透き通るような青空から降る光を、部屋の窓越しに受けながら、相沢祐一は目覚めた。
いかにも高級であると言いたげなベッドの上で、しばらく天井を見つめる。
しばらくゴロゴロとベッドの中で転がる。日差しが気持ちよかったのでもう一回ぐらいは眠れるのではないだろうかと思ったが、そんな事をしていては、使用人に天野ものみさんに怒られてしまう。
相沢家は規則などは特にないが、戦闘技術などを教える事に関しては超一流で、それは世界各国に知られている。
なんでも、代々Sランク以下のハンターを育てた事が無いという事で、『相沢』の名を持っているだけで将来を期待される存在なのだ。
自分もその相沢の一人であり、自分は物心ついたときから天才と呼ばれ続けてきた、相沢祐一なのだ。その辺は気にしなくてもいいだろう。
今重要なのは、この温かい日差しの中、もう一度寝るか否かだ。
 

部屋を見回す。壁に無造作に飾られた十数枚の賞状に、部屋の隅に申し訳無さそうに置かれた数々のトロフィー。そこには全て『相沢祐一』の名が刻み込まれている。
15〜20までのハンターの平均ランクがだいたいB−ランク。もちろん、A+やC−を含めた中での平均なので、それが全てという訳ではないが、少なくとも、祐一のように10歳やそこそこでB+ランクを所持する人間は極めて少ないだろう。
祐一の父である相沢聖一でさえ、今の祐一と同じぐらいの歳には、まだBランクを所持していたか分からないほどだ。
しかも祐一はそれだけではない。祐一は筆記においてもほぼ完璧な成績を残している。
もともと相沢家の書斎には文書が山のように眠っており、祐一はそこに載っているほとんどを暗記してしまい、今では全ての属性の下級魔法までなら使えるほどになっていた。
 

しかも、さらに驚くべき事は、祐一がその事を苦に思っていないということだ。
趣味……というのは少し違うのだろうが、好きで鍛錬に励んでいるというべきだろう。生まれついたときから強くなることを定められていた祐一だ。それ以外になにもなかったのかもしれない。
 

「祐一様〜、失礼しますね〜」
 

可愛い声と共に、一人の女性がドアを開けてはいってきた。
赤とピンクが混ざったようなショートヘアーをした、祐一よりも5歳以上年上と思われる女性が、メイド服を着ながらこちらを見ていた。
 

「あ、今日はちゃんと起きていましたね」
 

満足しましたという風にその女性――天野ものみは、満面の笑みを浮かべる。
 

「早起きしちゃいけなかったか?」
 

無表情のまま祐一が返す。とんでもない、とものみは手を振る。
 

「早起きは三文の得って言いますからね。早起きにこしたことはありません」
 

「三文……?」
 

いかにも疑わしげに祐一がものみを見る。何を言ってるんだおまえ? という感情がありありと見て取れた。
む、とものみが表情を変える。
 

「なんなら、得したことを教えて差し上げましょうか?」
 

「いや……いい」
 

むしろ言わないでくれとでもいいたげな祐一の返答に、ものみはさらに表情を変える。
 

「まあそう言わないで下さいよ。一つはですね、なんと――」
 

祐一が、ものみを見る。ものみは、一呼吸して、言った。
 

「――私が起こしに来たところを見ることが出来たんですから。これだけでもう二文分の得はありますよね〜!」
 

すぐに祐一はものみから目を外した。
 

「……そうか……それは凄い得をしたな……」
 

もう全然興味ありません、と祐一の表情は語っていた。それにも気付かないまま、ものみはさらに捲くし立てる。
 

「そうですか? いやぁ、そう言ってもらえると嬉しいですよ〜」
 

「喜んでもらえて何よりだ。そのついでにもう何も話さないでくれると嬉しいな」
 

祐一がクローゼットの服を取り出しながら言う。ものみなどには眼もくれず、漆黒の服を取り出す。
 

「いえいえ、まだ得したことがひとつありますよ?」
 

「あんたの声が聞けただけで充分だ」
 

適当にお世辞を言っておく。次はクローゼットから青いズボンを取り出す。
そのまま機械のように祐一は止まらずに動く。
ものみは、ふふふ、と小さく笑った。
 

「最後の一つはですね、なんと――」
 

今度は別にものみの方を見ずに、そのまま着替えを行っていた。
どうでもいいが、異性が隣にいるのに着替えをする祐一も、異性の着替えを見ているものみも、いい根性をしているといえるだろう。
ものみが、口を開いた。
 

「――聖一さんと瑠海さんが、帰ってきましたよ」
 


祐一の動きが止まった。
 

 
 
 
 
 
 

「いやぁ、随分久しぶりじゃないか、祐一」
 

「……そうだな」
 

一階ホールに設置されてあるソファに座りながら、四人の人間が対峙していた。
三人は一つのソファに座り、一人は一つのソファに座っていた。
真ん中に座った男、相沢聖一と、その右隣に座っている相沢瑠海は、祐一を懐かしむように見ている。祐一も、懐かしそうに眺めていた(無表情だが)。
 

