第六話「Vague distance」
そういえば、あの人の誕生日はいつだっただろうか?
あの人は自分の過去をあまり話さなかった。
今度、逢ったら教えて貰おう。
あの人に、初めての感謝を伝えたいから。
でも、『おめでとう』は言いたくない。
だって、それが終わりのように感じるから……。
あれからまた時が過ぎ、今は五月二十八日。
一週間後にははやての誕生日が迫っていた。
シグナム達は相談し、ささやかな誕生日会を開こうという計画を立てた。
もちろん秋人も参加することになった。
ヴィータは渋っていたが、シグナムとシャマルの説得により参加を容認された。
相談した結果、はやてには当日まで知らせないことに決まる。
シグナムは全体のバックアップ。
ヴィータは部屋の飾りつけを担当。
シャマルは料理作りに志願したが、全員の一致により不許可となる。
結局シャマルは買い出し係ということに落ちつく。
ザフィーラははやてが気付かないように監視の役目。
秋人は料理全般を担当することになった。
八神家で用意してははやてに気付かれる為、秋人の家で作戦の準備は行われた。
誕生日会も秋人の家で行われることに決まった。
その準備風景。
シグナムの場合。
「相沢、此方を手伝ってくれないか?」
「ああ、分かった……ずいぶん大きいくす玉だな」
「主はやての大切な日だからな、当然だ」
シャマルの場合
「……やることがありません」
「シャマルこれ買ってきてくれ」
「はい、喜んで! すぐに買ってきますね!」
「ゆっくりでいいぞ……ってもう居ないか」
ヴィータの場合
「アキト、ハサミあるか?」
「ん? ああ、ここにある」
「こら! 刃先をこっちに向けるんじゃねぇ!」
「ご、ごめん」
ザフィーラの場合
「何や、ザフィーラ? 最近はずっと傍に居るんやね」
「……お気になさらずに下さい」
「? 変なザフィーラやなぁ」
「…………」
誕生日の準備などしたことのない秋人は、戸惑いながらも皆を手伝った。
料理は当日に作る為に暇なのだ。
学校でも誕生日のことで頭がいっぱいで、教師から注意される始末。
その日は何度も注意され、職員室に呼び出されてしまった。
だが教師の言葉を右から左へと聞き流し、ことなきを得る。
説教が終わり職員室から出ると、美由希が待っていた。
此方に手を振り微笑んでいる。
照れくさくなり、頬を掻きながら近づく。
「こんな所で何をしているんだ?」
秋人の言葉を聞き、美由希はふくれっ面になった。
何故だか知らないがとても怒っている。
その気迫に押され何も言えなくなる。
暫く立ち尽くしていたが、突如としてふっと、美由希の表情は軽くなった。
ニコニコと笑い、秋人を見つめる。
……不気味だ。
高々五年の付き合いだが、こんなに不気味なことはなかった。
恐る恐る聞いてみる。
「……何故、笑っている?」
「んふふ〜、別に〜」
それだけ言うと、美由希は踵を返し顔だけを振り向かせ、「帰ろう」と言った。
はてなマークが頭を埋め尽くしているが頷いた。
学校からの帰り道、美由希は終始笑顔だった。
気になり訊ねると、「な〜いしょ〜」とはぐらかされる。
喉の小骨が刺さったような歯痒さを感じるが、話したくない理由があるのだろう、なら無理には聞かないことだ、と自分に言い聞かした
と、突然美由希が公園に寄ろうと言いだした。
不思議に思ったが、特に断る理由もないので了承する。
二人が立ちよったのは、小さいが普通の公園だった。
まだ日が高いので子供達が元気よく走り回っている。
その母親だろう、数人の主婦がベンチで話しこんでいた。
その横のベンチに腰を掛ける。
「秋ちゃんと公園に来るのって、何だか久しぶりだね」
「ああ、三年ぶりか?」
「なのはとおままごとした時以来だよね」
「……思い出させるな」
美由希は目を細め笑う。
秋人は「フンッ」とそっぽを向いた。
それを見てまた笑う。
秋人は、自分は子供っぽいなぁ、と感じた。
暫くそうしていたが、美由希が公園の外を見て、「あっ」と声を出した。
そちらに目をやると、クレープの移動販売車があった。
美由希は立ち上がると秋人に言う。
「買ってくるね。秋ちゃんは何がいい?」
「何でもいい。あっ、金なら俺が」
「ううん、気にしないで。誘ったのは私何だから」
そう言うと美由希はクレープ屋に走って行く。
数分後、美由希は両手にクレープを持って帰ってきた。
片方を秋人に渡す。
チョコクレープだ。
感謝の言葉を言おうと美由希を見ると、もう食べ始めていた。
それに倣い秋人も一口食べる。
クレープは甘味がしつこくなく、美味しい。
「美味しいね」
「ああ、美味いな」
黙々と食べる二人。
余程美味しかったのか、すぐに食べ終わってしまった。
