とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第九話







 俺の城から徒歩で歩き、俺とフェイトははやての家へ向かっている。

はやての家から、あの廃ビルまで歩くとかなり遠い。

俺一人なら余裕だが、厄介な本が一人の女の子を強制的に繋いでいる。

他人の心配なんぞしない俺だが、少女が仮にへばると引き摺って歩かないといけない。

加えて、アリサとのお喋りで夜を過ごして寝不足だ。

さぞ疲れているだろうと懸念したのだが――この手品師の女の子は、元気だった。

なのはのような奔放さではなく、足腰そのものが鍛えられている。

俺と同じ歩調で歩き、疲れた様子も見せない。

手品師ともなれば、体力も必要なのだろう。

俺が感心してそう言ってやったのだが、溜息を吐かれた――何故だ、褒めてやったのに。

女心はさっぱり分からん。

とはいえ流石はフェイトと言うべきか、始終静かで気配りの必要もない。

お喋りな女は好きではない。

思わず一人でいるような錯覚を覚えるが――右手を掴む冷たい感触が、否定する。

此処に存在する、そう言っているかのように。



俺は、一人じゃない。
俺は、一人になれない。



相反する気持ち。

俺は結局どちらを望んでいるのか、自分でもよく分からなくなってきた。

見送りに出てくれた、アリサの勝気な笑顔。

手の平から伝わる、フェイトの存在感。

高町家で手放した筈の、無意味と断じた他人の影響に俺はまだ惑わされている。


――でもきっと、いつか抜け出せる。


俺はあの家を、出た。

もう二度と、誰とも会う事はない。

家族ごっこの相手はやて、新しい家の住民アリサ、不思議な関係のフェイト。

誰もが皆一人で、誰とも共有出来ない孤独を抱えている。

彼女達は何を求めているのか、俺は何を必要としているのか。

この家族ごっこが、きっと教えてくれるだろう。



朝焼けが、寝不足の目に優しい――



「…あの馬鹿」


 到着した、俺の新しい家。

夜更けの名残と朝の光、その狭間の世界の中で――



車椅子の少女が一人、玄関前で顔を俯いている。



何時から、起きていたのか?

パジャマに上着だけ羽織り、車椅子にもたれかかって寂しげに表情を隠している。

その姿は、明らかに帰りを待つ一人の女の子の姿。

家族を待つ、どこまでも優しい心だけを抱いて。

ただジッと、期待と不安を胸に待ち続けているのだ。

誰かを。

例えば。



何も告げずに夜中家を出て行った、一人の赤の他人を。



「…わざわざ外で、待つ必要ねえのに…」


 ――胸が、痛い。

切り刻まれた心は修復せず、痛みだけを訴える。

家族。

あいつは、昨日知り合っただけの、何の保証もない男を待っている。

馬鹿馬鹿しい、幻想。

ごっこ遊びの延長を、頑なに待ち望んでいる。

逃げ出してやろうか。

これが現実だと、教えてやりたい。

家族じゃない。

家族ごっこなのだと。


…なのはも。



あいつもああして、待っているのだろうか…?



まさか。
きっと。



昔の自分は、馬鹿かと嘲笑う。
今の自分は、確信を抱いて肯定する。


"諦めないです。
おにーちゃんは、世界でたった一人のおにーちゃんだから"


