とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第六話







 寝た。


ソファーに寝転がって、存分に寝てやった。

何しろ、昨日から寝ていない。

昼夜に及ぶ家捜しと廃墟の下調べ、アリサとの出会いと主従関係。

高町家との離縁、未来永劫の決別。

闇夜の徘徊とはやてとの出会い、自宅への招待と奇妙な本の拘束。

フィリスとの再会と、家族ごっこの開始。

――重なり続けた現実の出来事に、俺は疲れ果てていた。

フィリスとはやては、キッチンで車椅子生活について話し合っている。

相談事に付き合う趣味はない。

フィリスより怪我の手当て、はやてより身体の洗浄と衣服を用意して貰って。



俺は――寝た。












 ――声が、聞こえた。

俺を呼ぶ、明確な意思。

耳ではなく、頭の中に届く無機質な感情。

怜悧冷徹な――使命感。



"お前は"



精密機械の如き凍てついた声は、俺に語りかける。



"主の――敵か、味方か"



 聞き覚えのない声。

理由も無く、理解する。

――絶対者の、処断。

俺の命は今、この世界を律する絶対者に握られている。

歯向かえば、死。

逆らえば、死。

――間違えれば、死ぬ。



"答えよ"



 震撼する。

恐怖する。

――心の芯を脅かす、女の存在感…





…女?


またか。


また、女か。


――むかついた。



「知るか、ボケ」

"なっ――"


 いい加減にしろ。

ガキを含めて、俺の人生を脅かすのはいつも女だ。

――平和に生きて来た。

一人でいることに、不満なんて無かったんだ。



「俺に命令するな」



 何で俺に付き纏う?

何で俺に、優しく出来る?

何で俺を――

――家族と、呼べるんだ?



「…俺に。


味方なんて…いねえよ…」



"…"



 吐き捨てる。

まるで血を吐くように、吐き出す度に心が悲鳴を上げる。



――世界が、変わった。



仄かな、憐憫と――淡い、共感。

寂寥に満ちた、孤独。

俺と同じく、こいつもまた痛みを抱えていた。
 


"刻限まで、猶予はある――見定めよう、お前を"
 


 ――ユメは、終わる。

世界が砕けて――


銀の髪。

紅の瞳。


――パズルのような断片を残して、消えていく中で――


女の、淡い微笑が見えた気がした。















「良介、良介!」

「…ん…」


 揺さぶられて、目が覚める。

おぼろげな視界の真ん中に、心配顔のはやて。

違和感に頬を撫でると、水滴の痕が残っていた。

…涙? 

――馬鹿。

鈍い頭の痛みが不愉快だったが、身体を起こす。


「平気…? うなされてたよ」

「悪夢に怯えるちんけな神経してねえよ。心配するな」


 やや乱暴に、頭を手の本でペシペシ叩いてやる。

はやては嫌がる素振りを見せるが、声ははしゃいでいた。

フィリスの姿は無い。

帰ったのだろう、窓から見える景色はもう暗い。

朝御飯食べてすぐに寝たから――半日は寝ていた計算になる。

疲れきっていたからな、俺も。

お陰で身体は回復したが、精神に鈍痛を感じる。

答えが出ない以上まだまだ続くだろう、この苦痛は。


「もしかしておもたけど…やっぱり取れへんか、それ」

「寝汗で滑ったりしねえのかな、くそ」


 分厚い本が俺の手をまだ縛っている。

寝ている間はさほどでもないが、重さを感じるのがむかつく。

手の自由が利かないってのが、思っている以上に大変だった。


「ご飯、食べ易いのにしたから。一緒に食べよ」


 っげ。


「お、俺は自分で食うから」

「ふふ、どうやって?」


 箸も掴めない手。

食器に盛られたサラダをスプーンで掬う事も出来ない。

はやてに食べさせてもらうか、犬のように食べるか。

――どっちもプライドないですね、クソッタレ。

朝飯でもそうだったが、はやては躾に厳しい。

加えて俺がはやてに何かすれば、自動的にフィリスへ伝わる。

逆らえそうに無かった。

…にしても、


「…嬉しそうだな、お前」

「えー、そんな事あれへんよ。
家族の面倒見るいうんは、大変なんやから」


家族ごっこだ、勘違いするな。

罵ってやりたいが、手が使えない以上奴に頼るしかない。

この本、燃やしたい。

うきうきした様子でキッチンへ向かうはやてが、ふと車椅子を止める。

何やらごそごそポケットを探り、俺に差し出した。


…封筒?


