第二十五話「彼は死に、彼は生まれた」












※おれは自分のことを狼だと思っていた。

けれど暗くなってフクロウが鳴き出すと、おれは夜が怖くてたまらんのだ。



※スー族 変身の歌













ビルから逃げ出し、魔天楼からも逃げ、気がついたら誰も居ない森の中に居た。

しばらくここで隠れよう、と決め腕の中に居る冬二に視線をやる。

腕の中の冬二は寒そうに身じろぎを繰り返していた。

バイアティスが自分が来ていた上着を着せてやると、冬二はやっと落ち着いた表情となり、やがて眼を開いた。

パチクリと瞳を閉じたり開いたりを繰り返し、ここがどこだか把握したようだ。

そして、バイアティスを見つめ、


「バイアティス?」


覚えていてくれた。

それが何よりも嬉しく、冬二をギュッと抱きしめた。

苦しそうにしているが、冬二も満更ではないような表情だった。

しかし、それは一瞬のこと。

すぐに離れ、バイアティスの肩を掴む。


「シュブ=ニグラスは!?」


冬二の問いに対し、バイアティスは首を横に振る。

それだけで求めていた答えは伝わってしまい、冬二は力なく地面に膝を着いた。


「そんな……じゃあ、ボクたちがしてきたことって何だったんだ……」


こういう時どうしていいか分からないバイアティスは、ただ黙って冬二を見つめるしかない。

冬二の頬に涙が伝わる。

涙は流れ落ち、地面に吸い込まれるようにして消えた。

涙はこんこんと流れ出て、一向に止まる気配がない。

冬二の涙に同調したかのように、冷たい雨が降り出してきた。

木々の合間を抜けた雨が二人を濡らすが、二人は動かなかった。

これは、亡くなったシュブ=ニグラスの涙なんだ……とバイアティスはそう思った。

自分が逝ってしまったことに対して悲しむ冬二の姿を見て、流してしまった冷たい涙。

慰めようと冬二の肩に手を差し伸べようとした時、背後で地面に落ちた葉が鳴る音がした。




「こんな所に居たのか」


シュグオランはそう言うと、未だに涙を流している冬二に視線を移す。

涙を流しながら、虚ろげな視線でシュグオランを見つめる冬二。

二人はしばらくそのまま見つめ合い、やがてシュグオランはため息を吐き呟いた。


「まいったな。こんな顔している子供を殺すことなんてできないよ」


濡れていない地面に腰を下ろし、シュグオランは苦笑した。

今まで殺さなければならないと思っていた相手が、こんなにも無様な格好で顔を泣き腫らしている姿を見たのだ。

それは当り前だろう。

涙が一向に止まらない冬二はシュグオランの言葉に疑問を覚え、何とか言葉を紡ぐ。


「子供って……何だよ」

「……そうか。まだ自分の状態を把握していないのか。じゃあ、今の自分の手足を見てみるといい」


言われたとおりに自分の身体を眺めると、明らかに自分の記憶より短いことに気がつく。

そして思い出した。

自分は、ニャルラトホテップに殺されていることを。

あの時、冬二と言う人間は確実に死んだ。

では、今居る冬二はいったい何者だ?

顔にありありと出ているその疑問に、シュグオランが答える。


「アブホース……いや、冬二と言った方が理解しやすいか。いいかい? キミはアザトースと言うロストロギアを量産する為に作られたモノ(・・・・・・)だ。冬二ではない」


伝えられた真実に打ちひしがれ、地面がなくなり、落ちているかのような落下感を味わう。

頭の中では「作られた物」「冬二ではない」と言う言葉がさざ波のように押し寄せては消え、また押し寄せるという感覚が続いている。

そんな状態の冬二を見て、シュグオランは冬二に問うた。


「キミは、冬二ではない(・・・・・)別の誰かになって生きる気はあるかい?」

「別の……誰か……?」

「そうだ。四宮冬二ではない、別の誰かだ。名と姓を変え、別の誰かになり、今までと全く別の人生を歩む気はあるかい?」


別の人生。

考えたこともなかった。

自分はずっと、このままの人生を歩むものばかりだと思っていた。


「そんなことが、できるのか……?」

「できるできないは、キミが決めることだ」


冬二は困惑し、バイアティスに視線を移すが、バイアティス自身も分からないといった態度をしている。

どうやら自分で決めるしかないようだ。


(今までと別の誰かになる……そうすれば、もう誰も殺さなくてもいい。……でもそれじゃあ、シュブ=ニグラスのことを忘れることになるんじゃないか?)


