とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第十四話







 月村に幾つか質問して、現状を整理する。

山積みになっている人間関係の問題は一時保留にして、まず前後の確認から。

今日の日付――5月1日。

最低の終焉を迎えたまま、俺は新しい月を迎えてしまった。

同時に全てをやり直す出発に丁度良い。

単純計算すると入院と別荘での昏睡を含めて、俺は五日間も寝ていた事になる。

病院で三日、別荘で二日。

おっと、それに半日を加えておこう。

月村との話が終わって、俺はまた夜まで寝たからな。

何しろ、今晩から反撃だ。

状態はかなり良くなったが、怪我はまだ完治していない。

最低限動ける程度。

望むなら、戦える状態にまで持っていきたい。


――あの女の顔を思い出すだけで、煮え滾るような怒りを覚える。


取り戻してやる、全部。

感情より行動を渋々優先して、俺は熟睡した。





――そして、夜。





今までの終わり。

そして、これからの始まりを告げる最初の夜を迎えた。

ベットから起き上がり、洗顔と歯磨き。

眠っている間身体を拭いていてくれたのか、血や泥は綺麗に消えていた。

用意してくれた衣服に着替える。

黒のシャツと、ズボン。

まるであの日の恭也のような自分の姿に、俺は鏡を見て苦笑する。


――自分の笑顔も、随分見ていなかった気がする・・・


俺は、少しでも俺に近づいているだろうか?

壊れた心に狂った感情、見捨てた身体。

荒れ果てた夜を終えて、鏡に映る俺の顔は別人のように引き締まっている。

自画自賛ではないが、少なくとも病院で見た死人ではなかった。

生きようとする人間の顔。

度重なる疲労と怪我で顔色は悪いが、眼だけは以前に戻っているような気がした。

今はそれでいい。


――途端腹が鳴り、今度こそ俺は笑った。


現金なもんだ。

俺らしいと思った。

レンの飯が食いたくなった。

なのはにお茶を入れてもらいたくなった。

はやての温かい朝御飯は美味かった。


――ならば、食べに行こう。


ノエルが用意してくれた食事を簡単に食べて、俺は月村の別荘を後にした。

協力関係を結ぶにあたって、月村より事前に携帯電話を渡されていた。


実はこのアイテム、俺は好きじゃない。


携帯電話は人間と人間を結ぶ道具。

俺には不必要だった。

――そして今、必要とされている。

刀を持たない俺に提示された、新しい道具。

使い方を聞いて受け取り、俺はポケットに入れた。


――青い石がない事に、ほんの少し感傷を覚えた。


別荘を出た俺はノエルの運転で送ってもらう事になった。


助手席に乗り込んで――懐かしい物を見つけた。


「お前、コレ・・・」

「大切にさせて頂いています」


 ゲームセンターで俺があげた人形――

小さな人形が、ノエルの運転する車に大切に飾られている。

贈った俺ですら存在を忘れていたのに・・・



・・・捨ててもいいと言ったのに、こいつ・・・



「宮本様」

「ん・・・?」


 運転席で、常に冷静寡黙な美女が珍しい逡巡を見せる。

表情を伏せたまま、彼女が小さく口にした。


「――御自身を、大切になさって下さい」 

「・・・」

「忍御嬢様も――私も。
貴方様を、大切に想っています」


 ・・・自分の意思をこれほど見せる女だっただろうか?

それとも―― 


――これほどの感情を見せるほど、俺は荒んでいたのか。


優しさの無い心は、感謝の気持ちを生み出さない。

刀も戦う意思も捨てた俺は、戦場を放棄した落ち武者。

ゆえに、


「全てが終わったら、またゲームセンターにでも行くか。
なのはも連れて、四人で」

「はい」


 見苦しく生きていくしかない。

今も、これからも。
















 仄かな街灯の光が寂しさを誘う。

人の気配は完全に途絶えており、温もりを失った遊具だけが小さく揺れている。


――車椅子の少女と出逢った公園。


運命への最初の舞台に、俺は此処を選んだ。

ありえない可能性を、選択する為に。

千切れた紙片が脳裏に舞う。



『高町なのはさんの事で、お話があります。
今夜十時、清風児童公園で御待ちしています。

ユーノ・スクライア』



暗がりの中を歩いて、砂場の脇に設置されたベンチに座る。

公園の中央に建てられた小さな時計塔は、午後十時を示している。


――ユーノ・スクライア、知らない名前だ。


恐らくだが、会った事も無いだろう。

義理も恩も無ければ、何の感情も無い。

約束を破棄した責任も感じていない。


――此処へ来たのは、俺自身のけじめ。


やり直すと誓った以上、この約束も完結させなければいけない。

俺は待つ。

来る筈の無い、約束人を――



"良かった、来て頂けたんですね"



「――なっ」


 ベンチから飛び上がる。

心底肝が冷える思いで、即座に周りを確認する。

姿は確認出来ない、しかし空耳だとは思えない――


"一方的な約束でしたが、来て頂けて嬉しいです。
初めまして、僕がユーノ・スクライアです"


 男――と言うより、少年の声。

しっかりとした口調だが、声変わりしていない。

なのはやはやてくらいの年代ではないだろうか。

――ないだろうかと推測しか出来ないのは、姿が見えない為。


「こら、てめえ。何処に居やがる!」

"・・・申し訳ありません。訳あって、僕の姿を御見せ出来ないんです。
無礼を御許し下さい"


 怪しすぎるわ、帰る。

過去・現代・未来問わず俺ならそう叫んで帰ってただろうが、待たせた借りがある。

俺は渋々座り直した。

文句の代わりに、今一番の疑問を問う。


「…お前、まさかあれからずっと待ってたのか?」

"いえ、この時間帯だけです。貴方が来てくれて安心しました"


 ――冗談だろ?