――あいつはきっと、今でも戦っている。

俺を、取り返す為に。

報われない努力を、延々と続けている。


…ふざけるな。


妄想を、振り払う。

そんな筈はない、頑なに俺はそう信じて痛みを噛み殺した。

帰りを待つ、人――

このままはやてに会えば、俺はきっとまた拒絶してしまう。

家族の思いやりを、赤の他人の俺に向けるなと。

高町の家で起きた悲しいだけの別れを繰り返すのは、うんざりだった。

踵を返す。

もう嫌だ、やめてくれ――



「…あの娘は、待ってます」

「フェイト…?」



 俺を繋ぐ、小さな手。

逃げ出そうとした俺を、ギュッと優しく握ってくれた。


「帰りを待つ人がいるのは、きっと幸せです」

「…」


   表情の少ない女の子が――小さな温かさを乗せて、俺を見る。

少しだけ、心の波が静まる。

俺は一人じゃない。

一人で、戦わなくていい。

――それが初めて、嬉しいと思った。


「もう少し、付き合ってくれるか?」

「はい」


 俺は手を、握り返す。

この冷たい手がある限り、俺はまだ大丈夫。

穏やかに一歩ずつ歩いて、二人並んで俺達は家路についた――
















「わたしの家は門限とかないけど――
外出するなら、せめて一声かけてほしいわ」

「お前、ぐっすり寝てたからさ。声かけるのも、悪いかなって」

「嘘や。どうせ面倒臭いとかおもたんやろ?」

「う…そ、そんな事ないよ」

「わっっかり易い態度で助かるわ。
…出て行ったかと思って心配したけど、帰ってきてくれてよかった。

良介にも色々事情あると思うし、わたしも干渉せえへんけど…」

「分かった、分かった。今度からちゃんとお前に言うから」

「うん、ありがと」


 たく…お前は、俺の母親か。

ニコニコ顔で釘を刺す俺の仮初の家族に、嘆息する。

朝御飯はもう作ってあるらしく、家に入ると味噌汁の臭いがした。

はやては手慣れた車椅子操作を見せながら、俺の隣に目を向ける。


「えーと…フェイトちゃん、言うたかな?
わたしの本が何や迷惑かけてしもたみたいで、ほんま御免な」

「…い、いえ」


 フェイトの事は流石に誤魔化せないので、はやてには全て話した。

襲撃かけられた点は秘密にして。

俺が縛られた時は笑っていたが、流石に他所様の女の子を巻き込んだ事をはやては笑わない。

しきりに恐縮して頭を下げ、フェイトは困った顔で首を振る。

そのやり取りに流石に飽きたので、俺は口出ししてやった。


「んで、フィリスに連絡取ろうと思うんだ。
こうなった以上、無理やりにでも取って貰わないと」

「うん、わたしも賛成や。連絡先知ってるから、後で電話するわ。
本より、フェイトちゃんが大切やもんな」


 家族の不祥事は、自分の不祥事。

はやては大切な自分の本が傷つく事を、まるで恐れていない。

仕方がないと思っているより、家族のミスをフォローしようと懸命になってくれている。

その人の良さを馬鹿にすべきか、感謝すべきか。

今の半端な俺には、ちょっと言い出せそうもなかった。

はやては電話帳を探そうとして――ふと、顔を上げる。


「――フィリス先生、今日確か仕事やったんちゃうかな」

「…? それが何だよ」

「だから。病院行ってるから、私の家へ寄る時間ないと思うよ」

「そんなもん、俺の権限で呼び出せ。

てめえ、俺より患者のほうが大切なのか――とでも言ってやれば、一発で…

って、何だその目!?」

「…フィリス先生、良介の事一番手のかかる患者や言うてたけど…

実感出来たわ」

「ほっとけよ!?」


 あいつなら絶対に来てくれるというのに、何故か反対された。

おまけに、はやてに身近な友人への気遣いまで説教される。

くっそ、こいつ調子に乗りやがって…フェイトも口元緩ませているじゃないか。

恥ずかしい家族ゴッコ生活を見せてしまった。


「…じゃあ、何か?
俺のほうからわざわざ行けって言うのか」

「当然や。
わたしも一緒に行くから、安心して」

「お前がついていってどうだって言うんだよ」

「フェイトちゃん、このままの格好で行かせてええの?」

「へ…?」


 フェイトを、見る。



全身を覆う、黒のマント。

素肌に密着した、漆黒のジャケット。

見目麗しい女の子。



漆黒の衣装に身を包んだ、無口で無表情な美少女。

こんなの連れて行ったら、変質者扱いされる。


連れてきた、が。


「何とかして下さい、御願いします」

「そんな必死な顔で迫らんでも――!?」


「そ、そんなに変な格好でしょうか…?」


 引き気味のはやてと、傷ついた顔のフェイト。

マントをつまんで、若干泣きそうな表情をしている。

自覚がないのか、こいつは…?

小学生だから許される、ギリギリなんだぞ。

小さな体躯だからまだいいけど、成長すればボディラインが強調される。

手品師は人前に立つ職業だ。

目立って当たり前だが、フェイトの場合多分その容姿で人気が出る。

手品師として、それはまずいに決まってる。

芸で売れ、芸で。

はやては苦笑いを浮かべて、そっと慰める。


「私の服でよかったら、貸してあげる。
フェイトちゃんやったらきっと、何でも似合うよ」

「そ、そんな…」


 恥ずかしそうだ。

きっと人前で着替えるのも初めてに違いない。

初々しさに通常の男なら微笑ましい気分にでもなるのだろうが、俺は生憎切羽詰っている。

というのも――


「お、おい…着替えるのはいいけど、どうやって…?」

「どうやってって、そんなん――あっ!」


 俺は、自分の右手を掲げる。



繋がれた、手。



フェイトの左手と俺の右手が、本に縛られている。
着替えるには当然、左手から服を抜かなければいけない。

袖を通すのも不可能だ。


「どないしよ…服破く訳にはいかんし…」


 はやても気付いたのか、困りきった顔をする。

どうでもいいけど、服を破くって扇情的じゃないか?

