緑髪の少女に殺されそうになって、
意識が途切れて、
変な映像を見て、
そして一瞬目の前が弾けて、
その後、最初に見えたものは紅い血だった――
廃墟のような森だった。
さっきまで自分がいたはずの綺麗な森はあたり一面およそ視界に入る木岐がなぎ倒され、あたり一面数え切れないほどの紫色の水溜り。
地面はえぐれ、空気は乾き、目の前には寄ってきた魔物達の残骸が広がっていた。
張られていたのだろう結界は無残に粉々にされ、そこから入ってきたありとあらゆる生物は肉の塊にされていた。
その中で息をしている生物は三人。
一人は意識が無い。というよりも身体が無い。
右手左手左足が吹き飛び、右足の足首が消滅している。
肩に穴が開き、腹にロケットランチャーでも受けたかのような空洞が広がっていた。
――それでも、その生物は生きていた。
そんな姿になった緑髪の少女は、もはや残骸になった自分の身体のことなど欠片も気にしていないのか、自分の少し向こうで血まみれになって倒れている金髪の少年の方を見ながら何度も呼びかけようとしているようだった。ただ、喉がやられ、声が出ないようだ。
「……………………ふん、戻ったか」
少年が呟く。血を吐き出して顔を上げた。そいつは、その少女が『シオン』と呼んだ男だった。
「戻――った?」
「ああ、おかげでこっちは命拾いしたがな」
シオンが言う。また血を吐き出した。
見ると、シオンはもうボロボロだった。服は破け肉は裂け、左腕ももはや正常に機能していないようだった。
膝を折り右手をぶらりと垂らしているその姿はあまりにも無残だ。
祐一は信じられないという思考しか浮かんでこなかった。
あの化け物のように強かったシオンが、どんな攻撃すらも笑って防いでみせたシオンが、
今、まさに瀕死の状態になっていたのだ。
「間一髪か。丁度いいところで『覚醒』が止まってくれたか。まあ、もうあまり関係ない話だがな」
すこしだけ軽く笑って言った。その笑みは明らかに無理をして笑っているようだった。
「俺は……何を……」
「覚えてないか? 無理もないか。教えてやろう。周りを見てみろガーディアン、これはお前の仕業だ」
シオンが顎で森を指す。廃墟のように荒れ狂った森は、普通に考えても一人の人間ができるようなものではなかった。
それになにより、シオンが自分に対して言った一言が、やけに頭の中に響いた。
「――ガーディアン、だと?」
「おう、聞き覚えはないか? ガーディアン・スペル・フォース。禁忌中の禁忌だ」
そんな言葉、聞いたことはない。聞いたことはないはずなのに、どうしてこんなにも、自分とは無関係だって胸を張って言えないんだろう?
頭痛がする。眩暈もする。それでも、俺はこの男の言葉を、一具一句聞き逃そうとはしなかった。
「お前はガーディアンだが、すこし特異な体質だ。相沢香奈とはまた違ったケースだ」
シオンの言葉に、祐一がピクリと反応する。
「香奈? 香奈がなんだって――」
「――まあ聞けよ。とにかくお前と相沢香奈はガーディアンだと覚えておけばいい。お前は自分の中にもう一つの人格を持っている。俗に言う二重人格って奴だ。自分でも見に覚えが無いか? 不意に自分で何をしたのかわからなくなったり、自分が誰なのか分からなくなったり、変な映像が見えたり」
シオンの言葉はまるで機械のように淡々としていて、伝えるべきことだけを伝えているかのように、しかし確実に祐一の心臓へ突き刺してくる。
見に覚えなどいくらでもある。始めてシオンを見た時の衝動に、加えてそのあとのものみへの攻撃。あとはシオンと対峙した時に感じた妙な胸騒ぎ。よく見る変な夢や映像。さっき緑髪の少女に殺されかけた時に見た光景。
そして、今のこの現状。
今の現状はも大体理解できた。
ようするに祐一は緑髪の少女に殺されかけて意識を失い、その間にシオンがこっちにきて、その時に何かが起こったのだろう。
シオンはボロボロの身体で続ける。
「お前は本来自分の中に眠る衝動を抑える事が出来ている。でもそれはお前が自分で自分を縛り付けているからだ。お前はいつだって不完全な状態で存在しているんだよ。
そのリミッターを外すには条件がいくつか存在する。が、幸い俺はそのリミッターをはずすことが出来る。で、結果今お前はリミッターが外れ、多分変な夢を見ていたんじゃないか? そしてその夢が終わったと同時にお前はまた自分自身に鎖をつける。その間はほんの十数分だというのに――――周りを見てみろ。これはお前がやったんだ」
シオンは勝ち誇ったかのように言う。先ほどから見ていたこの森は、そのほんの十数分でこれほどに破壊されたというのか?
