とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第四十二話







 怒ったり喜んだり疲れたが、話はようやく終わった。

時間的には短かったが本人は満足したらしく、恭也は席を立つ。

あんな無口な男でも人気があるのか、レンや晶に呼ばれて二人の弁当を食べ比べている。

平和な連中である。

――で、


「…お前もいい加減母親のところへ帰れよ」


 なのはは、相変わらず離れようとしない。

兄貴との話を終えて、また俺の隣に座りやがったのだ。

久遠はのんきに寝たまま。

主人が気疲れしている時に、この獣はむかつくほど穏やかに眠っていた。

なのはは久遠を優しく膝元へ寝かせて、


「まだおにーちゃんとお話したいです」

「お前には飽きたんだ」

「はわー!? お願いです、捨てないで下さいー」


 …ノリのいいチビッ娘である。

俺は半分は本気で言ったのだが冗談と受け止めたのか、なのはは楽しそうに俺のシャツの裾を引っ張る。

お返しに髪の毛でも引っ張ってやろうか、この能天気娘は。


「へぇー、すっかり仲良しさんだね」


 ――また疲れる奴が来やがった…

気軽にひらひら手を振って、月村忍がこっちへやって来た。

傍に控えるノエルは、こんな花見の席でも職務熱心だ。


「なになに、恋のトーク? 私も混ぜて」

「追っ払え、なのは」

「えー!? おにーちゃんのお願いでも、それはちょっと・・・」

「っち、使えない奴め。ノエル、お前がやれ」

「申し訳ありません、宮本様。その御命令には従えません」

「二人は私の味方だもんね」


 月村の朗らかな微笑みになのはは苦笑を、ノエルは静かな表情で受け止める。

なら、お前らだけで遊んでろよ。

俺の怒りを少しも察知せず、月村は俺の右隣に腰掛ける。

なのは左隣、ノエルは対面、背後は桜の木。

・・・逃げられない構成になっているのは気のせいか。

すっげえ居心地悪いんですけど。


「んー? 
折角可愛い女の子達に囲まれてるのに、さえない顔してるよ侍君」


 やはりそうか、確信犯め。

俺は言ってやった。


「一人たりとも該当する人間がいません」

「こんな事言ってるよ。いけないおにーさんだよね」

「平気です、慣れてますから」

「・・・はい」


 ノエルまでさり気なく頷いてる!?

絶妙なタイミングで攻めにかかる女達に、俺は追い込まれていた。

やばいやばい、ペースに飲まれたら負ける。

酒があれば口直しに飲むのだが、くそ馬鹿恭也が持っていった。

月村も俺のところへ来るなら手土産に持って来ればいいのに、気の利かない女である。

仕方ないのでお茶だけ飲んで、気分を落ち着ける。


「お前も他の連中と遊んで来いよ。
同じ学校の連中がたんまりいるだろ」

「いいの。私は侍君と一緒にいたいんだから」


「・・・ぇ?」


 月村忍、容姿端麗・スタイル抜群の美少女。

深い色を湛えた綺麗な瞳に見つめられて、こんな言葉を言われたら大抵の男は落ちるだろう。

こいつの学校の生徒だったら、誰もが心を奪われるに違いない。

だが、生憎俺は大人の男。

孤独を愛する剣士の心は、美人の誘惑でも揺れない。


「ほら、ノエルも。アピール、アピール」

「宮本様。
宜しければ、少しの間貴方の御時間を私に下さい」


「・・・ぅー」


 真剣な目。

揺るぎもしない丁寧な物腰と、人形のように整った容姿。

・・・平常心、平常心。

男は常に忍耐を持たねばならない。

俺は素っ気無く呟いた。


「嫌だ」

「一言で断われたよ、ノエル」

「残念です」

「・・・ほ」


 月村は冗談だと分かるからいいとして、ノエルはどこまで本気か分からん。

分かるのは、相変わらずの二人だという事だ。

ノエルも少しは諌めろよ、この気まぐれな御主人様を。


「相変わらず馬鹿な事ばかり言ってるな、お前は」

「侍君だって相変わらずだよ、もう」


 断れて拗ねたように口を尖らせるが、表情は笑っている。

変わってなくて安心した、そんな顔だった。

俺は未来永劫変わらないのに変な心配しやがるな、こいつは。

月村は俺の顔を覗き込んで、


「退院してから全然家に遊びに来てくれないし」

「何で俺がお前の家に行かなければいけないんだ」

「冷たいよー、この前まで一緒に住んでたのに」


「・・・はぅ・・・」


「隠れ家にちょうど良かったからな、あの別荘。
事件が解決すればもう用はないぞ」

「利用するだけ利用して捨てるんだ。酷い男だよねー、侍君は」

「俺はいつだってそういう男だぞ、馬鹿め」

「胸張って言う事じゃないよぉー。
  女の子に嫌われるよ」


「・・・ぁ、あの、わたしはおにーちゃんを・・・」


「別に女に嫌われても平気だぞ、俺は」

「堂々と言わないでよ、もう・・・ふふ」

「・・・何だよ? 何が可笑しいんだ」

「ううん、ただ――

女の子に冷たい侍君を好きになる人って、大変だろうなって」

「そんな奴いねえだろ。余計な心配だ」

「いいの。私にとっては他人事じゃないから」


「・・・っ」 


 ――?

何だろう、こうゾワッと背筋に走る気配は。

俺は月村を見ながら話し続ける。

・・・何故か、反対側を見ることが出来ない。


「侍君って今、高町君の家に住んでるんだよね?」

「あ、ああ。退院してから、ずっと世話になってる。
入院の費用や退院後の世話とか見て貰ってばっかなんで、いい加減何とかしたいんだが」

「だったら、うちにおいでよ」

「お前の家ぇ?」

「一緒に生活した仲だもん、私は平気。
ノエルも居るし、不自由しないと思うよ」

「うーん・・・」

「うちが嫌なら、空いてる別荘を使ってもいいし。
さくらだって反対しないと思う。気に入られてるんだよ、侍君って」

「でもな・・・」


「だめです!!」


 目を向ける間もない。

どういう原理なのか、俺が気付いた頃には一人の少女が俺に抱きついていた。

小さな顔を、目を丸くする月村へ向けて。


「おにーちゃんは、ずっとうちにいるんです!」


 ――春の暖かな世界の中で。

この場の空気は一瞬で、凍った。



































































<続く>







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