とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第十五話







 ・・・すげえ気まずい。

なのはと別れられた最後の機会を、俺は自分から棒に振った。

一匹狼の俺が、籠の中の雛鳥を愛でてしまった。

昔のような自己嫌悪はない。

羞恥心とでも言うべきか・・・とにかく、恥ずかしかった。

小学生のガキに何を真剣になってるんだろうな、俺は――

不思議と、情けないとは思わなかった。


「・・・ちっとは、落ち着いたか」

「はぁ・・・い、ぐす・・・」


 高町家の前で盛大に泣かれると、他の奴らに悟られる。

なのはに会う決心はしたが、この家に足を踏み入れるには躊躇いがあった。

何事も段階を踏まねば。


――本音を言えば、今晩はなのはでお腹いっぱいだった。


甘い砂糖も過ぎれば毒となる。

心配の嵐に翻弄されて、また馬鹿な悪態をつくのはごめんだった。


「落ち着いたところで、なのは――お前に任務を与える」

「? に、任務ですか・・・」


 目をごしごし擦って、なのはは俺を見上げる。

目は変わらず真っ赤だが、悲しみの色は消えていた。

少しだけホッとして、俺は重々しく頷く。


「失敗は許されない。
万が一敵に見つかれば、俺はお前を見捨てると思え」

「はわっ!? そ、それは嫌です!」

「ならば、気合を入れろ! ――いいか?」


 これだけ騒いで今更だが、俺はなのはの耳に唇を寄せる。

なのはは緊張した様子で、顔を真っ赤にしていてジッとする。

内緒話程度で、小心な奴だ。

俺は耳打ちした。



「家へ戻って、俺の竹刀を取って来い」



 ――俺の武器。

一度は手放した俺の相棒。

悲劇と喜劇、孤独と温もりに翻弄されて、生と死を見失った。

強くなる意味が分からなくなり、生きている事に意味を無くした。

当たり前だった。


――意味なんて、最初から無かったのだから。


あの豪雨と濃霧の山中で――望んだ孤独の安息で、俺は素直な気持ちを見る事が出来た気がする。

やるべき事がある。

ただそれだけで、人間は戦えるのだ。

意味は見つけるんじゃない。

自分で作るものだ。

なのはは黙って頷き、駆け出した。

何も聞かずにいてくれた事が、俺への信頼を窺えて苦笑がにじみ出る。


――程なくして、なのははこっそり玄関から出てきた。


「持って来ました!」

「よし、でかした! 

――ん?」


 なのはの手の中に眠る、血と汗が滲んだ竹刀。

それとは別に、なのはの首に紅玉の首飾りがぶら下がっていた。

確か――


「レイジングハートだっけ、それ」

「え・・・ええっ!?

ど、どど、どうしておにーちゃんが知っているんですか!?」


 どうしてって、お前・・・同じ屋根の下で気付かない方がおかしい。

なのはが驚いているのは名前を言い当てた事だろうが、まさかかっぱらう予定だったとは言えない。


――盗もうと思ってたんだよな、そういえば・・・


人間は欲が無くなれば死ぬのかもしれない。

何となく、そう思った。


「何でもくそも、お前時たまそのアクセサリーに話し掛けてただろ?
友達居ないからな」

「そういう理由で片付けられると、すごく切ないです・・・」


 なのはは紅い宝石を撫でて、溜息。

改めて間近で見ると、本当に綺麗な光沢を放っている。

傷はおろか、埃もついていない。

余程大切にしているのだろう。

時間帯も夜遅いのに、宝石には人を魅了する光があった。


「――で、何でそんなもん持ってきた?

あっ、そうか! 俺への貢物で――」

「違います、違います! えと、あのあの・・・」


 ぎゅっとレイジングハートを握り締めて、ぷるぷる首を振るなのは。

そこまで必死に否定しなくてもいいだろう、こいつめ。


――やば。今の俺、すげえナチュラルに俺になっているぞ。


一人になれば元に戻れると、ずっと思っていた。

頑なに貫いていた信条が、月村やなのはと再会して覆されている。

俺が俺に戻るのに、こいつらが必要だったと・・・?

情けなくなってきた。

俺のそんなガックリ感をまるで気付かず、なのはは慎重な顔付きで話し掛けてくる。


「おにーちゃん・・・戦いに行くんですよね?」

「・・・」


 否定も肯定もしない。

俺を信じて数日間待っていたなのはに、嘘は通じない。 

俺の表情をどう読み取ったのか、しっかりとした眼差しで見上げる。


「なのはも、連れて行って下さい」

「駄目だ」


 確かに、俺は自分の意思でこいつに会いに来た。

それは認める。

だが、それとこれとは全く話が別だ。


「足手まといだ」


 ――よみがえる悪夢・・・


夕焼け空。

女の殺意。

ガラスの破片。

眠る少女。

車椅子の女の子。

庇う俺。


――庇うしか出来なかった、俺。


少女の、謝罪。


口の中が苦く、胸が張り裂けそうだった。

あの女がもしなのはを狙えば・・・


狂おしい怒りで吐きそうになる。


どんな未来が待っているか、想像もしたくない。

なのはの涙はもう、うんざりだった。


馬鹿でもいいから――


――笑っていて欲しいんだ。


なのはは引き下がらなかった。


「わたしも戦えます!」

「遊びじゃないんだ」


 なのはの気持ちは嬉しい。

俺へ向ける純真な好意に、悪い気は少しもしない。

修行や勝てそうな相手なら別にいいさ、連れて行ってやる。



――窓ガラスを紙のように拳でぶち破る相手。



動きがまるで見えなかった。

気が付けば庇って、倒れていた。

今の俺と、あいつのレベルの差――気が付けない落差。


守りながら戦える相手ではない。

俺の命すら、守れないかもしれない。

――悔しいが、弱気になっている。



俺は、勝てるのか・・・?



