第十八話「灼熱の監獄」










泣き顔は見たくない。

見るならやっぱり、笑顔だ。

本当に、そう思う。










夏休み目前の休日。

その日は、前日にはやてたちと約束した買い物に出かける日だ。

それは、この言葉から端を発した。



「なあ、海行きたい!」



ヴィータは嬉々としてそう言った。

いきなり何を言うのだろうか、この娘は?



「何で海に行きたいんや?」



はやての問いに、ヴィータは楽しみを抑えきれないように答える。



「だって、夏には海に行くものなんだろ? 中田のおじちゃんが言ってたぞ」

「ああ、中田さんに聞いたんや」



中田……誰だろう?

秋人には聞き覚えのない名前だ。

秋人の疑問を感じている表情に気がついたのか、はやては説明をする。



「中田さんっていうのはな。近所に住んでいるおじさんや。釣りが好きで、ほぼ毎日海に行ってる道楽者や。おばさんにいつも怒られているんやで」



なるほど、納得した。

その中田さんなる人物の影響を受け、ヴィータまで海に行きたいと言ったのだ。

まったく、とため息を吐く。

しかし、ヴィータらしいと思うのも事実で、秋人は苦笑した。

だが、海に行くのはいいとしても、はやてはどうなるのだろう?

はやての足は不自由で、とてもではないが泳ぐなんて無理だ。

しかし、秋人の思惑をよそに、はやてはヴィータと楽しそうに海について話している。

どうしたものかと考えていると、シグナムが口を開く。



「ヴィータ。我がままを言うな。主は足が不自由なのだぞ? 海などに行っても仕方がないだろう?」



その言葉に、ヴィータはハッとした表情をした。

そしてションボリとうなだれる。

ヴィータのあまりの落胆の表情に声をかけようとするが、何を言っていいのか浮かばず、何も言えない。

だが、そんなヴィータに声をかける者がいた。

はやてだ。

はやてはヴィータの肩を叩き、話しかける。



「ホンマに海に行きたいんか?」



コクンと頷くヴィータ。

はやては笑顔で、



「ほんなら行こか?」

「でも……」

「わたしのことは気にせんでええ。わたしは、日光浴でも楽しむさかい。な?」

「……うん!」



ヴィータは満面の笑みで微笑んだ。

シグナムは、ヴィータの我がままを許してしまうはやてに感服したように、瞳を閉じていた。

シャマルは、お弁当を作らなくてはと張り切っているが、ザフィーラに止められている。

みんな、楽しそうだ。

つい、秋人の頬も緩んでしまう。

はやてと話を終えたヴィータは、秋人の前まで来て楽しそうに話しかけてきた。



「なあ。アキトも行くだろ?」

「え……? いや、それは……」



「ハハハ……」と言葉を濁し、煮え切らない態度の秋人に疑問を感じ、ヴィータは何度も訊ねるが、曖昧に誤魔化されてしまった。

はやても訊ねてみるが、はやてにも秋人は答えようとしない。

この頑なな態度は一体何なのだろう?

