この世界で、もっとも基本となるものがいくつかある。
その一つに、【デロップ】というものがある。
どういうものかということから言えば、10人に一人が持って生まれてくる特殊能力である。
10人に一人の確率で、このデロップをもって生まれてくる。それは遺伝でもなんでもなく、運というべきか運命というべきかで決まる。
一人一人違う能力を持ち、個性豊かな能力も多い。
ただ、これがなぜ生まれたのかはまだ分かっていない。当然、なぜ10人に1人の割合で生まれてくるのかも分かっていない。
そして、さらにもう2つ分かっていないことを追加するならば、
一つ目は、デロップは魔方陣をどこかに描かなければ発動することが出来ない。
砂の上だろうが空中だろうが、とにかくどこかに魔法陣を描かなければならない。
二つ目は、デロップには必ず【制限】がつく。
例えて言うならば、もし【あらゆる攻撃を受け付けない状態になる】というデロップがあった場合、そのデロップに制限がつく。例えば、【3秒間だけ】や、【一日3回】などという条件が一緒についてくる。これが【制限】である。
尚、これは基本だが、魔法を使う際には【魔力】というものが必要となる。魔力がなくなれば魔法は使うことが出来なくなる。
が、デロップにはそれがない。いつ何度でも使用できる能力なのだ。まあ、魔法陣を書かなければならないという難点はあるが。
使用できる数は大抵制限により決まっているので、本来は何度でも使用できる。
デロップは制限があるので、大抵互角になるようになっているのだが、
デロップを使用する者の能力で使い道も変わり、広く応用できる能力だと言え――
「ついたよ、祐一」
祐一は、ん? と言うと、名雪が持ってきた華音のパンフレットのような物をパタンと閉じて、目の前の建物を見た。
ここが、今日から祐一とリアが居候する家である。
二階建て。すこし大きめの家。地下があり、そこは訓練場になっている。空き部屋はいくらでもある。
祐一の荷物は既に部屋に運び込まれている。
リアの部屋は祐一と別室になる予定だったが、リアの願望で祐一と同じ部屋になる予定だったが、名雪はう〜う〜。祐一は点点点。
リアは、私は別にどっちだっていいのよ?
でもやっぱり今まで一緒に旅とかいろんなことしてきたんだから今更離れ離れになるっていうのもどうかなって。
あ、でも別に部屋が違うだけで離れ離れって感じるような仲じゃないんだけど、
でもやっぱり私と祐一はパートナーって感じだから、やっぱりいつでも一心同体っていうのがベストかなって。
別に祐一のことがどうたらこうたらじゃなくて、やっぱり先の闘いのときとかの事も考えて――
以下百行ほど熱弁。なので、とりあえず違う部屋になった。
リアの荷物は既に祐一と違う部屋に送られているらしいが、その辺は秋子さんがなんとかする。
――以上が、ここに来るまでに名雪から得たこの家の情報である。
多少家とは関係ないものが入っていたりはするが、まあ、問題はないだろう。
が、一つ間違った情報を得てしまっていたようだ。
「すこし大きめの家」
気に食わない。ああ気に食わない。名雪が俺に嘘をついただと!?
いやいやそこじゃなくて。つまり、お気づきの方もいらっしゃると思い候。この家はなんか凄くデッカイのだ。もう一度言う。
デッカイのだ!