包み紙をゴミ箱に捨て、またベンチに座る。
二人の前を子供達が走り去る。
ふと美由希の方を見ると、美由希は秋人を見つめていた
「最近楽しそうだね」
唐突に美由希はそう言った
多少面喰ったが、すぐに「そうか?」と言う。
すると、美由希はクスクスと笑い「そうだよ、だって」と言い今日のことを振り返る。
教師に注意された後、落ち込む素振りさえ見せずに、楽しそうに笑う姿。
話しかけてもどこか上の空の秋人。
そして何より、笑顔が増えたこと。
思い返すとそうかもしれない。
教師に注意されても、はやての誕生日会のことを考えると気にならない。
皆が今何をしているのかが気になり、上の空になってしまう。
そして何より、今が楽しい。
はやてに会うことも、最初は嫌っていたが、ヴォルゲンリッター達(シグナム達)との掛け合いも全て。
黒くくすんでいた毎日に活気が溢れている、そういう風に感じられるようになっていた。
「あぁ、楽しいな」
「そう、よかったね」
美由希は秋人から顔を背けると、悲しそうな、悔しそうな表情になる。
「あーあぁ、私じゃ駄目だったのかぁ」
「? 何だ、行き成り」
美由希は空を見上げる。
「秋ちゃんを笑顔に出来なかったからね」
「…………」
「私じゃ、力不足だったんだね」
「……そうじゃない」
秋人も空を見上げる。
雲がゆっくりと流れていた。
「お前が居たから、下地が出来ていたから、今の俺が居るんだ」
二人の視界に二羽の鳥が飛び込んでくる。
つがいなのか、仲睦まじい。
「それに、お前はクラスに溶け込めない俺の橋渡し役にもなってくれた。感謝している」
「……ありがとう、秋ちゃん!」
「感謝するのは俺だろう? 何でお前がそれを言うんだ?」
「えへへ、何となくかな?」
と、その時、一陣の風が二人を包み込む。
「きゃっ!?」
風に巻き上げられた砂埃で周りが見えなくなる。
風は数分間吹きつけ、風が過ぎ去りると静寂に戻る
目を開くと太陽が眩しく感じられた。
「美由希、大丈夫か?」
声を掛けると、「う、うーん……」と言いながら、目を擦っていた。
砂が目に入ったのだろう、瞳からは涙が零れている。
秋人は美由希の顔に自分の顔を近づけ、美由希の目を開かせる。
そして、砂を発見し、取り除く。
「ありがとう、秋ちゃん」
「気にするな。――――!」
「秋ちゃん? あっ……」
二人の顔は相手の息が感じられる距離になっていた。
美由希の瞳は涙で潤み、美しい。
つい見とれてしまった。
(美由希ってこんなに綺麗だったっけ……)
そう考えると、ポォと、顔が熱くなった気がする。
(秋ちゃんの顔がこんなに近くに……)
秋人も同じことを思っているのだろう、顔はますます赤くなる。
やがてどちらからともなく顔が近づく。
それは永遠とも思える程ゆっくりと、静かに。
もう少しで唇が触れるという時、
「あははははは!!」
子供達の遊ぶ声で正気に戻った。
正気に戻ったことで顔を離す。
「…………」
「…………」
嫌な沈黙が流れ始める。
二人とも気まずくなってしまったのだ。
秋人は頬を掻き、美由希は意味もなく髪をいじる。
暫くそうしていたが、美由希が帰ろうと言ったので秋人は頷き、二人は公園を後にした。
美由希は公園を出た後、用があるから先に帰ると言い、走って行ってしまった。
気恥しいのだろう。
秋人は何気なしに空を見上げる。
雲が濁流のように速く流れていた。
暫くそうしていると、後ろからプー! という音が鳴った。
ふり向くと先程のクレープの移動販売車がクラクションを鳴らしていた。
自分の立っている場所を見てみると、道路の真ん中だ。
いつの間には移動していたらしい。
なおもクラクションは鳴らされる。
秋人が道端に退くと、車はゆっくりと発進した。
秋人はそれを見送ると、ふとヴォルケンリッター達のことを思い出した。
今日も誕生日の準備をしていたのだろうか?
疲れているだろうか?
「……よし」
考えが纏まると、秋人は走り出した。
風のように走る。
すると先程のクレープの移動販売車に追いつく。
ゆっくりと走る車と並走し、ドアをノックする。
車は止まり、中から女性が出てくる。
女性はニッコリとほほ笑み、「お買い求めですか?」と言った。
秋人が頷くと、女性は車の車体を開き、屋台にした。
ここで焼いてくれるらしい。
メニューが多くて悩んだが、秋人はブルーベリーとストロベリー、そしてチョコバナナとアイスクリームを注文した。
代金を払うと女性はまた微笑み、生地を焼き始める。
辺りに香ばしい香りが立ち込める。
数分後、出来あがったクレープを受け取りその足で秋人は八神家へと急いだ。
皆驚くだろうか?
喜んでくれるだろうか?
