とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 最終話
深夜。
寝静まった高町の家で一人、俺は起きていた。
灯りは完全に落とされ、家の中は真っ暗である。
ノエルの運転で全員帰宅して、この家の住民も疲れ果てて寝静まっている。
最後まで面倒をかけたなのはも、今頃ベットの上でおねむだ。
俺も身体はともかく、精神的に疲れ果てている。
今日の花見では桜を楽しむより、あの連中との馬鹿騒ぎで時間が過ぎてしまった。
なのはは結局離れなかったし、散々だった。
暖かい布団に横になればすぐに寝れると思ったんだが――少しも寝れない。
瞼を閉じても眠気は訪れず、意識ははっきりしていた。
で、仕方なく起き出して台所へ。
冷蔵庫へ片付けられた今日の残り物と、日本酒の瓶を取り出す。
明日の朝ご飯に利用すると、家事を賄うレンの談。
少しつまむ程度なら問題ないだろうと、俺は鼻歌混じりに縁側へ出る。
庭にあの私有地の桜でも咲いていればいい肴になったが、高望みは出来ない。
コップに酒を注いで、俺は夜を堪能した。
「…ふぅ」
高町の家は郊外で、車通りも少ない。
温暖な風はなかなか心地よく、静寂な空気を俺は楽しんだ。
一人でいるのはやはり落ち着く。
他人との付き合いほど、疲れることはない。
賑やかだった一日の終わりは、せめて静かに迎えたかった。
うん、起きていてよかったかもしれないな。
――と、折角俺が気分良く酒を飲んでいたのに。
異音。
ゴトゴトと、目障りな音が俺の鼓膜を刺激した。
舌打ちして、振り返る。
――居間のテーブルの上に置かれている籠。
星明りに照らされて、籠の中の動物が見苦しく叩いている。
フェレット。
こやつの瞳は明らかに俺に向いており、何かを訴えている。
出せとでも言っているのだろうか?
馬鹿め。
気持ち良く飲んでいた俺の気分を害した罪は重いぞ、獣。
俺はのしのしと大股で近付き、籠を掴んで持ち上げる。
そのまま大きく振り上げて、
シェイク。
シェイク。シェイク。シェイク。シェイク。シェイク。シェイク。シェイク。シェイク。
シェイク。シェイク。シェイク。シェイク。シェイク。シェイク。シェイク。シェイク。
シェイク!
目標、沈黙。
暴風雨に舞う枯葉の如く、フェレットは籠の中で何度も揺さぶられて目を回している。
何度も言うが、俺に動物愛護の精神は微塵も無い。
あー、うるさかった。
俺は籠をテーブルの上に置いて、再び縁側へ出る。
ただじっと一人で座っているだけで、疲れた精神がほぐれていく。
一人ってのは本当、素晴らしいな。
料理も酒も美味いし、言う事なしだ。
時間がこのまま止まればいいのに――なんて、乙女チックな台詞だって吐いてやるぞ。
「…ふにゃ…」
…このガキは…
振り返らんでも誰か分かる。
貴様は俺の安らぎの時間を奪う為に存在しているんじゃないのか。
怒りに震える俺に気づいていないのか、なのはは間延びした声で聞いてくる。
「ぅー…おにーちゃん…呼んだ…?」
「誰がお前なんか呼ぶか」
例え死ぬ間際でも、お前は呼ばない。
渋々振り返ると、パジャマ姿のなのはが寝ぼけた顔で立っている。
余程眠いのか、しきりに目を擦っていた。
女の子の可愛いパジャマ姿にドキドキする場面だが、生憎こいつは小学生。
ただのちびっ子である。
とはいえ、身内でもなんでもない男にこの無防備ぶりはどうなんだろうか。
呆れ果てて物も言えない。
「さっき…男の人の声が聞こえたんですけどぉ…」
「俺じゃねえ」
俺は耳がいい。
この家で誰かが話したり、叫んだりしていればすぐに聞こえる。
なのははとろんとした顔で続ける。
「僕に力を貸して、って小さい声だったのに、だんだん大きくなって…
今すぐ僕を助けて、殺されるとか…
あと、凄い悲鳴が聞こえて…」
「夢でも見たんだろ。馬鹿な事言ってないで、とっとと寝ろ」
「はぁーい」
間延びした声で返事をして、なのははとことこ戻る。
あの調子だと、明日の朝には忘れているだろう。
夢見る少女は幸せでいいよな、全く。
――そういえば。
「…あいつもなのはと、同じくらいの年なのかな」
あの日も――
――こんな静かな夜だった。
手に握る竹刀の感触が頼もしく、不安でもある。
物陰に隠れて様子を伺う俺の傍で、久遠も怯えているようだ。
不穏な空気、異常な雰囲気――
手の平に汗がじんわり広がっていくのを感じつつ、俺は竹刀を構える。
――小さな足音。
不気味に静まり返る住宅街で、その高鳴る足音は際立っている。
確実に近づく気配。
コツコツと音を立てて道を歩く不審者を、俺は隙を見て覗き込む。
(…な、何だあの格好!?)
ツインテールの小娘。
背丈や年齢はなのはと同じか、少し上と言ったところか。
月の光を浴びて輝く金色の髪が印象的な、少女である。
見目麗しい容貌で、小さな顔立ちに将来への片鱗が見える。
だが、俺が気にしているのはガキの顔じゃない。
漆黒のジャケットに、黒のマント。
手に掲げているのは闇に染まった杖。
この異常な世界にある意味相応しい、童話の中の魔法使いのスタイルだった。
アニメやゲームの真似事だと、普段の俺なら大笑いか馬鹿にするだろう。
が――俺は息を呑むだけ。
これ以上ないほど、このガキの顔は――真剣だった。
怜悧冷徹。
温もりをまるで知らない、孤独に満ちた少女。
ひなたの世界で育ったなのはとは真逆の、冷たさが宿っている。
少女はそのまま歩き――足を止める。
――俺の隠れている前で。
(気付かれた!?)
俺はぎゅっと竹刀を持ち、体勢を維持する。
一言でも何か言えば、飛びかかる。
子供でも容赦はしない。
手加減するなと、俺の本能が警告している。
さあ、来い――
…っ。
…っ。
…っ。
…っ。
…っ。
…っ。
…。
…?
…イライラ。
…飽きた。
『何か言えよ、お前!』
『――!?』
竹刀をバシっと思いっきり道路に叩きつけて、俺は出て行く。
隠れているのがばれているのに、じっと待たれると恥ずかしくて仕方ない。
相手もまさか怒鳴り込んでくるとは思ってなかったのだろう。
目を丸くしている。
俺は八つ当たり気味に叫んだ。
『リアクションに困るだろうが!?
第一印象は大事にしろ!』
『ご、ごめんなさい…』
弱っ。
小さなハンドベルを鳴らすような可愛い声で、少女は謝罪した。
――謝るなよ…
あの時の事を思い出しただけで、苦笑がにじみ出る。
絶対、暴力親父や教育ママに逆らえないタイプに違いない。
フェイト・テスタロッサ。
修羅場の夜を終えて、あいつはそう名乗っていた。
もしあの娘を花見に呼べばどうなっただろう?
自分を殺そうとした相手に俺はそんな思いを抱いて、賑やかだったこの日を静かに終えた。
<第五楽章 生命の灯火へ続く>
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