第一話 本番前の前哨戦
とある山の中、人里離れた場所でありモンスターですら寄りつかない、そんな場所で突然空間が軋みを上げた。
バキリと言う音と共に黒い罅が広がっていく。
そして数瞬の後にそこに現れたのは、黒髪黒瞳の少年、琴川雄也だった。
僅かにぴくりと動き、そしてその動きが徐々に全体に広がっていく。
覚醒と呼ぶにはかなり曖昧だったが、気はつき始めているのだろう。
その時、不意に藪ががさりと鳴った。
そこから現れたのはハニーと呼ばれる、どこからどう見ても生きているようには見えない埴輪の形をした生き物。
この世界では雑魚にあたるそれだった。
だがいくら雑魚では合っても、モンスターはモンスター。
倒れている雄也を見て襲いかかる。
まあ、おとなしいモンスターも結構多いのだが、今回はそれに当てはまらなかったようだ。
体当たりを放つハニーの攻撃が迫り……
……間一髪で覚醒、回避する。
「おいおい、いきなりかよ」
雄也は悪態を付きつつ腰に装備していた二丁拳銃・トゥーソードトゥーガンズを引き抜き、
取り敢えずねらいもろくに付けずに放つ。
本来素人が銃を初めて放ったとき、その衝撃に押し負けて吹き飛び、その上弾丸は当たらないという。
しかし、トゥーソードトゥーガンズは、ただの銃ではなかった。
引き金を引いた瞬間その銃口より閃光が迸る。
それは所謂魔力と呼ばれるそれであり、彼が使えるはずの無い力。
その力を放出して、彼に衝撃は一切来なかった。
もちろん魔力を消費したときにくるはずの倦怠感(最も、そんなことは彼自身知らないが)も感じていない。
それ故にその弾丸はハニーに直撃する。
刹那、閃光が辺りを覆い周囲に爆音を轟かせた。
だが、ハニーにはダメージを与えられていない。
通常、ハニーは魔法による攻撃を無効化すると知られているが、それは実は間違いである。
魔法と言うよりも、魔力をかき消す力を持つのだ。
だからこそ、トゥソードトゥーガンズの攻撃を無力化できたのだが。
直撃を与え、倒したという思惑に反してダメージを与えられなかった、現実を見て少しの間雄也の動きが止まる。
その動きを見逃してくれるほどハニーは優しくなかった。
ハニーの口より放たれるは彼らの必殺技、ハニーフラッシュ。
よけることがきわめて困難なそれをかれらは、雄也に向かって放つ。
一方雄也もその時には硬直から抜け出ていた。
放たれた技を、ゲーム内の知識から即座に判別しトゥーソードトゥーガンズを双剣状態にする。
そしてその双剣を持って、ハニーフラッシュを切り払って見せた。
即座に跡形もなく消え去るハニーフラッシュ。
しかし、それは見る者が見れば異常な光景であっただろう。
何しろ魔力の固まりであるハニーフラッシュを剣で切り払い、その上ハニーフラッシュの魔力が吸収されたのだから。
ハニーも己の必殺技が破られたことに、動揺し動きを止めた。
その瞬間懐に飛び込み双剣を振るう。
鮮やかな弧を描いて右手の剣はハニーを胴体の部分で真っ二つにして見せた。
地面に落ち崩れていくハニー。
それに対して初めての実戦を経験した、彼の顔は真っ青。
息も絶え絶えで、限界であったのが見て取れた。
まあ確かに、初めての場所でいきなり訳のわからないものと実戦とくれば、普通はこうなるだろう。
いや、むしろここまで戦えたのが僥倖かも知れない。
どさりとその場に倒れ込みながら、雄也は空を見上げた。
その空は雄也がもといた世界と同じくやはり蒼かった。
「全く。だらしないなあ、あの程度の雑魚に手こずるなんて、それじゃだめだめね」
寝転がった雄也に突然声が掛けられる。それは先ほどの場所で彼が良く聞いていた声。
「何だよエディ……………なんだっけ? まあいいや、エディ何のようだ?」
「はぁ。ちゃんと女の子の名前くらい覚えようよ、嫌われちゃうよ君」
少し怒ったかのような口調で雄也に文句を言う神様。
その態度に苦笑しながらも雄也は先を促した。
「まあいいや。取り敢えず私は君のレベル神となったから、感謝するように。と言うわけでレベルアップだよ。
いやーでも、まさかハニーで3もレベルが上がるなんてさい先良いね」
「そうかい。ありがとよ…………そんなことより、この武器の説明はないのか?」
皮肉気に口元を歪めながら雄也は言った。
銃である以上、弾数に限りがあるだろうし、それを知っておかなければ、戦いの途中で弾切れなんて事もあり得る。
何より、弾の補充は最低限銃を使うのなら必要だろうから。
「そんなの知るわけ無いじゃない」
「は??」
しかし、返ってきた言葉はあまりにも非情な宣告だった。
「いや、は? じゃなくて。そんなの当然でしょ。
貴方が創造して名を与えた武器の能力なんて私が知るわけ無いじゃない」
そう言われて、雄也は考え込む。確かにトゥーソードトゥーガンズは、雄也自身が創造した武器である。
それ故に彼以上にこの武器に対する知識を持つ者はいないだろうが…………
「いや、だがそんな正確な点まで俺は知らないぞ。何しろそんなとこまで考えられる余裕なんて無かったし」
「その点は大丈夫。君が考えていなくても、君の深層心理からあらゆる最強を選りすぐって生み出されたのがその武器だから。
例え君が考えていなくても、その武器は君が望んだ最強の筈だよ。
それは君にもわかっているはずだけど」
そう言ってエディは微笑んだ。その笑みを見ながら再び雄也は思索にふける。
先ほどさほど狙いを付けずに放った銃弾は確かに彼の思ったとおりに直撃した。
