住宅地を一人で楽しそうに歩いているのは、ガーデンのイベント係担当、水瀬秋子である。
本当は今ガーデンにいなければならないはずなのだが、今日祐一が戦闘イベントを起こしてくれといった事により、
秋子さん自身も面白い案が浮かんだのである。
三人一組のチーム戦だとか、全校生徒対抗のバトルロイヤルだったりとか、いろいろ面白い案が浮かぶ。
そのためにいろいろと調達しなければならないものがあるのだ。
 

まずはいつもガーデンのリングなどの素材をくれる、屋根がちょっと突き出ている触覚屋なんかはどうだろう。
石や鉄さえあれば秋子さんのデロップで大抵作る事ができるのだ。
後はペイント係さんたちにも頑張ってもらおう。
こういうお祭りごとが大好きな秋子さんにとって、やはりその買出しも重要な楽しみの一つだった。
 

歩く。この辺の住宅地は迷路のように入り組んでおり、慣れた者でないと迷ってしまうほどだ。
その住宅地をスキップしながらルンルン気分で歩く。祐一の事などで引っかかっている事などもあるが、それでももうそれは関係ない。
祐一は今の秋子さんにとって家族なのだ。
だから、祐一の事はしばらく放っておこう。そもそも祐一だって自分よりも優秀なハンターなのだ。自分がどうこう言う問題では無い。
 

歩く。この辺の住宅地は迷路のように入り組んでおり、慣れた者でないと迷ってしまうほどだ。
だが秋子さんはこの住宅地の道を全て把握している。
この角を右に曲がって、あとはそのまま真っ直ぐ行った突き当りの道をまた右にいくだけ。そうすれば、触覚屋に辿り着く。
いい素材があればそれだけで充分だが、持ち帰るのが大変そうだ。
秋子さんは、曲がり角を右に曲がった。
 


「そこのあんた」
 


歩かなかった。不意に後ろから呼び止められたからだ。
秋子さんは振り向く。二人の男女が秋子さんを見ていた。
白髪に青いジーパンと何かよく分からない英語のつづりが書いてあるTシャツを着ている青年と、
茶色い髪の毛を肩口でバッサリと無造作に切り落とした、上下紅い服を着た綺麗な女性が立っていた。
 

「何か御用ですか?」
 

秋子さんが聞く。女性の方は黙ったままで、青年の方が口を開いた。
 

「あんた、水瀬秋子さんかい?」
 

その声を聞いて、秋子さんは今自分を呼び止めたのがその青年であることが分かった。
そうですが、と秋子さんは言った。青年と女性が、顔を見合わせて頷いた。
口を開いたのは、女性の方だった。
 

「単刀直入に聞くわ。相沢祐一はどこ?」
 

済んだ綺麗な声でそういった。秋子さんの眉が細まった。
 

「誰ですか、それ?」
 

顔をのほほんとさせながら、秋子さんは本当に何も知らないかのように言った。
だが、それだけで引き下がるほど相手もやわでは無いようだ。
 

「とぼけないで。貴女が相沢祐一と接触している事はもう調査済みなの。もう一度聞くわ。相沢祐一はどこ?」
 

「言うと思ってるんですか?」
 

秋子さんが笑顔のまま言う。明らかに、声の雰囲気が違っていた。
 

「いいえ。でも貴女はきっと言う事になるわ」
 

「何故ですか?」
 

「何故? 簡単よ。誰だって死ぬのは嫌でしょ?」
 

女性がさも当然のように言う。秋子さんの顔から笑みが消えた。
 

「……訊きたいのなら、まずあなた方の名前ぐらいは教えていただかないと」
 

女性と青年が顔を見合わせる。好きにしろ、と青年の顔が言っていた。
 

「……ミルン・マクスター」
 

「セクト・リフォルム」
 

二人が自分の名前を言う。さて、という風に女性、ミルンが秋子さんの方を向く。
 

「まだですよ。次はあなた方の目的を教えていただきたいです。それに、黒幕もいるのでしょう? 
その二つを教えていただければ私もお教えします」
 

ミルンが聞こうとした矢先、出鼻をくじかれた。ミルンが口を噛む。ふざけるんじゃないわよ、とミルンの顔が言っていた。
青年、セクトも溜息を吐く。
 

「相沢祐一の貴重性が分かっているのか……それともただ頭が切れるだけか……まあどちらにしても教えるしかないだろうな。
あんたが言わなけりゃこっちの計算が狂ってくるから。ミルン、言ってやれ」
 