考えれば考えるほど答えが分からなくなっていく。

まるで迷路で迷い、二股の道に差し掛かったかのようだ。

一方は、今までと同じ人生を歩む道。

もう一方は、未知なる人生を歩む道。

どちらが正しい道かは誰にも分からない。

もしかたら、どちらも間違った道なのかもしれない。


(今までと同じ人生を歩んだとしたら、また繰り返してしまうかもしれない。だったら……)


今まで降っていた雨が止んだ。

それが彼女の後押しだと思えた冬二は、シュグオランに自分自身が導き出した答えを告げる。


「ボクは……別の誰かになる」

「そうか。なら、キミはもう冬二ではない。ましてやアブホースでもない。全く別の誰かだ」

「そんなに簡単になれるのか?」

「なぁに。要は心の持ちようさ。今までの自分と決別し、新たな自分を受け入れるだけでいい。そう、簡単なことなんだ。さて……では名前はどうしようか?」


シュグオランは天を仰ぎ、雨雲が晴れたことにより顔を出した月を眺めながら考えている。

冬二も月を仰ぎ見た。

そういえば、彼女も月が好きだった。

いや、夜空が大好きだった。


(キミのことは絶対に忘れない。名を変えても、姓が変わっても、別の誰かになったとしても……決して忘れない)


「キミは日本人。そして今の季節は秋、か……」そう呟くと、シュグオランは懐からメモ帳とペンを取り出し、何かを書き、こちらに見せてきた。

そのにはこう書かれている。


「“秋人(あきと)”……それが僕の新しい名前……」

「ああそうさ。まあ、意味は単純だがね。秋に生まれ、新たな人生を歩む者
――秋人だ。苗字は後で適当につければいいさ」

「秋人……うん、いい名前だ。意味も、僕に合ってる」


バイアティスも気に入ったのか、しきりに頷いている。




こうして冬二は過去の者となり、十一月十六日……秋人が誕生した。


「ああそうだ。いい機会だから私の名前を教えておこう。正直、シュグオランと言う名前は気に入っていないんだ。私の名前は
――ヴィンセント。ヴィンセント・クロイツァーさ」










身を隠す為に各地を転々とし、辿り着いたのは自由の国アメリカ。

この国ならば日本人が居ても不思議ではないし、バイアティスのような者が居てもおかしくはない。

ましてやアメリカはヴィンセントのホームグラウンドだ。

一行は旅の疲れを癒す為に、ヴィンセントが借りているアパートにやってきた。


「ふぅ……」


秋人はソファに座り、ため息を吐く。

身体の感覚がまだ大人な為、子供の身体に慣れていないのか身体を動かす度に凄く疲れる。

体力も小学生並みに低下しているようで、やがて耐え難い眠気が襲ってきた。

だが、いつ追手が襲ってくるか分からない状況で眠るわけにはいかない、と秋人は必死でまぶたを開けていた。


「ここはそう簡単には見つからない。だから、ゆっくりと休むと良いさ」


苦笑しながらヴィンセントはそう言った。

行動を共にする間に三人の間には絆のようなものが生まれ、多少ではあるが互いに親しみを覚えていた。

ヴィンセントには不思議な才能があった。

辛酸を知りつくした老人のような思慮深さを持ちながら、人の心を柔らかくさせるという才能が。

そのお陰で、秋人とバイアティスはヴィンセントを幾らか信用できるようになっていた。

バイアティスの方を見てみると、眠ったほうがいい、と言いたそうにしていることが分かり、秋人は眠気に身をゆだね、瞳を閉じた。

やがて、規則正しい寝息を立てながら眠りについた。

眠ったことを確認すると、バイアティスは秋人をこの部屋には一つしかないベッドへと移動させる。


「さて。秋人も眠ったことだし、私たちは買い出しにでも行こうか。今日は久々にまともな物を食べよう」


ヴィンセントの提案に、バイアティスは思案していた。

秋人を一人にしていいのだろうか? と。


「秋人が心配かい?」


頷く。

すると、苦笑されてしまった。


「キミは過保護すぎるよ。放任主義とまではいかなくても、もう少し放っておいた方がいい。ましてや秋人は……」


生前(冬二)の記憶がある。

そう言おうとしたのだろうが、ヴィンセントは言わなかった。

ここに居るのはもう冬二ではない。

“秋人”なのだ。

冬二はもうこの世には生きてはいない。

秋人は冬二ではなく、秋人と言う一人の人間なのだから。

しばらく口を紡いでいると、ヴィンセントは笑いながら言った。


「じゃあ、私が秋人を見ているから、キミが買い出しに行ってきてくれ」


そう言うと、ヴィンセントは財布ごと渡してきた。

ヴィンセントのことは信用してはいるが、不安はまだある。

しかし、買い出しにも行かなくてはならない。

ヴィンセントが買い出しに行き、自分が残るという選択肢は既に失われている為、必然的に行くしかなくなる。

渋々部屋を出て、近場にあるスーパーマーケットへ足を向けたが、心残りはある。

もしヴィンセントが、秋人(冬二)を消すことを諦めていなかったら?

