とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第一話







 海鳴市藤見町。

冬の終わりも近いこの季節において、遅まきながら覗かせた朝日が海を美しく輝かせている。

山の頂上から流れる風が舞い降りては、活動を始める人々の呼吸を包み込んでいた。

山の険しさと海の雄大さを抱いているこの町の朝は早い。

早朝より一軒一軒新聞を配る配達屋さんに促されるように、町の住民のそれぞれの朝が始まりを告げる。

そんな町の一画に、一軒の住居があった。

近所の家々と比較しても決して見劣りしない家の造りに、日本的な自然がそのままとなっている中庭。

朝の静寂さを表している様な波紋なき小池に、庭の隅に建てられている荘厳な雰囲気に包まれた道場。

『高町家本邸』、住民達の朝は既に始まっていた。

表札が堂々と貼られている門構えの前で、一組の男女が走り込んで来る。


「今日の訓練はこれまで」

「はあ、はあ・・・ありがとうございました!」


 淡々と述べた少年に、額の汗を拭いつつ頭を下げる少女。

動きやすい服装に全身を包んでいる十代の若さを秘めた少年ではあるが、年齢に不釣合いな雰囲気と鋭い顔立ちをしている。

逆に少女は健康的に鍛えられたスポーティなスタイルに、年頃の優しさが瞳に浮かんでいる。

『高町 恭也』に『高町 美由希』、二人は兄妹だった。


「春休みに入ったら、本格的な特訓に移る。万全な体調を保っておけよ」

「うん、でないととてもついていけないもんね」


 兄であり師でもある恭也の言葉に、美由希は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「本格的な特訓」の意味を熟知しているが故の過酷さと覚悟が、美由紀の笑顔に映し出されている。

