とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第十九話







 焼け野原に咲く、一輪の花。

俺らしくないメルヘンな表現だが、闇と血で汚れた世界でこの少女は間違いなく華だった。


手の平サイズの女の子――


濃厚なる闇の霧が漂う中で、少女の周囲だけ白く柔らかい月の光が舞っている。

月に祝福された女の子は、焼け焦げた俺の手の平の上でケホケホ可愛らしく息を吐いている。

透き通った銀色の髪と一本のリボン、蒼銀色の瞳。

不可侵の気品を感じさせる繊細な容姿と、可憐な顔立ち。

童話の妖精を想像させる美少女が、俺の手の上に浮かんでいる。


――不覚にも、一瞬見惚れてしまった…


深刻な戦況や、鮮烈な苦痛も一瞬忘れてしまう。

悪夢の続きを演出するには、少女は不釣合いすぎる。

春の花の妖精なら、この地獄で登場させるべきではない。


…何なんだ、一体…?


人の願いを叶える宝石、ジュエルシード。

異世界からやって来た探索人、ユーノ。

放置された廃墟に住む幽霊、アリサ。

魔法使いの衣装を纏った、フェイト。

はやて家を襲った謎の犯罪者、犬耳女。

戦況を打開する可能性を持つ、なのは。


極めつけに、妖精かよ…


羽は生えてないけど。

万が一生えていたら、俺は発狂していたかもしれない。

いや――既に、狂っているのかもな…

ようやく、自分が竹刀を取り落としている事に気づく。

戦意は喪失していないが、立て続けに起こる異常現象に頭がついてこない。

ぼんやりと、手の中を見る。

はやてを掴むべく懸命に伸ばした手は、あの本の背表紙と白いページを掴んでいる。

背表紙は損傷が酷く、美しき十字架のレリーフは見る影もないほど黒焦げ。

逆に掴んでいる一枚のページは、何故か綺麗な白紙だった。

確か両手を封印されていた頃は、古き歴史を感じさせる茶色で煤けていた。

爆発に巻き込まれたなら灰になるか、真っ黒になる。


――何より意味が分からないのが、そのページに浮かんでいるこの女の子だ。


奇妙なのは、服装もだ。

妖精なら白い衣が似合うのに、少女は黒を基調としたワンピースを纏っている。

レースをふんだんに使い、胸元には深い編みこみ。

幻想的でありながら、ダークなイメージを与えるゴシックなドレス。

少女的だが、なのはとは違う不健全な美しさがある。

俺は動きやすさを意識した漆黒のシャツに、黒ズボン。

こういうと失礼かもしれないが――


――今の俺の服装と合わせているようで、怖い。


少女はようやく落ち着いた様子で、俺の顔を見上げる。

涙を滲ませて。

その可憐な表情を――怒りに滲ませて。


え、怒って…?


「何て事するですか〜〜〜!!」

「うわっ!?」


 飛び上がって、俺の耳元で叫ぶゴスロリ妖精。

キーンと耳が悲鳴を上げて、俺の中の幻想も綺麗に吹き飛ばした。

少女は必死の形相で叫ぶ。


「どうしてくれるんですかぁ!? 責任取って下さいですぅ!」

「せ、責任って…」


 少女の剣幕に、俺は反論出来ない。

しかも声は容姿にピッタリな甘い声で、怖さはまるで感じない。

子供が懸命に大人を叱る姿をイメージさせて、ちょっとだけ微笑ましい。


「マイスターと切り離されちゃいましたぁ…


…うー、うえ〜〜〜〜〜ん!!」

「おいおいおい…」


 言っている事は意味不明だが、どうやら俺が原因らしい。

少女はポロポロ涙を零して、大袈裟に泣き喚いている。

困った――俺は女を泣かせる男だったのか…?


ガキだけど。


とりあえず、俺の就職先に保育園は消えた。


「まだ目覚める前なのにぃー、ふえ〜〜〜〜ん!!

何もかも滅茶苦茶ですぅ〜〜〜!!」

「いや、あのよ…」

「酷いですぅ、酷いですぅ!
私が何したって言うんですかぁ!?」

「だから――」

「ぜんぶ、ぜんぶ、ぜーーーんぶ、貴方のせいですぅ!

貴方が、貴方がぁーーー!!」

「うるせえ!!」

「うきゃー!?」


 あ、手が動いた。

とはいえ自由に動かす力はこれっぽちもないが、ページごと少女を叩き落せた。

女の子は豪快に地面を転がって、鼻を擦っている。

おお、鼻もちっちゃいなこいつ…

真っ赤な鼻を押さえて、少女は俺を涙目で睨む。


「何て事するですかぁ!? 
女の子に手を上げるなんて最低ですぅ!」

「お前がうるさいからだろう」

「うるさい!? 今うるさいって言いましたねぇー!