不安になったバイアティスは、買い物を早めに済ませ、その足でアパートに戻った。


「おや? お帰り。随分早かったね」


どうやらバイアティスの心配は杞憂に終わったようで、秋人はぐっすりと眠り、ヴィンセントはソファにもたれながら本を読んでいた。

ホッとため息を吐くと、ヴィンセントが近寄りスーパーの紙袋の中身をチェックし始めた。

ゴソゴソと探っていると、ある食材を見た瞬間顔をしかめた。


「バイアティス。キミには言っておかなくてはならないことがある。私は……」


言葉を溜めに溜め、ボソっと呟いた。


「……ニンニクが食べられない」

「…………」


その言葉を聞いたバイアティスの肩はふるふると震えた。

大いに笑っているらしい。

顔を真っ赤にし必死で弁明しているが、その顔では意味がなく、バイアティスの笑いをさらに高ぶらせる材料にしかならない。

しばらくその応酬が続いていたが、不意にヴィンセントは真面目な顔つきとなる。

不思議に思い、その視線を辿ると
――秋人が居た。

ため息を吐きながら、ポツリと、


「秋人は笑わないね」


そう言えばそうだ。

ここまで来るには一年がかかったが、その間、秋人の笑顔を一度たりとも見ていない。

身体の変化、心境の変化、環境の変化、色々あるが、一番の問題はやはり……。


「彼は本当に、彼女のことを愛していたんだね。それも、心の底から」


他人を愛するには、まず自分を好きにならなければならない。

彼は彼なりに必死に自分と向き合い、自分を好きになるように努力した。

それが報われ、彼女は彼に惹かれた。

だが、やっと実った花は日の目を見ることなく無残にも散ってしまった。

誰にも祝福されることなく、そっと。


「もし彼が彼女をことを忘れるようなことがあっても、彼女が彼を忘れるようなことがあっても、キミだけには覚えていて欲しい。これは私たちの勝手な想いかも知れない。 だが、忘れないでくれ。頭の片隅に置いておくだけでいい。一生に一度思い出すだけでもいい。忘れないでくれ」


眠っている秋人に対し、ヴィンセントは静かにそうささやいた。





時は流れ、秋人の身体が中学生ほどに成長した時のこと。

自分の身体を把握できるようになった秋人は鍛練を開始した。

いくら別の人間になったとしても、いつ追手が追いかけてくるか分からない。

鍛錬は自分一人で行うのと共に、バイアティス、ヴィンセントに協力してもらったりしながら行った。

今まで培った技術だけでなく、バイアティスの身体の動かし方、ヴィンセントの魔法技術を身につけながらの鍛錬は充実したものであり、成長期の身体も手伝い、その技にはキレが見え出していた。