どうやって秋人も連れて行くかを考えていると、突如として湧く神出鬼没の男が現れる。



「フゥーハハハハハ! 呼ばれて以下略! 復讐鬼ヴィンセント、推参ッ」

「誰も呼んでねーよ」

「む!? 駄目じゃないかロリータ! そこは『復讐鬼関係ない!?』とかツッコまないと! それでは一流の芸人になどなれんぞっ」

「誰がなるかッ」

「うむ。いいツッコミだ。さすが私が見込んだロリータだ。その功績を称え、幼女芸人の称号をあげよう」



懐から取り出したバッヂをヴィータに手渡すが、ヴィータはそれをすぐにゴミ箱に捨てた。

どこから取り出すのか、もう一つヴィンセントの手にはバッヂがある。

また手渡され、それもゴミ箱に捨てる……が、またあった。



「いくつ持っているんだよ!」

「君が受け取るまでさ、ロリータ」



「さあさあ!」と迫られたので渋々受け取り服に付けると、ヴィンセントは満足げに頷いた。

呆れすぎてため息も出ないヴィータは、頭を抱える。



「ん? どうしたんだい、ロリータ?」

「お前のせいで頭痛いんだよ」

「ふむ。秋人君を海に誘いたいのかい。なかなかにおませさんだ」

「話聞けよ!」

「それならば私にいい案がある」

「本当か!?」

「ああ。本当だとも」



すっかりヴィンセントのペースに呑まれてしまったが、その案とやらを聞きたくなってしまったヴィータは、話を続ける。

ヴィータの耳に顔を近づけ、囁くと、とたんにヴィータの顔が朱色へと変わる。



「そ、そんなこと、できるわけないだろ!」

「ふむ。ロリータには少しハードルが高すぎたか……。ではこんなのはどうだい?」



もう一度耳に顔を近づけ囁く。

ヴィータは難しい顔をしたが、納得したのか頷いた。

気持ちを鼓舞させるために背中を叩かれ、ヴィータは秋人の前へとやってくる。



「ヴィンセントさんと何話していたんだ?」



その質問には答えず、ヴィータは顔を真っ赤にしたまま俯く。

おかしいと思い声をかけようとすると、ヴィータは顔を上げ、口をモゴモゴと動かす。

一度目を瞑り、次に開いた時には、その瞳には決意の色が宿っていた。

秋人の顔を挑戦的な表情で見つめ、大声で叫ぶ。



「お、お兄ちゃん! 一緒に海に行こう!」

「バカだろお前」



秋人から放たれた対艦ミサイル(ことば)によって即撃沈。

ヴィータは不沈戦艦へはなれなかった。

しょんぼりと……いや、ズンズンとヴィンセントへと走り寄り飛び上ったと思ったら、
頭部にプロレスラーでさえ見せられないような見事なシャイニング・ウィザードを食らわせる。

その衝撃により、ヴィンセントは壁に吹き飛ばされ顔面をぶつける。

ずるずると壁を滑り落ち、尻を高々と上げ潰れた。

それでも怒りは治まらないようで、尻に蹴りを何度も入れる。

蹴られる度にヴィンセントの嬌声が上がり、秋人は耳をふさいだ。

さすがに見るに堪えなかったのか、シグナムとシャマルが止めに入る。

蹴りの嵐が治まったことにより、ヴィンセントは安心したような、それでいて物足りないような呻き声を上げる。

その光景を、はやては苦笑いで眺めていたが、秋人に近づき、



「海に行くの嫌なん?」



上目遣いでそう言った。

……その目は反則だと常々思うが、口には出さない。



「嫌って言うか……なんと言うか」



秋人の言葉を聞き、はやては悲しそうに顔を伏せる。

その目元が光って見えたのは気のせいだろうか?



「そうなんや……。秋人は私たちのことが嫌いなんやね。だから一緒に海に行きたくないんや」

「……! そ、それは違う!」

「じゃあ、海行く?」

「あ、ああ……」



承諾の言葉を聞き、はやてはヴォルゲンリッターたちに振り向き、グッと親指を立てた。

……謀られたらしい。

子供騙しの手に騙されたことにより、秋人は膝をつき、その場で落ち込んだ。

秋人とは対照的に、はやてとシャマル、そしてヴィータは嬉しそうだ。

シグナムとザフィーラも、静かにだが喜んでいるらしい。



「そや。せっかくやから、なのはちゃんやアリサちゃんたちも呼ぼ」



そう言うや、はやては携帯電話を操作しなのはに伝えた。

しばらく話していると、はやてはヴィータに向かい、



「なあ、美由希さんらも誘ってもいいかな?」

「いいんじゃないか? アタシはいいぞ」

「そうか。あっ、なのはちゃん? 大丈夫やって」



通話口から漏れ聞こえるなのはの声は、喜びに溢れていた。

そうして次にアリサ、すずかと電話をし、通話を終了させる。

三人とも大丈夫だったらしく、はやては笑顔だった。



「そや。みんなの水着買わなアカンな。明日デパートに買いに行こ」



おーっ、と響く大声。

放心しながらも、秋人も一緒に手を挙げていた。




















そんな出来事があり、デパートへ買い物にやってきた一向。

むしむしと蒸す外とは違い、デパート内はひんやりと涼しかった。

一方ザフィーラは炎天下の中、外で待機だ。



「で? なんでお前が一緒にいる?」

「えっ?」



秋人は当然のようにいる美由希に向かい言った。

なのはやアリサ、すずかが付いてきているのはいい、だが、なぜ美由希も一緒にいる?