二人は平和な現代において、尚磨き抜かれている剣術を学んでいる剣士だった。

「小太刀二刀・御神流」

現代スポーツにおいて活発化されている「剣道」とは異なる、より実戦的な「剣術」。

如何にして人を倒せるか、如何にして人を排除できるか。

敵を倒す事のみに特化した技を携え、二人は日々稽古を続けている。

恭也は「小太刀二刀・御神流師範代」、美由希は「小太刀二刀・御神流正統後継者」の身。

責務も実力も差が出ているゆえに、兄妹でありながら師弟関係でもあった。

決して妹だからと甘やかす事はなく、さりとて日頃から一番自分を心配してくれている。

恭也という存在を、美由紀にとって心から尊敬していた。


「さて、朝ご飯に遅れると母さんがうるさいからな。早く着替えよう」

「そうだね。私もシャワーを浴びたいよ。あ、え〜と・・・」


 三つ編みにしている長い髪を揺らし、美由希は呼吸を整えつつもどこか思案する素振りを見せている。

無愛想な表情を顔に出している恭也ではあるが、妹の迷いを一瞬で看破しため息を吐く。


「先に入っていい。俺は着替えを優先するから」


 さすがに幼い頃から連れ合っている仲である。

兄の不器用ながらに優しさのこもった言葉を耳にして、美由希は照れ笑いを浮かべて礼を言った。


「ありがとう、恭ちゃん。先に入らせてもらうね」

「一応言っておくが、長風呂は禁止だぞ」

「勿論分かってるよ。大丈夫大丈夫」


 手をひらひらさせてそう言う美由紀に、恭也は苦笑を禁じえない。

二人はそのまま玄関口を潜り、家の中へと入った。

高町家本邸は全体的に和風であり、洗練された日本伝統の美が各所に見受けられる。

家の者の卓越した家事の技能なのか、廊下や多くの部屋内まで清潔感にあふれていた。


「美由紀、お前今日の予定は?」


 廊下を歩いてふと思い立ったのか、自分の前方を歩いている美由希に尋ねる。

美由希は背後を振り返って、きょとんとした顔で恭也を見つめて言った。


「今日は学校は午前までだから、昼からは出稽古に行くつもりだよ」

「出稽古・・・前先先生の道場か」


 前先道場は、この町はおろか全国でも有数の剣道道場である。

師範である『前先 健三郎』が一代で興した道場で、弟子の数も多い。

ひきかえ剣術を学んでいるとはいえ、御神流の稽古は師範代である恭也しかいない。

そのために美由希は週一単位で、他所の剣道道場に出稽古に出かけているのだ。

特に前先道場は日頃から懇意にしてもらっており、美由希は弟子の間でも人気は高かった。


「ひょっとして、何か予定でもあった?」


 いきなりの質問に戸惑ってか、美由希は恐る恐る兄の顔を覗き込む。

美由希の様子に頭を振って、恭也は答えた。


「いや、今日は夕刻より町の寄り合いに出かけないといけないんだ。
夜の見廻りも協力するつもりだから、午後の訓練は見てやれそうになかったんだが、平気そうだな」


 恭也の答えに合点がいったのか、美由希は神妙な顔つきになる。


「恭ちゃんがいれば町の人も安全だね。
近頃すごく物騒になっているから・・・・・・」


 本来ならあまり多方面の付き合いを好まない恭也は、近所の寄り合いには普通参加はしない。

だが、今回ばかりは特殊な事情があった。

最近平和だった町に跋扈して起きている事件がある。

「通り魔」、いや「辻斬り」とでも表現すればいいのだろうか。

夜半の時間帯を狙って、何人もの罪のない人達が襲われているのだ。

これまでに被害に合った人々は有に十人以上に及び、どの者も一撃で再起不能にまでされている。

被害者は重態。

犯人像は警察でも今だに絞り込めてはいなかった。

容姿どころか性別すら不明な謎の襲撃者だが、特徴はある。

まず必ず夜に事件が起きている事、そして年齢層は十代から二十代前半の若者が襲われている事。

そして何より特筆すべき所は、鮮やかに一撃で頭を割られている事だった。

警察も警戒を強めてはいるのだが、いかんせん襲撃にすら対応が出来ていない。

煮え切らない警察のやり方に住民は自衛をする事にし、急遽見回り組が設立された。

事情を知った恭也は放置は出来ず、見廻りに協力している。


「突然の通り魔事件だからな。しかも事件はこの町でのみ起きている」

「大変だとは思うけど、頑張ってね恭ちゃん。
私に出来る事があったら協力するよ」

「半人前が何を言っている。人を心配する前に、自分を精進するように」

「あう〜、シャワー浴びてきます」


 恭也の冷たい言葉に肩を落として、美由希はとぼとぼと風呂場へと向かっていった。

寂しさが浮かぶ妹の背中を見て、恭也はやれやれとため息を吐いた。

そこへ廊下の向こう側から、一人の成熟した大人の女性が歩いてくる。


「恭也、帰ってたんだね。お帰りなさい」 

「フィアッセか、ただいま」


 外からの眩しい朝日に照らされて、フィアッセと呼ばれた女性はにっこりと笑った。

『フィアッセ・クリステラ』、高町家に住んでいる女性である。

元々居候という立場で血の繋がりこそないが、恭也や美由紀達にとっては家族同然の女性であった。

西洋風の美しい容貌に可憐な表情と姿勢。

独特の魅力があり性格も明るい彼女は、誰からも好かれている。


「美由希はお風呂?」

「ああ、先に入らせた。俺も着替えてから入るよ」

「いつも熱心に二人とも頑張っているね。お疲れ様」


 そう言って、フィアッセは恭也の頭をどこか嬉しそうに撫でている。

子ども扱い同然のフィアッセに、恥ずかしさに顔をやや赤くして恭也は言った。


「・・・・・・フィアッセ、いつも言っているが俺を子供扱いするのはやめてほしい」

「う〜ん・・・・・・」

「いや、悩まれても困るから」

「あはは、恭也は私にとって弟みたいなものだから。つい」


 親しさがこめられたフィアッセの言葉に、恭也は複雑な表情を隠せない。

フィッアセと恭也は父親の関係で、子供の頃からよく一緒に遊んでいた。

その時はフィアッセも外国に住んでおり、日本に滞在する機会は少なかったのだが、高町兄妹はフィアッセにとって大切な家族だった。

