「わからない……」
 

アルクェイドが、首をすこしだけ横に振りながら言う。
 

「人間を犠牲にして新しい命を作るなんて技術が、どうして認められてるのよ」
 

確かに、そうだ。
ガーディアンを作り出す技術を、全世界が認めている。然るべき資格と技術さえ持っていればガーディアンを作ることを許される。
しかし、祐一の言う事が正しければ、ガーディアンは多数の無関係の人間の命を犠牲にして、ガーディアンを作り出しているというのだ。
そんなことを世界が認めるとは思えない。いや、世界が認めたとしても民衆が認めるかどうか分からない。
もしかすると、自分達が犠牲になるかもしれないのだ。
 

「それは、ほとんどの人間がそのことを知らないからだ」
 

祐一が溜息を付きながら言った。
 

「ガーディアンを作ろうとしている人間は、たいてい死んだ人間の分身みたいな物を作ろうとするとか、
ただたんに何かに利用しようとしているやつらだ。そういう奴らは決まって高い技術力を持っていて、
逸れに見合う地位や権力も持っているだろう」
 

アルクェイドの形のいい唇が尖る。だからなんなのよ〜と言いたいらしい。
まあ聞けよと釘を刺しておいて、祐一は聞き分けの悪い子供に言い聞かせるようにアルクェイドに言う。
 

「高い権力を持っている奴は人間の価値がよく分からなくなってくるんだ。
適当な生贄さえ見つかれば自分の望む人間を作り出すことが出来るんだ。多少の犠牲は仕方ないと考えるさ。
ただ利用したいだけの奴も同じ。そんな奴はそもそも人間の事など考えたりはしない」
 

アルクェイドが小さく息を呑む。それは何て、無残な事だろう。
人間が人間を殺して、新しい人物を作る。殺された人間は、新しく作られた人間の中で生き続ける。
吐き気が腹から喉にやってくるような、嫌悪感。
なんて、皮肉な話だろう。
そして目の前にいるガーディアンも、『それ』だ。
 

「じゃあその子も?」
 

「ああ、多数の人間の生贄の上に成り立つ命だ。
まあそいつを作った奴らは半人前だったから何人の生贄が必要かもわからなかったみたいだけどな」
 

はははと場の空気に反して陽気に笑う。『その子』と言うのがリアの事を指しているのはすぐに分かった。
アルクェイドは、非常に不愉快そうに下を向く。
 

「生物と言うのは結局なにかの上に立たなければ生きてはいけない存在なんだ。
動物は小動物を殺し、その動物を人間が殺し、その人間を魔族が殺す。その血をすすって生き延びる」
 

それはなんて、哀れなことか。
 

「ガーディアンも、多くの無関係の人間の血をすすり、殺し、その屍を踏み台にして登り、そして生まれる。
真の支配者がこの星だと言うならば、俺たちは星と言う人間の中に住む病原菌。勝手に争い、勝手に殺しあう。
そして勝手に星と言う人間の命を使って生き延びる」
 

アルクェイドも、すこし悲しそうに目を伏せる。
そこだけを聞けば、なんて愚か。
 

「結局俺たち生物は、生を掴みたいあまり目的を見失った、不必要なただのスクラップってことさ」
 

「そんなこと……ないよ」
 

アルクェイドが、ポツリと声を漏らす。公園の夜風にさえ消されてしまいそうな、脆弱なともし火のような声。
しかし、声の破調は、しっかりと伝えたい事を伝えている。
祐一は、すこし黙った後、小さく笑った。
 

「そうだな、そんな事言っても始まらない。ガーディアンの生贄の人間も、一応はガーディアンのなかで生きているんだ。現に――」
 

祐一が、すこしだけ言葉を切った。
 

「――その子、リアっていうんだけどな、リアと俺は、血でいえば夫婦に当たる」
 

「――――え?」
 

その言葉の意味が、よく分からなかった。
夫婦?夫婦というのは、妻と夫と言う関係?その年で?
 