その感触を試すようにと言われ、賭け試合にも出た。

そして、今日も今日とてバイアティスを相手に鍛練をしている。


「ふっ!」


右腕を主軸にして攻撃を仕掛け、左腕で攻撃を防ぐようにして、足は最小限に動かしその場からあまり動かないように。

バイアティスは指を鉤爪のように曲げ、さながら熊のような攻撃方だ。

しかしその動きは熊のそれよりも俊敏であり、左腕一本で防ぐには苦戦してしまう。

それもそのはず。

バイアティスが両手両足で攻撃を仕掛けているのにもかかわらず、秋人が防御に使用しているのは左腕本。

両手での攻撃が襲ってくるのに左腕だけしか使わないのは何故か。

それは精神的安定の為
――言いかえれば暗示のようなものである。

両手両足で攻撃を仕掛けてくる相手に対して両手で防御をしては、防戦一方に追い込まれ、防御に専念してしまい、攻撃に移るタイミングを失ってしまうかもしれない。

そしてわずかな隙を見ては空いている右腕で牽制し、攻め入る隙があるならば一気に攻める。

それが秋人の戦い方だった。

傍から見れば防御一辺倒で付け入る隙が多いように見えるが、防御は意外と固く、攻め落とすのには骨を折る。

わずかにでも気を抜けば、右腕からくり出されるカウンターを受けてしまう。

しかし、その戦法は諸刃の剣だ。

防御が崩されれば攻め落とすのは容易となり、元より肉体的耐久力があまりない秋人など他愛もなく倒されてしまう。

だが、ヴィンセントからキチンとした魔法技術を学び、秋人には魔力を風に変換できる先天的素質があることが判明した。

常に風の膜を身体に纏っていることで肉体的耐久力を補うことができるようになったが、常にそれを行っているということは、常に魔力を消費し続けることになる。

魔力が枯渇してしまえば耐久力は元に戻ってしまうばかりか魔力の枯渇によって引き起こされる衰弱によってさらに追い込まれてしまうことになってしまう。

防御に魔力を使用している分、無駄な攻撃に魔力を使用することはできない。

魔力の量は人によってそれぞれ決まっており、普通の方法では魔力キャパシティをそれ以上は増やせない。

まさにハイリスク、ハイリターンの戦法ということになる。

それに今は戦闘の最中は常に風の膜で身体を覆うという慣れない技術を強いられているのだ。

当然、攻撃など気の抜けたパンチにもなりはしない。

その為、今はロイガーを機動させても何の意味もなさない。


「んっ……」


呼吸が乱れる。

身体を覆っている風の膜に揺らぎが生じ、視界が微かに明滅する。

秋人は舌を噛み、途切れそうになる意識を痛みによって強引に覚醒させた。

――そこに、隙が生まれた。

意識を途切れないようにする為の行為が逆に仇となり、バイアティスにとって、最大の好機を与えてしまった。


「し
――ッ」


――しまった。

そう思った時にはすでに、何もかもが遅かった。

バイアティスのベアクローは頭部目がけて向って来ており、意識どころか頭ごと持っていく勢いだ。

死神の鎌。

そんなモノが脳裏で勝手に連想される。

しかし実際、それはまさにその通りだった。

バイアティスのベアクローをまともに頭部に食らえば頭は吹き飛び、頭のない人間≠ェ誕生してしまう。

無論、そのような人間はすぐに力尽きてしまうのだろうが。

ともかく、そのような絶対に食らってはならない攻撃が迫っている。

目では、攻撃の軌道を正確に捉えている。

意識も、避けなければとシナプスを脳内で発している。

しかし
――身体は動いてはくれない。

――ガッ。

そのような鈍い音が耳に響いたような気がしたのは、自分が地面に転がっている頃になってからだった。

意識は割とハッキリとしている。

そして気づく、身体の節々から発せられる鈍痛、激痛。

それらがないまぜとなり、形容しがたい痛み≠ニなって秋人を襲う。


「ア
――アアァ……ッ!」


――痛い。

それさえも言えない。

呼吸は止まりそうになり、いや、実際止まっているのかもしれない。

それさえも知覚できない。

――ジャリ。

バイアティスがジャリを踏みしめながら近づいてくる音が聞こえる。

――たがが鍛錬、死ぬようなことはしない。

そんな言葉は通用しないことは分かっている。

これは鍛錬という名を借りた儀式なのだから。

自分(冬二)という名の人格を消し、自分(秋人)という新たな人格を確立する為の儀式。

そこには慈悲もなければ容赦もない。

痛みに痛みつけ、自分を殺す。


――ハッ」


吐き捨てるように息を吐き、歪な笑みを浮かべる。

何だ。

そんなことか。

そんなこと
――簡単じゃないか。

昔を忘れればいいんだ。

あの日の記憶を。

あの日の涙を。

あの日の
――何もかもを。



☆ ☆ ☆



――ジャリ。

バイアティスの足音がやんだ。

それもそうだろう。

何せ
――秋人が立ち上がっているのだから。

等に肉体的なダメージは限界を超えているはずなのに、立ちあがっている。

それは限界を超え、精神のみで立ち上がっているだけ。

軽くつつけば倒れるくらいの頼りなさしかない。

だが、バイアティスはたじろいでいた。

そのような人間が
――このような目をするのか?

このような、生き生きとした目を。

息も絶え絶えにフラフラとしているように見えるのに、その実、足は吸いつくようにしっかりと地についている。

――面白い。

自分の顔が笑みを形造っていることに、やっとバイアティスは気がついた。

秋人は構えをとった。

それは先ほどとなんの変りもしないモノだったが、何かが決定的に違って見える。

まるで違う人物が同じ構えをとっているような……そんな感じだ。

――ジャリ。


「…………」


その音で気がついた。

後退している。

自分が。

秋人ではなく自分が。

満身創痍な秋人ではなく、五体満足に動く自分がだ。

そこに、一瞬の迷いが生まれた。

秋人が揺れ、前のめりに倒れる。

否、踏み込んだ。

風がバイアティスの前髪を揺らした時には、すでに目の前にまで来ている。

秋人はその速度を維持したまま、バイアティスの胸に左手を添え、捩じった。

ゼンマイを巻くような、ギリッ、という音が聞こえたかと思うと、胸と手の間に何の加工もされていない魔力の塊が生じ、その荒れ狂う魔力の本流にほんの少しの指向性を持たせた魔力が小柄な秋人よりも大柄なバイアティスを吹き飛ばした。

壁に背中がぶつかるまで吹き飛び、その勢いゆえか口から血が吹き出る。

秋人はその体制のまま、小さく何かを呟いた。


――スティギア・ボルト」



 ☆ ☆ ☆ 



「ふぅ……」


バイアティスとの鍛練を終えた秋人は空を見上げた。

雲に覆われた曇天は、今にも雨が降り出してきそうだ。

バイアティスはそっと秋人に近寄り、何か飲み物を買ってくると告げその場を離れた。




「…………」


鍛錬に付き合うのは苦ではない。

しかし、日に日に強くなっていく秋人を見ていると不安になってくる。

身につけた力を使い、復讐に走るのではないか、と。

ヴィンセントもそのことに関しては懸念しているようで「もしもの時は私たちが止める」と言っていた。

その止め方は、分からない。

もしかしたら、バイアティスの考えに及ばない方法で止めるのかもしれない。


「…………」


復讐と言う言葉は甘い蜜だ。

始めてしまったら、それなしでは生きていけなくなってしまう。

蜜に群がる蟻のように獲物を求め、次第に自分自身が摩耗していく。

だが、本人はそれに気がつかず、さらに摩耗させる。

気がついた時にはもう手遅れとなっており、その身体は朽ちていくのを待つだけ。


「…………」


そんなことはさせない。

絶対にさせない。

秋人は新しい人生を歩み始めたばかりなのだ。

もう、あんな風に手を汚さなくていいようにしなければならない。


「…………」


売店を通り越し、誰も居ない路地裏に入り込む。

振り向き様に銃を取り出すと、今まで後ろを付けていた二人の男が姿を現した。

ここ(アメリカ)を拠点としてから何年かが過ぎた。

そろそろ潮時なのかもしれない。

そう思いながらバイアティスは銃の引き金に手を掛けるが、それよりも速く追手は迫り、手にしたナイフでトリガーに掛かっていた人差し指を切り裂いた。

ポトリ……と人差し指が地面に落ちる。

念の為なのか、もう片方の人差し指も切り落としにかかる追手の片方。

一旦身を引こうとするが、それは間に合わない。

ポトリ。

失くした指を追いかけるように噴き出してくる鮮血。


「…………」


追手たちは血に染まったナイフを捨て、もう一本のナイフを取り出す。

どうやら血糊で汚れ、切れ味が落ちたナイフを捨てたようだ。


「…………」


どうする?