こうして今は同じ屋根の下で暮らしている身の上だが、恭也への態度は昔から変わってはいない。

一定ラインを超えたコミュニケーションに、恭也自身もどう対応するべきか悩んでいるのかもしれない。

結局そのまま話題を打ち切って、強引に変えるしか方法はなかった。


「朝風呂を先にするから、朝御飯ちょっと遅れるかもしれない。
レンや晶には悪いが・・・」


 恭也の言葉に出た名前に、フィアッセから何故か含みのある笑みを零れる。

彼女の態度に怪訝な顔をして、恭也は尋ねた。


「何だ? 何かあったのか、二人」

「何かというか、晶が台所で今騒いでいるから」

「騒ぐ? また喧嘩でもしたのか」


 「また」の部分に妙なニュアンスをつけて、恭也はフィアッセを見つめる。

言葉から感じ取ったのか、フィアッセ本人も苦笑気味だった。


「今日の朝御飯の当番はレンなんだけど、今出かけていていないのよ。
そこへ台所へ何気なく様子を見にきた晶が・・・・・・」

「・・・・・・レンがいないから、サボったのだと怒っているんだな」

「正解」


 レンと晶、そう呼ばれる二人の人間関係は相当悪い。

二人の関係を熟知している恭也とフィアッセは、お互いに困ったような顔をしている。


「それでレンはどこへ行ったんだ? こんな朝早くに」

「レンは調味料が足りないからって、慌てて買いに出たの。
きっとコンビニに行ったんだと思うよ」


 縁側から見える中庭の様子を見つめ、フィアッセは目を細めた。















「うう、腹減ったな・・・・・・」 


 山で一晩過ごした後、俺は本格的に街への第一歩を踏み出した。

とりあえずこの街で俺の完璧な計画を実行する上で、この広い街中を把握しておかなければいけない。

東の空から差し込む日に照らされながら、俺はふらふらと道路の真ん中を歩いていた。

腹を押さえて歩く姿はあまりかっこいいとは言えないが、空腹のため仕方がない。

何しろ一昨日の昼から何も食べていないのだ。

一昨日の昼に食べた最後の食事、オニギリ一個。

これが現代を生きている健全な若者が食べる食事だろうか?

健康的な十七歳の肉体を持つ成長期の俺としては、何か栄養を補給しないと死にそうだった。

山で茸や草・鳥を食べてもいいのだが、原始的な食生活は最終手段としたかった。

俺はひとまず道路の傍のガードレールに腰掛けて、ポケットにある財布を取り出す。

以前ゴミ捨て場から拾ったのだが、なかなか使い勝手がいい。

旅する者にとって各地のゴミ捨て場は、お宝が眠る場所と言っても差し支えはない。

最近の奴等はちょっとでも持ち物に不良が出ると、平気で捨てやがるからな・・・・・・

値が張りそうな物はちょっとばかり失敬して、売り飛ばした事もあった。

一応犯罪らしいが、知った事ではない。

身寄りもない、剣一本(を持つ予定)で生きる俺が生きていく上で必要最低限の事だからだ。

ま、そんな事はともかく財布の中身をチェック。

今後しばらくはこの町で滞在するのだから、ある程度の金が必要となる。

チャックを開けて、俺は財布の中身を全て取り出した。


手持ち金合計:723円


 ――冷たい風が俺の髪を撫でる


「723円って、今時何が買えるんだ畜生」


 近頃貧乏人を置いておいて、値段がグングン釣り上がりを見せている。

昔は100円で買えたジュースが今は120円。

20円だぞ、20円!


俺にとって20円がどういう価値があるのか、どうやら値段を決めた連中は理解できてないようだ。

自販機のお釣りを懸命に漁る者の身になってもらいたい。

男が愚痴を言うのはみっともないので、心の中で愚痴る俺。


「俺が天下を取った暁には、まずは自販機を120円にした奴を死刑にしてやる」


 手持ちの金から換算すると七本買えた筈が、今だと六本ぎりぎりしか買えないのだ。

これを許していいのだろうか?

否! 許される訳がない。

――ないのだが、今は文句を言っても値段は変わらない。


「仕方がない、コンビニのサービス弁当をあてにするか・・・」


 俺は朝靄が晴れつつある道路を力が出ないままに歩き、コンビニを探す。

不慣れな道を四苦八苦して歩き続ける事三十分。

ようやく道の端沿いに建てられたコンビニエンスストアーを発見した。

駐車場には車が少なく、コンビニ内にもあまり人はいないようだ。

まだ朝早い時間帯だから、人が少なくて当然だろう。

俺にとってはありがたい事である。

そのまま店の横手へ回ると、廃却処分されているコンビニの商品類が一箇所にされている。

ビバ、コンビニ!

俺は涎を垂らさんばかりに近づいて、周囲を見回す。

店員さんならまだ対応の仕様があるが、他の一般人に変な目で見られると食べずらい。

うむ、誰もいないようだな。

満足した俺はさっそく商品類を取り出して、一つ一つ中身をチェックする。


「これは賞味期限が消えているだけか、よし没収。
この弁当はカビ生えているな・・・」

「ん? あ・・・・・・」

「おお、焼肉弁当発見!まだ食えそうじゃねーか!」

「あの〜、もしもし」

「むむ!! 寿司、寿司かこれは!!
ちょっと刺身の色が変色しているが、食えない事はなさそうだ」


「聞こえとらんのかな・・・? あの〜、そういう事はやめたほうがええですよ」

「う〜〜〜、寿司なんてこの半年食ってないしな・・・
だけどちょっと匂いがきついからな。
宮本 良介十七歳。我が生涯最大の選択だ」


 寿司を片手に苦悩する俺だが、そこへ耳元を掴まれる感触が生まれる。


「そ・こ・の・あ・ん・た!!!」

「だあぁぁぁっっ!! 何だ何だ!?」


 刺客か!?敵か!?

咄嗟に腰元の剣(木だけど、剣なんだよ!)に手を伸ばして、素早く背後を向くと、


「ようやく気がついたみたいやな・・・」

「何だ、お前?」


俺の目の前で上から見下ろしているのは、手に買い物袋を下げた妙な服装をしている一人の女のガキだった。
 




























<第二話へ続く>







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