「お待ちしておりました、相沢家ご一行様」
遠野家についた途端にそう言われた。
相沢家と遠野家は一応それなりの距離があるのだが、相沢家が用意した、飛行機の1,5倍は速く飛ぶことが出来る専用ジェット機で一眠りすればついていた。
どデカく構えた門に設置されてあるインターホンを押すと、バタバタと数人の使用人たちが現れた。
「秋葉様達がお待ちです」
使用人の一人にそういわれ、祐一と香奈とものみは中へ入る。
相沢家の人間でも驚愕の声を上げてしまうほどの豪邸だった。壁には一般人が見てもその価値が分かるほどの絵がずらりと並べられ、見るからに高級な家具がそこかしこに置かれている。
綺麗に敷かれた紅いカーペットの上を使用人に案内されて歩くと、先ほどまでは高級感を追求した廊下だったのとは一転して、窓から日差しが差し込む明るい居間に到着した。
そこにいる人間は祐一と香奈、それにものみを合わせて八人だ。
先程の使用人はどこかへ行ってしまい、その部屋にいる遠野の人間は、姉妹と思われる小さい少女が二人、ソファに座っている、祐一達とそれほど変わらない年齢と思われる二人の男女の後ろで立っていた。
祐一と向かい合っているのが遠野家の長男である遠野志貴で、香奈と向かい合っているのが遠野家の長女、遠野秋葉である。
そして、ものみと向かい合っているのが、今回の仕事を依頼してきた浜野裕也という男だろう。
ある程度整った顔立ちをしている、二十歳前後と思われる男性だった。
「始めまして」
相沢家にいるときとはまるきり別人のような声で、ものみが浜野に言う。浜野もものみと同じように言うと、その場にいる遠野家の人間が一斉に挨拶をする。
それに合わせて祐一と香奈も言う。
「今回の仕事でご氏名になられたのは相沢祐一と相沢香奈ですが、今回は私がチームリーダーとして行動させていただきます」
「はい、問題ありません」
ものみがぴしゃりと言うと、浜野もそれに合意する。
つくづくその声と喋り方で相沢家でもいてほしいと祐一は思ったものだ。
「それで、今回の仕事というのは具体的にどういったものなのでしょう?」
「はい、今から説明します」
浜野が膝の上に手を置く。一区切りして、言った。
「ここ最近、この街の外れにある森で神隠しがおきてるんです。その森は確かに魔物も少数ですが存在します。しかし、その森の魔物は別段強いレベルの魔物ではありません。確かに広い森ですが、何日も帰って来れないほどの森でもありません。だと言うのに、Cランクの人間が三人調査に行ったところ……」
「一人も帰ってこなかったと?」
「ええ」
ものみが顎に手を当てる。
Cランクはランクで言えば低いランクだ。だが、一つの森の調査だけで出されるのならばそれほど悪いランクではない。そんな仕事にBランク以上を駆り出すのもどうかという話だし、三人もいれば調査ぐらいは簡単にこなせるはずだ。
だがその三人が神隠しにあったということは、その森はそれなりの物があるということだ。
魔物の強さは大したことがないらしい。ということは、それ以外で何か別のものが神隠しを起こしているということになる。
ものみは少し考えた後、浜野の方を向いた。
「分かりました。全力を持って調査に当たらせていただきます」
「よろしくお願いします」
浜野が頭を下げる。
「ただ、神隠しがおきてからしばらくは森に入れないことが決まりまして、その間は遠野家に滞在していただくことになります。部屋は既に用意させておりますので」
「はい、分かりました。分かった? 二人とも」
ものみが祐一と香奈に聞く。
「うん」
「了解」
言うと同時に、その場の全員が立ち上がった。
「ええぇぇぇ〜〜〜!?」
ちなみに香奈です。
「どうしたんですか香奈様」
ものみが少し驚いたように聞く。
今祐一と香奈とものみは、二つの部屋の前で立ち止まっていた。
「な、なんで私とお兄ちゃんが一緒の部屋じゃないの!?」
つまりこういうことだ。
香奈と祐一が違う部屋になってしまいました、と。終わり。
「仕方ないですよ、遠野家の皆さんが決めたことなんですから」
ものみが宥める様に言う。そりゃまあ、普通は男女別々の部屋を用意するに決まっている。しかし、祐一とであった日から毎日祐一と同じ部屋で、毎日きっちり十時頃に同じベッドで寝ていた香奈にとっては、当然許す事が出来ないことなのである。
「わ、私お兄ちゃんと同じ部屋にするもん!」
「だめです」
ぴしゃりとものみが言う。ガーーーンと香奈が口をあんぐり開ける。
「遠野家期待の二人が十歳という年齢で同じベッドでイチャイチャと寝ているなんて事が知られてしまってはいけませんし、だいたい、たとえ十歳であろうとも男女が同じ部屋で、しかも同じベッドで眠るなどありえません。こんなこと常識でしょう?」
そう思うなら相沢家でも日々そうしてくれと祐一は言いたかった。
とりあえず良かった、と思った。ものみはそれなりにこの世界の常識を分かっているようだ。そしてどうじに、すぐさま殺したい衝動に駆られた。
何故それを知っての上で、相沢家ではどうぞお好きにしてくださいという行動を取っているのか?
