第三話「心の言葉〜闇の目覚め〜」
過去があるから今を生きられる。
例えそれがどんなに辛い過去だとしても、過去
だが、今を生きる俺には意味はない。
美由希との話し合いの末、なのはにはやてを紹介するのは週末の土曜日になった。
場所は高町家となり、夕方から歓迎会が催されることが決まった。
決まったことをはやてに話したところ、はやてはとても喜んだ。
その笑顔を見ているだけで、秋人は嬉しかった。
そして週末の土曜日……。
「……本当に行くのか?」
秋人は渋い顔で隣を歩く少女に聞いた。
「うん。わたし友達の家にお邪魔したことないから楽しみや」
「けど、何で俺の家なんだ? 夕方から高町家に行くのに」
それを聞くと、はやては振り向き、少し頬を染めて話し始めた。
「初めての友達やから……」
「…………」
「初めての友達は秋人やから……。駄目かな?」
秋人はため息を吐くと、はやての車椅子の後ろに回った。
少女の頭には、はてなマークが浮いている。
「秋人?」
「……押してやる。その方が早く着くだろ?」
「……うん!」
そう言うと秋人は車椅子を押す。
少し足早に。
秋人の頬は少し赤かった。
「ここが俺の家だ」
はやては秋人の家を見上げ、感激しているようだ。
苦笑し門を開ける。
はやてもその後に続いた。
玄関を開けると、はやては少し興奮気味に言った。
「お、お邪魔します」
「そんなに緊張するな。ただの借家だぞ?」
そう言いながら自分の靴を脱ぎ、はやての靴を脱がす。
そしてはやてを背負い、リビングに移動した。
「ここがリビングなんや。わたしの家とは大違いや」
「当たり前だろ。違う家なんだから」
「でもでも、全然違うんや。こないに違うものなんやなぁ」
秋人は苦笑しながらはやてをソファに下ろす。
そして台所に移動した。
冷蔵庫を開け、麦茶を取り出す。
それをコップに入れ、リビングに戻る。
戻ると、はやては悲しい顔をしていた。
疑問に思いはやての視線の先に目をやると、仏壇が在った。
秋人ははやてに近づき、
「――――!?」
はやての頬にコップを当てた。
突然の冷気に驚くはやて。
それを見届け、はやての頭を少し小突いた。
「気にするな。昔のことだ」
そう言い、麦茶を一口飲む。
ひんやりと冷たく、どこか少し苦かった。
無言で麦茶を飲み終えた頃、はやては急にこう言った。
「秋人の部屋、見てもいいかな?」
突然のことで驚いたが、興味があるのだろう。
友達の部屋に。
秋人は頷き、はやてを背負う。
リビングを後にし、階段を上り、自分の部屋の前まで来た。
はやては期待に満ちた顔をしている。
「面白いものなんてないからな」
そう言いながらドアを開けた。
「うわぁ……」
はやては部屋に入るなり声を上げた。
初めての自分の部屋以外の部屋。
友達の部屋。
それに感動しているのだ。
秋人はベッドにはやてを座らせ、無言ではやてを見つめた。
はやての瞳はきらきらと輝き、美しい。
それを見ているだけで、秋人は満足だった。
暫く夢中で部屋を見ていたはやてだが、あることに気が付いた。
「秋人の部屋って、本が沢山あるんやな。それも神話関係の本ばかり……」
そう、秋人の部屋の本棚には神話関係の書籍が大量にあった。
日本神話、キリスト神話、エジプト神話、北欧神話、ウガリット神話、ゾロアスター教……etc.