そのことを聞いてみると、美由希は顔を真っ赤にして俯きながら、ポツリと言った。



「去年買った水着、小さくなっちゃって……」

「そう、か……」



宣言しておく、想像などしていない。

自分に言い聞かせてはみるが、想像してしまうのは男の悲しい性というものだろう。

秋人と美由希は無言のままはやてたちに付いていき、やがて水着売り場へと辿り着く。

今が売り時なだけに、水着売り場には活気が溢れていた。

ここで一時解散し、それぞれ水着を物色することにする。

秋人は適当に見つけたバミューダタイプの水着を手に取り、これに決めた。

決まったとなると、後の問題は……女性陣が決めるまでの暇の潰し方だ。

男性の買い物はスパッと決まるのに、女性の買い物はとにかく長い。

それはよりよい物、より自分を美しく見せるためだとは分かっているが、一つの物を買うのに一時間以上粘るのだけはやめていただきたい。

フラフラとその辺を歩いていると、ヴィータが難しい顔で水着を選んでいるのが目に入る。

何気なしに近づき話しかける。



「どうした? 決まらないのか?」

「あっ、アキト。多すぎてどれがいいのか分からないんだ……」



ヴィータは今の時代に蘇ってから日が浅い。

テレビなどは見ているのだから流行などは知っているだろうが、それは大人での場合だ。

子供用水着に流行りも何もあるはずがない。

秋人も一緒になり探してやり、一つの物に目を付けた。



「ヴィータはこれでいいんじゃないか?」



秋人が目を付けたのは、紺色のワンピースタイプの水着。

通称『新型スクール水着』だ。

秋人個人としては旧型の方がいいのだが、もはや絶滅種となっているので致し方あるまい。

そして水着に名前を書くのはお約束だろう。

もちろん『ゔぃーた』とひらがなで、だ。

そもそもスクール水着とは、大人
――なり掛け――の身体をした女性が着ても意味はないのだ。

胸は小さい方がスクール水着が映えるというもの。

饒舌でスクール水着に対する知識(じょうねつ)を披露する秋人に対し、ヴィータは呆れた、それでいて底冷えする視線を向けた。



「……本気か?」

「すまん、冗談だ」



殺るきの目で睨まれ、謝ってしまう。

渋々スクール水着を元の場所に戻し、水着探しを再開した。

結局ヴィータが決めたのは、ビキニタイプの赤い水着だった。

これはこれで似合っているので文句は言わない。

ヴィータの買い物に付き合っていると、時間が一時間以上も過ぎていることに気が付く。

みんなもそれぞれ水着が決まったようで、一緒に会計を済ませ、昼食を取るためにレストランなどがある階まで移動する。

どこも混んでいたが、並ぶのが嫌だというヴィータとアリサの願いを聞き入れ、比較的行列が少ない洋食レストランへと足を向ける。

数十分後、ようやく秋人たちの番となり、店内へ入り席に座る。

メニューを見ていると、子供が喜ぶ物から大人向けの物まで一通り揃っており、それなりに充実した品揃えであることが分かる。

人通り眺め、秋人はカレーを頼んだ。

みんなからは、洋食屋なのだから違う物を頼めと言われたが、これがよかったのだから仕方がない。

しばらくして注文した物が届き、それぞれ舌鼓を打ちながらそれらを平らげていく。

会話を楽しみながら食べていたため時間がかかってしまったが、それなりに楽しかった。

会計を済ませ外に出てみると、何やら焦げ臭い匂いが漂っていることに気が付く。

シグナムたちも気がついたようで、はやてたちを一か所に集める。

周りも客たちも異変に気が付き、辺りにはザワザワといった喧騒が漂う。

そして、それは訪れた。

天まで届くと思われる爆音。

とっさに耳をふさいだが、耳に残る残響がいつまでも消えない。

しばらくその場で呆然としていた客たちだが、やがて恐慌が起こる。

我先にと階段を駆け下り、邪魔な者は蹴飛ばしてまで先を急ぐ。

それに巻き込まれないように隅に移動した秋人たちも、いつまでもここにいるわけにはいかない。

黒煙が漂ってきたからだ。

一酸化炭素と熱を含んだその黒煙を吸い込めばどうなってしまうのかは、火を見るより明らか。

一行は、身を低くして階段へと急ぐ。

だが
――――



「……! 危ないッ」



インテリアのために置いていたであろう巨大な置物が倒れ、アリサの上へと倒れてくる。

その状況が理解できないアリサに、秋人の声は届かない。

秋人はとっさに動きアリサを抱き寄せたが、それは既に遅かった。

抱き抱えて逃げようとしたが、景色がスローモーションのように襲い。

焦れる中、頭部に衝撃が走る。

何だ? と思うよりも早く、激痛が襲いかかってきた。



「秋人っ!」



誰かの声が聞こえるが、誰のものかは判別できない。

意識が朦朧とする。

どうやら出血しているらしい。

そして今さら気がついた。

床に倒れていることに。

緩慢に顔を動かし、腕の中にいるであろうアリサを見つめる。

よかった、無事だ。

意識を失ってはいるが、怪我はしていない。

だが、その服には血が付いていた。

秋人の血だろう。



(また、怒られるな)



