第四話「相容れぬ想い」
普通に生きる。
それがあの人との約束だった。
今まであの人とに教わったことに背いたことはない。
だが今日、俺は初めて教えに背いた。
アレはいつの日だったか。
秋人の母、夏樹が死んだのは。
あの日は雨が降っていた。
その所為もあるのだろう。
こちらに迫ってくる車に気が付かなかったのは……。
「――――! 秋人!!」
夏樹に背中を押された秋人の耳に届いてきた音は、ドン! という音だった。
車が逃げるように去っていく中、秋人は呆然と母を見やった。
「お母さん……?」
夏樹は血塗れになっていた。
少年の視界が紅に染まる。
紅、血の色。
初めて見る色ではない。
だが、あまりにも鮮烈だった。
母を彩る紅は……。
秋人はおぼつかない足取りで夏樹に近づく。
母の傍まできて、ぺたんと座り込み手を握る。
まだ温かかった。
その時、夏樹の手が秋人の手を握り返してきた。
「……秋人」
「お母さん……」
「秋人……ごめんね。ごめんね……」
夏樹はそう呟き続ける。
訳が分からなかった。
今日はこれから帰って、僕の誕生日だった筈なのに……。
秋人の瞳から涙が零れ落ちる。
涙は頬を伝い、血だまりに沈む。
気付いた時には夏樹は喋らなくなっていた。
瞳は虚ろ開き、何も映してはいない。
手は、まだ温かい。
残酷なほどに。
「お母さん……」
母は何も言わない 。
「お母さん……?」
その手を握り締める。
動かないその手はいつもと同じように優しく、温かかった。
「……嫌だよ。死んじゃうなんて嫌だ……! 独りにしないで……僕を独りにしないで!!」
雨が降る。
秋人の涙を流しながら、なおも振り続ける。
声は雨音にかき消され、誰の耳にも届かない。
涙が枯れるまで泣いた。
泣き続けた。
しかし、秋人の意識はここで途絶えた。
おそらく、脳がブレーカーを切ったのだろう。
悲しみに潰されないように。
悲しい記憶はここで終わり、現実へと引き戻される。
そう、現実へと……。
「母さん……」
閉じられた瞳から涙が零れる。
涙は頬を滑り落ち、白いシーツへと吸い込まれる。
そして、ゆっくりと瞳が開かれる。
まだ覚醒して間もない意識で違和感を感じた。
白い部屋。
そこで秋人は目を覚ました。
「ここは……?」
白く清潔な部屋。
八神家にこのような部屋はあったのだろうか?
とりあえずベッドから起き上がるろうとすると、左足に重みを感じた。
起き上がり重い足の方を見てみると……。
「はやて……」
はやてが静かに寝息を立てていた。
そして思い出した。
昨夜、自分が倒れたことを。
本から光が溢れたことまでは覚えているが、その後のことがどうしても思い出せない。
はやてに聞こうかと思い肩に触れる。
「主はたった今眠ったばかりだ。起こさないでほしい」
「――――!」
声のした方に目を向けると、髪を結った女性と筋肉隆々とした男性が立っていた。
秋人は我が目を疑った。
気配を感じられなかったからだ。
秋人が女性達を睨むように見つめていると、ドアが開いた。
「シグナム、主様は大丈夫ですか?」
そこから現れたのは金髪の女性と、三白眼の少女。
「ああ、今のところは大丈夫だ。だが、この男が目を覚ました」
室内に入ってきた少女は、あからさまに嫌な視線を秋人に向ける。
あからさまな殺気だ。
その視線を受け流し、秋人はシグナムと呼ばれた女性に声をかけた。
「お前達は何者だ。はやてと何か関係があるのか? そして……ここはどこだ」
最後の言葉は少し格好悪いが、分からないまま話を進める訳にはいかない。
シグナムは金髪の女性に目配せし頷き、秋人に振り返り口を開いた。
「ここは病院の一室だ。お前は昨夜倒れここに運ばれた。そして我々は、『闇の書』の主を守る騎士。守護騎士だ」
「闇の書? ……あの本か」
光を放った鎖に縛られた本、あれが闇の書。
だとしたらアレは……。
(ロストロギアか……)
「……お前は兵法者か?」
「何故、そうだと思う」
「あの場に居合わせたとはいえ、我々の言葉を聞いても取り乱さなかったからな」
確かにあの場に居たとはいえ、常識人では信じられない話だろう。
だが、秋人は兵法者でありながらもこの世界では異端な存在だった。
「……俺は魔導師だ。この世界に存在しない筈のな」
「この世界では魔導師は居ないのか?」
「ああ、地球では魔導師は存在していないことになっている。魔法は本の中の存在だ」
そう、魔法は本の中にのみ存在する神秘。
しかし、秋人はその神秘を扱える。
空を飛ぶなどはできないが、敵と戦う魔法は身に着けていた。
「シグナム! こんな奴の言うことなんか信じるな!!」
「ヴィータ……」
ヴィータと呼ばれた少女は秋人に敵意を持っているようだ。
敵意を向けられたのに大人しくしているなど、秋人にはできなかった。
「嘘か真かは自分で調べればいい。外に出て聞いてみろ、魔法は使えますか? ってな」
「な、なんだとー!? 騎士を馬鹿にするのか!?」
