とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第四十一話
高町家は基本的に皆で仲が良い。
夫を喪った妻、父親のいない兄妹、家族の元を離れて住まう者達。
血の繋がりが薄く、心の繋がりが濃い。
誰かが本気で喧嘩をしているのを俺は見た事がないし、笑顔が絶える時間なんて存在しない。
明るく優しさに満ちた、理想的な家。
桃子一人ではなく、家族全員が高町の家を支えている。
俺は例外。
未来永劫住むつもりはないし、家族ゴッコに付き合う趣味はない。
ただあの家で何日も生活してて、他人では気付かない側面を見てしまった。
本人にも言ったが――なのはの立ち位置だ。
桃子とフィアッセ。
一日の時間の大半を同じ喫茶店で過ごし、年齢差はあるが互いに同じ苦労を背負っている。
二人の立場や年齢・境遇の詳細を俺は知らんが、夫のいない桃子にとってフィアッセは一番の頼り綱だろう。
レンと晶。
一日の時間の大半を同じ学校で過ごし、私生活でも二人はよく一緒にいる。
喧嘩ばかりしているが、あの二人が互いを意識しているのは間違いない。
恭也と、美由希。
早朝から稽古、日中は学校、夜は鍛錬。
単純な兄と妹の関係を超えて、二人は剣を通して互いを特別な目で見つめている。
なのはには――いない。
別に、なのはが嫌われているのではない。
こいつは愛されている、それは間違いない。
本人も、それは分かっている。
ただ傍目から見ていて・・・なのは一人、浮いているように見える。
桃子とフィアッセ、レンと晶、恭也と美由希。
それぞれのやり取りを横で見ては、暖かい微笑みを浮かべて――それで終わり。
踏み込まず、そっと離れていく。
こいつがそれで満足なら、俺は別にどうでもいい。
高町の家の事情なんぞ、俺にとっては興味の範囲外。
家庭円満でも、家族別居でも、何でも好きにやってくれって感じだ。
――なのにどうしてこうなるんだ!
考えてみろ。
七人家族なんだから、二人組になれば一人は確実に余る。
極端に言えば、あの家でなのはが一人余っているんだ。
その七人家族に、一人――本人は大いに不本意だが――増えたら八人になる。
開いていた穴が埋まる。
なのはは小学生にしてはしっかりしているが、それでもまだガキだ。
自分が家族で浮いているのを自覚していたら、寂しくだってなるだろう。
なのはが俺を慕ってくるのも、寂しさを埋める為だ。
俺が気付いてちょっとだけ気にかけてやったら、なのはが思いのほか喜んだだけだ。
決して、特別な感情なんぞありはしない。
だから。
そんな目で俺を見ないでくれませんか、お兄さん。
「――おにーちゃん?」
訝しげな顔をする恭也。
何故か口にしたなのはではなく、俺に聞いてくるんだキサマ。
「このガキが勝手にそう呼んでいるだけだ」
嫌なら、てめえが矯正しろ。
のっけから好戦的な俺。
この空気にあてられているのかもしれない。
恭也が此処へ来てから、尖った気配が俺に突き刺さっている気がする。
俺がなのはを指すと、恭也は小さく息を吐いて、
「なのは、宮本が困っているだろう」
「でも――」
・・・だから何で俺に答えを求めるんだ、お前ら。
なのはの助けを求める視線を感じて、鬱陶しげに睨み返してやる。
――目を潤ませるな、目を!
性質の悪い妹分に、俺の頬が引き攣った。
「――別にどっちでもいいよ」
「・・・そうか?」
「宮本さんとか呼ばれると、気持ち悪い。今更だ、今更。
お前が呼びたいように呼べよ」
「・・・ぁ。
はい、おにーちゃん!」
無邪気に喜んでいるなのはを見ると、怒る気もなくなる。
盛大に溜息を吐き、俺は恭也を見上げて、
「座ったら? なのはと話をするんだろ。
お前も兄貴のほうへ行け」
「あ、ああ・・・」
「うー、分かりました」
あー、暑苦しかった。
恭也が俺の対面に座り、なのはがその横へ。
真ん中にお菓子やおつまみを乗せた皿、隣に飲み物を置く。
二人に紙コップを渡して、瓶を――
「――おい」
「何だよ」
「普通に酒を注ごうとするな」
男のくせに酒が嫌いなのか?
折角用意してくれた美味しい日本酒だというのに。
俺の咎める視線に気付いてか、剣呑な眼差しで恭也は実に有り難い御言葉を口にする。
「俺もお前も、未成年だ。なのはもいる」
「別にいいじゃん、無礼講で」
「駄目だ。お前も飲むな」
「あ、こら!」
その日本酒の瓶、まだ半分以上残っているのに!
