俺は両親が好きだった。大好きだった。いつからその家にいたかは分からない。皆だいたいは自分の生まれたときのことなどは覚えていないだろうから、俺のもきっとそれだと思っていた。
両親は、両方Sランク保持者だった。相当強いと言う事は聞かされていたし、父親がなにか特殊な研究をしていると言う事も知っていた。
大きな屋敷に住んでいた。メイドも何人かいたが、何分その時俺はメイドが何なのかすらも知らなくて、その人達は両親の親戚かなにかだと思っていた。
俺は両親が好きだった。両親は俺に格闘術を教えた。最初は何をしていいのかは全然分からなかった。なんてったって、家の外に出たことなどはなく、家でも対してすることなどは無い。
だから、両親が強いと言う事は聞いていても、どのくらいのレベルが強いのかは、全然分からなかった。
ならばと、両親は俺を外の世界に連れて行った。その時子供の俺には大きすぎると思っていた屋敷がアリのように小さく思えた。
そもそも、こんなにも人間が多くいるものだとは思っていなかったし、こんなにもたくさんの物があるとも思っていなかった。
闘技大会。その街で半年に一度行われる大会に、両親がエントリーした。
なんでも、随分シードされてからだったので両親の戦いぶりはしばらく見れなかったが、初めて見たときはそのすごさに腰を抜かしそうになった。
結局優勝したのは父親。準優勝は母親で闘技大会は終了した。
俺は両親が好きだった。だから両親のように強くなりたかった。
夢中で屋敷にある戦闘の本を読み漁り、暇があれば体を鍛え、両親を顔をあわせるたびに「教えて教えて」とせがむようになった。
なんでも、俺は変わってるらしい。もっと子供は遊ぶべきだと両親は言ったが、そんなことは無視した。
その頃俺にとって最大の遊びとは、戦うことだったのかもしれない。
俺は随分才能があると言われた。小学校で皆がかけ算を習っている頃に、俺はハンターズギルドに登録を終えた。初期ランクから初めて、皆がその歳の運動会を終えた頃には、B+ランクを所持していた。
その頃だった。丁度、半年に一度の闘技大会が開かれていた。
俺は両親が好きだった。だから、両親と戦うときは、どことなく心が痛んだ。
その頃の俺は感情をあまり表には出さなかったが、それでもちょっと気は引けた。
その頃、その大会に出ている人達が皆強く思えた。自分の持っているものは知識や基本で、皆は経験を持っていた。皆自分よりも上の存在で、自分は彼らよりも下の存在なのか。そう思って、すこし悔しくなった。
なんとか一応勝ち進んだ闘技大会。まずは母親と対決になった。
順々決勝戦。ボロボロにされたが、最後はあっさりと勝利を掴んだ。子供俺でも、その時母親が手加減してくれて、わざと負けてくれたことくらい見当がついた。
しかし父親は全く手加減してくれなかった。
ものの三秒で決着はつき、観客も大体予想していたのか、苦笑いを浮かべていた。
という事で、俺の部屋の机には準優勝のたてが飾られることとなった。
俺は両親が好きだった。その両親がある日、女の子を連れてきた。
オレンジ色の髪の毛。大きな瞳。整った顔立ち。それは、俺の同じ歳の子だというのに、明らかに神々しいまでの美しさを誇っていた。
俺の義理の妹らしい。そんな事は一度も聞いた事はなかった。急に、不意に屋敷にその子はやってきた。
随分明るい子で、俺に異常なほどなついた。
なんでも今まで親戚の家に預けられていたらしく、今になって戻ってきたと言う事らしい。
名前は相沢香奈。
この子も戦闘の才能があるらしい。両親がそういうのならばそうなのだろうが、その時はまだまだ全然俺の方が強かった。そのたびに香奈は唇を尖らせていたが。
その頃は幸せだった。
何もかもが楽しく思え、その頃はこの世界に存在しているだけで嬉しかった。
一人の男が、来るまでは。
それが、何も知らなかった俺が、全てを知った時だった。
俺は知らなかった。自分がガーディアンだったなんて。
俺は両親が好きだった。
好き『だった』。
今は、どうなのだろうか……?