あれから何日経過したと思ってるんだ。

俺が手紙を破いて無視している間も、お前はずっと待ってたのか。

この時間帯だけって言っても、何時来るかなんて定かではないんだ。

一時間二時間どころか、夜中や明け方近くまで毎日ずっと待ってたんじゃないのか?


…何でだ…


「…俺が来なかったら、どうするつもりだったんだ?」

"貴方は来ました"

「来なかったらどうするんだ!!」


 知らず叫んで、立ち上がる。

訳の分からない衝動。

耳鳴りのように混乱の鐘を鳴らす頭をそのままに、俺は感情を吐き出した。


「何で…何で、そんなに俺が信じられる!?
俺は――俺は、他人なんざどうでもいい!
平気で見捨てられる男なんだぞ!

皆…皆、見捨てた!!

一人になる為に――俺自身の為に、他人の好意を踏み躙ったんだ!」


 我が子のように大切にしてくれた桃子の手を離した。

兄のように慕ってくれたなのはに、俺は背中を向けた。

出て行かなければ、レンは入院なんかしなかった。

弱音を吐く晶は本当に哀しそうだった。

フェイトだって助けられなかった――はやてだって泣かせた。

帰る家があった筈なのに、俺は帰らなかった。

アリサが待っているのを知っていて、俺は町から離れようとした。

フィリスは今も探しているだろう。

月村やノエルなんて、思い出す事さえなかった!


「――お前だってそうだ、ユーノ。

俺はな…お前の手紙を破いた。
無視してた。

お前となのはの関係は知らんが…わざわざ、アイツの為にお前は俺に会おうとしていた。
あいつが大事なんだろ?

俺は――なのはが待っていると分かってて、帰ろうとはしなかったんだ。

そんな男に何を期待するんだ、お前は!」


 ――運命の女神が紡ぐ、くそったれな物語。

脱線させたのは、こいつら馬鹿共だ。

何の保証も利益もないのに、俺を心配して帰りを待っている。

てめえらは俺に何をやらせたい?

俺はそんな義理固い男にでも見えるのか――?


俺は、俺の為にしか生きられないのに…


吹き出た想いは、壊れたオルゴールのように狂った音色を生み出す。

高町の家から出てから、ずっと膿んでいた疑問。

ドロドロと沈殿していたこいつ等への気持ちが、本音として発散された。

俺はもう限界だった。


――息を荒げる俺に、静かな少年の声が耳に届く。


"――なのは、さんを助けて欲しい。

僕が貴方に期待するのは、その願いだけです"

「…」

"彼女は、強い娘です。心優しく、勇気もある。
そんな彼女が今――とても苦しんでいます。

涙も見せず、俯いて、ただじっと耐えているんです。

涙を流せば…弱さを見せれば、貴方が帰ってこないと――

周囲に無理に笑顔をふりまいて"


 …畜生…くそ…

分かっている。

こいつが待っていた時点で、俺に勝ち目なんかありはしない。


そろそろ年貢の納め時だろう。


「――礼はいわねえぞ」

"結構です。僕も貴方には、少しだけ恨みがあるので。

ええ、少しだけ"

「? …まあいい、ちょっと待ってろ」

"何処へ…?"


 聞いてくる辺り、白々しい。

姿こそ見せないが、こいつは今笑っている気がした。

俺はシカトして、公園から走り去った。
















 ――何十年も離れていたかのような錯覚。

家路と呼ぶにはあまりに短い期間だったあの家へ、俺は帰ろうとしている。

一歩一歩足を動かすだけで、何故か震えが走る。

心臓が痛い。

手先が痺れる。

胸がざわつく。

息が苦しい。

肺が喘ぐ。

脳が揺れる。


――砕けた心が、求めている。


俺は――



足を、止めた。



懐かしい家。

塀の向こうに見える、道場の屋根。

見上げる先には古びた屋根があり、月明かりに照らされている。

家族も他人も温かく迎える、玄関で――



なのはは、立っていた。



――もう、駄目だ…


「――なのは」

「っ!!」


 小さな肢体を、熱く奮わせて。

少女はその表情を、俺に向けた――



――何だよ、その痩せた顔。



目は真っ赤。

顔色は悪く、少女の魅力たる笑顔が嘘のように消えている。


全部、俺のせいだった。


「…おにい…ちゃ…」


 ワナワナと唇を震わせて――ぎゅっと結ぶ。

顔を向けようともしない。


やっぱり、こいつは馬鹿だった。


「言っただろ、なのは」


 俺も同じ。

きっと――みっともない顔を、している。



「俺の前で――見栄を張るな」



「ぅ…う…おにい、ちゃん…


おにーちゃん!!」



 飛びついてくる、小さな温もり。


俺の腰にしがみ付いて、嗚咽する。


――俺は、強く抱き締める。


目を懸命につむって、涙が出るのを我慢して。

真っ白に染まる頭の中。

意地なんて、簡単に吹き飛んだ。


「…ただいま、なのは。それと…ごめんな」

「おにーちゃん…おにーちゃん…」



 ――俺はまだ生きてていいよな、なのは…



その温もりだけが、ただ嬉しい――


胸の奥が温かく満ちるのを感じて、俺はやっと――自分を取り戻した。

























































<第十五話へ続く>







小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。

お名前をお願いします  

e-mail

HomePage






読んだ作品の総合評価
A(とてもよかった)
B(よかった)
C(ふつう)
D(あまりよくなかった)
E(よくなかった)
F(わからない)


よろしければ感想をお願いします



その他、メッセージがあればぜひ!


     












戻る