「しかしあれだな」
 

使用人が持ってきた紅茶を啜りながら、聖一が口を開いた。
 

「祐一もB+ランク取ったって? 流石だな」
 

「そうね、もう少しすればAランクの代に突入でしょう? Sランクの心配はしなくて大丈夫そうね」
 

聖一の次に瑠海が言う。相沢家は、30歳までにSランク以上を取らなければいけない決まりになっている。本来のハンターならば30歳だろうが40歳だろうが、取ることが出来ないランクなのだが、相沢家は代々Sランク以上のハンターを世に送り出してきたのだ。
しかし祐一は10歳で既にB+ランクを所持している。これは今までの相沢家の中でも異例の事件なのだ。
 

「おかげさまで」
 

祐一は感情のこもっていない声で言う。瑠海がはぁと溜息をついた。
 

「あとは、もう少し愛想が良かったらいいんだけど……」
 

「……おかげさまで」
 

祐一が同じ台詞を、今度は少し間を置いて言う。まぁまぁ、と聖一が瑠海をなだめた。
 

「ところで、今日から家に住むことになった子がいるんだが」
 

「……その子?」
 

聖一が言うと、祐一が聖一の隣に座っている少女を顎で指す。
 

「そのとおりだ」
 

聖一が言う。ふぅん、と祐一はその少女を品定めするように見る。
歳は自分とほとんど変わらないか、同じかもしれない。顔はもう全く申し分ないほどの美少女といえるだろうが(まだ幼さの残る)、怪しい趣味を持っている人間でなくとも思わず目を奪われるだろう。
オレンジ色の髪の毛を腰までたらした、眼のパッチリとした女の子だ。
聖一が、ポンと頭に手を置いた。
 

「この子は、相沢香奈。お前の妹だ」
 

「妹?」
 

祐一が眉を寄せた。そんな話、祐一は今まで聞いたことすらなかった。
 

「今まで親戚の家に預けていたんだ」
 

そんな話も聞いたことは無い。そもそも相沢家では日々訓練をさせるはずだ。親戚の家に預ける理由も無いし、意味も分からない。
と聞いたところで答えてくれるとは思わないので、適当に「そうか」とあわせておくことにした。
もう一度その少女、香奈を見た。香奈はじっとこちらを見つめていた。
自分の顔になにかついているのか? などという王道な考えは祐一の冷めた頭には浮かんでこなかった。
 

「この家に引き取るって事はそれなりの実力はあるんだろ?」
 

祐一が確認のため聞いた。瑠海と聖一が顔を見合わせて笑った。
 

「ああ、この子も、お前ほどじゃないが相当な才能を受け継いでいるぞ。なんなら力試ししてみるといい」
 

「……いや、それはいいよ」
 

祐一は軽く溜息を吐く。そんな面倒な事はごめんだと、言葉の裏に隠しておいた。
祐一はこんな性格をしているが、自分の才能と実力は知っている。こんな、自分よりも小さくてしかも女の子と戦うなんて事はいくらなんでも出来はしない。
別に女だからと言って弱いというわけではない。現に相沢瑠海は15歳で今の祐一と同じランクを所持した。聖一はその一年後。
10歳から17歳までの間に男女はあまり差はない。しかし、そこからの環境などで実力は変わっていくのだ。
男の方が戦いに有利な要素が幾らか多く、必然的にSランクの代(S−からS+まで)のランクには男が入ることが多い。
だから言ってみれば、男は18歳から爆発的に実力を伸ばすと言う事だ。それまではその爆発的な成長に向けての準備というところだ。その準備が不十分ならば期待以上の成長は望めない。
まあ、準備をちゃんとするような奴はもともとの実力も高いのだが。
 

「いや、この子は本当に強いぞ? なんたってもうB−を所持しているんだからな」
 

「……へえ」
 

それにはちょっと驚いた。女の子が10歳(おそらく)でBランクの代に入るなんて、そりゃもう珍しい事なのだ。
北の国の倉田という三台富豪の長女は今11歳でC+ランクを持っているそうだが。
 

「でもまあ、確かに祐一の相手じゃないかもね」
 

瑠海が茶化すように言う。なんだかんだ言って、二人は祐一の力を知っていたのだ。この少女がどれだけ出来るか分からないが、所詮祐一の相手ではない。
 

祐一は立ち上がらずに右手だけを少女に伸ばした。
 

「これからよろしく」
 

祐一が少女に言う。少女は、まじまじとその手を見つめ、小さく笑った。
 

「よろしく」
 

予想通り恐ろしく綺麗な声で言って、少女は祐一の手を握った。
 


これが、相沢香奈と相沢祐一の出会いだった。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

後書き
 

どうも。最近昼ごはんにおにぎりばかり食べているハーモニカです。
 

ようやく始まりましたか。第二部。今から考えてみると、かなり長くなりそうです。
まずは祐一と香奈の話。そこにちょくちょく戦闘とか加えていこうと思います。
次は舞踏大会。これがまた長くなりそう。軽く5話から10話行くでしょうね。
後は、ランク試験とかも入れてみようと思います。ランク試験がどんなものかとか、あんまり他のSSで書いてないような気がするから。
その次は色々ごたごたがあって、リアと出会って、その後に仕事を請け負って、次に志貴編ですね。
それが解決してようやく本編に戻ります。やばいな、20話いきそう……。
シオンも出さないとなぁ……出ないかなぁ……?
 

かなりネタバレな後書きでしたが、これ書いとかないと、「いつまで過去の話してんねん!」と怒る人が出そうなので。
 

大変ですが、これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします。



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