みに熱いお茶を入れてくれている。

前回入院した時からの俺の世話役のナースさんも、小まめな少女に苦笑いだ。


あんたも何とか言ってやってくれ、こいつに……


車椅子で不自由なくせに、テキパキと俺のベットの上に食事を用意してくれた。


「御飯、食べられる? 食欲はあるかな」

「あ、ああ…」


 俺は生返事。


――他に、どう答えろと?


ちなみに昼飯は白米と味噌汁、サバの煮つけとカボチャのサラダ。

栄養だけを考えた、味気のない献立である。

病気ならまだしも、怪我人の俺には栄養満点の料理が喜ばしい。

俺専門の介護役――八神はやては、柔らかい微笑みを浮かべてスプーンを手に取る。


「良介、手も怪我してるから食べさせてあげるわ。

はい、あーんして」

「い、いいよ。自分で食うから」

「遠慮せんでええよ。

――わたしと良介は、家族やんか」


 余計なことを言っちまったと、今更だけど後悔してるぞ俺は。

入院が正式に決まり、フィリスの話を終えた後食事となった。

ナースが料理を運んでくれたのはいいのだが、その後が問題だった。

はやてが率先して手伝い始めたのだ。

患者が病院側の手伝いをしたら意味ないのに、はやては俺の介護を買って出た。

お陰で、この有様だ。


「本当にいいって。他の奴らも見ているだろ」


 ――すげえ目で、な…


妹分の高町なのはさんは何が気に入らないのか、俺を睨んだまま。

病院食にも手をつけず、俺とはやてのやり取りを不満げに見つめている。

早く断って下さい、と視線でビシビシ意思を伝えてくるなのは。

俺に指図をするなと言いたいが、泥沼になりそうなのでパス。



――そんななのはを見る、恭也が痛々しい…



実の兄貴がいるんだから、お前もちょっとは世話してやれ。

心で意思を紡いだところで、無意味だった。


「良介、どうしたん? 食べんと、怪我は治らんよ」

「だから、いいって。お前も自分のを食べろよ。
栄養面で言えば、衰弱しているお前こそ食べないと治らないぞ」

「うん、ちゃんとわたしも食べるから。



――ありがとう、心配してくれて…」


 よ、余計な事まで言うな!

お前も悔しそうに箸を銜えるんじゃない、なのは!?

絶対、今のなのはは心の中でこう思ってる。



"なのはには意地悪ばかりなのに、その娘には優しいんですね…"



それは誤解だ!