「わたしだって、遊びのつもりはありません!」


 ――耳朶を打つ声。


この期に及んで勝ち負けに迷っている俺を、心の奥底から揺さぶった。

なのははぎゅっと、握る。

これが強さの証だと――レイジングハートを。


「・・・」

「・・・」


 睨み合い――

なのはは守られるだけの子供ではなかった。

もしかすると・・・こいつもまた、戦っているのかもしれない。

通り魔に襲われたあの時から、周りに迷惑をかけた自分を恥じて――

なのはの決意を笑えない。

一度、俺は逃げ出したのだから。


「――勝手にしろ。親に怒られても知らんからな」


「っぁ・・・ありがとう、おにーちゃん!

大丈夫です、お兄ちゃんにちゃんと伝えて・・・あっ」

「! お前、この竹刀まさか――



こら、逃げるな!」


 ・・・恭也の奴・・・

どうやら、俺の勝利を信じているのはこいつだけではないようだ。

何も言わずに妹と竹刀を託すところが、あいつらしい。

――悔しいが、強さも器もカッコ良さも数段あいつが上だった。

なのはも優しいだけのチビっ娘だと思ってたんだが・・・いや、今でもきっとそれは変わらない。

謝りながらも、楽しそうに逃げるなのは。

ゲームや機械を触るのが大好きな、明るい笑顔が似合う女の子。

兄や姉は剣を選び、こいつはアクセサリーを選んだ。

武器にも何にもならないが、なのはらしい気がする。

戦わずに勝てるなら――きっとそいつが一番強い。



俺が選んだのは、この竹刀。



人も殺せない武器。

練習用の道具――

今の俺には、こいつがふさわしい。

恭也には恭也の、なのはにはなのはの――俺には俺のやり方がある。


最後に高町の家を一瞥し、俺はそのまま背を向けた。


出て行く時とはまるで違う、温かさを胸に―― 











 さて、高町家の問題は一つ片付いた。

問題の種は、隣で脳天を痛そうに摩って歩いている。

桃子やフィアッセ達には、なのはを送り届けた時に挨拶しよう。


次は――どうしよう?


考える。

公園に戻るのが普通だが、何か腹立つので後にしてやる。

俺様をからかった罰だ。

待ちぼうけの刑に苦しむがいい、ふっふっふ。


フェイトの行方を追うのは――この数時間では無理だ。


あの女がどういう奴か知らないが、平日に人様の家に襲撃する狂人。

俺のような崇高な精神を持つ人間には、狂った思考は理解出来ない。

ノエルに人探しの依頼はしたが、足取りを追えるかは難しい。

ま、人探しに関しては俺様の家来が役立つので急ぐ必要はない。

次に優先されるのは、フィリス。

病院脱走に、数日間の行方不明――

どれほど胸を痛めて捜索しているかを思うと、他人ムッシングな俺でもちと罪悪感を覚える。


だけどな・・・想像する。


もし戻れば、今度こそ俺を病院から出さないだろう。

それこそ厳重監視と説教の嵐、毎日朝昼晩あいつが病室へ見回りに来る。

今は休んでいる暇は無い。


――後にしよう。


レンの見舞いもまずい、病院へ直行だ。

病院といえば、残して来たはやての事も気になる。

フィリスと同じく俺を探しているか、家で待っている可能性が高い。

俺を見捨てる可能性は0だ。

あいつはきっと、今でも俺を家族だと思っている。

帰ってもいいんだが、あいつってフィリスへのホットラインがあるんだよな・・・

最悪、フィリスが待ち構えているかもしれない。

やっぱり駄目だ。



・・・後、何かあったっけ?



「・・・あのー、これから何処へ行くんですか?」


 俺が聞きたい。

かといって、何の方針も無く歩いているとは告げられない。

何も言えずにいる俺に、なのはは遠慮がちに言った。


「もしよかったら・・・おにーちゃんの家を見たいです」

「俺の家?」

「はい、あの・・・住む所が見つかったって――」


 住所教えずに出て行ったな、そういえば。

あの廃ビル――



――あ。



どっと、汗が吹き出る。


「た、高町なのは君・・・次の任務だ」

「え――わ、おにーちゃん顔色真っ青です!?」


 動揺するなのはの肩を、俺はがっしり掴む。

真剣な眼差しでなのはを見つめて、


「重大な任務だ。達成したら、お前の願いを叶えてやる」

「ほ、ほんとですか!?」


 …迂闊な事を言っちまった。

一緒に住んで下さいとか言われたらどうするんだ、俺。

ま、まあいい…今はアイツだ。


「よし、やる気十分だな。なーに、大丈夫だ。
お前なら、怨霊が相手でも勝てるさ!」

「任せて下さ――


…お、怨霊…?」


 自称だけどな――


主人の留守を許さないメイドさんが俺を待っている。

戦う前から、五体満足でいられるか自信がなかった。

頑張れ、なのは。

お前を生贄に、俺は生きる。

























































<第十六話へ続く>







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