言いようの無い寒気が体を襲う。今までに無いほどに、祐一は自分と言う存在の不確かさを思い知った。
「…………だから……なんだよ」
祐一は、震える声でようやく声を絞り出した。
「俺がガーディアンであろうがなかろうが、それがなんだって言うんだ? 俺は相沢祐一で、あいつは相沢香奈で、俺が二重人格だからって別に俺は、構わない。仮に香奈がそうであったとしても同じだ。俺は、俺であるから、それで十分だ」
祐一ははっきりとそう口にする。
そう、それは祐一の嘘偽りのない本心だ。ガーディアンがなんなのかなんてどうでもいい。加えて、シオンが何を企んでいようが関係ない。
祐一は祐一で、それはこれからもずっと変わらないのだから。
だが、それを聞いても尚シオンは楽しそうに喉を鳴らす。
「なるほどね、俺は俺――か。うんうん」
楽しそうに笑うその姿は本当に無邪気な少年に変わりはない。その中に恐ろしいほどの力を備え付けていてもそれは変わらない。
シオンは、楽しそうに、続けた。
「単刀直入に言ってやろう。ガーディアンは人間じゃない」
――瞬間、祐一は目の前が少しだけぼやけた。
実際、あまりの可笑しさに口元が吊りあがっていただろう。
「何を――――言っている?」
「分かるはずもないだろうな。ガーディアンは人間を生贄にして作られる魂のある人形だ。感情もあるし成長もする。魔法だって覚えるしデロップだってもって生まれてくるかもな。
いや、それすらも元々設定されて作られたのかも――」
「――ふ、ふざけんな!」
祐一はありったけの力を振り絞って声を上げた。
そんなふざけた話があるはずが無い。シオンは、祐一に訳の分からないことを言っている。無論、祐一にシオンの言っている事がすぐに理解できるはずなど無い。
しかしシオンは、まるで遥かな高みから見下ろしているかのように祐一を見る。少しの哀れみも含んだその顔は、ただ真実だけを伝えているようにしか見えなかった。
「ふざけてなどいないさ。ふざけているのは相沢夫婦と、それにあの天野ものみの方だ」
「ものみ…………だと?」
「ああ、天野ものみだ。ある意味奴が全ての首謀者と言っても過言ではないな。相沢夫婦にガーディアン製造方法を教えたのも、その後数々の手助けを行ったのも、加えて必要なだけの生贄を揃えれるように裏でコソコソといろいろ行ったのも、全てあいつだ。目的はただ一つ。――――お前という人形を作り出すためだ」
シオンの言葉が祐一の脳に突き刺さる。シオンが何を言っているのかなんて分からない。意味も分からないし、何故シオンがそんなことを知っているのかも分からない。
ただ言いようの無い寒気だけが背中を伝い、かろうじて寄せ集めた理性が、ものみがやっていることは、きっとイケナイことなんだと理解した。
――――馬鹿馬鹿しい。
「どういうつもりかは知らないがな、あいにく俺はそんな冗談でどうにかなるほど馬鹿じゃない」
祐一はなんとか、無理矢理だが言葉を発した。
それはシオンへの言葉というよりも自分への暗示として、自分自身に言う。
自分は何もやってはいない。少し考えれば可能性なんていくらでも出てくるではないか。
例えば、緑髪の少女にやられて意識を失っている間にシオン自身がこの森をメチャメチャにすることだって出来たはずだ。
そして祐一が起きた後にさもそれが真実であるかのように振舞う。そんな演技を行う必要性がどこにあるのかは分からないが、自分が生きてきた年月と自分が尊敬する両親と使用人の存在を前面的に否定するくらいならば、こっちの方が断然現実的だ。