俺はいつだって、誰にだって優しさなんぞ少しもくれてやらないぞ。

特別に温情を向けるなら、アリサ一人だと明言してやる。



…アリサ…



涙腺が緩みそうになり、俺はお椀を掴んでガツガツ食べる。

あいつの為に出来る事をする。

悲しみは癒やしてくれた桃子に応える為にも、俺はもう絶対に泣かない。

嗚咽を御飯と共に飲み込んで――むせて、吐いた。


「げほ、げほ、げほっ」

「ほらほら、急いで食べるから……はい、お茶」

「んぐ、んぐ――はぁ……」


 典型的な事をしたが、お陰で涙は消えてくれた。

アリサの事を思い出すと、やはり胸が痛い。

本棚の奥で俺の狼狽を楽しげに笑っている生意気な妖精を睨みつつ、俺は考える。

食事時で、丁度良い。

いい加減強い視線を投げかけるチビッ娘に疲れて来たので、紹介。


「フィリスの陰謀で同室になったとはいえ、はやてとなのは達は初顔だよな。

はやて、向こうの二人は高町なのはと恭也。

二人は兄妹で、お前のとこに住む前に世話になってた家の者だ」


 俺の紹介を受けて、恭也もなのはも箸を置いて小さく頭を下げる。

第一印象や礼儀正しさで、この二人を悪く思う奴は少ないだろう。

で、次。


「この娘は八神はやて。

お前らの家を出てから世話になってた家の人だ」

「…お前の言っていた、新しい住む込み先の?」

「いや、それは別……えー、話がちょっとややこしいんだが、まあいいや。
とにかく、数日間だけど世話になってたんだ」


 考えてみればあの時、本気であの廃墟に住む予定だったんだよな。

もし高町の家を穏便に出ていれば、はやてと会う事は無かっただろう。

フェイトは変わらず俺のジュエルシードを狙っただろうが、あの奇妙な生活はありえなかった。


――本棚の妖精は、未来永劫誕生する事は無かったわけで。


人生ってのは本当、少し選択を変えただけで劇的に変化していく。

アリサを死なせたのは、間違いなくこの選択を選んだ為。

はやて達と出会わなければ、もしかしたら――



――などと、俺は考えない。



まだ、この選択から生まれた道は続いている。

道の先を決めるのは俺だ。

アリサが死んだのははやてと出逢ったから、などと考えるみみっちい精神で奇蹟は起こせない。

はやては車椅子を押して、二人の前へ――


「八神はやてと言います。
車椅子で失礼かもしれませんけど、堪忍して下さい。
良介がお世話になったみたいで……ありがとうございます」


 ……単なる家族というよりお母さん役になってないか、お前?

丁寧に頭を下げるはやてに、慌てたのがなのは。

同年との交流関係が意外と浅いなのはは、対応に慣れていないのかもしれない。


「高町なのはです。わたしの事は、なのはでいいです。
おにーちゃんとは、その……色々ありまして……」


 何だよ、色々って。

とはいえ、説明に困るなのはの気持ちは分かる。

仲が良いのかどうかを問われると、なのはとは複雑な関係だ。

他人というには深く、家族というには浅い。

友人ではなく、年も離れている。

どういう関係なのか、俺だって説明に困るだろう。

はやては少しきょとんとして――


――心得たように微笑む。


「なのはちゃん、でいいかな? わたしもはやてでええから」

「――あ……、う、うん!」

「良介、こういう人やから気持ちはよう分かるよ……
大変やろうけど、見離さんといたってな」

「うん、うん!」


 ……だからどういう意味だ、てめえら……

何故か以心伝心しているチビッ娘二人に腹が立つぞ。

俺の困惑を差し置いて、仲が良さそうに喋っている。

妹の新しい友達に、恭也も表情が少し緩んでいた。


「入院は少しの間だが、良かったらこれからも妹と仲良くしてあげてほしい」

「勿論です。なかよーしていこな、なのはちゃん」

「わたしこそよろしくね、はやてちゃん」


 盛り上がる三人、ほくそ笑む俺。

はやての介護が再開される前に、御飯を食べ切っておこう。

一人必死でモグモグ食べる俺を、ナースさんが笑いを堪えて見つめていた。





……察して下さい。














 食事が終わった頃、桃子が見舞いにやって来た。

高町兄妹の着替えや日常品、ついでに俺の手荷物も持って来てくれた。

全員同室で桃子が奇遇だと純粋に喜んでいた、平和な一家である。

はやての事も改めて紹介し、その後雑談。

はやての境遇は俺でも不憫に思えるほどで、その話になると湿っぽい空気になる。

同情フェスティバルは苦手なので、トイレと言ってその場から離れた。

消灯時間まで後少し、見舞い客や診療者はほぼ居ない。

照明がついていても暗い雰囲気の廊下を、俺は嘆息して歩く。

病院ってところは落ち着けるが、お世辞にも気分の良い場所とは言えない。


「ハァ……、気分が滅入るぜ」


 俺のような余所者を簡単に受け入れる高町家だ。

家族を無くして一人のはやてを、心から親交を深めてくれるに違いない。

もしかしたら家で引き取るとか言い出しそうな気もするが、はやては断るだろう。

何となく、そんな気がする……

俺が、あいつの中で家族でいる限りは。

家族愛を求めているが、飢えてはいない。

幼い年齢でも精神は俺より強い、今後も立派に生きていけるだろう。

はやての手厚い看護にはうんざりするが、あいつには借りがある。



――俺の手の中にある、はやての願い。



願いが成就するまで、俺はあいつを見守る義務がある。

鬱陶しい干渉はしないので、はやてと共に歩む事に不満はなかった。

ただやはりああいう友好的な雰囲気は苦手なので、しばらくは当人達で盛り上がっていてもらおう。


あの部屋にいると、少しも一人になれないからな……


散歩気分で歩きながら、ぼんやりと考える。



(……アリサ……)



