とらいあんぐるハート3 To a you side 第四楽章 月影の華桜 第三十九話







 久遠の事は誰にも口外しない。

固く誓った上で、後日会う約束をしてこの場での話は終わった。

花見の席でする話ではないし、久遠に関しては俺も誰かに言う気はなかった。

神咲の心情を重んじてと言うより、誰かに話したところで笑われるのがオチだからだ。

一緒に行きましょうと誘われたが断り、神咲は残念そうに皆の元へ戻った。

美由希と仲良く話しているところを見ると、ノンキ者同士気があったのかもしれない。

他者の交流関係に特に感慨も覚えず、俺は夜桜を肴に一人で酒を飲む。

久遠は俺の傍で子魚を齧っている。

何が楽しいのか知らないが、俺の傍を離れようとしない。

飼い主想いの無い獣である。

もっとも野良犬の類とは違い、久遠は大人しい。

そっとしておいても、平気だった。

――静かな時間、落ち着いた一時。

目に鮮やかな花びらを楽しんで、俺はコップを傾ける。

賑やかな女達の声が響くが、許容範囲内。

広々とした私有地の静寂を壊すには至らない。

持ってきたツマミの皿に手を伸ばし口に銜えて――ふと、見る。

高町なのは。

暖かな家族の輪に入って笑っているが…違和感があった。

もどかしげな気持ち。

視界に入るあいつの姿に、気になるものを感じる。

家族の会話に耳を傾けて、相槌を打って、感情豊かな表情を浮かべる。

この花見を、家族との一時を楽しんでいる。

――なのに、何故か今のあいつが…俺に見える。

一歩引いた場所から、家族の団欒を観察する――

その視線が冷たいか、暖かいか。

俺とあいつとの差は、それだけ。

どれだけ多くの人間がいても、輪に囲まれても、心は孤独。

仲間外れにはされていない、あいつらはそんな事はしない。

でも――今のあいつは・・・・・・

話し疲れた様子で、コップのジュースを一口。

そして顔を上げて――俺を一瞥し――また家族に顔を向ける。

誰からも愛される、高町なのはの顔を向けて。

俺は酒を一口飲み、嘆息。

顔を上げると視線が合い、あいつは慌てて目をそらした。

舌打ち。

無視してもいいが、感じてしまった気持ちは消せない。

腹が立つが――共感してしまったのだから。

コップを置いて、手招き。

なのははすぐに気がつき、こっそり場を抜け出してこちらへ駆けてくる。

クソガキ、俺は胸の中で罵倒しつつも苦笑した。

















俺にとって、なのはは忠実な使いっぱしり。

腹が減ったので適当に食べ物を持ってくるように命じると、皿に乗せて持って来た。


「くーちゃん、サンドイッチ食べる?」

「くぅーん」


 ・・・主人を差し置いて狐に餌付けしているのがむかつくが、大人なので我慢してやる。

久遠はまだ少し遠慮しているが、純真ななのはの好意に恐る恐る食べ始める。

はむはむ食べる子狐に、なのはは感激したのか顔を輝かせて見つめていた。

子供と動物の友情――甘ったるい光景だった。

酒の苦味で誤魔化すように、俺はコップにお酒を入れて飲む。

なのはは屈んで久遠の様子を見つめていたが、やがて俺の隣に座った。


「えへへ、こんにちは」

「てめえとは一緒に来ただろうが」

「いたっ!? うー、意地悪なおにーちゃんです」


 デコピン一発。

なのはは額を押さえて、涙目で見上げる。

生憎、これっぽっちも良心は痛まない。

スルメを噛みながら、俺はなのはを逆に見下ろした。


「で、どうよ。花見は楽しんでいるか」

「はい、とっても! 良介おにーちゃんは?」

「全然だな。早く帰りてーよ」

「こ、此処で一人でいるからだと思います。
皆で一緒にお話すれば、とっても――」

「俺は一人が大好きなの」

「・・・で、でも・・・」


 何か言いたそうだが、睨むと弱気な顔で黙り込んでしまう。

・・・こいつのこのなよっとした態度が、気に入らん。


「本当に楽しいのか、お前」

「なのはは、おかーさんやおにーちゃん達と一緒で――」

「気を使ってるだろ」


 上辺の言葉なんぞ聞きたくない。

ストレートに問うと、なのはの表情が強張る。


「――前々から思ってたんだが・・・

小学生の分際で、お前ちょっと遠慮しすぎじゃないか?

我侭は言わない、家庭環境に一切不満無し、毎日一生懸命、勉強は欠かさず。
俺みたいな押し掛けの居候にも、何にも文句を言わない。
疲れないか、そういうのって」


 言い方は少し顕著なのは自覚してる。

たった一人の母親になのははいつも明るい笑顔を見せているし、家族が大好きなのは本当だろう。

血の繋がらないフィアッセやレンにも、親しみをこめて接している。

毎日が幸せなのは、間違いない。

ただ――こいつだって人間であり、まだちびっ子だ。

不平・不満は無くても、何かこうして欲しいとか普通はある。

花見の宴席のこいつの様子を見ていて、特にそう思った。

心を許すのと、甘えるのとは違う。

優等生のなのはにだって、今の生活に不満や悩みとかのではないだろうか?

例えば――


――父親――首を振る。


踏み込めば、やばい。

家にいない父親。

話題に出ない、俺の知らないなのはの家族。

この話題は、絶対にやばい。


「えーと、例えば・・・そう、兄貴の事とか。
あいつ、毎日のように美由希と一緒に稽古しているだろ」

「おにーちゃんもおねーちゃんも、強くなる為に一生懸命頑張ってます。
わたしはいつも応援して――」

「同じ妹のお前とはあんまり一緒にいないよな、あいつ」

「――っ」


 不公平とまでは言わない。

恭也が美由希もなのはも、不器用ながらに愛しているのは分かっている。

わけ隔てなく、家族として。

なのはと一緒に遊んでいる姿も、確かに見た。


「二人は剣を通じて、互いに強く結ばれてる。

同じ兄妹として、お前は少しも感じないのか」

「・・・」


 恭也がなのはに剣を教えないのは、資質もそうだが本人の意思でもあるからだろう。

俺が言いたいのは、そういう理屈面ではない。

なのはは、何も言わない。

当然だ。

俺の推測でしかない、まして俺は赤の他人。

家族に打ち明けない気持ちを、俺に話すなどありえない。

俺だって、この小さな馬鹿の悩みなんぞ解決してやる気はない。

ただ、その・・・


「・・・ま、お前に本当に不満がないって言うんなら、別にいいけどよ」


 うぐぐぐぐ・・・

この煮え切らない気持ちが、俺の胸の中にある解消し切れない不満が口に出ている。

自分でも理解不能な気持ちなので、結局何が言いたいのか本人がよく分からんようになってきた。

あーくそ、イライラする。

桜の木でも蹴飛ばしてやろうか、うがー!

咆哮する俺の苛立ちは――


――手の平の感触で、消失した。


「心配、してくれているんですか?」

「ばっ、お前、何とち狂って――俺は」


「ありがとう――


――おにーちゃん」 


 今までとは違う、俺への呼びかけ。

無垢な、信頼。

なのはは潤んだ目で俺を見つめて、



「おにーちゃんには・・・いっぱい我侭言っちゃうね」



 言うなーーーー!


泥沼にはまったのをしっかりと自覚しながら、俺は小生意気な妹に鉄拳をお見舞いした。



































































<続く>







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