「ヴィータ、やめろ!」
「だって馬鹿にされたんだぞ!? シグナムはそれでいいのか!?」
「主が馬鹿にされた訳ではない。私は気にはしない」
「でも……!!」
二人が口論する中、秋人ははやてに目を向けた。
背中には金髪の女性が持ってきた毛布がかけられている。
すやすやと心地よさそうに眠っている。
だが、その表情は段々と曇ってきた。
やがて少し身じろぎをすると、目を覚ました。
目をぱちくりさせ、秋人の顔を見る。
その表情は安堵していた。
少し心配そうに話し掛けてくる。
「秋人、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。迷惑かけたな」
「ううん、気にせんといて。それより、なんや大きな声が聞こえたようやけど……」
その言葉を聞き、ヴィータは口をつぐんだ。
あからさまに視線を逸らしている。
その姿を見て、秋人は苦笑した。
秋人の笑いを見たヴィータは、馬鹿にされたと勘違いしまた殺気を籠めた視線を送る。
今度は嫌みな笑みを見せてやる。
「――――!?」
ヴィータは無言で憤慨し、手を握りしめ震えている。
つい笑ってしまう。
それを見たはやては、頭にはてなマークを浮かべた。
検査の結果、どこにも問題がなかったので秋人は退院となった。
秋人とはやては病院を後にし、八神家へと向かう。
その後ろをシグナム達が追いかける。
沈黙が流れる。
はやては重苦しい空気を感じ、どうにかしようと思案している。
やがて、はやては口を開いた。
「秋人、紹介するな。この子達はあの本から現れたんや。
髪が長いのがシグナム。金髪なんがシャマル。赤毛の子がヴィータや。あと男の人がザフィーラや」
「そうか……」
「驚かへんの? 本から人が現れたんやで?」
「病院で聞いたからな。名前は聞いていないが」
「ほんなら、自己紹介もまだなん?」
「ああ」
秋人の言葉を聞き、はやては車椅子を止めた。
自然と秋人達全員の足も止まる。
「どうした?」と聞こうかと思いはやての顔を見ると、何故か少し呆れた顔をしていた。
「アカンやん、自己紹介はちゃんとせな。ほら皆の顔を見て自己紹介や」
「自己、紹介……?」
「そうや」とはやては言った。
はやて曰く、自己紹介は親しくなる第一歩だそうだ。
自信満々に力説するはやてだが、秋人は渋面をしていた。
嫌なのだ。
得体の知れない連中に係わるのが。
五年前、ヴィンセントの元を離れた時から普通に生きることを決めた。
いや、教えられたのだ。
普通に生きる術を。
だから、係わりたくない。
そんな秋人にはやては恐るおそる聞いてきた。
「……秋人はこの子達嫌いなん?」
「…………」
嫌いと言えばいいのだろうか?
だが、それでははやては悲しむだろうか?
そのような思いが交差し考えが纏まらない。
顔に出たのだろう。
はやては明らかに落胆した表情をしている。
その表情を見て秋人は……。
「……秋人」
ポツリと呟いた。
「相沢秋人だ。……よろしく」
本当に小さい声だった。
だが、はやて達には聞こえた様だ。
表情を綻ばせるはやて。
その顔を見るのが照れくさく、秋人は顔を背け頬を掻いた。
と、その時、
「こんな奴と仲良くなんかできるか!!」
「ヴィータ、行き成りどないしたん? 何で仲良うできないんや?」
ヴィータは秋人を指差し、
「コイツはアタシ達のことを馬鹿にしたんだ!!」
「……ホンマなん?」
「馬鹿にはしていない。からかっただけだ」
秋人の言葉を聞き、ヴィータは顔を赤くし怒った。
思いつくばかりの罵詈雑言を吐きつける。
秋人も秋人でからかうことをやめようとはしない。
暫く続いていたが、はやての様子がおかしいことで終焉を迎えた。
はやては肩を震わせていた。
秋人とヴィータは心配し声をかけた。
「はやて、どうした大丈夫か?」
「主、平気か?」
答えは返ってこない。
途方に暮れ、秋人とヴィータは顔を合わせた。
だが、すぐに背けてしまう。
二人の態度を感じ取り、俯いていたはやてはゆっくりと顔を上げた。
秋人は息を呑んだ。
その表情は、秋人が今まで見たことのないものだった。
怒っている。
これ以上ないくらいに怒っていた。
背筋に冷たい物が流れる。
「なんでや……?」
「えっ……?」
「何で仲良うできないんや?」
「それはコイツがアタシのことを……!」
「言い訳は聞いていない!!」
「「――――!?」」
はやてが出した声は今まで聞いたことがない威圧的なものだった。
まるで、絶対者が出すことを許される威厳のようなものを感じさせる。
だが、それは最初だけだった。
その後の声は小さくなり、少女らしさが戻る。
「何で仲良うできないんや……」
はやての瞳には光る滴があった。
涙は溢れ、頬を伝たり落ち、手の平で弾けた。
「何で……仲良う、できないんや……。……二人とも、大好きなのに……」
涙は後からどんどん溢れ、止まる気配はない。
終いには泣きじゃくり、嗚咽を零す。
