第十六話「麗人」










いや……おいおい。

学校どうするんだよ……。











秋人の怪我は数日で癒え、今は普通に学校生活を送れるほどに回復していた。

仲間の意味を知った秋人は以前より明るくなっており、周囲は不思議に思ったがいい変化だと受け止め、気にはしなかった。

以前よりも笑うようになった秋人に美由希は嬉しくなり、いつも傍にいるようになっていた。

なのはも前までは少し近づき辛かったが秋人の変化により、よく話しかけるようになっていた。

周囲の変化に戸惑っている秋人。

彼はまだ、自分が変わったからとは気付いていない。

そして変わったといえば、八神家に集まるメンツも少しだが変わった。

ヴィンセントがその輪に加わったのだ。

時折おかしな行動をするヴィンセントだが、八神家のメンバーは温かく受け入れた。

秋人は鬱陶しく思っていたが、それは父親が子供の友達の輪に入っているような違和感だったので、さして気にしない。

むしろ自分の父親と言ってもいい人物があの温かい家庭に加わったのを喜ばしく思っていた。






梅雨が明けた休日。

その日はなのはが八神家に遊びに来ていた。

なのはの友達であるアリサ・バニングスと月村すずかも共に。



「で? 何でアンタが此処にいるわけ?」



アリサは秋人の顔を見るなりそう言い放った。

以前高町家に遊びに来ていた時に顔を合わせているので、これが初対面ではないのだ。



「居ちゃ悪いか?」

「ええ、悪いわね。大体ね、女の子ばかりの家に男のアンタが居るのがおかしいのよ」



確かに的を得ている。

八神家には女性が四人、男はザフィーラだけだ。

しかしザフィーラは狼形態になっている為カウントされていない。

ヴィンセントも外へ行っている為この場にいる男は秋人だけだ。



「俺がどこにいようとお前には関係ないだろ? 一々口を出すなよ」

「何よその言い方! このハーレム至上主義者!」

「なっ……! 俺のどこがハーレム至上主義者だと言うんだ!」



アリサは周りにいる人間を眺める。

そして「はっ」と鼻で笑った。



「この状況でそう言えるの? 女の子が五人、女の人が二人。そして男のアンタが一人」



その言葉で秋人も周りを見渡した。

なのはにはやて、アリサとすずか、そしてヴィータの女の子五人。

シグナムにシャマル
――ザフィーラは目に入っていない――の女性二人組。

……そして男の自分。

その場に直立し、そして床に膝を着き項垂れる。

アリサは勝ったと言わんばかりに小さい胸を反らし、誇らしげだ。

見かねたすずかが間に入ってくれる。



「あ、アリサちゃんそのくらいにした方が……。秋人さんだって悪気があった訳じゃないんだし。それにハーレムは男の夢だって言うじゃない」



決して悪気があるわけではないのだが、アリサの『ハーレム至上主義者』という言葉を肯定するような言い方に秋人はさらに落ち込む。

指で『の』の字を書くほどだ。



「すずかちゃん……それフォローになってないよ。秋人お兄ちゃんも落ち込まないでよ」



なのはの励ましの言葉は、今の秋人には届かない。

秋人の肩には黒い(もや)が浮かんでいるように見える。

今にも不浄霊が寄ってきそうな雰囲気だ。

そんな秋人にはやては近づき、軽く肩を叩いた。



「大丈夫や。秋人にはそんな度胸あらへんから」



それがトドメとなった。



「フッ……フフフフフ……」



ゆっくりと立ち上がり、額に手を当て笑う。



「ハハハハハ……アッハハハハハハハッ……!」



大声での哄笑。

目尻にはうっすらと涙が滲んでいる。



「壊れ……ちゃった?」

「むしろ認めたからじゃない?」

「秋人お兄ちゃん……」



なのはの心配の声をよそに、秋人は壊れたテープレコーダーのように延々と笑い続ける。