それはもちろん、ものみがただ単に楽しみたいだけであって。
「む〜」
香奈が頬を膨らませてダンダン地面を両足で踏みつける。
(くそう、こうなったら夜の十時にでも侵入して……)
そういう風に見えたのは祐一だけではないだろう。
「それにしても、あの浜野って男はどういう奴なんだ? 遠野家の人間なのか?」
祐一が未だに香奈をなだめているものみに聞く。
ものみは香奈から一旦手を離し、祐一の方を向く。
「いえ、というよりも、遠野家関係者ですね。遠野家の人間ではないのですが、その森は遠野家が昔所有していた物で、それを彼が遠野家から買い取ったらしいんです。それからも度々遠野家の世話になっているそうですね」
「で、今回は遠野家にも相談を持ちかけたって事か?」
祐一が廊下の壁にもたれかかりながら言う。はい、とものみが言って続けた。
「昔は遠野家の人も扱っていた森だそうですから、いろいろ情報が聞けると思ったのではないでしょうか? まあこれといった情報は一つも無かった訳ですけど。ただ、その時に秋葉さんと志貴さんからあなた達二人の名前が挙がったわけです」
なるほどな、と祐一が顎に手を置く。
遠野家には何度か来た事があったが、志貴には有間の家でしか会ったことはなかった。遠野家に戻ってきていたことはフラフラと耳に入ってきたが、実際の所まだ遠野家には慣れていないと見える。
それに比べて、あの秋葉という少女はどんどん変わっていっているような気がする。
昔はいつも志貴の後ろにいて大人しい感じの少女だったのに、今ではキリッとした表情をした立派な子になっている。
この分だと、あと五年もすれば志貴が恐怖するほどの存在になってしまうかもしれないな。
だが、そんな秋葉も祐一には甘かった。それは恐らく、昔の大人しい時代の頃に祐一が始めて秋葉と出会ったとき、父親に怒られて泣きそうになっていた秋葉に仕方なく優しく微笑んであげた、あのときからだろう。その時は顔を真っ赤にしてさらに泣きそうになってしまって本当に困った。
「そういえば、さっき志貴さんが祐一様とお話がしたいと言っていましたよ?」
未だに駄々をこねる香奈をとりあえず部屋に押し込んでから、ふう、と一息ついてものみがそう言った。
「志貴が?」
「ええ、恐らく手合わせでもしてほしいのではないかと」
「…………」
じゃあいやだ、と言うわけには流石にいかなかった。これは家の部屋で一人でアイスティーを飲みながら香奈の訓練の申し出を断るのとはまた違うのだから。
これはちゃんとした仕事として来ているし、一応依頼主の身内的存在なのだからそれなりに対処しておかなければならない。
わかった、と一言言うと、祐一は自分の部屋の中へ入る。
「……それと、あまり部屋には入るなよ?」
「はいはいっ、それはもうっ」
ものみはニコニコと笑いながら言う。
絶対に勝手に侵入してくる気だなと祐一は確信しながら、ドアを閉めた。
私物といった物は相沢家から送られてきてはいないようだ。まあそれほど長くいる事もないだろうし、一応ベットに机や、その他の家具は置かれている。部屋に取り付けられた一級品のクローゼットもあるし、相沢家から持ってきた荷物もあるので生活していく分には全く問題はないだろう。
部屋の壁には既に時計が飾られており(明らかに腕の立つ職人が作ったと思われる高級品だ)、黒い針が丁度1時を指していた。
祐一はとりあえずベッドに横になる。
ベッドの横にある窓を何気無くふっと見る。
ただの普通の街だ。ここから少し向こうに見える巨大な建物がこの国のガーデンなのだろう。志貴と秋葉がそこに行っているのかは知らないが、行っているのならば今日はサボりなんだろうな、と頬杖をつきながら考える。
ふと、視線を窓の外に見える道路に移す。
視界の中に、一人の少年が入った。
――ドクン――!
一瞬、心臓が激しく震える。
少年はこちらを見ている。金色の髪をした、自分と同じほどの年齢の少年だ。おおよそ少年が着るような服ではない黒いロングコートを身に纏い、コンクリートの道路の上から祐一を見上げていた。
フルフルと祐一の身体が震える。自分の意志とは全く違うものが身体の中で暴れているようだ。そして、祐一の野性的本能が感じるもの。
あいつは違う。あいつは、『何か』が違う。
「ぅ……ぐう……」
ピリっとした頭痛に、祐一は額を押さえる。
窓の外の少年はそこでようやく、祐一が自分の姿を見ていることに気が付いたようだ。おかしな話だ。窓の外の少年は明らかに祐一を見ていたというのに、祐一が自分を見ている事に気付かないとは。
いや、というよりも、少年は自分が祐一に見つけられるはずがないと思っていたかのようだった。
少年は少し驚いた顔をするが、しかしすぐ嬉しそうに、ニヤッと笑みを浮かべる。
祐一も少年を見る。というよりも、その少年から目が離せなかった。
「くっ……」
頭痛がすこし大きくなる。
――ドクン――!