ぼんやりと、他人事のように考える。

また誰かの声が聞こえる。

かなり焦っているらしい。

なぜ? と考え、ああと理解する。

下半身が倒れてきた置物に挟まれているのだ。

だからだろう。

何やら他人の身体のような鈍い痛みがあるのは。

美由希とシグナムが必死になり起こそうとしているが、いかんせん重すぎる。

いくら身体を鍛えている二人だとしても、そこは女の細腕、限界がある。

なのはやヴィータ、シャマルなども加勢するが、どう頑張っても起き上がらない。

こんな時にザフィーラがいれば……とはやては考えるが、ザフィーラの正体を明かしてしまうのは、明らかに拙い。

しかし、ここで秋人をこのままに放っておくのも嫌だ。

どうしようかと考えていると、涙が流れていることに気が付く。

それは悲しみからか、混乱からか……判断できない。

秋人はそれを眺め、苦笑する。



(なぁ、そんな顔しないでくれよ。笑えよ)



どこかで見たような光景。

思い出せないが、それはこんな状況だったような気がする。

自分が死にかけており、傍にいた者が困惑している。

そう、これはあの日見た光景(・・・・・・・)



「秋ちゃん! 秋ちゃんッ」



美由希が必死に秋人の名前を呼び、意識を繋ぎ止めている。

それほど死にそうな顔をしていたのだろうか?

だが無理もない、実際死にそうなのだから。

自分を上から眺めているような気がする中、また爆音が響く。

今度は先ほどより近いようで、すぐ傍から聞こえてきた。

その衝撃でガラスケースに罅が入り、砕け散る。

キラキラと舞うガラスが秋人の上に降り注ぎ、また血が流れる。

しかし、秋人は無意識にアリサをかばい、ガラスで傷付かないようにしていた。

シグナムは置物を退けるために力を入れながら考える。



(魔法を使えば退けるのは容易い。だが、それでいいのか? この者たちに正体がバレてしまえば、我々はどうなる? いや、それより主はどうなる?
 ……異端は迫害されるのが通りだ。この者たちは違うだろうが、もし他の誰かに見られたら? いやしかし、このままでは……)



同じ考えがグルグルと廻り、纏まらない。

シャマルはどうにか回復魔法をかけようとしているが、他の者の目がある中できないでいた。

ヴィータは、自分のデバイスを掴み、起動させようかと真剣に考えている。



「おま……、……にげ……」



秋人が何やら呟く。

それに耳を傾けると、「逃げろ」と言っているらしい。



「そないなことできるわけないやんかっ」



涙を流しながらそう答えるはやて。

他の者も同じ答えらしく、それぞれ叫んでいる。

秋人はどうにか身体を浮かせ、アリサが出れるようにしてやり、シグナムがアリサの服を掴み、引きずり出す。

自分の下半身も動かそうとするが、それはできないようだ。

ため息を吐き、苦笑する。



「何でや……何でそんな状況で笑えるんやッ」



何を言ってるんだ?

笑えるから笑うんだから……。

言葉にして伝えようとするが、巧い言葉が見つからない。

また苦笑する。

息を吐き出し、もう一度言う。



「お前ら……逃げろ……このままじゃ、みんな……死んでしま、うぞ……」



シグナムは苦虫を噛み潰したような表情をし、はやてを背中におぶった。

キョトンとするはやてに一言、



「逃げます」



と告げる。



「何でや! 秋人を見捨てるんか!? そんなのは嫌やッ」

「私だって、辛い……!」



シグナムは唇を噛み締めており、血が滴っている。

それは苦渋の選択。

決して秋人を見限ったわけではない。

どうしようもないのだ。

今この場にいるメンバーでは、秋人を助け出すことなどできない。

ならば、他の者なら?