「お前は、シオンの計画がどんなものなのか知っているのか?」
祐一は、ようやく解いてもらった氷の結界をぱっぱと払っているアルクェイドに聞いた。
アルクェイドは、んん〜と背伸びをすると、ふるふると首を横に振った。
「いいえ、知らないわ。元々シオンは私を殺す気なんてなかったみたいだから、完全に仲間になるまで教えないつもりなんだったんでしょ」
「ふ〜ん、俺はすぐに教えてくれたけどな……?」
「そうね、貴方に断られるとは思ってなかったんでしょ」
祐一はなるほどなと腕を組む。
「じゃあ、お前はシオンが人間の異種族を集めてるっていうのは知ってるか?」
「ええ、主にガーディアンでしょ? あとは魔族神族龍族……こういう感じでしょ?」
「そんな感じだ」
ようするに上級の魔物を片っ端から集めていると言う事だ。
魔族の説明はもうしなくても大丈夫だと思うが、ガーディアンというものの説明がまだだったようなので説明すると、こういうことになる。
ガーディアンとは、一言で言うと人間では無い。
合成獣、キメラというものがあるが、それと似たようなものである。
特殊な方法と高度な技術によって生み出される生命。魔物と言っても間違いではないその生命は、案外世界中に広まっており、案外『一部では』許されている行為である。
それは、ガーディアンを作り出すことが出来る人間がかなり限られているからだろう。
不完全なガーディアンならばすこし技術の高い者ならば作り出すことができるが、そんな者は作り出しても大した使い道は無いし、ただ一緒にそのガーディアンと暮らしたいなどと言う、ようするに子供が欲しいという理由で作り出すにしても、不完全ではそもそも大した意味を持たない。
よって、ガーディアンを作り出すにはそれなりの資格を持っていなければならない。資格無しにガーディアンを作ってしまえば、最低で終身刑。主に死刑が決定する。
それは作り出されてしまったガーディアンの人権を思ってのものであろう。だから現代でガーディアンを作り出すことが出来る人物は本当に一握りだ。
合成獣をキメラとするならば、ガーディアンはさしずめ、召喚獣というところだろう。
召喚されたガーディアンの力や才能は召喚する術者の力量による。
鍛え抜かれた術者が作り出せば、それこそ天の才を受け継ぐ人間が生まれてくるが、術者によっては本当に一般の力しか持っていない人物しか生まれてこない場合もある。
その点で言えば、祐一は随分幸運だったと言えるだろう。
祐一を作った術者は、超がつく天才だったのだから。
「俺もあんたの時と同じように戦闘になってな。なんとか、本当になんとか、助かった」
アルクェイドは、へぇ、と声を漏らした。
「その時奴らの顔を何人か覚えてる。名前も知ってる。俺が知る限り、最低でも5人」
「じゃあ6人ね」
アルクェイドは、それがさも当然のようにいう。かくいう祐一は、鼻をつままれたような顔をした。
「なんだよ、それ」
「あなたが絶対想像も出来ないような奴が一人いるのよ。だから、一人プラスされて6人」
「……それは誰だ?」
「いえないわ。知らないほうがいいもの」
祐一は怪訝な顔をして目を細める。
ひどいな、こっちは教えるって言ってるのにそっちは教えないのかよ。
思ったが、まあ、いいだろう。それなりの考えがあるのだろうし、そもそもそんなことは今たいして問題じゃない。
「で、その、最低でも6人程度の少人数で、シオンはなにをしようとしてるの?」
アルクェイドは祐一に詰め寄る。
祐一は、すこしだけ、間を置いた。
「平たく、大まかにいうと――」
祐一は、意外なほどあっさりと、言ってのけた。
「――世界征服だ」
と。
ヒュー、と、アルクェイドが口笛を吹いたのが分かった。
腰に手を当てて、ふぅ、とアルクェイドが息を吐く。
祐一も釣られて息をはく。アルクェイドはほとほと呆れたように、首を振った。
「それはまた……古典的ね……」
「だが、奴がそこに最も近い者だ。早くも一つの神器を手に入れたみたいだからな」
祐一が言ってすぐ、アルクェイドが首を傾げる。
「……神器ってなに?」
「なにって……神器は神器だ。知らないのか?」
別に知らなくてもおかしくはないが……と祐一はまじまじとアルクェイドを見る。
上級魔族の中では結構知られてると思っていたんだが……。
まあアルクェイドはそういうことには無知そうだしと祐一の頭の中で勝手にアルクェイドの知能が決定されていた。
「知らない…………おかしいな、私結構頭いいんだけど?」
ありゃりゃ? と言う風にまた首を傾げる。
祐一は少し考えてから、「まあ知らないならいいけど」と、アルクェイドのほうに顔を向ける。
「神器っていうのは5つあるんだよ。それぞれ形状が違って、剣、盾、玉、兜、鎧の5つ。シオンが手に入れたのは玉のほうらしい」
「で、その神器はどういうものなの?」
「俺もよくはしらないんだが、何も知らないで手にした奴は、ちょっとした運が上昇する道具ぐらいに思うだろう」
「運が上昇?」
ますます分からないという風にアルクェイドが聞く。
それはそうだ。神器なんていうカッコイイ名前のくせに、その効果は運が上昇? 名前負けもいいところだ。