そして一番多いのが、
「なんでクトゥルー神話の本が多いんや?」
クトゥルー神話――――ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの描いた小説世界をもとに、 コズミック・ホラー
ラヴクラフトの友人である作家オーガスト・ダーレス等の間で設定の共有を図り作り上げられた宇宙的怪奇小説である。
何故かその本だけが異様に多い。
はやての疑問も最もだろう。
秋人は本棚に視線をやり答えた。
「俺の母さんがな、熱心に読んでいたんだ。それで、気が付いたらこうなった」
そう言い、秋人は肩を竦めた。
自分でも何故こんなに熱心に読んでいるのか分からないのだ。
説明するとしたら、切欠を話すしかない。
もしかしたら、本に母を見出したからかもしれない。
だが、それは言わないでおいた。
秋人の答えに納得がいったのか、はやては次にこう言った。
「アルバムとかってないの?」
「アルバム? そんなのどうするんだ?」
「見るに決まってるやんか。秋人の子供の頃の写真、見たいなぁ」
「見てもつまらないぞ」
「そんなことないよ! 秋人がわたしくらいの頃の写真やで、楽しいに決まってるやんか」
「……そんなもんか?」
「そんなもんや!」
結局はやてに押し切られる形となり、アルバムを持ってくる。
アルバムを開くのは久しぶりなので、秋人自身少し緊張していた。
アルバムを開く。
「うわぁ、可愛いな〜」
秋人の赤ん坊の頃の写真。
それらがズラリとあった。
写真の下には『秋人零歳』と書いてある。
それを見た秋人は少し顔が赤くなった。
ページを捲る。
「この頃の秋人はホンマに女の子みたいやな」
幼稚園の写真。
青いスモックを着ているのに、その顔は女の子のように愛らしかった。
ページを捲る。
「――――!!」
ふいに秋人の手が止まった。
不思議の思ったはやては、秋人の視線の先を見てみる。
それは一枚の写真。
だが、明らかに異質だった。
「秋人……これって」
女装していた。
いや、させられていると言った方が正しいだろう。
写真の中の秋人は、ふくれっ面で不愛想に立っていた。
はやては思わず笑ってしまった。
「……笑うな」
「だって、どう見たって女の子やんか。こないに女装が似合う人初めて見たわ」
はやては可笑しそうに笑う。
それを見て、秋人は不思議に思った。
不機嫌にならないのだ。
恥ずかしい過去を笑われたら不機嫌になる、それは当たり前だ。
だが、はやての笑みは不機嫌にはさせない笑みだった。
思わず苦笑してしまう。
二人は笑い続ける。
仲良く、楽しそうに。
そうこうしている内に、約束の時間になった。
はやてを連れて家を出る。
少し歩くと、はやてはこんな質問をしてきた。
「なのはちゃんの家までどれくらい歩くん?」
「んー……着いた」
「……えっ?」
表札を見る。
『高町』と書いてある。
はやては後ろを振り返った。
秋人の家が見える。
前を見る。
高町家。
秋人の家から数歩しか歩いていないのに着いてしまった。
これには拍子抜けするしかない。
そんなはやての様子に苦笑し、秋人は言った。
「隣なんだよ。さっ、中に入るぞ」
そう言い門を抜け、玄関を開ける。
後ろではやてが「チャイムを押さなアカンやん」と言っているが、そこは勝手知ったる他人の家だ。
秋人は中に向かい声をかける。
「来たぞー」
声をかけて直ぐに足音が聞こえてきた。
この足音は……。
「いらっしゃい! 待ってたよ!」
「邪魔するぞ、なのは。……ん? どうした、はやて?」
はやては秋人の後ろに隠れていた。
その顔は少し赤い。
緊張しているのだろう。
秋人との出会いはあのような形になり、緊張する暇がなかった。
だが、今度は違う。
ちゃんとした形で逢うのだ。
それも無理はない。
それを悟ったなのはは、
「いらっしゃい。はやてちゃん」
微笑みながらはやてにそう言った。
どう返していいか分からないでいると、秋人ははやての背中を軽く押した。
秋人の目を見ると「早く言ってやれ」と言っている。
頷き、少し緊張が残る口調で言う。
「初めまして、八神はやてっていいます。あの……お邪魔します」
それを聞いたなのはは笑顔で応える。
「うん! 私は高町なのはだよ。よろしくね、はやてちゃん」
その瞬間、はやての表情は輝いた。
少し興奮気味に応えた。
「此方こそよろしゅうな、なのはちゃん!」
新たな出会いに喜び合う二人。
どうやら二人の気は合ったようだ。
少し不安だった気持ちがなくなった気がした。
二人はなにやら話している。
秋人は苦笑し「リビングに行こう」と言いはやてを背負い、歩きだす。
リビングのソファにはやてを下ろし、秋人は台所に移動した。
そこに桃子が居た。
高町家の母、その見た目は二十台と言っても信じられるほど若い。
秋人に気が付いた桃子は振り返る。
「いらっしゃい。秋人君」
「お邪魔してます。すいません、無理言ってしまって」
「ううん、気にしないで。それに、なのはも喜んでいるみたいだし」
そう言い、リビングに視線を移す。
そこでは少女たち二人が会話を楽しんでいた。
思わず笑みを零してしまう。
秋人が視線を戻すと、桃子の視線は秋人に戻っていた。
まじまじと見つめられる。
「どうかしました?」と言おうとしたところ、桃子が口を開いた。