そんな秋人にはやては近づき一言。



「近所迷惑やからやめような」

「……うん」



素直に言うことを聞いた秋人にはやては笑顔を見せる。



「ほら泣かない。男の子やろ?」



ハンカチを手渡され、それで涙を拭った。

元に戻ったことによりなのはは安心した表情をし、アリサはつまらなそうな顔、すずかはどちらともとれる曖昧な表情をした。

とりあえずしておくことはしておこうと思い、秋人はアリサに近づく。

アリサは秋人を見上げ、何かを言いたそうにしている。

秋人は右拳を振り上げ頭部を叩いた。

ゴンッと鈍い音が響き、アリサは涙目になりながらしゃがみ込み、痛みを発している頭部を抑える。

やがて痛みが引いていくと、ゆっくりと立ち上がり秋人を睨む。



「な……何するのよ!!」

「何でもない。ただムカついただけだ」



しれっと言い返すが、アリサは納得がいかないようだ。

顔を真っ赤にして何かを捲くし立てるが、秋人は適当に相槌を打ってかわした。

ぜぇぜぇと息を吐くアリサ。

秋人は勝ったとばかりに誇らしげに笑みを浮かべ、目を瞑る。

その態度が気に入らず、アリサはまた吠える。



「まあまあ。その辺にしておきましょう? せっかく遊びに来たんですし。ね?」



このままでは泥沼だと判断したシャマルが二人の間に入り、諌める。

シャマルの柔らかい物腰に感化されたのか、アリサの怒りはなりを潜めていった。

……まだ燻っているが。

「ふんッ」と鼻を鳴らすと、アリサははやての部屋へ行こうとみんなに進言する。

この場にいてもまたケンカになるだろうと思ったなのははすぐに頷き、すずかは残念そうに頷く。



「ほんなら行こか。こっちや」



はやてを先頭に、四人娘はリビングを後にした。

去り際にアリサが秋人に向い、舌を出して威嚇していたが。



「フフン。俺の勝ちだ」



そう言う秋人を、シグナムたちは冷ややかな、呆れたような視線で見つめていた。

……ある一人を覗いて。






時刻は二時過ぎ。

なのはたちはまだはやての部屋に籠っている。

よほど話が弾んでいるのか、時おり楽しそうな笑い声が聞こえる。

今八神家には、はやてたちを除くと秋人しかいない。

シグナムは念の為と病院へ行き、シャマルは買い物へ出掛けてしまった。

ヴィータとザフィーラは散歩だ。

ザフィーラは嫌がったが、犬には首輪をつけ飼い主が同伴するのが散歩だと言うヴィンセントの言葉に従い二人で出掛けたのだ。

最後まで狼だと言い張っていたザフィーラの背中には、哀愁が漂っていた。

秋人はすることがないので、適当にテレビをザッピングしたり雑誌を読んだりしていたが、さすがに飽きてきた。

大きな欠伸をすると、玄関が静かに開いた。

誰だろうと考えると、ガサガサとビニールが音を立てているので誰かはすぐに分かった。



「ただいま帰りました〜」



大きな袋を両手に下げ、シャマルがリビングに入ってくる。

その袋をテーブルに置き、シャマルはソファに座り込んだ。



「お疲れ。麦茶でも入れようか?」

「あっ、お願いします」



秋人は立ち上がり、シャマルが買ってきた食材や日用品を分別してから冷蔵庫を開け麦茶を注いだ。

渡すと、シャマルはごくごくと一気に飲み干してしまった。



「はぁー。暑い日には麦茶ですよね」



外では梅雨が明けたばかりだというのに、気の早いセミがもう鳴いていた。

シャマルは暑そうに胸元の服を伸ばし、内側に空気を入れている。

秋人は思わず唾を飲み込んだ。

だが、じっと見ていては怪しまれると思いすぐに視線を逸らす。

心臓は早鐘のように鳴り響いている。

顔も赤くなっていることだろう。

秋人の様子をおかしいと思ったのか、シャマルは服を元に戻し立ち上がった。

見ていたことがバレ、怒っているのだろうか?