う…うるさいって言う人が、うるさいんですぅ〜〜!」

「意味が分からん」


 ――あー、くそ。力が抜ける。

小さな両手を振り回して叫ぶ少女を見ていると、緊迫感が消えた。

同時に麻痺していた痛みが絶え間なく襲い掛かり、俺は顔を歪める。


右の瞼から流れる出血が酷く、視界が血の色に染まり始める…


腕は動くが感覚はなく、健全に動くのは足だけ。

胴体は特に酷く吹き飛ばされた衝撃で、アバラが痛い。

背中は――シャツに染み付く肉のおぞましさに震えた。

俺の苦痛に、少女の顔に怒りが消える。


「…だ、大丈夫ですかぁ…?」


 ――不意に、笑いがこみ上げる。

あれだけ怒ってたくせに、怪我をしていると気付いた途端心配顔。

少女がどれだけ優しさに満ちているか、窺い知れた。


「何とかな…お前こそどうなんだ?

こんなとこフラフラしてたら、怪我するぞ」

「なっ――何言ってるですかぁ!?

マイスターを置いて逃げられませんよぉ」

「マイスター…もしかして、はやての事か?」


 俺の疑問に、少女は大きく頷く。


マイスター…マイ・マスター?


あいつ、どんなペットを飼ってるんだ…?

ペットの領域を大幅に超えてるけど。


「さっきから責任、責任って言ってるのは――


――俺があいつを、こんな風にしたって言いたいのか…?」

「違うんですかぁ!?

違うって言うなら、言ってみて下さい!」


 少女はフラリと浮かんで、俺の眼前に来る。


――どこまでも、真剣に。


「マイスターはお一人でしたけど、平和に暮らしていましたぁ!
平凡で、穏やかな日常を。

そのマイスターの家に、土足で踏み込んだのは誰ですかぁ!?」

「…」

「何度も、何度も、悲しませてぇ!
辛い気持ちにさせてぇー!

寂しい思いをさせるなら、どうして受け入れたりしたんですかぁ!?」


 ――家族ゴッコ…

俺はどうして、最初から断らなかったのか?




「そんなにマイスターの心を乱すのが楽しいですかぁ!?

面白いですかぁ!?

貴方は、卑怯者ですぅ!
マイスターはやての好意に甘えて、何もかも押し付けて!

自分さえ良かったら、それでいいのですかぁ!?」


 ――そうだよ。

俺は最初から…そういう男だ。


「本当に…本当に、心からマイスターは貴方を家族だと思っているんですぅ!
貴方が、どう思おうと!

それだけは、変わらない真実なんですぅ…

どうして、どうして…分かってあげないんですかぁ…」


 …悪態も出ない。

ガキの言う事に、俯いている俺が現実に存在しているだけ。


「…貴方がいなくなってぇ…

マイスターはわたしを抱き締めて、泣いてましたぁー

自分が悪いんだ、嫌われたって、そう言って…」



 ――え…?



どうして、あいつが悪い事になっている。

悪いのは、俺だろう。

この生意気な妖精の言う通り、俺が全てを置き去りにして逃げたからだ。

なのに、あいつは――


あいつは!


「…マイスターは、貴方が苦しんでいるのを知ってましたぁ…
全部知ってて、何も聞かずに笑ってたんですぅ。

でも、でも…貴方は出て行って、助けられなくて…

マイスターは望んだんですぅ」


 ――もう、やめてくれ…

聞きたくなかった。

あいつが何を望んだか、分かるから。

少女は涙を流して、叫んだ。


「"こんな自分なんか、消えちゃえ"って――あのロストロギアに、願ったんですぅ!」


 はやては最後まで、はやてだった。

俺を責めるのではなく、自分だけを責めて消滅を望んだ。


――黒い霧。


この霧は――はやての絶望が生み出した、孤独。

絶望は深く、重く、悲しくて…全てを潰す。

あいつは希望よりも、絶望を望んだ。

自分に家族を望む資格はない――そう思った。


…クソ…ったれ!!


俺は地面に頭をぶつけた。

なのは、フェイト、はやて、アリサ、桃子…


――他の誰かに責任を押し付けた俺。


一人になれない原因を他に擦り付けている間、はやては自責に苦しんでいた。

どっちが、強い?

どっちが――恥知らずだ!!