その一縷(いちる)の望みに縋り付くために、シグナムは逃げると言っているのだ。

シグナムの考えが分かったシャマルはアリサを背負い、先に進む。

すずかも振り返りながらそれに続いた。

シグナムも歩を進めるが、はやてに叩かれ足を止める。



「だったら……わたしをここに置いて行って」

「……できません」



シグナムの背中に額を押し付け、呟く。



「だって、友達なんやで? 初めてできた友達なんやで? もう、大事な人を失くすんは嫌や……嫌なんやッ」



必死のその声にシグナムは押し黙り、歩を進める。

その度に叩かれるが、お構いなしに進む。

恨まれようが、罵しられようが、構わない。

これが自分の願いであり、秋人の願い。

だから、今は生き延びるために逃げる。

それが、秋人の望みなのだから。



「ヴィータ。後は頼む」



ヴィータに秋人のことを頼み、シグナムは駆ける。

後は美由希となのはが逃げれば魔法が使用でき、秋人を助けることができるのだが……。

美由希はまだ諦めていないようで、必死に助けようとしている。

なのはも秋人に声をかけ続けていた。

ヴィータはイライラしながら告げる。



「お前らいい加減にしろ! ここはいいから、早く逃げろ! お前らがいても、何もできないだろうがッ」



そう言ってはみるが、二人はその場を離れようとはしない。

これでは魔法が使えない。

ヴィータの背中に嫌な汗が流れる。

だが、このままこうしていても二人は逃げないだろう。

だったら、やるべきことは一つ。



「アキト……今引っ張り出してやるからな!」



秋人の腕を掴み、力一杯引っ張る。

しかし、無情にも秋人の身体は動かないまま。

その時、またしても爆音が響く。

ミシリ……という嫌な音が聞こえ、ヴィータは天井を見た。

見てしまった。

鉄塊と化した天井が落ちてくるのを
――――




















階段を駆け下り、外が見えた。

先ほどよりも早く駆け、外に飛び出すと、冷たい風が身体を冷やす。

はやてを背中から下ろし、シグナムは火の山と化したデパートを見上げる。

泣きじゃくるはやてに近づくザフィーラは事情を解し、デパート内へと駆ける。

火の海が広がる中、ザフィーラは必死で駆けるが、途中で階段が崩れてしまっていた。

舌打ちをし、他の階段を探そうとするが、隣を自分よりも早い速度で駆け抜ける風があることに気が付く。

風は崩れた階段を物ともせずに駆け上がり、姿を消してしまう。

最初、それが何なのか分からなかった。

だが、気が付いた時には口元には笑みが現われていた。

自分も急ごうと、崩れていない階段を探し出し、駆け上がる。




















天井が崩れ落ちてくる様を、秋人は眺めていた。

このままでは四人とも死ぬだろう。

それは避けねばならない。

なのに、身体は動いてくれない。

じれったい……身体を引きちぎってでもコイツらだけは助けなければ。

そうは思うが、無理だった。

三人の悲鳴が聞こえる中、秋人は眼を閉じた。

……しかし、一向に鉄塊は落ちてこない。

不思議に思い目を開けると、そこには笑みがあった。



「大丈夫かい? 秋人君」



こんな状況であっても笑みを絶やさない人物は、一人しか知らない。



「ヴィンセント……さん」



ヴィンセントは鉄塊を背中で受け止めており、それを誰もいないところに下ろした。

轟音が響き、それがいかに重いかを表している。

だが、ヴィンセントはケロッとしており、秋人を潰している置物に手を合わせる。



「ぬ……ぬぉぉぉぉ……っ」



少しだけ浮き上がり、隙間ができる。

すかさず三人は秋人を引っ張り、解放する。

ヴィンセントは額に汗を垂らしながらも笑顔で秋人の髪を撫ぜる。



「ヴィンセントさん……何でここに……?」

「なに、嫌な予感がしてね。それに、迎えに行ったら消防車が走っているじゃないか。これは何かあったと思って急いできたのさ。そんなことより、逃げるよ」



そう言うやヴィンセントは秋人を背負い、三人に目配せすると走り出す。

途中崩れている階段などがあったが、間にあったザフィーラの案内で安全なルートでデパートから脱出した。

外に出ると救急隊員に保護され、担架に寝かされ救急車へと運ばれる。

その中にははやてもいた。

はやては涙で顔をクシャクシャにしながら無事を喜び、秋人に抱きつく。

無意識に秋人ははやての髪を撫ぜていた。

生きていることを証明するために。




















 あとがき

私はスク水フェチではありません、どうもシエンです。

今回は、前半ほのぼの
――ギャグ――後半シリアスでした。

書いてみて分かったことは
――――シリアスの方が書きやすい、ということです。

なぜでしょう?

ほのぼのも好きなんですよ?

ですが私の脳は許してはくれないようです。

困ったものです。

最後に一言。

ヴィンさん……アンタそんなキャラだったのか……?

ではまた次回お会いしましょう。



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