ミルンは、肩を落として、言った。
 

「じゃあ、一つずつね。私達の目的は、相沢祐一の勧誘。つまり仲間に誘うことね。
『成功すると思ってるんですか?』なんてことは心配しなくていいわ。確実に成功するネタを持ってるから。次は黒幕ね。
どうせ言ったってわかんないでしょうからいいわ。『シオン』、これが私達のリーダーよ」
 

秋子さんは、目を見開いた。そしてすぐ、細めた。
 

「シオン……」
 

聞いたことがあった。それは、そう。祐一と戦う前だったか後だったか、祐一に家出した理由を問いただした時に出てきた名前だ。
祐一が家を出るきっかけとなった男。祐一に何かを吹きかけ、祐一はそれで姉の元から離れたと。
リアも知っていたはずだ。聞くだけで危険な存在だと言う事が分かるその男の部下が、今私の目の前にいる?
 秋子さんは動揺を隠せなかった。
 

「……それでその、シオンという人が祐一さんを仲間にしたがっているというわけですね?」
 

「正確には今の相沢祐一はどちらでもいいのよ。今の彼は確かに強いし、仲間に加わってくれるなら嬉しいなぐらいのレベルね。
でも、『本来の彼』は違うわ」
 

「『本来の祐一さん』?」
 

秋子さんは眉を曲げた。何を言っているのか、全く理解できなかった。
 

「貴女の考えにはひとつ間違いがあるわ。私達は彼を『仲間にしたい』わけじゃないの。『敵にしたくない』だけなの。
もし相沢祐一が、いえ、『本来の相沢祐一』が敵に回るような事になったら、どれだけ恐ろしいか。貴女は知らないのよ」
 

「…………」
 

だから、何を言っているのか全然分からないと言っているのに……。
 

「もうひとつ余計に教えてあげるわ。彼は一度こちら側の人間だったの。こちらの仲間になって、『烙印』を手に入れたわ。
でも、ルノフォードと一緒に抜け出した」
 

「烙印?」
 

「そう、烙印。シオンにはね、どういうわけか、普通の人間や魔族がもつことの出来ない、
その人間だけの『特異能力』を備え付ける事が出来るのよ。シオンの仲間は皆それを持ってるわ。
相沢祐一も、ルノフォードも、私も、セクトも」
 

秋子さんはセクトを見た。セクトはヒラヒラと手を振っていた。それは恐らく、その通りということだろう。
 

「その能力はデロップみたいでね。それぞれ違う能力なの。
例えば、光の速さで移動できる能力だったり、例えば、あらゆるものを振動させる能力だったり」
 

セクトがミルンに向かって嫌そうな顔をする。ミルンは気にも留めず、続けた。
 

「例えば、物体に自分の属性を装着させる能力だったり、身体から氷を発生させて攻撃を防御する能力だったり」
 

秋子さんの目が見開かれた。
最初の例えは分からなかったが、最後の『身体から氷を発生させて攻撃を防御する能力』というのは身に覚えがあった。
訓練所の矢を止めたときも、襲い来る石の棘を防いだ時も、それ以外でも、秋子さんは知らないことだが、
先程の生徒同士にバトルロイヤルでも、祐一が使っていた防御術だ。
ミルンが、ふふ、と笑った。
 

「その顔だと身に覚えがあるみたいね。ってことは貴女は相沢祐一と戦ったか、それか戦っているところを見たか…………
それで貴女が生きているってことは……よかったわ。まだ相沢祐一は『覚醒』していないみたいね」
 

ミルンは、初めて満面の笑みを浮かべた。
 

「良かった、もし覚醒していたら本当に危なかったのよ。相沢祐一がこっちに来た次の日に来て正解だったわ。
シオンはもっと先延ばしにした方がいいって言ってたけど。
でも貴女からその情報を聞けただけで充分貴女にこの事を教えた価値があったわ。それで、相沢祐一はどこ?」
 