首を向けようとしたが、できなかった。

身体が頭とか関係なしに動かないのだ。



(いや、落ちつけ。全部見えたわけじゃない。上の部分が見えただけだ、そう上の。上……)



先ほどチラリと見えてしまった白いふくらみが脳裏に蘇る。

途端に頭から湯気が出そうになり、慌てて頭を振る。

だが、そう簡単に消えてはくれないようだ。



(見てない。ぶ、ブラジャーなんて見てない。その下なんて想像してない!)



心の中で自分に言い聞かせる。

しかし、鼻の奥がジンジンと熱くなってきている。

このままでは鼻血を吹いてしまうと思い、上を向き窓の外を眺める。

空では白い雲がゆっくりと流れていた。



(あ、悪循環だ……)



このまま堂々めぐりになってしまうのかと思われたが、それはこの声によって遮られた。



「秋人さん」

「は、はい!?」



思わず声が上ずってしまう。

その態度が可笑しかったのか、シャマルはクスクスと笑う。



「どうしたんですか? そんな声を出して」

「いや……何でもない」



シャマルは首を傾げるが、それは一瞬のことだった。

すぐに笑みを含んだ表情を見せ、此方に近寄り話しかけてくる。



「アリサちゃんと仲直りしたくありませんか?」

「仲、直り……?」

「ええ、仲直りです」



手を伸ばせば届く距離にまで近寄り、耳元で話しかけてくる。



「私の言う通りにすれば、仲直りできますよ」

「別に仲直りなんかしなくても……それにケンカしているわけじゃ……」

「でもこのままだと、はやてちゃんは悲しむでしょうね」



はやてが悲しむ。

この言葉を聞いた途端、秋人は動かなくなった。

俺とアリサの仲が悪いとはやてが悲しむ? という考えが頭の中を駆け廻る。

その考えを読み取ったのか、シャマルはここぞとばかりに押し寄ってくる。



「どうします? 仲直りしますか?」



しばしの逡巡の後、秋人は頷いた。

ニヤリ、とシャマルは笑みを形作る。

背中に回していた手を胸元に持ってきて、手に持っているものを見せる。



「これを使えば万事解決です!」

「……何だ、それ?」



シャマルが持っていたのは、ヘアカラーと書いてある十五センチほどの箱だった。

しかも金色。

……嫌な予感がする。



「染めましょう」

「……何で?」

「ビックリさせるんです。驚いているところで謝れば、笑って許してくれます。それで簡単仲直り! しかも金色ですから、アリサちゃんと同じ色です」

「……お前ともな」

「いやん。私とお揃いで嬉しいんですか? もう、秋人さんってばおませさんなんですからぁ」

「……わけ分からん」



シャマルは何が嬉しいのか、その場でくねくねとくねっている。

秋人は呆れてため息を吐いた。

しかし髪を染める……それで本当に仲直りなどできるのだろうか?

だが、髪を染めるのは拙い。

学校があるからだ。

髪を染めても関係ない不良ならまだしも、秋人は奨学金で学校に通っている。

奨学金止められてしまえば、学校に通うのは不可能になってしまう。

それだけは駄目だ。

せっかくシャマルが考えてくれた案だが断ろう。

シャマルに断わりと詫びを入れようとしたところ、シャマルは考えを呼んでいたのか不敵な笑みを浮かべていた。



「大丈夫です。秋人さんの考えはお見通しです。これはヘアマニキュアですから落とせます」



退路が絶たれてしまった。

しばらくその場に突っ立っていたが、やがてソファに座り、ため息を吐き頷いた。



「どれくらいで出来るんだ?」



この時、秋人は気付かなかった。

シャマルが何かを企んでいる笑みを浮かべているのに。

気付いていればあんな事にはならなかっただろう。



「何分初めてですので、少し時間がかかるかもしれません」

「そうか……じゃあ、俺は出来るまで寝てる。後は頼む」



云うや否や秋人は眼を瞑り、眠りに落ちた。

眠っている秋人に、シャマルは笑みを浮かべたまま語りかける。



「おやすみなさい。起きたら秋人さんは別人になっていますよ……」




















夢を見た。

女性がいる。

その女性は、何も映していないような瞳で此方を見つめていた。

声をかけようとしたが、声が出ない。

何故? と考えると、それはすぐに分かった。

腹部から血が出ている。

ああ、と思い出す。

銃で撃たれたのだ。

この女性を庇うために自らを盾にして、撃たれた。

他にもっといい案があっただろうに、あの時はそれしかできなかった。

何とも愚かなのだろう。

苦笑する。

その笑みを見たのか、彼女は小さな声で呟く。



「何故……笑えるの?」



何を言っているのだろう?

