私には両親がいた。
『いた』というのは、今はいないと言う事だ。
出張でどこかに行ったとか、今ちょっと外出中とか、そう言う事ではなく、もうこの世にはいない――
もっと直球で行くならば死んだということだ。
それも生涯を全うして死んだのではない。殺されたのだ、一人の男に。
私達神族は数々の敵から狙われていたりするが、だがここまで一方的に殺されたのは初めてだった。
そもそも神族というのは、世界で最も強い種族の一つだ。その神族の者が、あっさりと殺されたのだ。
たった一人の、人間の男に。
 

神族といっても、別に神専用の世界があるわけではない。そもそも神族とは神に近い種族と言う意味で、別に神という訳ではない。
私も、他の仲間達と共に、人間の住む世界のほんの小さな土地の小さな村で静かに暮らしていた。
神のように強い力を持っていたとしても、それを使う事はなかった。確かに木を運んだりするのには便利だった。
片手で何百キロもの岩をも運べる身体だ。村はかなり小さい町になりかけていた。
しかし、その男の出現で全ては変わってしまった。
宝の持ち腐れという言葉がある。どんなに優れた力を持っていても、それを使わなければ意味がないと言う意味なのならば、
まさにそれだろう。何百年も戦闘から離れていた神族は、その男の進入に気付くことはなかった。
一日だった。たった1日で、その村は水壊した。全ての物体が水に押しつぶされた。
その村は、1日で湖になった。
 

それだけならまだ、ただの悲劇で終わるだろう。しかし、問題はその後だった。
 

その男は、唯一生き残った――むしろ、唯一殺されなかった私を、仲間に引き入れた。
ふざけるなと叫んでやりたかった。全ての仲間と全ての居場所を消されて、俺について来いと言っているのだ、この男は。
憎くて憎くて殺したくて殺したくて、それでも、私はそこまでバカじゃなかった。
私程度じゃ手も足も出ないのは分かっている。
神族とか魔族とか人間とか、そう言う事以前にこの男は全く持って完璧に、
それらの、『生物としてのレベルの許容範囲』を遥かに超えていた。
 

私は憎くて憎くて、殺したくて殺したくて、それでも、その男の仲間になった。
 

しかし奇妙だった。鬼のような力で、悪魔の様な冷徹さで神族を次々と殺していったというのに、その男はなぜか私だけには優しく接した。
そしてその男は私に戦闘技術を教えた。
腐っても神族だ、その辺の人間などには退けを取らない力を持っていたが、それでも、その男は私に戦闘技術を教えた。
まるで、今のままでは全然歯がたたない相手がいるんだぞと言うかのように。
上等だった。絶対に強くなって、そしてこの男を殺してやると心に誓った。
 

それからは、ずっと戦闘に明け暮れた。他にも私と同じような仲間がいたようで
(その中でも、やけにそいつにベタベタにくっついているいけ好かない女が目に付いた)、
皆神族の私から見ても全然申し分ない実力の持ち主だった。
訓練には困らなかった。あとは、どうやってそいつを殺すかを考えるぐらいだった
そいつともそいつの仲間ともある程度楽しくやりながら、私はその男を殺すために訓練に明け暮れた。
その男はやけに私に絡んできた。私は冷ややかに、それでもすこし楽しそうに笑う。
その男は本当に強かった。何度戦っても、手加減されて負ける。
その男に勝つくらいに強くなるという風に、私はどんどん強くなっていった。
 

殺したいはずのその男が、いつの間にか目標になっていた。
 

そして分かっている。その男を殺したいと考えることで私は私でいるのだと。
 

そして分かっている。神族の仲間の敵討ちをしなければならないのだけど、
 

それでもいつの間にか、私はその男の事が――――
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ポタポタと、アルクェイドの体から血が流れ落ちる。
地面についた膝もガクガクと震えて上手く動けない。両手も、動きはするがまるで感覚がない。
金髪の髪に赤が付着している。目に血が入って前が良く見えない。
住宅地の屋根から突き落とされ地面に叩きつけられ、繰り出す攻撃を全ていなされて、相手の一撃一撃が気が狂うほどの威力があって。
アルクェイドはミルンの前で、全くと言っていいほど無力だった。
 