「それに………」
「ん?」
「君は知ってると思うけどこの世界はあいつが作り上げた世界だからね。
レベルが上がれば君もその武器の力を知ることが出来るようになるよ。…………多分」
そう言って、エディはその気配を消した。そして残された雄也はポツリと呟いた。
「全く適当な奴だな。はあ……せめて姿くらい見せてくれ……ってのは、俺のわがままなのかな?」
そう言いながら、ゆっくりと立ち上がる。最後の一言は、………まあ。無視したようだ。
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雄也がこの世界にたどり着いておおよそ三日という時間が過ぎた。
取り敢えず人里を探すために南の方向に歩いてはいるが、人がいるようには思えない場所である。
彼がいたのはティティ湖近くの森の中。
本来はさほど深いというわけでもないこの森だが、馴れていないためか、かなりの時間ここで迷い続けているのだ。
しかしも、この森。結構な数のモンスターが生息していたらしく
、雄也は出会う度に倒していたため現在はなかなかの経験値を保有している。
エディの呼び方を知らないため、レベルは依然として4のままだが。
「しかし、あいつも呼び方くらい教えていけっての。
最初大声で呼んだとき、めちゃ恥ずかしかったじゃないか」
ぶつぶつと文句を言いながら、辺りを彷徨い歩く。
食料に関してはイカマンを倒した後に焼いて食べたりとか、適当なモンスターを狩ることで飢えを凌いでいるが、
そろそろ普通なものを食べたい時期ではある。
「とにかく、速くここからでないとな……」
そう呟いたとき、何処かで剣戟の音が聞こえた。
そしてそれだけでなく、人の悲鳴も。
それを認識した瞬間には雄也は走り出していた。
・・・・・・・・
途中にあった藪を抜けると、既にそこは街道であった。
しかし雄也はやっと街道にたどり着いたという、感動を覚えることもなく、悲鳴の主を見る。
良くあると言ってしまえばそこまでだろう。盗賊に襲われる商人たち。
だがそれを見逃せるほど、雄也は人でなしでは無かった。
「やめろ!!」
警告と共に注意を引き、同時にトゥーソードトゥーガンズを引き抜き構える。
形状は双銃形態。そして相手の数は雄也が見る限り二十人ほど。
相手の数が思っていた以上に多いことに心の中で罵りながら、構えた銃の引き金を引く。
それと同時にはき出される弾丸。
それは最初に雄也がトゥーソードトゥーガンズを使ったときの閃光とは違い、確かに実体を伴って放たれた。
その数は両手合わせて約十二――
トゥーソードトゥーガンズの双銃形態はその形が六連発式リボルバーである以上、六度撃てば必ず再装填の時間が必要になる。
そのため十二という数字は彼の戦いのリズムに刻み込まれ始めている。
放たれた弾丸は確かに盗賊たちが持つ武器をはじき飛ばした。
「何だテメェは?」
ありきたりなセリフ。
そしてありきたりな仕草を持っての脅しを半ば無視したかのような状況で、雄也は即座にトゥーソードトゥーガンズに魔力を通す。
初めてのレベルアップ時に知ったこの銃の特性。
すなわち弾丸補給の特異性を利用した高速再装填。
トゥーソードトゥーガンズには、弾の補給という概念がない。
それ以前にリボルバーの部分が可動式ではないため、弾を入れることなど、出来はしないのである。
ならばどうするか。
その答えは、空気中にある塵もしくは大気などを魔力によって物質変換し、弾我として用いる事にある。
それによって恒久的に弾の補充は必要が無くなっている。
もちろん欠点はある。ほんの僅かな時間とはいえ、弾切れの状態では銃を撃つことは出来ない。
それがほんの一秒以下であっても。
しかし、現在の状況においてその欠点はたいした結果を引き起こすことはなかった。
敵対している盗賊の数は前述したように二十人ほど。
その内の十二人は得物を雄也に打ち抜かれた後のため除外。
残りの十人未満についても、雄也との距離が未だ数メートルあり、再装填には十分すぎる時間があった。
リボルバーが再び回る。
先ほどより短い間隔で音を鳴らすことを止めた双銃と襲いかかる前に、全ての武器をはじき飛ばされた盗賊団。
ほんの僅かな間。奇妙な空気が場を支配し……
やがて一人の盗賊が脇目もふらず走り出す。……無論雄也とは反対の方向に。
それが切っ掛けとなったのか、結局全員がそれとほぼ同時に逃走し始めた。
「ふぅ」
溜息をついて、トゥーソードトゥーガンズを腰に戻す雄也。
そこに商隊の責任者らしき人物が雄也に近づいていった。
「あ、ありがとうございます。このたびは助けていただき。本当に助かりました」
「あ、ああ。そんな大したことじゃない。人として、出来ることをしただけだ」
頭を深々と、何度も下げてくる商人に対して、何か落ち着かない気分になりながらも雄也は返事をする。
「それでも、私たちにとっては命の恩人には違いありません。
ですから私たちに出来ることがあれば何でも、申しつけてください」
「じゃあ……それなら、俺を町にまで連れて行ってくれないか?」
「は、はあ? そ、その程度でよいのでしたら……」
「ありがたい。頼むよ、俺の名は雄也。旅は初心者だからいろいろ頼む」
無欲すぎる雄也の態度に毒気を抜かれながら、商人は雄也が指しだした手を握った。
そして、旅を初心者と言いながらあれ程の実力を持つ雄也を、少し訝しがりながら。