「いや、本当の力はそんなもんじゃない。神器は封印を解かないと本来の力を出せない。運がよくなるって言うのは、その神器の中に眠る膨大な力を、神器自体が抑えられなくて溢れ出た、そう、ほんのオマケみたいなものだ」
「ふうん、で、本来はどういうものなの?」
「いや、効果は一つ一つ違う。似たようなものはあるが。神器はな、その名の通り『神』の『器』だ。剣は神の持つ剣。盾も、鎧も、兜も、全て同じだ。剣は殺戮、盾は加護、兜は頭脳、鎧は防御。それぞれ違う役割をもつ」
「……『玉』は?」
そう、祐一の今の説明には、シオンが手に入れた神器、『玉』がない。
祐一は、まあまてと言う風にアルクェイドをなだめる。
「それぞれ4つの神器を神の武器だとするならば、玉は神の心。『心臓』だ。玉が無ければそもそも神器を使うことは出来ない。しかし、玉一つではほとんど意味を成さない。玉が他の神器に力を与えているから、玉にはほとんど力がない。だから玉自身は神器の封印を解く『鍵』としての役割と、まあちょっとした幸運をもたらしてくれる程度だ」
「でもシオンがそれをもってるって事は……」
「そう、ようするに今は全く意味がない神器でも、あとひとつ、どれでもいいから一つ神器を手に入れれば、その力が作動する。一つを手に入れれば簡単だ。後はその神器の力を使って、まあ使いこなせるかは分からないが、それで終わりだ。あっという間に神器はすべて奴等の手にわたる。そうなれば、誰もシオンたちに逆らえなくなる。恐らく世界中のハンターをかき集めても、倒せない軍団になる。神器なしでも強いし、それにシオンたちに加わる魔族も増えてくるだろう」
「そうなれば、たしかに世界征服も同然ね」
確かに世界征服だ。一方的な暴力。一方的な支配。
なんていう後味の悪さだろう。しかし、それが本当に行われたならば、シオンの気分一つで地獄絵図が確定する。この世の全ての権利がシオンに移ったかのように、シオンは絶対の存在になる。
全ての神器を手にする。それはまさに、文字通り『神』という存在になるのだ、その人物が。
その神の力をどう使うかはまさに神次第。
どうやらシオンは、その力を世界征服という、もっとも古くから人間が求めている権利を得るために使うようだが。
「分かるだろ? シオンはもうほとんど絶対の存在になる。この街にも神器はある。隣国が襲われた。次はここだ。お前も実感してるだろう? ここは『世界最強のガーデン』、『世界最大の都市』、そんな肩書きにのぼせ上がってる連中が多すぎる。シオンたちに襲われれば、ひとたまりもない」
「確かにね。それは、言えるわ」
アルクェイドも同意する。この街の住人の体たらくぶりは、先程アルクェイド自身身をもって体験していた所だ。
確かに、『世界最大の都市』という肩書きは嘘では無い。『世界最強のガーデン』。これも、からきし嘘と言う訳でもない。
この街は何世紀、それこそアルクェイドが生まれた時にはすでに出来ていた学園だ。何十万人、何百万人、何千万人というハンターを世に送り出した超名門。
最近は新しい魔法の仕組みや、より高度な武器。効率のいい練習。ハンターの質も上がってきつつある。
だが、それで満足しているからもったいない。
名雪がまさにそうだった。父親の方は知らないが、秋子さんは充分優秀なハンターだ。その才能を受け継いでいるに違いない。
しかしあの名雪ののほほんぶりときたら。訓練所であれだけ激闘を繰り広げても全く気づかない。約束の時間に平気で遅れる。そう、なにが許せんってこれが許せん。雪の中二時間も待たすな。たるんでる証拠だ。
「才能の無い奴が才能のある奴を越す。確かにそうかもな」
祐一がすこし嫌そうな顔をしながら言う。
「俺の連れがまさにそうだ。そいつもガーディアンなんだがな」
そこで、アルクェイドの眉がピクリと反応する。
祐一は慌てて、「違う違う」と訂正する。
「リアは――――あ、ごめん、うん、その子はな、一応シオンには誘われなかった。なんでか分かるか? 簡単だ。そいつがその頃あまりにも『へなちょこ』だったからだ」
アルクェイドはすこし目を細める。
へなちょこ。その言葉の意味を理解するのにすこし時間がかかった。
「そいつは、大した資格も持っていない、すこしかじった程度の術者から召喚されてな、その才能は本当にたいした事がなかった。俺と出会って、俺が地獄のような修行をさせたんだが、それでもまだA+ランクだ。シオンと出会ったときは本当にシオンも無視するほど弱かったんだよ」
「……わからない……そんなにも弱い奴がなんで貴方と一緒にいるのよ?」
まさかその子がガーディアンだからってだけじゃないんでしょう? とアルクェイドは聞いてくる。
そろそろ家に帰らなくてはならない時間かもしれない。などという小学生のような思考が祐一の頭の中に巡る。
かといって、この場を誤魔化すなんてことはできそうにないし、祐一もアルクェイドには教えておかなければならない。
「そうだな……すこし遠回しな言い方になるが……?」
祐一はチラリとアルクェイドの顔を見る。その整った顔は、祐一と眼があって、上下に揺れた。
祐一は、すこしだけ、遠い目をした。
「お前は、ガーディアンを知っているか?」
「…………は?」
喧嘩を売っているのだろうか? それとも馬鹿にしている?