銃はもう握れない。

人差し指でなく中指でトリガーを引くという手もあるが、それでは安定してグリップを握れず射線軸がズレてしまう為、得策ではない。


「…………」


拳を柔らかく握る。

左右の手を前に出し、ファイティングポ−ズを取る。

ボクシングスタイル。

本来のバイアティスの武器。

息を吸い込み、身体中の筋肉を膨張させる。

今まで何人もの人の命を奪ってきたこの拳に、新たに二人加える為に、拳を握る。

決別したはずの人殺し。

いや、それは秋人だけか、と心中ごちる。

今までと違う雰囲気を察したのか、男たちは何かを呟き迫ってくる。

ナイフが迫るが、今度は身を引かない。

本来のバイアティスのスタイルを考えると、引かない方が安全なのだ。

どうやらこの数年で考えが甘くなっていたようだ、と感じる。

懐に深く入り込み、顎目掛けて振り上げる。

インパクトの瞬間、今まで軟らかく握っていた拳を固く握りなおし振りぬく。


「がっ……!」


男は吹き飛び仰向けに倒れた。

顎が砕けたようで、何か騒いでいるが何を言っているかは判別できない。


「…………」


久々に感じるこの感触。

人を殴った時にのみ感じられる感触。

苦笑する。

何年経っても、生活を変えても、逃げに逃げても、とことんまで自分は――人殺しなのだということを思い知った。

倒れた男に向かいもう片方の男が何か言っているが、それに構わずバイアティスは突進する。

だがふと、背中に熱いものを感じた。

立ち止まり、背中の違和感に触れてみる。

血。

真っ赤な血が背中から溢れている。

そして、自分の腹から血に染まっているが、黒い何かが突き出ている。

後ろを振り向くと、いつの間に居たのか三人目が背中に剣を突き刺していた。

三人目の顔には見覚えがあった。

ついさっきまで共に鍛練をしていた顔。

だが、その顔はバイアティスが知らない顔をしていた。

楽しそうな笑みを携えて。




同時刻、アパート内。

ふとヴィンセントは窓の外を眺めた。

じっと黙り空を見つめ、やがて眼を閉じた。


「どうした?」

「……何でもない。そうだ、キミの苗字を考えた」

「ボクの苗字?」

「ああ。私の古い知人の苗字なんだが……“相沢”と言うのはどうだろう?」

「相沢……“相沢秋人”……」


新しい苗字はしっくりとは来ない。

それが当然だ。

これから慣れればいい。

苗字を付け終えると、クローゼットの中から大きなボストンバッグを取り出し、秋人に渡す。


「これは?」

「予定を繰り上げる。キミにはこれから日本に行ってもらうことにした」

「そんな、どうし
――


ヴィンセントの眼を見た瞬間、身体の自由が利かなくなり、動けなくなる。

動けなくなったことを確認すると、ヴィンセントは直接頭に語りかけるように静かに話し始めた。


「いいかい? キミの父親……『冬二』はキミが生まれる前に死んだ。病死だ。キミの母親はキミが子供のころに死んだ。名前は相沢夏樹。そうだな……車に轢かれた事故だ。残念な事故だった。夏樹が死に、古い友人の私がキミの身元引受人となった。そしてキミは海外で私と共に数年生活をする。それは色々あった。衝突もした。だが、私たちは仲良くやっていた。……しかし、キミは過ちを犯してしまった。それから逃げるように、キミは古巣である日本へと逃げる。いいかい? キミは日本に逃げるんだ。場所は……そうだな、海鳴にしよう」


ヴィンセントの言った言葉を反芻するように秋人はブツブツとそれを口にする。

秋人から眼を逸らし、手を叩く。


「あれ……? 今……あれ?」

「どうかしたのかい? 秋人くん(・・・・)

「あ、いえ。何でもありません。……じゃあ、()はこれで」


部屋を出て行こうとするが、秋人は振り向き尋ねる。


「あの、バイアティスって
――誰でしたっけ(・・・・・・)?」

「バイアティス? 知らないね、そんなものは。どうしてそんなことを聞くんだい?」

「何だか頭にそんな名前が浮かんできて……気のせいですよね」

「ああ、気のせいさ。さ、早く行きなさい」

「はい。では、お元気で」


パタンとドアが閉じるのと同時に、ヴィンセントはため息を吐いた。


「これで良かったのかなぁ……。なぁ、バイアティス……キミはこんなことをした私を憎むかい? いくら秋人を守る為だとしても、記憶を改ざんしてまでも守ろうとする私
を憎むかい?」