秋人ははやての言葉を聞いて、はやての気持ちが分かった気がした。
大好きな人がいがみ合うのは気持ちがいいものではない。
胸が締め付けられ、悲しなってしまう。
今のはやてはまさにそれだ。
「…………」
秋人ははやてを見て決心した。
(はやての前では、ケンカやいがみ合いはよそう。はやてが悲しむ顔は、見たくないから……)
はやてに向けていた視線を逸らしヴィータに振り向く。
ヴィータも秋人の方を向いていた。
どうやら考えは同じらしい。
どちらからともなく手を差し出す。
指が触れ動きが一瞬止まるが、そのまま手を動かし握手を交わした。
そしてぎこちない笑顔を作り、言葉を交わす。
「……悪かったな。もう馬鹿にはしない」
「……ああ、こっちもむきになって悪かった。えーと……これからよろしく」
停戦協定が済み、二人は手を離した。
そしてはやてに声をかける。
「はやて……」
「……これでいいのか……ですか?」
二人の顔は赤かった。
はやては二人の言葉を聞き涙を拭い、顔をあげた。
その表情は……。
「うん、仲良しはええことや!」
とても綺麗な笑顔だった。
八神家に帰る前に、商店街に寄ることになった。
理由は、シグナム達の服を買うことだ。
服飾店に入ろうとしたところ秋人は外で待っていると言ったのだが、はやてが「秋人のも買ってあげる」と言った。
断ったのだが強引に押し切られ共に店に入る。
「…………」
ザフィーラは店の横で、置物のタヌキよろしく立っている。
何でも狼形態になれるので服は要らないとのことだ。
一方、ザフィーラを除いた一行は服の物色をしていた。
シグナム達はこういう店に入るのは初めてなのか中々決められないでいた。
迷っているとはやてが「これはどうや?」等と声をかけてきた。
それはシグナム達に似合う服だ。
だが、シグナム達はどうしていいか分からないといった表情をしている。
それを見かねた秋人が、
「試着してみればいいんじゃないか?」
「そうやね、シグナム着てみて」
「は、はい」
そういうとシグナムは試着室に入って行った。
その間に秋人は自分の服を選ぶ。
服はすぐに決まった。
黒いジーンズ、黒いシャツ、黒いパーカーといったものだ。
それを見たはやては、「黒が好きなん?」と言った。
別に黒が好きな訳ではない。
ただ、黒い方が夜行動するときに目立たないからだ。
それを説明するとはやては、
「夜は目立つように明るい色の方がええで。車に轢かれたらどないするんや」
と言い、戻すように言われてしまった。
服を元に戻す秋人。
そうこうしている間にシグナムの試着が終わったようだ。
試着室から出てくるシグナム。
その姿は、
「……似合っているけど」
「裏表逆やね……」
慌てて試着室に戻るシグナム。
主の前ではしたない行動をしてしまったと思っているのだろうか。
その間に新たに服を探すことにする。
暫く悩んだが今度はちゃんとした物が決まった。
はやての所へ持っていく。
「今度は黒のパンツに白のシャツと黒のサマージャケットか。なんやパンツとシャツだけ見るとバーテンさんみたいやね。これでええんか?」
「ああ、……あまり変わらなかったけど、これでいいのか?」
「少しでも明るい色が入ったんや、これで良しとしよか」
はやての承諾を得て秋人は胸を撫で下ろした。
そして自分の買い物が終わったので、「外で待っている」と伝え外に出る。
「……終わったのか?」
「ああ、俺の分だけはな。あいつ等はまだ掛かるらしい」
「……そうか」
ザフィーラはそれだけを聞くと黙って瞑目した。
秋人も黙りその場に佇む。
「…………」
「…………」
どれ位経ったのだろうか?
まだはやて達が出てくる気配はない。
秋人は退屈に耐えきれずにザフィーラに質問をした。
「お前は買わなくてよかったのか?」
ザフィーラは少しの間をおき、静かに口を開いた。
「私は構わない」
「そうか……」
会話が終わる。
沈黙が流れる中、秋人はあることを思い出していた。
(そういえばはやての奴、動物を飼いたいとか言っていたような気が……)
秋人はザフィーラを見つめた。
ザフィーラは狼形態になれると言っていた筈だ。
秋人は小声でザフィーラに言った。
「……お前は服を買わなくて正解だな」
「何のことだ?」
「いや、別にな。独り言だ、気にするな」
「……そうか」
そのような会話が交わされる中、はやて達が買い物を終え店を出てきた。
その後、スーパーに寄り買い物を済ませ家に帰る。
買い物袋はパンパンに膨れている。
今夜は歓迎会になりそうだ。
あとがき
RPGツ○ールVXでRPGを作りました、どうもシエンです。
今回、遂にヴォルゲンリッターが登場しました。
それにしても秋人……年下のはやてに服を買ってもらうとは……。
見事なひもっぷりですね(笑)
それではまた次回お逢いしましょう。
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