今まさにその話をしていると言うのに、その話のメインを『知っているか』? ふざけているとしか思えない。
「そう怖い顔をするな、遠回しな言い方になるって言っただろ」
よほど怖い顔をしていたのだろう。祐一がすこしだけ後ろに下がる。
アルクェイドは、いらいらしてきた頭をボサボサと手でかきむしる。
「ええ、いいわ、答えてあげる。知ってるわ。ガーディアンでしょ? 知ってるに決まってるじゃない」
「大抵なんでも?」
「ええ、ガーディアンの事ならね!」
アルクェイドはほとんど叫びに近い形で言う。これ以上じらすと張り倒されかねない。
祐一は、すこしだけばつの悪そうな顔をして、「じゃあ」と続けた。
「お前はガーディアンがどうやって作り出されるか知ってるか?」
そう聞かれた。
ピタ、とアルクェイドの動きが止まる。もう一度かきむしろうとしていた手が頭の上で止まっている。
すこしだけ目を伏せる。次は上げる。眉を八の字に曲げる。
それは――
「――知らない」
「だろうな。知っていたら俺と話なんてしてないだろう。なんせ何百年も人間のことを思って血を吸わなかったほどの心優しき人だからな」
その言葉にはすこしカチンと来たが、このさい受け流す事にした。その点で言えば充分アルクェイドは成長したと言えるだろう。
で、どういう作り方をしているの?
そう聞こうとして、止まった。祐一が、右手を上にかざして、ギュッと握ったからだ。
プシュッと、炭酸ジュースの缶を開けるような音がして、祐一の右手からふた筋の血が流れ落ちる。
なぜそんな行為をしたのかは分からなかったが、この話題に『血』が関係しているんだなと思うのに、時間は要らなかった。
「この血は誰の血だと思う?」
不意に祐一が可笑しな事を聞いてきた。
誰の血か? そんなものはその血が流れ出ている元を見ればいい。見たならば一目瞭然だ。それは相沢祐一の血液に他ならない。
「今俺の血だ、って当たり前の事思っただろ? ブー、だ。半分正解だけど、半分間違い」
まだ何も言っていないというのに祐一は勝手に話を進めていく。
確かにそう思ってはいた。
祐一から流れ出ているのならばそれは疑う余地などなく祐一の血だ。
だが、祐一はその考えを『半分正解』だと言った。
これまた微妙な答えだ。答えなど一つしかないだろうに、半分正解というのはどういう了見だ?
「これはな、人間の血だ」
祐一が言う。今度こそ張り倒さなければならない。当たり前だ。祐一は人間だから――
――考えて、ハッとなる。そうだ、祐一はガーディアン。人間ではない。
だが、今確かに言った。祐一の血は人間のものだと。
訳が分からなかった。祐一が言い間違いでもしたのだろうかと一瞬場違いな事を考えてしまう。それこそ非現実的だ。
「ガーディアンを作るに当たって最も重要なのは作る人間の元となる情報。『素材』と、『触媒』だ」
「素材と……触媒……?」
なにか、とてつもなく嫌な予感がした。
「素材は人間。触媒も人間。もう、分かるだろう?」
ああ……理解した。つまり、そう言う事だ。
突然虚無感に襲われる。公園に吹いている風が、やけに小さく聞こえる。
変わりに聞こえるのは、やけに大きくなった自分の心臓の音だけ。ああ、自分は、とても無知だった。
「ガーディアンは、何人かの人間の命を犠牲に、召喚される」
祐一が、無表情に、ただ台詞を流すかのように言う。
「この血は、多くの無関係の人間の犠牲が混ざり合った、ガーディアンの証だ」
祐一の右手から未だに流れ落ちる血を見ながら、アルクェイドはいいようのない寒気に襲われていた。
後書き
ようやくガーディアンの話がまとまってきた……。
シオンの計画の話はまだうやむやだけど……(死
ガーディアンの設定をこの巻を書いている時に考えてましたw
シオンの計画も同じです。結構考え付くのに時間がかかってしまいました。
前回次回ガーデンに行く事になると言っていたようなきがしますが、次回はすこしアルクェイドとの話が入りそうです。
では、これからも応援よろしくお願いします!