祐一はシオンがいつこの街に来るのかは分からないと言っていた。だがまさか、こんなにも速く来るとは。
秋子さんの脳裏に、いつかの祐一の言葉が蘇った。
 

――貴方が、貴方達が巻き込まれるかもしれませんから、先に謝っておきます。
 

まさかそれを言われたその日にこうなるとは。だがしかし、秋子さんにとって、祐一はもうちゃんとした家族だ。だから、
 

「――残念ですが、私は家族を売るような真似はできません」
 

ミルンとセクトが同時に溜息を吐いた。
 

「……馬鹿な女……セクト、殺っちゃっていいんじゃない?」
 

「シオンからはなるべく殺すなって言われてる」
 

「『なるべく』なら、半殺しにすれば良いじゃない。
相沢祐一が覚醒する前に探し出さないと危険なのは貴方がシオンの次に分かってるでしょ? 
どうにかして吐かせないと、こっちの命に関わるのよ。それぐらいわからない?」
 

スラッと、秋子さんがミルン達に見えないように腰の短剣を抜く。昨日祐一にやられたダメージはもう随分回復している。
動き回る分には問題ないはずだ。
セクトがこちらを見る。しばらくして、一度頷いた。
 

「殺さない程度にやっておくよ」
 

「じゃあ頑張って。私も今私達のことを見てる『誰か』の始末があるから」
 

ミルンは一歩後ろに下がると、そのままフッと姿を消した。
セクトは消えたミルンには目もくれず、秋子さんに聞いた。
 

「このままだとあんたを半殺しにしなきゃいけないんだけど、素直に言ってくれないかな? 
案外祐一の居場所は分かるんだ。早いか遅いかの違いだ。
俺達は一刻も早く見つけたいからあんたに聞いているわけだが、探そうと思えばそこまで難しい問題じゃない。
素直に言ってくれるなら、俺もこのまま何も手を出さないと誓う。それに、あんたは無関係だろ?」
 

秋子さんは目を瞑って下を向く。セクトの言葉は充分的を得ている。シオンがあまり人を傷付けたくないと思っている事も分かる。
そして、必要とあらば人を傷付ける事を厭わない奴だと言う事も分かる。だから、いやだからこそ、秋子さんは言った。
 

「私と祐一さんは家族です」
 

と。
 

「……分かったよ。随分自虐的な人だ」
 

セクトの瞳から感情が消える。なにを考えているのか分からず、ただ秋子さんを見ていた。
風が吹く。風が止むと同時に、セクトよりも速く、秋子さんはアスファルトを駆け出した。
 

すぐ近く、セクトが溜息を吐く声が聞こえた。
 

 
 
 
 

ミルンは住宅地の屋根から屋根へ飛び移っていた。
水瀬秋子とセクトから別れて、今はある程度広さのある場所を探している。
先程水瀬秋子と接触したあたりからずっとこちらを見ていた影。
隠そうとしても隠し切れないほどの殺気に、ミルンが気付かない訳が無かった。
また飛び移る。誰かはまだ追いかけてくる。
とりあえず追ってくるのならば迎え撃つしかないだろう。
ミルンはストーカーなどされる覚えは無いし、その行為が敵意であるのならばそれなりの『始末』もつけなくてはならない。
スタッと木造の屋根の上に下り立つ。追跡者もその一つ後ろの家の屋根に下り立った。
ざっと辺りを見回してもしばらくは住宅地が続き、そのあとはガーデンや南広場の、随分年代物の時計台が見えるくらいだ。
とても戦いに向いた場所などは無い。
ミルンは髪の毛を払い上げると、振り返った。
 

「で、なにか用かしら、アルクェイド・ブリュンスタッド?」
 

ザァ、と微かに風が吹いて、追跡者――アルクェイド・ブリュンスタッドの金色の髪を撫でる。
その下にある瞳は、金色に光り、溢れんばかりの殺気を帯びていた。
 

「……シオンの仲間ね……?」
 

「当たらずとも遠からずってところね。今はあいつに従ってるけど、実際の所仲間とは言えないわね」
 

「冗談にももう少し説得力を持たせるべきよ? 私が水瀬秋子と貴女の会話を聞いてたことぐらい分かってるでしょ?」
 

「分かってるわよ。それでも言ってるの」
 

アルクェイドが鼻で笑った。
ミルンも鼻で笑った。
 

「そうね、水瀬秋子が言わなかった時のために聞いておこうかしら。貴女相沢祐一と戦ったんでしょ? 隠さなくてもいいわ。
私達の情報力は半端じゃないから。昨日の深夜、相沢祐一にコテンパンにやられたって?」
 

「何が言いたいの?」
 

アルクェイドが感情の無い声で言う。いや、感情がないというよりも、感情を押し殺していると言った方がいいだろう。
今すぐにでもミルンの首に自分の爪を刺しこんでやりたいと思っている感情を、どうにか抑えている。
吸血衝動を抑え続けてきたのだ。これぐらいどうと言うことはない。
 

「貴女、相沢祐一がどこにいるか知ってる?」
 

「教えたら貴女は私に望みの情報をくれるって言うの?」
 

「……シオンの居場所ね? 訊いてもどうにかできる場所じゃないわよ?」
 

「そう、なら話は終わりね。最後に言い残す言葉を考えなさい」
 

アルクェイドが右手を構える。ミルンが眉をひそめる。
 

(まさかここでやるつもり?)
 