だがそんな祐一の考えすらも手にとっているかのようにシオンは小さく笑った。
「ガーディアンは何百人もの生贄の情報を分解してそれを組み合わせて作る人形のことだ。お前のその血も肉も全て他人のものを縫い合わせてくっ付けているような物だ。あるいはお前のその人格も――」
「――黙れ! 人の体の事を好き勝手に。何の証拠があって言っている。全てお前の空想みたいなもんだろうが!」
「――証拠、だと?」
シオンはまた楽しそうに笑う。すっと鷹のような鋭い視線で、祐一を見据えた。
「お前がどう思おうが勝手だがな、お前はガーディアンだ。その血がその証拠」
「――っ!」
子供の言い訳のような言葉。しかしそれは、間違いなく祐一の心臓を突く必殺の一撃だっただろう。
「なんだ、お前だってそれとなく納得してるんじゃないか。結論をまとめてやろう。ガーディアンというのは人間の血肉をバラバラにしてそれをくっ付けて違う奴を作る。さっき言ったな? 俺は、俺であるから、それで十分だ。だが真実はどうだ? お前はお前でいるつもりなんだろうが、お前の中身はいったいなんなんだ? お前の中ではお前を作るために生贄になった数百の命の欠片が絶えず蠢く。その人格だって、お前のものじゃない」
それは針かなにかだったのか、あるいはずべてを両断する名刀か。わかるのは『それ』が確実に祐一の精神を根こそぎ刈り取っていっているということだ。
――シオンの言っていることが嘘だとは思えない。それにしては随分と具体的過ぎるし、それを核心付ける要素も、残念ながら揃っているのは事実だ。
そして、そうであると気付いた祐一の頭の中に一つの疑問が浮かぶ。
「――じゃあ、香奈、も…………?」
「ん? ああ、相沢香奈か。だからそうだと言っているだろうに。あれもそうだ。相沢夫婦と天野ものみが作り出したガーディアンだ。お前と同じ、魂のある人形さ」
シオンの言葉は容赦など知らない。ただそれは確実に祐一の鼓膜を通していくだけだ。
「よし、いいだろう。まだよく理解していないお前のために、俺がもう少し詳しく教えてやろう。今あいつと天野ものみが戦っているところなんだがな。まあ天野ものみは別格だからな。封印解いちまえばどうと言う事はないが、あの状態じゃ苦しいかもな。ということで俺の予想ではもうすぐここに天野ものみがやってくるのですよ。ってわけで手短に」
廃墟の森の中、すこしずつ形を取り戻していく緑髪の少女を見ながら、シオンはとても可笑しそうに、よいしょ、とボロボロの身体を持ち上げた。
後書き
ど〜も〜♪ あたし〜ハ〜モニカっていうの〜〜〜♪
……皆さん、我慢せずにトイレへどうぞ。
さて、テストは散々だったわけですが。六教科で○20点てどういうこと……。
それもこれも、全てあのFate/staynightが悪いのでございます。
おもしろい。とにかく面白い。あれはもう皆さんやらなきゃマジで損ですよ。人生の損害ですよ!
私がここまで絶賛するほどのゲームってほとんど無いんですからね!?
ホントにまじでやった方がいいです。本当です。ウソじゃありません。ウソという鳥はいませんが。
とにかく、ここまで絶賛するには意味があるんですから。一度やってみてください。
っとまあ、ここまで絶賛するといろいろといわれそうなのでここまで。
FateのSS絶対書いてやる。
ということで、本格的に後書きに入りましょう。
本当はもうちょっと祐一がシオンの言っていることを信用するまでのこととか書こうとしたんですけど、やめました。
それよりも次の天野ものみとあの人の戦いを書きたいと思います。
では、これからも応援よろしくお願いします。