「諦めなさい、貴女は死ぬわ」
 

ゼェゼェと息をするアルクェイドに、ミルンが言い放つ。アルクェイドは固い地面を右手の拳で殴りつける。
以前ならば粉々に粉砕したはずのそのアスファルトは、今は傷一つつかない。
 

「うる――さい!」
 

駆け出した。ミルンは右手を前に出した。
ビュンビュンと、ミルンの右手の平からいくつもの光の塊が飛び出てくる。以前なら充分回避できたスピードだが、今では驚異だ。
光の弾は地面にあたり爆発する。
いくつもの爆発音が重なって、ついでにアルクェイドにも当たって、ミルンの姿はその煙で見えなくなった。
見えなくなったかと思えば、すぐに後ろに周りこんでいた。ミルンがそのままアルクェイドを殴りつける。
ボクサーが振りかぶって殴るようなパンチではない。構えも無しに、腕を前に伸ばしただけのようなパンチだ。
だがそれでも、アルクェイドの体は前に吹き飛び、住宅地の壁に当たって壁は粉々に粉砕される。
だらりとアルクェイドの体が崩れ落ちる。口から血を吐きだす。体中、どこもまともな部分などありはしなかった。
しかしアルクェイドは立ち上がった。ミルンが溜息を吐く声が聞こえたが、そんなものはどうでもいい。
アルクェイドはミルンに向かって駆け出した。
傷だらけでもやはり真祖の姫、吸血姫アルクェイド・ブリュンスタッド。
普通の人間ならば目にも止まらないスピードで、ミルンに接近する。
ミルンの左側に接近すると、そのままパンチを放つ。そのスピードも威力も、全然問題はなかった。
だがミルンは、そのとてつもないスピードを目で追い、とてつもない威力のパンチを、きゃしゃな左手一本で余裕をもって受け止めた。
 

「ぐっ!」
 

焦ったのも束の間。ミルンはそのままアルクェイドの右手を掴み、そのまま左に投げ飛ばした。
弾丸のようなスピードで飛び、地面に叩きつけられる。しかし、またミルンの光の塊がアルクェイドに集中的に当たった。
手榴弾を10個ほど一気に爆発させたかのような爆発音が響き、煙が辺りを覆いつくした。
その煙の中を、ツカツカとミルンは歩く。
そして、地面にほとんど埋まっている状態のアルクェイドの前で、立ち止まった。
 

「…………あら、生きてるのね」
 

服も身体もボロボロの状態で、ふざけるなと言ってやりたかったが声が出なかった。
アルクェイドは、口から血を吐き出した。
 

「……どうも貴女は、シオンのことを一方的に悪と決め付けてるみたいね」
 

「…………」
 

アルクェイドがミルンを睨みつけた。
 

「貴女がシオンをしつように追いかける理由は――――これね?」
 

ミルンは、アルクェイドの右胸の上の方の服を、勢いよく破り取った。
その下には、白い肌に似つかない黒い、丸い模様が描かれていた。
 

「……烙印……貴女もシオンに力を与えられたくち?」
 

アルクェイドは答えない。つまりそれは、肯定だ。
 

「一つイイコトを教えてあげましょうか」
 

ミルンは、すこしくらい顔をした。
 

「シオンのあの時の目的は貴女じゃなくて、志貴よ」
 

「――!」
 

アルクェイドの目が見開かれた。
どういうこと!? と叫ぼうとして、血を吐き出した。
なんとかどうにか、身体を地面から起こす事はできた。
 

「貴女の烙印の能力はね、『本来の貴女に戻す』っていう能力よ。真祖の姫に戻るの。その力は、今の貴女の比較にならないはずよ」
 

ミルンは、そのままアルクェイドから離れた。
 

「その烙印を手に入れて、私の元へ来なさい。私に勝てたらシオンの居場所を教えてあげる。
今の貴女がシオンに会っても一秒で殺されるわ。
でも、もしも貴女が真祖の姫に戻ったら、あるいわ本来の相沢祐一に出会ったら、もしかしたらシオンを殺す事も出来るかもしれないわね」
 