また心臓が大きく振るえ、視界がなくなった。
すると次の瞬間、目の前に違う映像が流れてくる。まるでビデオを見ているかのような感覚。それが頭の中を渦のように回転する。
『お前の力はお前のものだ。使い方をよく考えるんだな』
――頭の中で声がする。
『お前はガーディアンだ。その血がその証拠』
――映像の中で誰かが倒れている。
『この世は全て算数だ。足して引いて、自分の望む答えを出す』
――映像はいつまでたっても止まらない。
『あんたを信用していた……あんたを尊敬していたのに…………なのに……!』
――視界に紅い液体が流れる。
『それでも……それでも私達は、貴方を愛してる!』
――頭痛は酷くなるばかり。
『私も――私も連れてって!』
――どこを見ても闇ばかりで。
『それが、そんなことが何だっていうの!? それはそんなにいけないことなの!?』
――暗くて、自分の存在が分からなくなる。
『生きていたって何もない。役割を果たせない機械なんていらないだろ?』
――俺は――
『スクラップなんて必要ないんだよ』
――誰だ?
「わあっ!」
後ろから大きな声が聞こえた。
ビクンッと祐一の身体が震える。あまりの驚きで、心臓が飛び出そうになった。
「あはは、祐一様驚きすぎですよ〜」
後ろで誰かがケタケタと笑う。
――だが、そんなことは全く関係ない。
「いつもの祐一様らしくな――」
予想以上に祐一が驚いた事を可笑しそうに笑う人間がものみだと理解する前に、そしてものみがちょっとしたお茶目で後ろから大声を出して驚かそうとしたんだと理解する前に、祐一は持てるだけのありったけの力で、氷の塊を作り出す。
それを、事態が飲み込めていないものみに向けて叩きつけた!
「なっ――!」
ものみが驚愕の声を上げる。だが遅い。その時には祐一が、氷をぶつけていた。
ドゴォン! とけたたましい轟音がして、部屋が爆発した。いや、そう見えた。
恐らく、ものみが間一髪呪符で結界を作っていなければ、この屋敷もただでは済まなかっただろう。
ものみは頭から血を流しながら床に倒れている。それを確認すると、祐一はもう一発、氷の塊をものみにぶつけようとする。
ものみが、くっ、と目を瞑る。祐一は、歯を噛み締めながら氷をものみに向ける。そして今まさに氷が撃ち放たれようとした時に、ぱしっ、と右手を掴まれた。
「なにをしているんですか!」
それは、先程居間で会った浜野だった。
ものみを地に付かせ、部屋をほぼ半壊させるほどの威力のある氷の攻撃を片手で受け止めた事は、さほど気にはならなかった。それよりも、今自分が氷を向けている相手がものみだということの方が驚いた。
「くっ、俺は……」
祐一は左手で額を押さえる。ガクッと膝を地面につける。
はぁはぁと荒い息をついて、祐一はようやく正気を取り戻した。
そしてその頃には、既に窓の外に少年の姿はいなくなっていた。
後書き
どうも、これ(『』)の台詞を考えるのに数十分を要したハーモニカです。
ようやく遠野家に来ました。もうあんまりこの辺いらないのでかなり飛ばすと思います。
それよりも、今回は本当に悩みに悩みぬいた巻でした。
まず月姫の設定に苦悩しました。今祐一の年齢は十歳(とても見えないが)です。香奈も十歳だったと思います(ぇ
ってことは志貴も十歳。秋葉は九歳という事になります。つまり、秋葉はまだ大人しい人格で、志貴はシキといて、いや、シキは出ないんですけど、で、その時に翡翠と琥珀は? っていうか琥珀は? 琥珀がいるなら槇久は? っていうか浜野ってだれ?
志貴は有間の家にいないの? っていうか直死の魔眼あるの? じゃあなんで遠野家にいるの? 病院は? というよりもなぜ九歳の秋葉が祐一を呼ぶなんてませたことを? ていうかシオンもものみより年下で、となるとセクトもミルンも同じぐらいの年齢(?)で、その状況であの黒幕風な出方は何よ。
更に言うと、志貴とアルクェイドは何時であった? 二年前ということはつまり志貴が中三か中二ぐらいにであったことになる。その状況でネロとシキと対決かよ。しかも中三でもう初体験済み(爆
シエル先輩もいるし、あまつさえシオンも出てきてるからレンに羽ピンにええっとそれから――
――うるせえよ(逃げ
まあ元々がファンタジーだから、多少(というかかなり)の設定の誤差は、しょうがないやん?(タメ口)
祐一だってガーディアンだし(そこで既に滅茶苦茶なんだから)。
かなり分かりづらいと思いますが、これからも応援よろしくお願いします!