「――ふざ、けんな…」


 許さないぞ、はやて。

俺より強いお前が死ぬなんて、絶対に許さない。

眩暈がするほど強く心を震わせて、俺は立ち上がった。


身体が、熱い――


狂おしい怒りに反応するように、灼熱の炎に全身が焦がされる。

背中から――あらゆる場所から流れる血が、燃えるように熱かった。


俺に、最後の元気と勇気を与えてくれる。


この圧倒的な闇を、打ち破らんと――俺は立ち塞がる。


「…マイスターを、助けに行くですか…?」


 ――背中に投げかけられる、声。

こんな小さな少女が、俺に大きな決意を与えてくれた。

俺は首を振る。


人助けは、善人の仕事だ。


俺のような自分勝手がやるべき行為じゃない。


「あの馬鹿を、叱りに行くんだ」


 たとえ殴ってでも、あいつをこの現実に引き戻す。

俺はここにいると、伝えるまで死なせない。


――少女はそんな俺を、現実を知らしめる。


「死にますよ」


 想いだけで、現実は変えられない。


「俺は、死なん」


 その現実を覆す。


「絶対、死にます」


 現実は、強い。


「死んでも、倒す」


 命を賭けなければ、勝てない。


「絶対の絶対に、犬死ですぅ」


 命を賭けても、倒せない。


「はやては、助かる」


 はやては、俺より強いから。


「マイスターは、貴方の無事を願ってます」


 だからこそ、はやては強い。


「俺はあいつの無事を願わなかった」


 だから、俺は弱い。


「――死んで、償うですかぁ」


 それは俺の生き方じゃない。


「生きて、やるべき事をするだけだ」


 その結果が、死でも。


「死んだら――意味ないですぅ」


 暗黒が、俺に迫る。

これがはやての心の絶望ならば、俺に勝ち目はない。

あいつの心は、俺より強い。

俺に勝てる道理はなかった。


でも――俺は、知っている…


「意味なんて――最初からねえよ」


 強さに、意味はない。

強くなりたいと、思う気持ちが大切なんだ。


願いは、力。


想いは、強さ。


だからこそ――俺は、奇跡を許さない。

非現実を、断じて認めない。

魔法なんか、俺は要らない。

願いを叶える神様なんか、嫌いだ。


奇跡は、自分で起こすもの。

願いは、自分で叶えるもの。



現実はいつだって――



――自分で、作るものだ。


「はやての朝御飯が食えれば、俺はそれでいいよ」


 理由なんて、その程度でいい。


――闇が迫る。


素手で立ち向かう愚かな人間に、向かって。

俺は真っ直ぐ絶望を直視して、そのまま――


 ――踏み出す先に、黒いドレスの少女。


少女はどこか気まずい顔で、俺の前に浮かぶ。


「…わたしも、マイスターの御飯が食べたいです…」


 少女は目を閉じる。



――地面に落ちていた背表紙が浮かび、光を放つ。




狂おしい狂気を纏う闇の接近が――止まった。 


止まった!?


俺は多分、呆けた顔をしていたと思う。


「――お前…」

「か、勘違いしないで下さいですぅ。

私は、貴方がだいっきらいなんですから!

でも…マイスターにとって貴方は家族なので…」


 ふくれ面で、少女は――俺の肩に止まる。

まるで、そこが自分の定位置であるかのように。


「仕方ないから、協力してあげますぅ。
感謝してくださいね」


 少女は俺を見上げて、


アナザー・・・・マスター、リョウスケ」


 初めて、満面の微笑みを見せてくれた。

俺の荒んだ心すら癒してくれる、聖なる笑顔。


――妖精ね…


自分の比喩表現に、少しだけ納得出来た。


「で、お前の名前は…?」

「え――」

「名前だよ、名前。
偉そうに俺様を呼び捨てにして、てめえは教えないのか」

「そ、それは、その…


…無いです…」

「はあ?」

「無いんです! 


わたしは――貴方のせいで切り離された、破片。


書の一部でしかないんですからぁ!

そ、そうです!
貴方が責任を取って、可愛い名前をつけて下さい」


 ――頼むから、図解入り説明書をくれ。

お前がさっきから何を言ってるのか、さっぱり分からん。

お前の存在も分からんのだぞ、俺は。

口論している余裕もない。

仕方ないので、俺は――


「じゃあ、チビスケ・・・・ね」

「えー!?」


 嬉しい悲鳴を上げるチビスケ。

おー、ナイスネーミング。

今日から死ぬまで、俺はこいつをチビスケと呼んでやろう。


「可愛い名前って言ったじゃないですかぁ!?」

「可愛いじゃん、チビスケって。
チビちゃんとか呼ばれるぞ、きっと」

「もっと、違う名前にしてくださいですぅ〜〜」


 ――泣いて頼むほどの事か!?

俺的にチビスケで確定だが、仕方ないのでよそ行きの名前を与えてやる。


「分かった、分かった。

なら――俺の名前を一個やるよ。

宮本良介の「宮」で、名前はミヤ。これでいいだろ?」

「ミヤ…」


 あー、返答を聞かなくても分かるぞ。

お前の、そんな嬉しそうな顔を見ればな――


やれやれ…


頼もしいのかどうかよく分からん相棒を得て、俺は決着に望んだ。


大きな闇と、小さな光。


絶望と希望――勝つのは、どちらか。




 









"――すっかり、僕を忘れてるね…"




















































<第二十話へ続く>







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