「変な顔をするな。多分誤解しているだろうから言っておくが」
 

よほど怪訝な顔をしていたのだろう。アルクェイドに祐一が言葉を飛ばす。
 

「俺とリアが夫婦なのは血だけだ。リアはある夫婦の妻のほう。俺は夫のほうが生贄に使われた。
あいつはその事も知らないしな。俺があいつと一緒にいるのも、まあそういう訳だ」
 

アルクェイドが、ひどい……と眉を吊り上げた。
 

「……でも、それをどこで知ったの」
 

それは最もな質問だ。
ガーディアンの作成方法さえ極めて機密性が高い情報である。
それを知っている上に、尚且つその生贄さえ割り出すなどそんな事は常識で考えて不可能だ。
自分の事はとにかく、そのリアと言う少女は祐一とははっきり言って無関係だったはずだ。そんな人物の生贄まで調べだすのは不可能だ。
そもそも、祐一とガーディアンだと判断できたのは、アルクェイドがその手の事に長けていたからだ。
普通の人間や魔族が見ただけでガーディアンの気配を感じ取る事はできない。
そうなれば、そもそも祐一がリアの生贄のことを知ろうとする必要は無いはずだ。
 

「リアがガーディアンだってことは、本人から聞いた。何日かしばらく俺にくっついてきてな。
その時にひとつ仕事をして、その報酬で情報を貰った」
 

「仕事で?」
 

「ああ、ギルドのモットーは『交換』だ。お前が何かをしてくれればこっちも何かをしてやる。
そういうところだから、本来は金で支払われる報酬も、情報などで交換する事もできるんだよ」
 

「……で、その時の貴方の交換条件は今までガーディアンに使われてきた生贄の人間の情報だったって訳ね」
 

「まあな」
 

祐一が誇るように胸を張る。
それほどの貴重な情報だ。そのランクも冗談ではすまないレベルだったに違いない。
そこまでして手に入れようとした情報にどれほどの価値があったのだろう。
それは自分のためか。たった一人の少女のためか。とにかく、その時祐一は全てを知ってしまったと言う事だ。
 

「普通なら、別に女が一人のた打ち回っていようがどうでもよかった。だが、リアだけは違うと思った。
俺とこいつは無関係なんかじゃないって」
 

それが、リアと祐一の始めての、いや、あるいは前世の時の出会いだったのかもしれない。
夫婦として結ばれた二人は、死んでも尚出会い続けている。
その出会いは、皮肉としか言いようの無いものであったが。
 

「もしシオンが、このことに気付けばリアにも被害が行く。一つでも神器を手に入れれば、あいつらはリアも計画に誘うかもしれない」
 

「……断る確立は?」
 

「俺を引き合いに出せばほぼ確実に引き受けるだろう。引き受けなければ俺を殺すと言えば終りだ。アイツは即答するぞ」
 

祐一は頭を押さえる。
 

「だから、この国の神器だけでも守らないといけない。ほかの神器がある国にも注意を呼びかけている奴がいるだろう。
ギルドとかではシオンはS級犯罪者だからな。ミアでの行動も全て知られてるかもしれない。
だから、この街のどこかにある神器を守れるだけの力がこの街に、正確にはガーデンにあるかどうかを俺は確かめに行く、明日な」
 

「へぇ……」
 

つまんないんじゃないの?とアルクェイドが祐一に冷やかしを入れる。
 

「リアにはシオンたちには関わらないと言ってあるけど、シオンには一応はむかうつもりだ。
そうなれば、自然にあんたの計画とやらにも加わる事になるだろうな」
 

祐一がチラリと横目で見る。
アルクェイドは、まるで東大の合格発表の前で自分の番号を見つけた少女のように目をキラキラと輝かせていた。
本当に!?と身を乗り出して聞いてくる。まだ少しだけアルクェイドの体についていた氷が地面に落ちる。
 

「ようするにあれだろ?シオンに何かしら復讐をするという――」
 

「――殺すのよ」
 

祐一の言葉を遮って、アルクェイドがなにかとても不吉な言葉を発する。
 

「それはまた……直球だな……」
 

「当たり前よ。復讐なんて生温いわ。殺すの。徹底的に、確実に」
 

「……志貴の……」
 

敵討ちか?そういおうとして、やめた。志貴は別に死んでいない。それよりももっと、アルクェイドの個人的な事情だろう。
アルクェイドの瞳も、どこか憎しみを帯びていた。
 

「……極力、協力するよ」
 

祐一は諦めたように、溜息を吐き出す。
その日最後に見たアルクェイドの笑顔は、やけに暗さを纏っていた。
 

祐一とアルクェイドが別れる頃には、アルクェイドにまとわりついていた氷は、すっかり溶けてしまっていた。
 

 
 
 
 
 
 