ミルンのそう言った顔は、やけに悲しそうだった。
ミルンの言っていることが、ミルンの望んだ事だとは、到底思えなかった。
ミルンが完全に居なくなると、またアルクェイドに悔しさが蘇ってくる。本当に、どうかしている。
無力だ。自分は、あの頃から何も変わってはいない。
 

「……して……る」
 

アルクェイドは久しぶりに言葉を口にした気分だった。
 

「……殺してやる……」
 

アルクェイドは、いつかのように、叫んでいた。
 


「シオン、あんただけは絶対に殺してやる!」
 

 
 
 
 
 
 
 
 

「何か用?」
 

ミルンは、住宅地の外れで腰を下ろしながら、目の前の影に言った。
やけに暗い顔をしながら、その影を見る。
神父のような服を纏い、青い髪をなびかせるその少女は、ミルンに言った。
 

「……殺さなかったんですね」
 

「殺して欲しかったの?」
 

「いいえ、遠野君が悲しみますから」
 

「志貴が悲しまなければ死んでもいいって言うのね」
 

「ええ、構いません」
 

少女は、淡々と機械のように言葉を吐き出す。ミルンは、ダルそうに立ち上がった。
 

「私の目的はひとつよ。あのアルクェイドがもしシオンを殺す鍵になるのなら、生かしておいて損は無いわ」
 

「そう言う事は私に言わない方がいいですよ」
 

「ハッ、シオンが知らないと思ってるの?」
 

ミルンは馬鹿にしたように言う。まさか、と少女もバカにしたように言う。
ですが、と少女は続けた。
 

「私は貴女のことを快く思っていませんよ? もちろん、シオンも」
 

「知ってるわ」
 

「そうですか? 私には貴女がシオンに死んでほしくないように見えるんですけど?」
 

「ふざけたこと言わないで。私はシオンを殺すために力を手に入れたのよ」
 

「そして最強になった貴女よりも遥かに強い場所にいるシオンに惹かれていった」
 

「…………」
 

フン、とどちらかが笑った。
 

「否定はしないわ。でも、私はシオンを殺すわ」
 

「出来ますか?」
 

「やるしかないのよ。私はシオンを殺すことを躊躇なんて、しちゃいけないの」
 

「勘違いしないでください。私は実力での事を言っているんです」
 

「……そうね、まだ私のほうが強いとはいえないわね」
 

ミルンは皮肉っぽく笑った。
よいしょ、という風に立ち上がると、少女を見た。
 

「じゃあ、私はもう行くわね。貴女も、もう私とはしばらく会わないほうがいいわ」
 

「そうですね」
 

少女は、無表情を崩す事無く言った。
ミルンは、そのまま少女に背を向けた。
 

「あ、そうそう」
 

ミルンと反対側に歩き出そうとしていた少女に、ミルンが言った。
少女は、ピタッと足を止めると、なんですか? と聞いた。
 

「貴女、ガーデンに行くんでしょ? そこに相沢祐一がいるから、接触しといて」
 

「分かりました」
 

「戦闘は任せるわ。くれぐれも殺さないように…………いや、貴女程度じゃ全然勝てないかしら?」
 

ミルンは可笑しそうに笑う。少女は不機嫌そうに、ミルンに背を向けて歩き出した。
ミルンも反対側に歩き出す。それでそのまま、二人は同時に消えた。
 

二人がいなくなったそこには、先程から響いている、水瀬秋子とセクトの戦いの轟音だけが響いていた。
 

 
 
 
 
 
 

後書き
 

とりあえずかなり面白くなかったです。
せっかく何話かぶりにアルクェイドが出てきたのに散々な扱い。それに全然戦闘もないしもうボッコボコだし。
ミルンの反則能力を出せなかったなぁ……とすこし後悔。実を言うとミルンの能力、人間に使うととんでもない事になっちゃうので。
まあ今回のは戦闘じゃなくて会話だと思ってください。戦闘はオマケで。
そもそも戦闘と呼べるようなものじゃないし。
まあ、次の秋子さんの戦いはもっとまともにします。本当言うとこの戦いはちょっとしょぼかったです(死)。
さて、もうそろそろ寝ないといけないかな? 
なんたってもう日付が変わってから二時間映画を観てジュースを飲みながらポテトチップスを食べているぐらいの時間が経っていますから(意味不明)。
 

では、これからも応援よろしくお願いします!



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