つまり――
「しかし、この家異常にでかいな。なんか団地より大きい気がする。団地とマンションを並べたくらいの大きさかな。
俺の家は案外大きい方だけど、それとは全然比べ物にならないな。まあ、この家には地下に訓練場があるみたいだからそのせいかな。
俺の家には訓練場なんてなかったからすこし大きめ程度の家なのかな。あ、それにあれか。秋子さんってもとS+ランクだもんな。
収入も凄いんだろうな。だからこんな大きな家が建てれるのかな。うん、きっとそうに違いない」
そういうことです。
「何言ってんの?」
リアが突っ込みを入れる。リアは既に門をくぐり、玄関のところまで入り込んでいた。その後ろに名雪が続いている。
本来は逆の位置にいるはずなのだが……。
「気にするな。ただ脳内に高圧力の電波がのしかかってきただけだ」
「いろいろと突っ込みどころ満載だけど、とりあえず入っていい?」
リアは祐一に問いかける。もう既にドアのノブを握っており、いつでもいけるぜという体勢だった。
俺に聞くなと一言言うと、リアはうんと頷き、そのまま開けた。
いや、俺が言いたいのは家の住人である名雪に聞けという事なのだが。
まあ、名雪本人もそんなことはどうでもいいのか。リアにつられてはいっていく。
祐一も、何か一人取り残された気分だったので、早足でそのままドアをくぐった。
さてさて、外が凄けりゃ、中はもっと凄かった。
ダイニングキッチンにダイニングリビングにダイニングテーブルにダイニング・・・ってそんなにダイニングは本来いらない。
まあとにかく、ゴージャスなのだ。ゴージャスでデリシャスでワンダフォーなのだ。
よく分からないが、まあそれは、口では言い表せない異の世界だと言う風に思っていただければ幸いです。
「で、秋子さんはどこだ?」
祐一が名雪の肩をポンと叩くと同時に言う。
「お母さんなら訓練所にいると思うよ」
名雪は、こっち、と指を刺す。玄関から一本道の短い廊下を出て突き当たりを左に行ったところで、名雪は止まった。
ここだよと一言言うと、壁に手を当てた。
その後は、からくり式に床に扉が出てくる。タイルで敷き詰められた床が見る見る姿を変え、やがて床に扉が現れる。
隠し扉……?
たかが訓練所のはずだ。なぜこんな大掛かりな仕掛けが要る?
名雪に一瞬聞こうと思ったが、まあどうせ「さ、なんでだろうね〜」とか言うに決まってる。
とりあえずその中に入ると、コンクリート式の壁で覆われる道に出た。ちゃんと手入れが行っているのか、汚れの一つも見当たらない。
マメな正確はうちの母さんと互角かな。
そう思いながら名雪の後を祐一は付いていく。やがて、すこし向こうに光が見えてきた。
もうすぐだよ、と名雪はすこし駆け足になる。それにつられて祐一とリアも足を速める。完全に光に入った所で、訓練所が姿を現した。
最初に訓練所ときかされたときは、やはり大きなリングを思い浮かべたのだが、実際はそうでもないらしい。
ただ、コンクリートで固められた広いスペースがあるだけ。特に何もなかった。
ただたんに、本当にだだだっ広いスペースがあるだけの空間だった。
訓練所? ここが? 一瞬そう思ってしまった。
が、先程から、入り口付近でう〜う〜唸っている名雪を見て、正確にはそのあとその部屋をもう一度見回してみて、なんとなく理解できた。
「ん〜……」
未だに唸っている名雪をすこし左に手で避ける。名雪が、あ! と声を上げたが、祐一はそのまま奥へ進んでいく。
「ダメ、この先は!」
名雪の声も虚しく、祐一は入り口に一歩足を踏み入れてしまった。
ヒュッという風を切る音が、かすかに聞こえた。矢だった。
祐一の左斜め上の方向から、矢が祐一に向かって飛んできている、名雪は目を見開き、そして同時に固く閉じた。
キンッという、金属同士がぶつかり合うような音が聞こえた。
一瞬何かと思ったが、考えるよりも見るほうが得意な名雪は、ゆっくりと目を開ける。
祐一に、矢が刺さっていた。首筋辺りに、ザクッと。
一瞬意識が飛びそうになったが、それはすこし早かった。実際には、祐一には矢は刺さっていなかった。
祐一の首筋辺りに、小さい氷の固まりが出来ており、そこに矢が刺さっていた。当然、祐一は無傷。
ホッと胸を撫で下ろす名雪。その姿を見て、祐一ははぁと溜息を吐く。
「この程度の仕掛けで、いちいち心臓飛び出すなよ?」
「そ、そんなことないよ〜」
名雪は、ブンブンと手を振って否定する。と同時に祐一の元へ駆け寄る。