独白に似た後悔を呟き、ヴィンセントもドアを開け、バイアティスが居た場所まで歩く。

そこには何もなかった。

バイアティスが流したであろう血の一滴も。

何もかもがない。

ふと背中に違和感を覚え、右に避ける。


「チッ……」


背中から襲って来た者の顔を見て、ヴィンセントはやはり……とため息を吐いた。


「彼をどうした」

「殺したに決まっているだろう? そんなことも分からないのか?」

「ああ。生憎と私は用心深くてね。何か証拠がないと信じられないんだ」

「証拠……ねぇ」


そう呟き、コートの中に手を入れ、仮面を取り出し投げ渡してきた。

それを受け取り確認すると、間違いなく、バイアティスがいつもしていた仮面だった。

感情を感じられない声で問う。


「キミが……殺ったのかい?」

「ああ、そうだ。案外脆かったよ? あんなのがグレート・オールド・ワンに居たことの方が驚きだ」

「フンッ……どうせ、背中からやったんだろう。彼は一対一ならば負けたことがない」

「そんなスポーツ選手みたいなことを言って何になる。多対一もできなくて何が暗殺者だ」

「そう。彼は優しすぎた。向いていないよ……こんな仕事には」


ヴィンセントの言うとおり、バイアティスは優しすぎた。

とてもではないが人殺しに耐えられるような精神を持っているとは思えない。

だがしかし、彼は選んでしまった。

思えば、それが彼の最大の過ちだったと言えるだろう。


「ところで……キミは誰だ?」

「僕の名前は冬二
――と言いたいところだけど、その名前は使うなと言われているんでね。今では四季と名乗っている」

「そうか。あの子と名前が被らなくて良かった。こんな、殺人狂と被らなくて本当に良かったよ」


ヴィンセントの何気ない言葉に、四季はイラ立ちを覚えているようで、段々と声が荒げてくる。


「……お前とこんな話をする為に誘き寄せたんじゃない……アイツはどこだ?」

「アイツ? ハハハ、一体誰のことかな? 私には到底見当がつかないさ」

「ふざけるなよ。アイツと言ったらアイツだ。もう一度問う、どこだ」

「キミに教える気もなければ、キミが知る必要もない。元より、私は知らないからね」

「そうか……じゃあ、殺して直接脳に聞いてやるよ」


デバイスを起動させ、黒白の剣を顕現させる。


「キミにできるかな?」


ヴィンセントも自分のデバイスを起動させ、構えた。

剣を縦に一振りし、風の刃で攻撃してくる。

それを避けると、今度は直接斬るつもりのようで接近してくる。

だが、遅い。

ヴィンセントの力をもってすれば、屠るのは簡単だ。

だが……。


(同じ顔というのは……やりにくいな)