笑えるんだから笑うんだから……。

言葉にして伝えようとするが、巧い言葉が見つからない。

それにもし浮かんだとしても声が出ないんだから伝える術がない。

また苦笑する。



(なぁ、そんな顔しないでくれよ。笑えよ)



彼女は悲しそうな、それでいてそんな顔をしている自分が分からないような表情をしている。

まるで感情というものに初めてであった幼子のようだ。

そう、彼女は知らない。

いや、人を殺すこと以外何も知らない。

だったら、僕が教えればいい。

楽しいこと。

馬鹿らしいこと。

……笑えることを。



「ねえ、あなたは……何故人を殺すの?」




















「秋人さん。起きてください。出来ましたよ」



シャマルの声がし、夢の世界から引き戻される。

アレは誰の夢なのだったのだろう?

秋人はあんな経験をしたことはないし、あんな表情をする女性を知らない。

では一体……。

だが、寝ぼけている今の秋人に、そこまで考えるような頭はない。



「ん……出来た……?」

「はい。鏡で見てみてください」



シャマルに渡された手鏡を覗き込むと……金髪長髪の女性がいた。

美人だ。

化粧をしているが、ひいき目に見ても美人と言える人だった。

その女性は困惑した顔をしている。

秋人は寝ぼけた頭で状況を整理した。



(これは鏡。そしてここには俺とシャマルだけ。この人は……俺?)



その答えに至った瞬間、自分の服を見た。

女物だった。

秋人はシャマルに振り向き、震える声で言う。



「えっと……シャマル、これは……?」

「とってもよく似合ってますよ。本当の女性のようです」

「何で俺が女の恰好をしているんだと聞いている!」

「言ったでしょう? 驚かすって」

「だからって……」



秋人は立ち上がり、自分の姿を改めて眺める。

腰にまで届く長髪、カツラだろう。

この服は見たことがある、シャマルの物だ。

此処まで用意していたということは、秋人が承諾することを前もって分かってたということになる。

シャマルの手の上で踊らされた気分になり、軽く落ち込む。

しかも化粧までバッチリだ。

一見しただけ……いや、疑いを持ってみたとしても男性とは思わないだろう。



「女顔だというのは自覚していたが、まさかここまでとは……」

「私もここまで変わるとは思いませんでした。秋人さんって本当に女装が似合いますね」

「……嬉しくない」



本心からそう言い、ため息を吐いた。



「秋人さんってフタナリですね」



いきなり何を言うのだろうか、この(ひと)は?

呆れながら秋人は言った。



「……フタナリの意味知ってるのか?」

「え? 二つの姿を持つ人のことでしょう?」

「あってるよう、違うような……。いいか? フタナリとはだな、両性具有という意味だ」

「なるほど……えっ? 秋人さんって両性具有なんですか!? ……納得です」

「違うわっ。どこをどう聞いたらそうなるんだよ!? それに納得するなっ!」



頭が痛くなってきた。

額を押さえながらソファに座りこみ、ため息を吐く。

今日で四回目のため息だ。

ため息を吐くと幸せが逃げるというが、逃げるほどの幸せは今はない。

いい加減馬鹿らしくなり服とカツラを取ろうとするが、足音が複数聞こえてきた。

慌てて佇まいを正す。

その時、リビングのドアが開かれた。



「何や大きな声がしたけど何かあったん?」



はやてたち小学生組全員がその場に集まる。

秋人は背中に嫌な汗が伝うのを感じていた。



「あら。お喋りは終わったんですか?」



シャマルはしてやったりという表情をしたままはやてに話しかける。

はやては頷くと、見知らぬ女性(・・)に気が付いた。



「あれ? お客さん?」



シャマルに目を向け確認をすると、シャマルは「お友達です」と嬉しそうに答えた。



「いらっしゃい。わたしは八神はやてや。お名前は何て言うんですか?」



はやてたちの視線が秋人に集まる中、秋人はそっと顔を逸らした。

名前……そんなもの考えてなどいない。

相沢秋人と言ったら、はやてはどんな顔をするだろう?