大丈夫? と聞くと、大丈夫と返事が帰って来た。そのすぐ後ろで、リアが祐一に歩み寄ってくる。
「さっきの大掛かりな仕掛けは、こう言う事なの?」
リアが祐一に聞く。ああ、と祐一は頷くと、部屋の、すこし隅の方を見つめた。
「何も知らない奴がここに入り込むと危険。だから隠し扉を作ったってことですか? 秋子さん」
祐一は、部屋のすこし隅の方を見ながら、言った。名雪とリアは、お? と言う風に祐一の見ている方向を見た。
そこに、ニコニコと笑いながら祐一達を見ている、20前後と思われる容姿の女性がいた。
名雪と同じ青い髪。違うのは髪形がおさげなぐらいだ。
リアは一瞬でわかった。この人が水瀬秋子だ。
「さすがですね、祐一さん」
「べつに、これくらいどうでもないですよ。何で名雪がビビってたのか分かりません」
名雪がひどいよ〜と唸るが、祐一どころかリアも無視して、秋子さんの方へ向かう。
「……あなたが……?」
「ええ、水瀬秋子です」
秋子は、リアを見た後、一瞬眉をひそめたあと、またさっきと同じようにニコニコと笑い、
そしてチラッと祐一の方を見て、またリアに視線を戻した。
「……あの――」
「――パートナーです」
「・・・・・・そうですか」
秋子さんの言葉を遮って、祐一が言った。リアに視線を移したことから、おそらくリアと祐一の関係を問いたかったのだろうが。
名雪は、なんだパートナーかと言う風にリアを見ていた。それで、ホッと胸を撫で下ろした。
「――名雪」
不意に、秋子さんが言った。
名雪は、え、なに? 言う風に秋子さんを見た。
「外してくれる?」
「え、私武器なんて持ってないよ?」
名雪は自分の体中を見て見る。確かに、名雪は秋子さん譲りの、愛用の短剣は今部屋の隅で立てられているはずだ。
「だれが武器を外せって言ったんですか。席を外してくれる? って言ってるの」
「え、私何処にも座ってない……」
名雪は自分の足元を見た。確かに、名雪の足元には椅子なんてものはない。自分の母は、いったいなにを言って――
「邪夢」
「――わかったよ! ようするに私がここにいると祐一とプライベートな話が出来ないんだね?
そう言う事なら早く言ってくれればいいのに。わかったよ、私は席を外すよ。あはははは、ごめんね〜」
名雪は砂埃が立ちそうな勢いで部屋を出て行った。顔中に冷や汗を浮かばせながら走っていく姿は、何とも不気味だった。
リアは異物を見るような目で名雪が走っていった方を見ていたが、祐一はすぐにどうでもいいよと言う風に秋子さんの方へ体を向けた。
「ジャム……っていうのは、パンに塗るあれですよね?」
「ええ、それがなにか?」
それが一体どうかしたのですか? という意味の言葉だったはずなのだが、祐一とリアの耳には、
「当たり前じゃないですか。聞きたいんだったらそれなりの報酬はくれるんですよね?
ニコニコ(ゴゴゴゴゴ)」と聞こえたのは何故だろう。
「なんでもありませんよ」
祐一がかろうじてそう口にした。リアも、ガンガン首を上下に動かしていた。
「――で?」
ついに、というべきか。祐一が本題を切り出した。
「なにか話でも?」
「……ええ、すこし」
秋子さんが、すこしだけ表情に影を落とした。リアも祐一も、秋子さんのほうを見た。
気まずい……。リアは、本日二回目、これを思う羽目になった。一度目は祐一とベンチにいるとき、二度目は今現在。
秋子さんは話があると言っておきながら、もう5秒ほど黙ったきりだ。
たった五秒。だが、リアは人一倍気まずいのを嫌う性格でもあった。
ああ、なにか話題を振ったほうがいいだろうか? 秋子さん、お茶でもお持ちしましょうか? ナンセンス。
「祐一さん」
覚悟を決めたのかなんなのか、とにかく秋子さんが祐一の方を向いた。
「あなたは今まで、何処にいたのですか?」
祐一は、その質問にすこし疑問を抱いた。今まで何処にいたか?
そんなことは別に改まって、しかも名雪を追い出してまでする質問だろうか?
しかし、祐一よりも先にその質問を意図を、いくつも先のほうまで読みきったリアは、眉をわずかによせた。
リアは秋子さんの方を向くと、すこし強く右手を握った。
後書き
すこし遅くなったかな? でもまあ合格。
ああ、はやく戦闘が書きたい。次の話はすこし祐一達の真実が語られます。
で、その次の話で、ようやく戦闘に入ります。かなりハイレベルな戦闘になるでしょう。
では、これからも応援よろしくお願いします!