「良介に手紙が来てたよ」

「手紙…? 何でお前の家に、俺宛ての手紙が来るんだよ」


 高町の家ならわかるが、この家に来たのは今朝だ。

俺の所在地が分かるはずが無い。

誰にも話さないと、フィリスも約束した。

あの女は、俺を決して裏切らない。


「わたしに聞かれても…封筒に宮本 良介様へってあるやろ?
住所書いてないから、直接投函したんやと思う」

「ほんとだ。誰だ、一体…」


 重ねて言うが、俺がこの家に居るのを知っているのはフィリスだけ。

高町の家の連中は、此処を知らない。

他の連中はそもそも俺が出て行った事も知らないだろう。

――気持ち悪いが、興味はある。

はやてに封筒を破ってもらって、中の手紙を読んでみる。





『高町なのはさんの事で、お話があります。
今夜十時、清風児童公園で御待ちしています。

ユーノ・スクライア』





 …誰?

そんな外人名、はっきり言って記憶の片隅にも無い。

他人にはそもそも関心を抱かないのが、俺。

謎の差出人に、俺は首を傾げる。

代わりに、一つだけ謎は解けた。

清風児童公園――はやてと出会った公園だ。

こいつは恐らく其処で俺達を見つけて、後を尾けてきたのだろう。


"高町なのはさんの事で――"


 ――こいつ、俺が出て行ったことを知っている。

なのはとの、複雑な仲も。

高町の家の人間だとすれば、わざわざ投函せず直接会うだろう。

誰だか知らないが――


「あー!? な、何で捨てるん?」

「悪戯だ」


 ――なのはなんぞ知るか。

本当の、家族に相談すればいい。

俺はもう…あの家の人間じゃないんだ。

鬱陶しい事を思い出させるな。

俺はゴミ箱へ捨てて、忌々しい手紙を棄却した。


"おにーちゃん…"


 家族、か…

偽りに満ちた生活。

拒絶した絆。

高町家で捨ててきたものを、俺は別の形で掴み直そうとしている。

違うのは――俺が、この関係を受け入れた事。

俺に似た境遇と孤独を背負うはやてと共に、これから歩む道を探していく。

なのはは――



俺が居なくても、幸せになれる。



「良介ー、お味噌汁冷めるよ。はよ観念し」

「へいへい…」


 暖かい御飯の匂いに、俺は少しだけ癒された。















 午後九時。

俺は寝静まったはやて家をそっと抜け出し、深夜の歩道を歩いていた。

はやては俺と同じく昨晩あまり寝ていなかったらしく、今熟睡している。

俺にとってはチャンスだった。

――手紙の件はシカトにしても、俺は今晩用事がある。

他でもない、俺様の城の事だ。

はやてとの家族ごっこは、答えが見つかるまで。

心が訴え続ける痛みさえ除去出来れば、当たり前だがあの家を出る。

俺に、家族は必要ない。

廃墟だが、一人者の俺には快適な家をようやく見つけたのだ。


――可愛いけど生意気な、メイドだっている。


手放す気は毛頭無かった。

はやてにはあの家の事は教えていない。

反対するだろうし、何よりアリサについて説明に困る。

あのメイド、自分で幽霊とか言ってるからな…

それに年端もいかないガキを廃墟に住まわせていると知れたら、変態扱いされる。

世間体なんぞ気にしないが、はやては一応今は家族だ。

今後は昼ははやての家、夜はあの家との往復になるだろう。

手を縛り付ける本の一件もあるし、夜中行動するのは丁度いい。

人通りもないしな――


…。


…。


…なさすぎないか?


横断歩道へ出るが、誰も居ない。

信号や街頭が不気味に光っているだけ――

町がまるで死んだかのように、恐ろしいほど静寂に満たされている。

俺は――この空気を、知っている…



見上げる。



歩道橋の真ん中で――


「…フェイト・テスタロッサ」


 ――黒いマントが、夜風に舞っていた。


























































<第七話へ続く>







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