The song of the beginning
作者 火元 炭さん
                                                   
 
 
 
 

「・・・」
鬱蒼と茂る森の中、1人の男が木にもたれかかっていた、獣道からわずかに外れたところにある巨木だ、腰には剣を提げ、地面に長弓と矢筒を置いて・・・放り出してある、正面からは見えないが背中には組み立て式のハルバードまである、だが鎧はつけていないようだ。

「・・・」
男は無言でここに居ることを強制されていた。

『ぐうぅ、ぎゅるるるぅ』
その命令を与えているのは彼の空っぽの胃袋、要は飢え死に寸前なのだ。

(俺の知ってる内でもすでに3日、もう死んでもおかしくないな。)
指1つ満足に動かせそうにないが頭だけは良く回る、だが絶望感が募るばかりで苦しいことこの上ない。

(だいたい何でこんな所に居るんだよ。)
と、自分の身体に毒づく、言いがかりこの上ないがこの言葉には理由がある、彼、3日ほど前目覚めたらここにいた、そしてそれ以前の記憶が全く欠如していたのだ、俗に言う記憶喪失という物である。

(食料も無いくせに、くそ重い鎧だの武器だの山のように持ってやがるし、ああくそハルバードも捨てれば・・・。けどこれは獲物を焼くのに役にたったしな、だいたいあれ以降動物が一匹も通りかからないのだっておかしいぞ。)
ちなみにそれは彼の腹の音が予想以上に辺りに響いたからだが。

(とにかく、生き残るためには何か腹に入れないと、おそらく後5分ほどは動けるはずだから、一瞬の幸運に賭け)

「きゃー」
彼が夢想を続ける内に森の中、静寂を切り裂く悲鳴が満ちる。

「何考えてるんだか」
舌打ちしながら最後の力を振り絞り駆ける、悲鳴を上げたのは女だ、しかも結構距離がある、モンスターならその間に殺されるだろう、第一こんな状態ではオオカミ1つ満足に殺せない、この言葉はそれにも関わらず最後の力を使う自分の馬鹿さ加減に対する物だ。

「蜘蛛か何かに驚いて悲鳴を上げたんならどれだけいいか。」

「グルオオオォォォーーー」
淡い期待は悲鳴に次いで上がった唸り声で壊される。

「オーガかよ・・・」
背中に手を回しハルバードを組み立て始める、森の中では満足に使えないが剣で格闘するよりはましだろう。

(オーガって食えるのかな・・・)
間違いなく腹をこわすだろう それ以降一言も喋ることなく駆け続け、藪の奥にオーガの姿が見えた。
 
 

「やあぁ!」
かけ声と共に薙刀をふるう、だが明らかに力不足だ記憶喪失の青年が倒れる木から離れたところ、そこを彼女は歩いていたが突然オーガに襲われ悲鳴を上げた、その後平静を取り戻し荷物を投げ捨てると薙刀で戦い始めたのだが。

「くっ!」
オーガの爪が彼女の目前を通り過ぎる 彼女はよく戦っていた、事実すでに何度もオーガには彼女の薙刀が命中している、だがその全てが浅く赤い線を残すだけにとどまっている、確実に力不足なのだ。

「この!」
逃げた方がいいことは彼女にも分かっていた、だが道も分からぬ森の中、逃げてもここを縄張りとするモンスターならばすぐに追いつくだろう、体力の絶対量がまるで違うのだ。

「きゃっ!」
薙刀がはじけ飛ぶ、迂闊にも下から突き上げる腕を受けてしまったのだオーガはそれを好機と見て両腕を結ぶと上に振り上げる彼女の横の藪が割け、そこから影が飛び出してくる。

「これを!」
影は一声叫ぶと彼女に手にしたハルバードを投げた、先程の青年だ。

「やっ!」
彼女は振り上げた両腕を見、左脇にハルバードを突き刺した、さすがにたまらず怯むオーガ、だが右腕を振るい彼女を吹き飛ばす。

「あっ・・・」
木に激突すると意識を失う。

「最初の幸運は訪れたか・・・。」
倒れた女に視線をとばす、顔はよく見えないが、胸は規則正しく上下している、生きてはいるのだ。

「後はこいつに俺が勝てるかどうかか・・・。」
どちらかというとそちらの方が期待薄だろう。

「しかも」
右手に握る剣を見て嘆息する。

「獲物がこれじゃな・・・。」
目の前に紅い眼を滾らせたオーガが近づく、だが不思議と恐怖はわかなかった、だいたい記憶喪失である以上戦闘の経験もないはずだが、力を抜くと身体が勝手に構えを取る。

「身体は戦えってか、全く・・・。」
右手と両足に全神経を集中させる、空腹は欲求だけではすまなくなり痛みを上げている。

(相手の眼を見、殺気を叩きつけろ、怯めば好機は訪れる)
誰とも知れない声が彼の頭の中を駆ける、師匠か何かだろうか。

「殺気、ね」

(出来れば殺気の出し方を思い出したいんだが。)
オーガは様子を見るようにして距離を取っている、こちらが弱っていることを理解しているのかも知れない、持久戦に持ち込めば確実に勝てるのだから。