そんな思いが頭の中でぐるぐると回る。
暫く走ると、八神家へと着いた。
呼吸を整え、チャイムを押す。
『はーい。何方ですか?』
「シャマル、俺だ」
『秋人さん、今日は遅かったですね。今開けます』
玄関の方で音が鳴り、ドアが開かれる。
シャマルは秋人の姿を見ると微笑み、次に驚いた。
両手にクレープを持っているのだから当然だ。
シャマルは門を開き、秋人を家に迎え入れた。
リビングに赴くと全員が驚きの表情になる。
「どうしたんや、そのクレープは?」
「相沢が……? 珍しいな」
「毒でも入っているんじゃねぇのか?」
「…………」
「もう、ヴィータちゃん言いすぎよ。秋人さんでも偶にはそういう気分もある筈です……多分」
シャマルは援護してくれたのだろうが、最後は尻つぼみになっていた。
秋人は苦笑すると、皆にクレープを渡した。
皆困惑した表情をしていたが、受け取ってくれた。
秋人に礼を言うと食べ始める。
次に出た言葉は、
「あっ、美味しいやん、これ」
「うむ、美味いな」
「ギガ美味……とまではいかないけど美味いぞ」
「本当、美味しい。ありがとうございますね、秋人さん」
「…………」
皆喜んでいる……が、何かがおかしい。
誰かの声がない。
下を見る。
ザフィーラが複雑そうな表情で見ていた。
「あっ……すまん。お前の忘れた」
「…………」
ザフィーラは悲しそうに見つめて来る。
その視線に耐えきれなくなり、秋人は言った。
「……買ってこようか? うん、そうしよう」
そう言うなり、秋人は玄関に向かった。
その後ろをザフィーラは着いて行く。
一緒に行くらしい。
特に問題はないのでそのまま出掛ける。
そんな秋人を見て、はやてがポツリと口を開いた。
「慣れないことするからやな」
「そうですね」
「馬鹿だろ、アイツ」
「皆言いすぎですよ? 秋人さんが明日世界が終るようなことをしたからって、馬鹿にしすぎです」
「……何気にシャマルが一番酷いで?」
「はぁはぁはぁ……」
走って戻ったのだが、そこにクレープ屋はいなかった。
辺りを見渡してもても影すら見当たらない。
秋人はザフィーラを見た。
「…………」
黙って此方を見ている。
少し考え、妥協案を提示する。
それは、アイスを買ってやるから許してくれと言うものだ。
その妥協案を出され、最初は戸惑っていたザフィーラだが、頷いた。
秋人は近くにあった駄菓子屋でカップアイスを一つ購入し、公園でザフィーラに渡す。
ザフィーラは黙々と食べる。
それを見てから、ベンチに座る。
空を見上げると、あの時のことが鮮明に思い出された。
頭を振り、忘れようとする。
だが、それはこびり付いてしまったのか、頭の中から消えてはくれなかった。
ため息を吐く。
「どうしたのだ?」
「……何でもないよ」
アイスを食べ終わり、ザフィーラもベンチに座る。
暫くそうして黙っていたのだが、ザフィーラが唐突に口を開いた。
「秋人。話がある」
「何だ?」
「……お前は、我々のことをどう思っている?」
ザフィーラは真面目な顔で秋人に話しかける。
「率直に聞かせてくれ」
「俺は……」
ザフィーラから視線を逸らし、空を見上げる。
薄っすらと一番星が輝いていた。
視線をザフィーラに戻す。
「別に何とも思っていない」
「……我々は人間ではない。それでもか?」
「ああ、それでもだ」
「そうか……」
「どうしたんだ、行き成りそんなことを?」
「……秋人、お前には信じていてほしいのだ」
懇願するように話す。
「もし我々が主に背いたとしても、何らかの理由がある。お前には我々を信じて欲しい」
「……何で俺なんだ」
秋人は俯き、視線を逸らす。
「はやてと親しいからか?」
「確かにお前は主と親しいが、だから、という訳ではない。お前には何か感じるものがあるからだ」
「感じるもの……?」
「無限の可能性……かもしれん。はっきりとはしないが、そのようなものを感じるのだ」
「ないよ、そんなもの。あるとしたら悠久の破滅だけだ……」
「……そうか」
それっきりザフィーラは黙ってしまった。
押し黙り、虚を見つめる。
秋人も空を見つめ、一番星を見る。
星は何かを訴えるように、黒く光った。
あとがき
遠き地にて神は出逢った。心を包み込む温かき春風と、魂を交わした絆に――――。どうもシエンです。
私用である場所へ行ったのですが、その地にて何と! 『春風と共に』でお馴染、ユウさんと『絆〜重なる運命〜』でお馴染、火矢威さんに逢いました。
お二人ともとても優しく、楽しい方々で、ユウさんには夕食やら何やらを御馳走になり、火矢威さんにはリリなのの同人誌を買っていただきました。
また行く機会がありましたら、ぜひお逢いしたいです。
ですが小説の方は……うーん、いきなり仲良くなっている気がします。
段階……飛ばしすぎですね……。
このままではいけないな……精進したいと思います。
では、また次回。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、