「秋人君、明るくなったわね」
「美由希にも言われましたよ、それ」
「いい変化だと思うわ。……正直、不安だったの。あのままだとどんな大人になってしまうのかって。
でも秋人君は変われた。フフ、はやてちゃんには感謝しなくちゃね」
その言葉を聞き、秋人は少女達に目を向けた。
二人は楽しそうに話し合っている。
それを見届け、秋人は桃子に振り返り、
「はい。はやてのお陰です。あいつには感謝してもしきれませんね」
と言い、苦笑した。
その笑みは、いつもの仮面越しの笑顔ではなく、素顔の笑みだった。
秋人の笑みを見て、桃子は優しく微笑んだ。
そして秋人の頭に手を置く。
疑問に思ったが、桃子はそのまま優しく頭を撫でた。
実の子供にするように、優しく、愛しみながら。
その行為に秋人は頬を染め、俯いた。
だが、その表情は……。
夜六時になり、はやての歓迎会は開催された。
まずは自己紹介から始まり、今は皆で話し合っている。
他愛ない話だったが、はやては新鮮な刺激を感じられたのか、その表情は綻んでいた。
そうして時は過ぎ、時刻は八時過ぎ。
秋人は皆の輪から外れ、一人庭に出て月を眺めていた。
綺麗な星空だ。
自然とため息が出てしまう。
そんな秋人に気付いたのか、恭也が近づいてくる。
秋人は後ろを見ずに恭也に話しかけた。
「何か用か?」
恭也は言葉を返さずに、秋人の横に並んだ。
そして静かに口を開いた。
「賑やかなのは苦手か?」
「……ああ」
「そうか」
交わされた言葉はそれきりに、二人は黙って空を眺めた。
沈黙が流れる。
だが沈黙は破られた。
その沈黙を破ったのは、恭也だ。
「月、か。なあ、お前は星の中で何が一番好きだ?」
「星なんかどれも同じだろ? 違いなんかないさ」
「……大きな星より、小さな星の方が見えた時に嬉しいんだそうだ」
「? どうした、行き成り?」
恭也は空を見上げ、
「星が小さく見えるのは遠くにあるからだ。本当は途方もなく大きい」
「遠近法の極致みたいなものだからな。それはそうだろ」
「小さな星のように、小さな幸せに気づいたら、大きな幸せに気づける。昔、俺にそう教えてくれた奴が居た。
そして、今の俺を支えている言葉でもある」
「受け売りか?」
恭也は小さく微笑んだ。
寂しそうに小さく。
「そうだ。お前は月は見ても星までは見ていなかっただろ?
もっと視野を広げてみろ。そして大局を見ろ。そうすればお前はもっと大きな人間になれる。
そして誰よりも――――大きな心を手に入れられる」
「恭也……」
秋人は恭也を見つめた。
恭也は輝いて見えた。
夜天に最も激しく輝くシリウスの首星のように燦々と。
シリウス、冬の星座だが、恭也の目には映っているのだろう。
秋人は、はっとした。
昔、恭也を誘っては星を見ていた子供が居たことを。
寒いのを我慢してまで、飽きることなく星を見ていたことを。
その子供はシリウスが大好きだったことを。
「そう、だな。もう少し頑張ってみるのもいいかも知れない」
「そうしろ。お前ならやれる。俺はそう信じている」
「ああ。……ありがとう、恭也」
「気にするな。俺とお前の仲だろ?」
そう言い恭也は秋人に笑顔を見せた。
その笑顔を見て秋人は苦笑した。
根が単純なんだろう。
友に励まされ、やる気になるのだから。
だが、今はその単純さがありがたかった。
「さあ、家の中に戻ろう。皆待っている」
「ああ、そうだな」
秋人と恭也は家の中に戻った。
部屋の中に入り、秋人の視線は自然とはやてを探してしまう。
はやてはなのはと一緒に居た。
はやてがなのはのアクセサリーを見せて貰っていた。
秋人は少女二人に近づく。
「何やっているんだ?」
「あっ、秋人。なのはちゃんのアクセサリーのレイジングハートを見せて貰ってたんや」
秋人はレイジングハートに視線を向けた。
その眼差しはいつもと違い、真剣だ。
「なあ、俺も見せて貰っていいか?」
「うん、いいよ」
なのはは秋人にレイジングハートを快く渡す。
秋人の眼差しはより一層真剣なものへと変わる。
(魔力が微量だが残留している。初めて見た時からそうだとは思っていたが……まさか……)
「…………」
「秋人お兄ちゃん? どうしたの?」
「いや何でもない」
そう言うと、レイジングハートをなのはに返す。
「……レイジングハート、大事にしろよ」
「うん! わたしの大切な友達だもん」
その言葉を聞き、秋人は少し苦笑した。
時刻は十時過ぎになり、流石にお開きとなった。
帰りを惜しんでいたはやてだが、秋人に「またいつでも会える」と諭され笑顔で高町家を後にした。
秋人ははやてを家に送り届ける為に共に歩く。
その道すがら、はやてがポツリと言葉を零した。
「今日はありがとうな」
「……ああ」
ぶっきらぼうに返したが、はやての心からの言葉を聞き、高町家に改めて感謝した。
自分でははやてを笑顔には出来ても、幸せには出来ないだろうから……。
夜道を二人で歩き、八神家に到着した。
秋人は帰ろうとしたがはやてが「お茶でも飲んでって」と言ったので、お邪魔することになった。
リビングに通され、ソファに座る。
「…………」
この前と変わらない部屋。
だが、寂しさが増したように感じられる。
やはり、高町家――家族――のような温もりがないからだろうか?