戦闘をする場所としてはあまりにありえない場所だ。ミルンに関しては全く問題はないが、アルクェイドは接近戦タイプだ。
ミルンが最も得意とする相手な訳だが、アルクェイドはこの状況で正面から突っかかってくる気なのだろうか?
いや、理屈ではないのだろう。憎悪で訳が分からなくなっているアルクェイドにとって、その程度の問題など些細なことなのだろう。
 

「いいわ。戦闘する事に関してはシオンから制限は受けてないの。でもその前にお互い情報交換しましょ。
なんの収穫も無しに死にたくないでしょ?」
 

それで、アルクェイドはなんとかミルンに飛び掛るのを抑えた。
 

「私が教えられる範囲の情報をくれてやるわ。その代わり貴女も相応な物をくれるんでしょ?」
 

「……いいわ。言ってみなさい」
 

ミルンの口元が笑ったように見えた。
 

「まずはこちらの数ね。シオンを入れて女が4人、男が3人の計7人。私とセクトともう一人この国にきてるわ。
ただ、あと一人はとりあえず相沢祐一の行方が知りたいだけらしいから、それが分かったらそいつは撤収するわ。
私とセクトはとりあえず神器と相沢祐一の有りかと、あとはこの国の戦闘レベル、それを調べること。
それが終わったらとりあえずまだこの国には手は出さないわ。それと、シオンはこの国にはいないわ。こんな所ね。あとは秘密。
これだけ言えば充分でしょ?」
 

「ええ、一応シオンがこの国に居ないってことが分かっただけでも貴女の命を数分延ばした価値があったわ。
こっちは、そうね、まず相沢祐一と手を組んだわ」
 

それを聞いてミルンが少し驚いたような表情をした。
構わずアルクェイドは続ける。
 

「こちらの目的はシオンの殺害。祐一はガーデンにいて、ガーデン生徒の実力を見るって言っていたわ。
神器の隠し場所は残念ながら知らない。貴女達が聞きたい事はこんなところでしょ? これ以上は知らないわ」
 

「充分よ」
 

正直言って相沢祐一の居場所が分かっただけで儲けものなのだ。アルクェイドと祐一がシオンの殺害を計画していようと関係ない。
そんなものシオン相手にどうこうなる問題では無い。
今問題なのは、そう、今目の前にいるアルクェイドの始末。
 

「お互いもう話すことは無いでしょ? あとは殺しあうだけよ」
 

「その通りね」
 

アルクェイドとミルンが向かい合う。風がザァと吹いて、二人の髪を揺らす。
風が止むと同時に、向こうからドォンという音が聞こえ、それが戦闘の合図だった。
 

アルクェイドは、屋根の上を駆け出した。
 

 
 
 
 
 
 

後書き
 

とりあえず戦闘書けなくてごめんなさい。やっぱりまとめみたいな物は必要かなと。
さて、戦う人間は分かりましたね?
秋子さんVSセクト
アルクェイドVSミルン
という感じです。大体の予想でどっちが勝つかは分かりますよね?
私的には、ミルンよりもセクトの方が強いと思うんですけど、『反則系』なのはミルンです。
私がいつかの巻で言った、「反則的に強い能力」をもった二人の内の一人です。
私は一応シオン達全員の能力を考えているんですが、シオンの能力はそんな言うほど強くないなぁと思いました。
NARUTOを知っている人なら「お?」と思う能力です。
とりあえず、最終的に言うと、ティア最強ですw
ティアと誰が戦うかはもう決まってます。ティアに勝てるのはそいつしかいません! もはや無敵祐一でも勝てないでしょう。
これ以上はネタバレになるので言いませんが、ヒントを言うと、『確実に相手を殺すことが出来る人間』です。もうほとんど答えですねw
まあずっと後の話ですので、その間に忘れてください。
 

では、これからも応援よろしくお願いします!



作者ハーモニカさんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル掲示板に下さると嬉しいです。