秋人と同じ顔をしている四季。

それがヴィンセントの判断を鈍らせる。

四季の動きは、冬二そのもの。

それならば、秋人と鍛錬を共にしたことで良く知っている。

そしてその弱点も。


「そら」

「っ!?」


軸足を軽く蹴るだけで、バランスが崩れ容易に倒れてしまう。

その為に、秋人には下半身の強化を全力で施した。


「下半身が疎かになっているよ」


そう言い、苦笑した。

何を言っているんだ。

相手は秋人ではない。

それなのに、いつもの調子で言ってしまった。


「何を……何を笑っている」


その言葉で気がついた。

口元が自然と笑みを形作っていることに。


「なに、いくら名前と武器を変えたところで冬二と何も変わっていないから可笑しくてね」



ピクッ、と四季の動きが止まる。

まるで触れてはならないものに触れてしまったかのように。


「アイツは変わっているのか?」

「ああ、アイツは変わった。少なくとも、キミと同じではない」

「それってズルくないかな? アイツと僕は同じ物から生まれ落ちた者同士。なら、一緒じゃなきゃ不公平じゃないかな?」

「それは、エゴというのもさ」

「エゴでも構わないよ。でもな、アイツは僕と同じ兄弟なんだ。なら、一緒じゃなきゃダメなんだよ」

「エゴイストの塊だな、キミは。そこは、冬二とは大違いだ」

「……っ! 元はと言えば、お前が
――


四季の動きが変わる。


「アイツを連れ出さなければ!」


その動きは精錬されているとはかけ離れており、まるで獣のようだ。


「僕らは一緒に居られたんだ!!」

「そして殺人狂にしたかったのか!」


剣を受け流し、距離を取ると、四季はとつとつと話し始めた。


「ああ、そうだ! 僕らはいつも一緒にいて、いつも同じ動作をし、いつも一緒に寝なきゃならなかったんだ! それを貴様らが邪魔したから!!」


最後には涙を流しながら四季は訴える。

まるで理不尽に肉親から離されてしまった子供のように。


「だから……
――僕がおかしくなった(狂った)んじゃないかッ!!」


剣が迫る。

だが、それは今までとは全く違った動きだった。

冬二のものではない、四季のもの。

獣が獲物を狩る時のような、荒々しい動き。


「お前のせいで、貴様のせいで、お前らのせいで、貴様らのせいで、僕は! 僕が! 僕を!!」


剣に風を纏わせ、それを飛ばし、さらに肉薄する。

だが今度は風の防御膜を身にまとっている為、攻撃が受け流されてしまう。


「殺さなきゃならないじゃないかッ!!」


その言葉に一瞬身体の動きが止まってしまい、気がついた時には腹部に熱いものが込み上げて来ていた。

ポタリポタリと滴り落ち、地面にまだら模様を描いていく。

だが、こちらもやられっぱなしではない。


「っ! 身体が……?」


とっさに起動させたヴーアミタドレスフォルムに絡まり、四季の動きが止まる。

何とか逃れようと身じろぎを繰り返すが、返ってますます絡まっていく。

だが
――


「あ……あア亜々嗚呼亜々嗚呼ッ!!」


ぶちぶちという嫌な音が響く。

糸が切れる音ではない……肉が切れる音だ。

ボトリ。

手足を切り取り、糸の束縛から逃れた四季はもぞもぞと動き、やがてその動きを止めた。


「……死んだか?」


だが、まだ腹に刺さっているデバイスは形状を保っている。

まだ生きている証拠だ。

今ならば労せずにトドメをさせる。

そう考えたヴィンセントは、腹に刺さった黒い剣を引き抜く。

ゴボリ……と血が落ちるが、今はそれどころではない。

四季に近づき、その剣を四季に構える。


「せめて、苦しまずに逝ってくれ」


そう呟き剣を振り下ろそうとした瞬間、四季の身体から極彩色の光があふれた。


「何……?」


すぐにその場を離れると、四季の身体に異変が起こった。

失った筈の手足の傷口からグジュグジュと何かが蠢き出てきて、絡まり合い、結合していく。

骨が形成され、その上を血管と神経が通り、さらに筋繊維が覆い、皮膚が復元される。

数分後には、失った筈の手足は完全に復元されていた。


「アザトースか……!」


外なる神(異形の神々)』アザトースの名を冠したロストロギア。

アザトース……またの名を『果てしなき魔王』『沸騰する核の混沌』『外から来るもの』。

アザトースとは『外なる神』の総帥であり、宇宙が始まった時から存在している。

または、存在するもの全てはアザトースの思考により創造されたとも言う。

創造神であるにも関わらず、アザトースは一切の知性を持たない盲目白痴の神であり、ただただ痴愚のままに、宇宙を思いのままに弄んでいるのである。

『旧神』によって知性を奪われたという説もあるが、その性質から考えるに元から知性を持っていないと考える方が自然に思われる。

アストラル界に入った者には彼の巣食う混沌の中心は極めて微かな菫色の輝きと色の着いた揺らめく光として見えるらしい。

アザトースを覆い隠す帳は薄いが、その姿を少しでも目にした者には完全な破滅が訪れるという。

謎の多い神と同じく、謎の多いロストロギア。

使用方法は不明。

利用目的も不明。

だがしかし、彼は覚醒(めざめ)てしまった。

外なる神の力に。


「あ……
――アハっ!」


再生を終えた手足を使い、四季は立ち上がり下に向けていた顔を上げた。

その顔を見て、ヴィンセントはゾッとした。

笑っている。

狂ったかのように、口から泡を吹きながら、笑っている。


「アハ、アハハハハハ! ハハハハハハハッハハハハ、アハハッ!!」


それは狂気の哄笑。

新しい神が誕生したことを狂喜する、人だったもの。


「アハ! アハハハハハッ!」

「四季……?」


ヴィンセントの問いには答えずに、まだ狂った笑いを続ける。

しかし、それは唐突に終焉を迎えた。

地面を見つめ、ブツブツと呟いてる。


「これか? これだ。これだよ。じゃあ、アレは?」


首を真横に曲げ、視線がヴィンセントに向けられる。


「お前……ホントに人間か? それにしてはおかしいよね。ああ、おかしい。おかしいとも」

「くっ……!」


最悪だ。

最悪すぎる。

アザトースに覚醒(めざめ)てしまったことも勿論のこと、完全に自分を見失っている。

このままでは、いつ暴走をするか分からない。

四季の暴走はロストロギアの暴走に繋がる。

もしアザトースが暴走すれば、アメリカ……いや世界がどうなるかは分からない。

最悪、創造とは真逆の結果が待ち受けているかもしれない。

すなわち――滅び。

それだけは何としてでも阻止せねばならない。

自分のデバイスを基本形態のカトラスに戻し、四季の長剣と共に握り四季に迫ろうとするが
――


「ダメだよ。人の物を勝手に使っちゃ」


左手に持った黒剣の柄部分に風が吹き、吹き荒れ、ヴィンセントの手を傷つける。

だが離さなかった。

ここで四季の元に戻してしまえば、どんな結果が待っているかは分かりきっているからだ。


「早く返してよ」


白剣を片手に持ち、四季が迫る。

その動きは先ほどと同じように荒々しく、暴風のように斬りつけてくる。

ヴィンセントも対抗したが、如何せんこちらにはハンディキャップがある。

黒剣の風は止むことがなく、むしろ先ほどよりも激しくなってきていた。

このままでは腕が千切れてしまうだろう。

だが、離さない。

離してなるものか。


「ぬあぁぁぁぁあああぁぁぁッ!!」


すでにボロボロになった左腕も使い、四季の剣を受け止め、なお且つ反撃する。

腕を振るう度に血が飛び散り、激痛が走る。

風に血が乗って紅き血風となり、なおもヴィンセントを襲う。

もう左腕の感覚はない。

剣を握っていられるのが奇跡だ。


(そろそろ限界か……)


そう思った時だった。

上空から声が聞こえたのは。


「無様ね。シュグオラン」


忘れるはずがない。

忘れようもない。

この声だけは。


「ニルス……!」


全ての元凶。

歯車を狂わせた張本人。

トリックスター。

カリナ・D・ゲースデ(ニャルラトホテップ)


「だから、その名前で呼ばないで」


そう言うなりデバイスと起動させ、魔力弾を放ってくる。

満身創痍の身体で避けるようなマネは出来ずまともに食らってしまい、左手から黒剣が離れてしまった。

黒剣は宙を舞い、四季の手前に突き刺さった。

それを手に取り、待機形態に戻しコートの中に仕舞う。

朦朧とする意識の中で、声が聞こえた。


「さあ。取り戻したんだからいいでしょう。帰るわよ」

「いいのか? コイツ殺さなくて」

「いいのよ。放っておけば、勝手にタイプ2に接触するでしょうから――」



 ☆ ☆ ☆



あれから何日が経ったのだろうか?