あー、馬鹿馬鹿馬鹿!
桃子に渡すな、桃子に!!
げげー、リスティの奴奪い取りやがった!?
ぐああああ、あの女に渡ったら取り返すのは不可能だ。
「うぐぐぐ・・・」
恭也は平然とした顔で、水筒と新しい紙コップを持ってくる。
お茶なんぞ飲めるか!?
つまんねー、何てつまんねー奴だ!
「れ、礼儀には厳しい兄でして・・・」
歯軋りしている俺に、なのはが頬に汗を流してフォローする。
礼儀っていう問題か、これ!?
俺がどう生きようと、何を飲んで食おうと、俺の勝手だろうが。
ぶん殴ってやりたいが、他の連中は倫理的に恭也に味方をするだろう。
フィリスが向こうに回った時点で、俺の負けだ。
「おのれ・・・こうなったら、絶対泣かす」
実に、会話が楽しみになってきた。
奴の欠点を見出して、今後の苛めの材料にしてくれるわ。
落ち着いた顔で戻ってくる恭也に、俺は新たな闘志を燃やした。
酒が無くなったので、食事のほうへ。
恭也が持って来たお代わり分を食べて、俺は酒の未練を食欲で満たす。
俺がもぐもぐと食べている間、恭也となのはが話をしている。
俺は話しを振られると、適当に相槌をうつだけ。
攻撃するのは、戦況を見てからだ。
恭也はお喋りな男ではないが、なのはと話をしているこいつは穏やかな顔をしている。
日常的な話をして、妹と交流をしていた。
「新しい学年はどうだ」
「仲のいい子もいるから、毎日楽しいよ」
「遊ぶのはいいが、勉強もしっかりやるように」
「はーい」
俺の気のせいだったかな?
恭也の温かな指摘に、なのはは小さく舌を出して頷く。
純真無垢な妹を心から大切にする兄。
誠実な兄に甘える妹。
どう見ても、少しの距離差も無かった。
――むかむかする。
距離差があったのは、俺だった。
俺となのは、家族ではない関係。
血の繋がりも、心の繋がりも、ありはしない。
俺が望んで、距離を置いたのだから。
なのはが俺より――
本当のお兄さんを慕うのは、当然だった。
馬鹿馬鹿しい。
少しでも気にしてやった俺が、心底腹が立つ。
なのはが、恭也に話しかける度に。
恭也を見つめる度に。
心からの笑顔を――見せる度に。
俺の中で血反吐を吐きそうな不快感がこみ上げる。
さっきまでの、俺との時間が嘘だったみたいに。
なのはは本当に、楽しそうだった。
・・・気持ち悪い・・・
こんなもの、見たくなかった。
唾でも吐きかけたい気分だ。
自分のペットが、他の人間に懐いているのを見ているようだ。
いや――違う。
なのはは、恭也の家族だ。
俺じゃないんだ・・・
何をがっかりしているんだ、俺は。
おにーちゃんと呼ばれて浮かれていたのか、馬鹿が。
一匹狼が何を意味不明な願望を――
俺はオニギリを丸ごと口にして、噛み砕く。
口の中に何か入れていないと、何が飛び出すか分からなかった。
「――塾はどうだ。夜遅くまで頑張っているようだが」
答えは知っている。
はいはい、勉強が難しいからついていくのが大変なんだろ?
本当の兄貴にもちゃんと報告してやれよ、けっ。
慰めてもらいやがれ、クソガキが。
・・・醜い罵詈雑言に、俺自身がむかついた。
恭也に聞かれて、なのはは口を開く。
「うん、ちゃんとやれてるよ」
――は?
「塾の勉強は難しいだろう」
「先生の授業は分かり易いから。すっごく勉強になるよ」
・・・おいおい、何言ってるんだ?
お前、難しくて追いつくのが大変だってさっき――っ。
――なのはがこっちを見て、小さく微笑んだ。
悪戯っぽい微笑みで。
内緒ですからね――と。
なのは・・・
反転する。
煮え滾る怒りや吐き気を催す不快感が、瞬時に覆された。
心に満ちる優越感。
家族の誰も知らないあいつの弱さを、俺だけが知っている。
俺だけが――
「・・・どうした? 口元が綻んでいるぞ」
「べっつにー」
――や、やべ。
天下を取ろうって男が、あんなガキに贔屓にされて喜んでどうする。
まだ話をしている兄と妹。
今度は、不快感を感じる事はない――
俺は冷たいお茶を飲んで、喉を潤す。
――心が渇きを訴えていたのだと、俺はその時初めて知った。
<続く>
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