もしかしたら軽蔑されるかもしれない。

いや、その前に永遠のライバル(アリサ)に小馬鹿にされるのは目に見えている。

思考を巡らせていたが、アリサの訝しむような表情にハッとし、答えないのは不自然だと感じた。

口を開くが、パクパクと息が出るのみ。

混乱した頭で何とか声を出す。



「えっと、その……あ、あい……会津秋子(あいずあきこ)ですっ」



声は裏返り、本当の女性のような声になっていた。

その為、声で秋人だと気付かれる心配はないようだ。

それにしても秋子とは……どうせなら母の名を騙った方が良かったような気がしてきた。



「そう秋子さんです。今日、お買い物に出かけた時に知り合ったんですよ。もう意気投合しちゃって」



「ね?」とシャマルがウインクして秋人に振り向くが、「え、ええ」と曖昧に答えるしかない。

嫌なこととは重なるもので、玄関のドアが開かれる。



「ただいま帰りました」

「ただいま〜」

「…………」



病院へと出かけていたシグナムと、散歩へと出かけていたヴィータとザフィーラがその場に現れる。



「あ、お帰り。どうやった? ああ、駄目やないかヴィータ。ちゃんとザフィーラの足拭かな」



シグナムは簡潔に病院で伝えられたことを伝えた。

もう大丈夫なようだ。

ヴィータはザフィーラの足を拭く為のタオルを持ってきて、足を念入りに拭いている。

もうこうなったら、盾の守護獣とは誰も思わないだろう。

そんなことを考えていると、シャマルが念話で話しかけてきた。



『今です。正体を明かして、その隙に謝るんです!』

『阿呆! いろんな奴に殺されるわ!』



そんな会話を交わしている間にも、はやてたちは話しかけてくる。

それを愛想笑いで誤魔化していると、またしても玄関が開く。

最後は言わずもがなヴィンセントだ。

この男は空気が読めないのか、すぐに、



「そんな恰好をして何をしているんだい? 秋人君」



終わった……全て終わった。

周りを見ろ、みんな苦笑いしているじゃないか。

開口一番、はやてが大笑いする。



「あはははっ! 何してるん? 似合いすぎや!」



それに釣られるように、その場の全員が笑い始める。

なのはは苦笑気味に、アリサは馬鹿にするように、すずかは楽しそうにニヤニヤしながら。

シグナムは口を抑え、漏れ出そうになる声を必死で堪えている。

ヴィータは秋人に近づき、背中をバンバンと叩きながら笑っていた。

ザフィーラは秋人を哀れに思ったのか、目を逸らしている。

だが、一番笑っているのはヴィンセントだ。

そして原因を作ったシャマルも笑っていた。

堪らず近づき頭部を思いっきり叩く。



「痛っ! な、何をするんですか?」

「分からんのか? この阿呆が!」



秋人の怒りは収まらず、何度も叩く。

しかし、一応加減はしているようで、本気で叩いてはいないようだ。

その証拠に、シャマルは笑いながら痛がっている。

秋人は馬鹿らしくなり先程から視界にチラチラと入ってくるカツラを外した。



「あ……」



シャマルを除いた全員が、ハトが豆鉄砲を喰らったような表情をしている。

その視線は秋人の頭部に向いていた。

秋人は不安になり訊ねるが、誰も答えてはくれない。

みんなの視線を追い、目線を上にやる。

白い。

白いもさもさがある。

触れてみると、それは自分の髪の毛のようだった。

シャマルを見ると、手を合わせ必死で謝っていた。

冷めた声で訊ねる。



「シャマル、これは何だ?」

「ええと……薬剤が強すぎたせいで白髪になってしまいました。すみません!!」

「ヘアマニキュアじゃなかったのか?」

「……間違えてしまいました。そうなった後に気付いてしまって……本当にすみません!!」



