とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第十一話







 ――倒れた…

自覚するまでも無く、俺は無様に転がって床に伏した。

背中が焼け付くように痛い。

激痛が凶悪な熱を呼び、焼き串が突き刺さったかのように刺激が走る。

理性は軽く吹っ飛び、意識は煮沸する。

古き時代より受け継がれし教訓――剣士にとって、背中の傷は恥。

俺は恥をかいて死んでいく。

相応しいと、思った。

剣を捨てた。

心を無くした。

人生が消えた。



――最後で、意地すら捨てた。



他人を、助けた。

家族を、守った。

一人だった俺が――



――遂に、何もかも喪った。



指一本、動かせない。

気力も、わかない。

殺される事に、安堵すら覚える。

せめて、戦いで死にたい。

殺せ――


――俺の最後の願いも、叶わない。


耳元で聞こえるのは、自分の細い呼吸。

言い争う声。

そして――



『…ごめん、なさい…っ』



 少女の、泣き声。


俺は、死んだ。
















 夢の中では、人は痛みを感じないと言う。

ならば、これは夢ではない。

虚無に満ちた世界で、俺は座り込んでいた。

痛む背中。

苛む心。

がらんどうの、身体。

視界が闇に満たされて、一寸先も見えない。

俺は、地獄に落ちたのか?

一笑する。



――そんな上等な世界に、俺が行けるものか…



安堵する。

やっと、一人になれた。



…。



"――哀しい顔を、しているな…"



 …どうやら俺は、死んだ後も一人にはなれないらしい。

顔を上げない。

――女の顔なんて、もう見たくない…


"感謝する"


 やめてくれ。

人の好意なんて、もううんざりだ。

社会に嫌われていた、あの頃が懐かしい。


"主を守ってくれて、ありがとう"


 ――守る。

吐き気が、する。

死んでしまえ。


"――そして、すまなかった…"


 悲しい、声。

やめてくれ。

女の、そんな声も聞きたくないんだ…


"あの少女は――去った"



 ――え…



誰の事を、言っている…?


"平穏を、脅かされる事はもうない"


 平穏?

平穏だって…?

俺は、そんなもの、望んでいなかった。

俺は…

俺は――


何を、望んでいたのだろう?


――死なせてくれ、もう。


考えるのも、疲れた。


"――主を、頼む…"  


 痛切。

痛みを堪えるように、女は囁いた。

泣いていると、感じた。

俺を、哀れんでいるのか?


――もういい、消えろ。


消えた。

女も。

世界も。
















 ――そして、此処へ来た。

両目を開けて、俺は自覚する。

どうやら神様は、俺に相応しい地獄を用意してくれた。



この、絶望へ――



「…くそ、が…」


 吐き捨てる。

見覚えがありすぎる、世界が広がっている。

狭い個室。

白い布団。

固いベット。

飾られた花。

繋がった点滴。

簡易の酸素ボンベ。

無機質な血圧器。



――病室。



海鳴大学病院。



二ヶ月ほど前に、俺が入院していた病院。



俺は――死すら、許されなかった…



一番俺が苦しむであろう、世界。

引き裂かれた身体と、喪った心を与えて。

運命の女神は、俺を突き落とした。

俺は、勝てなかった…


「…ふざけ、んな…」


 暴れ出したい痛みを堪えて、起き上がる。

そして、気付いた。


――布団に圧し掛かる、重み…


「――はやて…」


 車椅子の少女が、俺にもたれかかって眠っている。

頬に残る、涙の痕。

腫れた目元。

両腕の、絆創膏。

俺とは違って、軽傷のようだ。

どういう経緯で俺が此処へ来たのか、薄々察しがついた。

はやては、生きていた。

俺が守ったから…畜生…

――俺は負けて、見栄も捨てて…


――守る?


がばっと、起き上がる。


呆然、とする。


右手――



自由になった、手の平。



手を封印していた本は、花瓶の横に置かれていた。

――束縛は、とかれていた。



繋がっていた、冷たい手の平を消して…



「ッ、フェ…イト――」



 項垂れる。


――誰を、守った?


――誰が、守られた?