「うっ」
数秒の均衡が破られる、木に激突した彼女が地面に倒れ伏した、それに気を取られ視線が彼女に集まる。

「?」
オーガと対峙しながらも注意は彼女の顔に注がれた、美人、と言うより可愛いか、だがそれより・・・。
 

再びオーガに向き直るとその眼に殺気を叩きつける青年、途端オーガが恐怖にかられ全力で向かってくる、その爪を寸前で交わし・・・

「ガ・・・」
生命力を売りにするオーガの左胸を両手で握った剣が突き抜けた青年が全力を込めた一撃はオーガの強靱な皮膚を切り、骨を砕いた。

「ガガガ・・・」
人型である以上人間とオーガの体構造、特に内臓の配置はそうは変わらない、オーガの心臓は確実に砕かれたのだ、だがオーガは異常な生命力で最後に一撃を喰らわそうと腕を振り上げる。

「お前はもう死んだんだ、消えろ。」
冷たい声で言いながら手早くナイフを取り出すとオーガの口蓋に腕を突き刺す青年。

「・・・」
叫びを上げる暇も無く倒れるオーガ、それに引きずられ。腕をオーガの口に刺したまま倒れる青年、振動と同時に意識もとんだ。
 
 

「こんな所まで来てよかったんッスか?」
犬によく似た魔法生物が自らの主人を気遣って声をかける、この辺りは年に何度か魔物による被害が出ているのだ。

「ええ、でもこの薬草はこの辺りにしか群生していないから。」
言って手に提げるバスケットを軽く揺する、その中には先程集めた薬草が詰まっている、鎮痛作用の高い珍しい薬草だ。

「そんな物アルベルトさんに頼めばいいッスよ、ご主人様が頼めば這ってでも行くッス。」
この魔法生物の主人は目が不自由なのだ、人徳のある人物だから誰かに頼めば喜んで付いて来てくれるだろうに、少し遠出するだけだからと誰にも言わずにここまで来てしまった。

「あら、アルベルトさんは今日仕事があるのよ?こんな事は頼めないわ。」

「だったらアレフさんでもピートさんでも誰でもいいッス、第三部隊に頼んだって。」

「あら、何かしら?」
彼女の全身を不快感のような物が襲った、目が不自由な代わりに彼女の他の五感は発達している、彼女は風の中に血の匂いを感じたのだ、そして彼女の眼の代わりとなる魔法生物は辺りを探索し、巨木の根本に長弓と矢筒を発見した。

「ご主人様、何処へ行くッスか?」
彼女は今まで歩いていた獣道を離れると森の奥へと歩いていった。

「こっちから風が来たから・・・」
彼女の表情に影が灯る、歩けば歩くほど血の匂いが濃くなっていく。

「待って欲しいッス?。」
魔法生物が後を駆ける・・・そして、

「まあ」

「ああ!」
その光景を目撃した、目の不自由な主人にはだいたいの様子しか分からなかったが、魔法生物はその状況をきちんと知覚したまず目に入ったのはオーガだ、だがそれは倒れ、左胸には剣が突き抜けている、その上に男が重なり、右腕を囓られている、その後で木に寄り添う形で倒れる少女が目に入った。

「ご、ご主人様は女の人を見て欲しいッス、あっちは・・・僕が見てくるッス!」

「気をつけてね。」
魔法生物は近づくとまず観察を始めた、そして分かったことは、オーガは完璧に死んでいて、男にはまだ息があることだったそして彼の主人は。

「大丈夫?」
女の人を軽く揺すっていた、頭部を打ったのか大きなこぶが出来ていた、

「うう・・・」
呻き声を上げながら軽く頭を上げる女、だがすぐに頭を抑えてしまっ。た

「つっ・・・頭が・・・」

「大丈夫?これを飲むといいわ、麻酔効果があるはずだから。」

「すみません。」
かなり苦かったが我慢して噛みしめる、しばらくは変化無かったが時間がたつにつれ感覚が麻痺してきた。

「楽に、なりました・・・。」
まだちょっと辛かったが初めに比べればかなり楽になっていた。

「そう」

「ご主人さまー、この人まだ生きてるッスよー!」
魔法生物の声が辺りと、女の頭で大きく反響する。

「そ、そうです、確かあの人が助けに入ってくださいまして。」
頭を抑えながらも立ち上がる少女・・・少女と言っても15.6だろうがそして彼女も倒れ伏したオーガとそれに重なる男を見た。

「大変、腕が!」
右腕は未だオーガの口蓋に挟まったままだった急いで男に駆け寄ると腕を引っ張る少女と魔法生物、そして抜かれた腕は、

「え?」
少女の顔が蒼白に染まる、右腕は堅くナイフを握っており、腕全体が返り血で塗れている。

「どうかしたッスか?」
魔法生物は事の異常さに気づかなかったようだ、だが少女は気づいていた、腕は噛まれたんじゃなくて自ら突き刺した、正気の沙汰ではなかった、オーガの牙はナイフより鋭いのだから・・・だが小振りなナイフで確実にダメージを与えることの出来るのは喉か眼くらいだろう、

「な、何でもありません。」

この後、魔法生物が急ぎ近くの街に救援に走った、そして彼の物語が始まる。
百年の後には吟遊詩人達の常識となる逸話。悠久に語り継がれる事が望まれたため付いた題。それが、

『悠久幻想曲』
 
 
 
 
  投稿小説の部屋に戻る