…どうでもいいか、うん。

そんな俺達の悩み顔に、フェイトはおずおずと口を開く。


「あの…服さえ貸していただけるなら、何とか…」

「何とかって――どうやるんだよ。
そのマントやジャケット、脱がないといけないんだぞ」

「――コ、コツがあるんです…」


 一言呟くだけで、真っ赤な顔をするフェイト。

嘘をついているのが丸分かりだが、何か方法があるのだろう。

――そこで、ピンと来る。

こいつは手品師だ。

今着ている衣装だって、脱衣出来る代物なのかもしれない。

服を着るのも、何かトリックを使えば可能と考えられる。

ただ、それを口には出来ない――俺達は観客の立場なのだから。

大いに納得して、俺ははやてに向き直った。


「用意してやってくれるか?」

「――うん、分かった。ちょっと待っててな」

 さすがはやて。

何も事情を聞かずに、車椅子を押して自分の部屋へ向かう。

家族ごっこに、あいつを選んだのは妥当だったな。

自分の人を見る目に満足していると、フェイトは横から俺を見上げている。


――頬を、朱色に染めて。


「あ、あの…」

「うん?」

「…き、着替える時…その…」


 尻つぼみになり、林檎のように顔が真っ赤になっていく。

着替え…? ――ああ。

冷静に考えれば、当たり前だった。


「部屋の外で待ってればいいんだろ? 
ドア越しに覗いたりしないから、安心しろ」

「…ぉ…御願い、します…」


 うわ――真剣に可愛いぞ、こいつ。

指をモジモジさせて、小さな声で恥ずかしそうにしている姿に、変な気持ちにさせられる。

――何か、鬱屈した気持ちが晴れていくようだった。

フェイトは、普通の女の子だ。

特殊な事情を抱えているだけ。

ポケットの中にいるこの宝石、返してやってもいいかもしれない。

本当に、こいつの持ち物なら。

だけど――少しだけ、惜しいとも思う。

返したら、きっと…


…フェイトは、俺から離れていく。


こいつが俺の傍にいるのは、本のせいだけではない。

俺の持つ石を取り返すため。

興味を示しているのは――俺じゃないんだ…


それを残念に思う俺は――やっぱり、狂ってるのかもしれない。


痛みだけを訴えるこの心の傷が、痛みを麻痺させてくれる冷たさを求めている。

フェイトという名の孤独を、傍に置きたがっている。

同時に、はやてやアリサのような拙い暖かさも――

  こいつ等さえいてくれるなら、俺は…



――電話が、鳴った。



温かさも冷たさも与えない、無機質な音色。

感傷を破壊する忌わしい電話音に舌打ちする。

自室から出てきたはやてが、慌てて受話器を取り出した。


「もしもし――はい、はい。ちょっと、お待ちください」


 はやては受話器から、耳を離す。

そしてそのまま――どういう訳か、俺に手渡そうとする。


「良介、電話」

「――だから!

どうしてお前の家に、俺への電話がかかるんだ!?」


 昨日の手紙といい、今日の電話といい、どうなってるんだ!? 

俺にプライバシーは存在しないのか!


――手紙? まさか。


昨日俺がシカトしたから、直接話をするつもりで?



"高町なのはさん――"



 怒りが、わいた。

いい加減にしろ。

殴られないと分からないのか、あのクソガキ。

あいつに加担する奴も許さん。

上等だ…

俺は漲る憤激を胸に抱いて、受話器を手にする。


「――もしもし」


『良介さん! ――フィリスです』


「…なんだ、お前か…」


 ――力が抜ける…

あいつなら、俺に電話できて当然だ。

冷静に考えれば、あいつ以外に電話できる奴なんていない。

本当に、近頃俺はどうかしている。

気を取り直して、俺は受話器を持ち変える。


「丁度良かった。実はお前に話が――」

『良介さん――いいですか、落ち着いて聞いてください』


 …?

フィリスの、差し迫った声。

これほど必死なフィリスの声を、俺は久しぶりに聞いた気がする。

とりあえず、肯定の返事。

――その答えは。



『レンちゃんが――発作で、倒れたんです!』



 俺の偽りの日常を――破壊した。


フェイトへの、気持ち。

はやての温もり。

アリサの笑顔――全てが、真っ白になって消える。


レン…あのコンビニ…


馬鹿な。


「お、お前何言って――」

『急患で、病院に――』


 ――その後、何を話したのか覚えていない。

レンの現在の状況を、話された気もする。

何かを――承諾した気もする。



 ツーツーツー…



 俺は――受話器を下ろす。



急患? 発作?

待ってくれ。

待ってくれって!


何だ、それ…?


何なんだ、それは!

何が起きている?

あの家で、一体何が…?


「良介、今の電話…どうしたん?」

「…」


 はやてに、フェイト。

心配そうな顔で、俺をじっと見ている。

あのフェイトでさえ、気遣いの眼差し。

今の俺はそんなに顔を青褪めてでもいるのだろうか?


――レン、発作…


急患で運ばれて――


家族。

絆。

レン。

俺は――



「――別に、何でもねえよ」



 ――気付いたら、そう話している俺がいる。



「本の事、聞かれただけだ。何か異常はありませんか、だと。
心配性だよな、あいつって」



 今まで通りの、俺。

他人には無関心な、俺。

家族なんて、いない俺――



「さ、飯食おうぜ飯。腹減ったよ。
フェイトの分、あるか?」

「う、うん、勿論あるけど…平気なん、さっきの電話?」

「だから、何でもないって。心配しすぎなんだよ、お前は」


   はやてにデコピンして、俺は電話から離れる。



俺はもう、振り返らない。

あの家を、捨てたのだから。



俺がレンを見捨てたら――今度こそ、あの家は俺に愛想を尽かすだろう。



それでいい。

忘れろ、とっとと。















――じゃあな…


























































<第十話へ続く>







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