 俺に出来る事――約束を果たす事。


俺がやりたい事――アリサの笑顔を取り戻す事。


前者は果たす事こそ難しくても、現実的には不可能ではない。

フェイトの事情は知らないが、笑顔を浮かべるフェイト本人が生きているから。



後者は――非現実的な望み。



アリサは既に死んでいる。

死人に笑顔を望んでも、望みが果たされる事はない。

決して、ない。

故に人は死を憂う感情を持つ、悲しみに涙する心を持っている。

俺は窓から外を見る。



――真っ暗な世界に映る、俺の悲しい表情……



苦しい、辛い、苦い。

未練なのは、分かっている。

死んだ人間が生き返る事はない、ありえない。

ゴツン、とガラスに額をぶつける。

ならば、諦めろというのか?

あいつは俺に命を捧げてくれたのに、俺はあいつに何もしてやれないまま終わるのか。





ではどうして――



――あいつと俺は、出会ったんだ?





出会いに意味を求めるなんて馬鹿げている、分かっている。

でも、本当なら出会わない筈の俺達。

アリサは当の昔に死んでいて、歴史から姿を消していた。

誰からも忘れ去られたまま、寂しく一人死んでいったんだ。



何故だ!

何であいつが殺され――!





――犯人……?





そうだ、犯人はどうした?

あいつを攫った犯人。

私利私欲で誘拐。





あまつにさえ……己の欲望で……





純真なあいつを……穢して……精の捌け口にした……





アリサを――俺の、大事なアリサを、殺した犯人。





生きて……いるの、か?





のうのうと。





アリサを殺しておいて……幸薄かったあいつを、奈落に突き落としておいて!!





やりきれない悲しみと、ぶつけ様の無かった怒りが、凝縮する。

無念を晴らしたところで、アリサは生き返らない。

復讐を遂げたところで、アリサの笑顔が戻る事はない。

怨恨の果てにあるのは――何もない。

誰一人喜ばない。

分かっている……だが、許さない。

許せない。

犯人が生きている事を――犯人が幸せでいる事なぞ、俺が認めない。





悲しみが、喜びに変わる。

闇の炎を纏った、憎悪に満ちた悦びに――





――殺さない。

アリサと同じ世界へ逝くなんて、吐き気がする。

簡単に死なせてたまるか。

生きて、地獄を味わせてやる。

アリサ以上の苦しみを、悲しみを、与えてやる……


驚きだった。


殺人衝動と復讐観念、憎悪に塗れた随喜を溺れながら、思考だけは冷静。

次の手立てを怒りに狂いながら考える俺がいる。





まずはアリサに関する情報。

生前のあいつについて、身元情報から確認する必要がある。

そして、アリサ・ローウェルの誘拐に強姦――殺人事件。

平和な街で起きた悪質な事件、きっと大々的に報道された筈だ。

復讐する上で犯人の詳しい情報を知らなければいけない。



身元調査――個人情報・学生記録・戸籍・学校関係の所属。

殺人事件――報道調査と、事件の記録。



探偵か警察の協力者が不可欠。

個人の細部に至る情報を取得するには、財力と人数が必要。



――リスティ、そしてノエル。



月村に協力を頼んだ上で、フィリスやフィアッセを通じてリスティに連絡を取ろう。

必要なら、綺堂に土下座してもいい。

俺の誇りやプライドなんて、ゴミ箱にでも捨ててやる。

今日は流石にもう遅いから、明日一番に皆に話を通しておこう。

見舞いに来てくれる確実な根拠がないので、こっちから連絡する。



――窓ガラスに浮かぶ、俺の顔は……笑っていた。



犯人を見つけたら……どんな目に遭わせてやろうか?

身体中の骨を、叩き折ってやるか。

アリサを犯した股間を抉り、柔らかな身体を力ずくで抱き締めた胴体を穴だらけにでもしてやるか。

泣くまで殴り、謝る頭を地面にメリ込ませてもいい。

簡単に許してやらねえ。

一生、許さない。



くくく……ははは……



愉快だった。

やっと、笑えた気がした。





俺に出来る事が――





――ようやく、見つけられた気がした……




















































<第二十七話へ続く>







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