暫く感傷に浸っていると、はやてがお茶を持って現れた。
お茶を口に含む。
「…………」
はやてが淹れたお茶は温かかったが、どこか少し冷めていた。
「そや。わたしの部屋見てみる?」
お茶を飲み終え帰ろうと思った時、はやては急に話しかけてきた。
断わり帰ろうとしたが、はやての眼を見てしまった。
「帰らないで。一緒に居て」そう言っているように感じられる。
恐らく、はやても秋人と同じことを感じていたのだろう。
独りは寂しいという思いを。
はやての気持ちを汲み、静かに頷いた。
その途端、はやての表情は華やいだ。
はやては秋人の手を掴むと、自分の部屋へと嬉々として案内をする。
二階へ上がり、はやての部屋の前まで到着した。
そこまで来て、はやての動きが急に止まった。
秋人は疑問に思ったが、そこは女の子なのだと解釈し、はやてが自分からドアを開けるまで待つことにした。
少し逡巡する表情を見せ、はやてはドアを開ける。
「ここがわたしの部屋や」
始めて入るはやての部屋。
入った瞬間、鼻腔に甘い香りが漂った。
はやての香りだろう。
甘く、さわやかな香り。
秋人は胸の鼓動が早まるのを感じた。
だが、それは感動や緊張などの鼓動ではない。
不快な鼓動だった。
(何だ、この感じは……)
鼓動は治まることはなく、さらに早まる。
(息が……苦しい……)
頭の中では何かが叫んでいる。
(頭が……痛い。割れるようだ……)
秋人の様子がおかしいことに気が付いたはやては秋人に近づき声をかける。
だが、その声は届かない。
頭の中の不協和音は鳴り響いている。
まるで何かに同調するように……。
「くっ……」
堪らず膝を着き、床に座り込む。
血が沸騰するように沸き立ち、身体中を駆け巡る。
そんな秋人を心配し、はやては背中をさすった。
すると、痛みが引いたように感じられた。
例えまやかしだとしても、あの痛みがなくなったことに安堵する。
「大丈夫?」
心配そうな表情を見せるはやて。
秋人は無理矢理に作った笑顔を見せ安心させようとしたが、逆効果だったようだ。
はやては秋人にベッドに寝るように勧めた。
断ろうと言葉を発したが、はやては譲らずに、秋人を強引にベッドに連れて行く。
「……すまない」
力なく言葉を発する秋人。
そんな秋人の言葉にはやては首を振り額に手をあてた。
「熱はないようやね。風邪とかじゃないみたいやな。何か心当たりとかある?」
心当たり、ない訳ではない。
異変はこの部屋に入った瞬間に襲って来たのだ。
考えるが、何も分からない。
「……ん?」
ふと、秋人の視界に一冊の本が見当たった。
その本は鎖で頑丈に縛られ、さながら封印されているようだ。
何気なくその本を指差し、聞いてみた。
「はやて、あの本は何だ?」
「えっ? ああ、この本はわたしが物心ついた頃からあるんよ。鎖で縛られていて中は見たことはないけど、大切な物や」
「……そう、か」
(何だ、この本は? あまりにも異質で、嫌な感じがする……)
秋人がそう考えた瞬間、
「なっ!?」
「えっ? きゃあ!?」
本が光を放ち、宙に浮き、こちらに近づいてくる。
鎖は弾け飛び、風もないのにページが捲れる。
そして、床にはある模様が浮かび上がった。
その模様は……。
(なっ!? ……魔法陣? まさかこの本は……)
光は更に強まり、部屋全体を包み込む。
「ぐっ……がぁ……!!」
「――――秋人!!」
秋人の異変にも加速が付き、苦しみもがく。
はやてが何か言っている声が聞こえる。
はやて以外の誰かの気配がする。
だが、確認できないまま秋人の意識は闇に沈んだ。
あとがき
やってしまいました、どうもシエンです。
……つい書いてしまった……。
第三話のエロ小説を……。
どうしましょう、これ?
もし読みたいという奇特な方がいらっしゃいましたらメールにて連絡をください。
ちなみに、ある方々に読んでいただいたところ、エロい、グロい、はやてが壊れた、等の感想をいただきました。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、