四季が覚醒してしまったことにより、この村には四季が放った神気ともいえる狂気が渦巻き、人々は狂気に感染していった。

人々は思い思いに狂い、狂わなかった者は地獄を見ることとなった。

女は犯され、男は殺され、子供は喰われ、家畜は弄ばれる。

いくら泣き叫んだところでその蛮行がやむことはなく、狂気は蔓延していく。

やがて狂気に耐えてしまった者は後悔することになる。

狂ってしまえば
――楽だったのに、と。

あれから何日が経ったのだろうか?

男たちは大人も子供も関係なく女を犯し、女もそれをむしろ喜んでいるように甘受している。

そこかしろから嬌声が聞こえ、喘ぎ声が響いている。

狂っている。

あれから何日が経ったのだろうか?

あるいは、何時間も経っていないのだろうか?

感覚が曖昧だ。

ふと視線を腕時計に合わせてみると、なんということだ、まだ一時間も経っていないではないか。

これを引き起こしてしまったのは自分なのだろうか?

だったら……止めなくては。

そう思うが、身体は言うことを聞いてはくれない。

悔しさから涙が滲んでくる。

しかし、いくら己の行動を後悔しようとも、時間は決して戻りはしない。

だが、もしもを考えてしまう。

もしあの時
――

憎々しそうに歯を食いしばりながら、ヴィンセントは拳を握り締めた。

そこで、ヴィンセントの意識は完全に途絶えた。

いったい何を思いながら気絶したのかは知る由もないが、その顔は、まるで
――



かつてここにはダニッチという村があった。

だが、今は人は一人も住んではいない。

そう、人は
――










――と、これが真相さ」



ヴィンセントの話を全て聞き終えたザフィーラは、信じられないと言った表情でヴィンセントを眺めていた。

秋人がクローンであり、その体内にロストロギアを内包している。

それだけ聞かされては到底信じられないだろうが、彼は一度会っている。

四季という名の、冬二に。


「秋人が……四季のようになる可能性はあるのか?」


色々言いたいこと、聞きたいことはあったが、まず口を出たのはそれだった。

「うーん」と首を捻りながら、ヴィンセントは答える。


「答えられない、としか言えないね」

「それは分からないということか?」

「そうともいうね。要は彼次第という訳さ。どの道を選ぶも選ばないも、彼次第だ」

「そうか……」


「まあ」と言い、ヴィンセントは窓の外を眺めた。


「もう、答えは出ているのかもしれないけどね」










同時刻、八神家。

秋人が眠っている部屋に、ヴィータは居た。

みんなで相談した結果、ヴォルケンリッターが交代で様子を見るという結論が出たのだ。

もう交代は三度目。

それなのに、目を覚ます兆しさえ見受けられない。

もしかしたらもう……という嫌な考えが何度も頭をよぎる。



「アキト、いい加減起きろよ……」



鉄槌の騎士と呼ばれる彼女も、こういう時は何をすればいいか分からない。

涙を流せばいいというのなら、いくらでも流そう。

だが、それで目を覚まさないということは分かりきっている。

でも、何かせずにはいられない。

なのに、自分は何もできない。

歯がゆさと苦悩が積み重なり、潰れてしまいそうだ。

もう一度声を掛けようとした時、微かにだが目蓋が動いた気がした。

あまりの嬉しさから声が出ない。

秋人は自分から身体を起こし、ヴィータを見つめた。

まるで初めて見た者を眺めるような目で。



「アキト……?」



その言葉を聞き、秋人はようやく納得した。



「……そうか。ボク(・・)は秋人だった」




















 あとがき

厨二全開です、どうもシエンです。

……もう駄目だぁ。

何度書きなおしても厨臭さが抜けませんでした。

設定に問題があると思うんですけど、設定を変えてしまうと物語が破たんしてしまう(汗)

……どうにかします(´・ω・`)

では、また次回お会いしましょう。



拍手返信

※シエンさんへの感想きたきたきたきたーーーー!きーーーたーーー!神に挑む者!待ってました!
内容は何やら更にカオスなことに・・・。クトゥルフもニャルもデモンべインでちょっと齧ったていどなのでわかんないです。わかるのはものすごい展開になってきた!ということですね!それにしてもシエンさんの書くザフィーラは相変わらずかっこいいです。これからも楽しみにしています!

おお、待っていてくれましてありがとうございます!
さらにカオスな、ですか……ハハハ、いくらラブロックにカオスはつきものといいましても、これはさすがに行きすぎでしょうかね。気をつけます。
ザフィーラがカッコイイですって!?……大好きなんですよ、一重に
――愛≠ナす(・ω・´)
友人からは、私が書くザフィーラは渋いと言われました。
と、いうことで
――これからもカッコよくて渋いザフィーラを書くと誓いましょう!!(違)



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