俺は、守っていない。

何も、守れていない…



あいつは、攫われた・・・・



あの女に。


「――、……」


 どこまで失えば、終わりが来るのだろう。

心はもう、痛みも感じない。

涙は、当の昔に枯れ果てた。

剣は、捨てた。

生きる意味を失って、強さも消えた。

戦いに敗れて、唯一在った確かなものはもう――



 "ごめんなさい"  


 あいつは――最初から最後まで…謝って、ばかりだった…



「…」


 ――点滴を、毟り取る。

酸素呼吸器を無理やり外して、引き千切って捨てる。

死人に、生きる処置は必要ない。

寝巻きを脱ぎ捨てて、血みどろで畳まれたシャツに着替える。

ズボンもズタズタだが、気にしない。

どうでもよかった。

包帯が邪魔なので無理やり引き裂く。

狂いそうな痛みが襲い掛かり、血が床に弾ける。

俺はベットから降りて、扉に手を――


「…」


 俺は振り返り、布団を持ち上げる。

――少女は、目を覚まさない。

俺はゆっくり布団をかけてやる。



「はやて――俺は、やっぱり…



…一人でいるべき、だったよ…」



 ズボンのポケットに、手を伸ばす。

固い感触。

摘んで取り出せば、綺麗な青い石が手の中にあった。

俺ははやての手を開いて――


――ゆっくりと、握らせた。


「…お前にやるよ。ガラス代には――」


 声が詰まる。

これ以上何か言えば――余計な事まで、言ってしまう。


家族ゴッコ。


偽物の、絆。


はやては、こんな俺を信じて――



「…元気、でな…」



 病室を出て行く。

振り返りも、しなかった。

廊下をゆっくりと歩き、窓の外の様子を見る。


どしゃ降りの雨――


視界を遮る圧倒的な雨量が、春の季節を流していた。

雨に映る俺の顔は――酷かった。

目が、死んでいる。

頬はこけて、傷に侵されている。

死人が、死に損なっている。

――早く、出て行こう。



この街から。



全ての、因縁から。


一人になって――何処かでくたばろう。


俺はふらついた足で階段へと向かい――



「っ、宮本さん!」



 ――呼び止める意思。

男勝りの聞き覚えのある声は、俺の知る誰かに似ていた。

俺の足は止まらない。

もう、誰にも関わりたくなかった。


「まっ、待って下さい! レンが――」


 掴む手。

俺は瞬時に――蹴飛ばした。

完全に、油断していたのだろう。

そいつ――城島晶は腹を押さえて、苦しげに蹲る。


「ぁ…ぐ…っ、ちょ、その血――! 待っ…うぐ…」


 離れる。

掴まれた拍子に血が吹き出たが、気にせず歩く。


  早く、早く…


「皆――待ってるんです!!」


 人の声なんて、聞きたくない。

雑音が煩かった。


「家に笑い声が消え…て…

レンの奴、心労が重なって…げほ、げほ」


 足の重さが、恨めしい。

身体さえ快調なら、窓から飛び降りたのに。

熱がぶり返して、頭が朦朧としてきた。



「――なのちゃん、も!


ずっと、玄関の前で夜中まで…俺、見てられなくて…ぐ」



 ――足を、止める。



まだ、待っているのか?



俺は思いっきり、自分の頬を殴った。

唇が、割れる。

舌にざらつく血の濁りが、俺の躊躇を断ち切った。

階下へ降りる。


――背後の声が、もう聞こえなくなった…


一階まで降りて、非常口から外へ。


「…」


 冷たい、水。

布団の温かさを――家族の残り香を、流してくれる。

冷え切った身体を押して、俺は病院を出て行った。
















 町の外へ至る道――

大雨が人の気配を消して、不審な振る舞いの俺をかき消してくれた。

途中時計を見たら、夕方だった。

何時間経ったのか、何日経ったのか――興味はない。


――空は暗く、視界は水飛沫で覆われている。


何処までも、何処までも、俺は歩く。


雨水が、紅の液体に混じって、身を浸す。


「…ハァ…ハァ…」


 誰も居ない、処。

それだけでいい。

俺には、何も残っていないんだから。


誰にも会わず、町の外へ出たのは最後に訪れた幸運か――


この町へ入ってきた山道へ出れたとき、俺はようやく安堵した。

出れた、やった。


やっと、俺は一人に――



ひ、とりに…



 激しい、雨音。

口の中に飛び込んでくる、土の粒。

砂利が頬を撫でるのをぼんやりと感じて――



――俺は自分が倒れた事を知った。



身体中の力が抜けていく…

身体は冷え切っているのに、少しだけ暖かく感じる。

土は――自然だけは、俺に優しかった…

最後に、感謝を。

仰向けになり、俺は顔中を濡らした。



これだけ濡れれば…



「…ゆうやけ…こやけ…の…」



 目が濡れてたって… 



「…あか…と…んぼ…」



 変わらない、よな…



「おわれて…みたのは…」
 


 うう…うう…ぅ…うああアアアアアアアアアア…










「…いつのひか…」

























































<第十二話へ続く>







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