ガチャ、とドアが開く。
アルクェイドと別れて一目散に水瀬家に帰って来た祐一が、ドアからひょっこりと顔を出す。
部屋の電気は全て消えており、リビングに続くタイルの床も、この街の寒気を吸ってすっかり冷え切っていた。
一歩踏み出す。べつにコソコソ隠れる必要は無いと思うけど、こういう事は見つからない方がずっといい。
リビングのドアを開ける。重い音がして、祐一を中へ招き入れる。
テーブルの上に無造作に置かれた雑誌に目を引かれた。電気をつけなくても月の明りだけでなんとか字は読める。
特に興味を引かなかったので今度は時計を見て見る。時間は日付を変えてから映画館で映画を一度見ることが出来るところまで進んでいた。
随分アルクェイドとハチャメチャやったもんだと感心する。
秋子さんも寝ている事だろう(名雪は論外)。ここで祐一が何をしてても見つかる事は無い。
すこし肩の力を抜いて深呼吸をする。いったん部屋に戻るべきだろうと、月の明りを頼りに階段を上る。
登りきると、そのまま他の部屋を通り過ぎて自分の部屋に戻る。
ドアを開けると、一階よりも月の明りがまぶしかった。
恐らくこの部屋に電気などと言う電気製品は必要ないのでは無いだろうかと思わせる光。
椅子に座って、不意に、今日のことを報告書に書いておこうと引き出しを開けようとする。
 

ガチャ
 

開かなかった。
 

「…………?」
 

一瞬不意を付かれた。いや、確かにこの引き出しは鍵がついている。鍵を閉めることぐらい出来るはずだ。
しかし、鍵はどこだ?
あった。すぐに見つかった。机のど真ん中に不自然においてある。
 

「ここに……置いたっけ?」
 

いや、置いていない。そもそも祐一はこの引き出しに鍵など閉めていないはずだ。
となれば、誰かが閉めたという事になる。開けたという事になる。この引き出しを。だれが?
 

――――!
 

そんな人間は、この家に一人しかいない。名雪は違う。リアも違うだろう。ならば、そう、あいつだ。
急いで鍵を開ける。ガチャと言う音と同時に引き出しが開け開かれる。
中にはピンで止められた十枚の紙。すぐに手にとって一枚目をめくる。
二枚目もめくる。問題は無い。
三枚目。
そこで祐一の動きが止まった。
隅の方に「NO3」とかかれている。問題は無いはずだ。三枚目なのだからNO3で間違いは無い。
普通ならば。
息を吸い込んで、口元に手を持って行く。頬杖をついて、頭を押さえた。
ゆっくりと二枚目の紙をピンから外し、机の違う引き出しからペンを取り出す。
軽く握ると、紙に新たに文字を書き入れた。
大丈夫。雑誌が読めるくらいに明るいんだから、字を書くことぐらいはできるはずだ。
祐一は、ペンを走らせながら、今日何度目かわからない、深いため息をついた。
 


今日アルクェイド・ブリュンスタッドと名乗る真祖の吸血鬼と戦闘になる。
その吸血鬼の目的はシオンであることが判明。
西の三大富豪のひとつである遠野の家の長男、遠野志貴と非常に深い友人関係にあると思われる。
尚、その戦闘は殺すことが目的ではなく、こちらにある計画に協力しろという申し出の元で、こちらの実力を測るというものだ。
死亡者はいない。
明日からガーデンへ転入する。ここまでは計画通りことを進んできている。明日はガーデンの生徒の実力を測る。
そのためにランクを隠す事になるだろう。その辺は上手くやってくれ。
 

最期に、水瀬秋子にこの紙を見られた確率が非常に高い。
恐らく隠しても無駄だと思われるので、明日水瀬秋子に一応問いただしてみようと思う。
 

追伸 浩平、今回の仕事はかなりきつそうだ。カニはまた今度にしてくれ。以上。
 

 
 
 
 
 
 

後書き
 

予想より随分早く終わってしまった十一話。なんでこんなにガーデンへいくのが遅いんだ?
さて、なぜ秋子さんが祐一の報告書を見たのか分かる人は凄いです。っていうかわからないでしょう。多分。
さて、以前行ったキリ番ですが、意外と早くに感想が着ました。
イエー。三通も着ました。イエー。
よ・ろ・こ・び〜〜〜〜〜♪(ゴリエ)
さて、キリ番の設定を現在話し合っております。
そうなるとすこしスクラップの更新が止まるかも……(冷汗
 

まあ、これからも応援よろしくお願いします!





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