机に置いてあったヘアカラーの箱を手に取りよく見てみると、そこには脱色剤と書かれていた。

ヘアマニキュアは一時染色剤であり、その長所は髪へのダメージが少なく、色鮮やかで色が豊富にある点である。

また、シャンプーをする度に色が落ちるが、秋人はこのデメリットを買って了承したのだ。

そして脱色剤……今回のブリーチは色が長持ちで半永久的に染めるものであり、髪へのダメージも大きく、秋人が望んでいないことばかりだ。

頭が痛くなり眩暈を起こしそうになるが、それを何とか堪え、呟く。



「とりあえず、色を入れないと……」

「あの、やめた方が……」



その言葉を聞いたシャマルがおずおずと進言してくる。



「脱色のせいでただでさえ痛んでいる髪が、さらに痛む可能性が……。最悪抜けるかも」

「それはつまり……髪が生えそろうまでこのままか!? 学校どうするんだよっ!?」



いくら自由な風校の風芽丘学園でも、いきなり白髪になどして行ったら、問題になるに違いない。

よくて停学、最悪退学の可能性もある。

そのことを考えるだけで、目の前が真っ暗になっていく気がした。



「どうしよう……あの学校だけ奨学金試験受かったのに……。いまさら編入する金もないってのに……」



途方に暮れる秋人にシャマルは心底すまなそうな表情をした。

さすがに今まで笑っていたメンツの表情に笑みはない。

だが、不敵に笑う男がただ一人。

そう、あの男だ。



「何を悲観的になっている。私がいるじゃないか。編入試験? その程度のお金はあるさ」

「でも、学費が……」



その言葉に、ヴィンセントは高笑いで答えた。



「フハハハハハハハ! 安心したまえ秋人君。君一人卒業させるくらいの資金は蓄えてあるっ」



開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

秋人はポカンと口を開け、呆けていた。

だが、徐々に嬉しさとわけの分からない感情が込み上げてくる。



「なんでこういう時だけ頼りがいがあるのかなぁ! ありがたいよチキショウッ」

「褒め言葉として受け取ろうっ」



その応酬を見ていたアリサがポツリと言う。



「アホだわ、コイツら……」

「そう? 面白いと思うけど」

「すずか……アンタ楽しんでない?」

「ううん、全然?」



そうは言うが、すずかの表情は満面の笑みだ。

前々から薄々感じていたが、この少女は……。



(腹黒……)



真相は、この少女にしか分からない……。






その日はそれでお開きとなった。

シャマルは最後まで謝っていたが、半分は気がつかなかった自分のせいだ。

秋人は苦笑して、「もう、謝るなって」と言い、八神家を後にした。

家に帰ると、試練はまたしても待ち構えていた。



「あ、秋ちゃん? その頭……」



いつものように勝手に上がり込んでいた美由希が開口一番、触れられたくない部分を指差し呟く。

笑わないだけマシではあるが、さすがにその可哀想な子を見るような目はやめて頂きたい。



「気にするな。イメチェンだ」



そう簡潔に言うが、美由希は目に涙を溜め、ウルウルと目を潤ませていた。

何故だろう? 何か拙いことを言っただろうか?

そう思い声をかけようとすると、



「秋ちゃんがグレたー!!」



そう言いながら相沢家を飛び出していってしまった。

嫌な予感がヒシヒシとする。

その証拠に、ヴィンセントの姿がいつの間にかいない。

危機を感じ取り逃げたのだろう。

いつもながら思う。

役に立たない大人だ。

やれやれと手をすくめていると、血相を変えた恭也と士郎、そして桃子が飛び込んでくる。

美由希は桃子に抱きつき、泣いている始末だ。



「秋人、どうしてそうなった! 何か不満があったのか?」



恭也のこの言葉に、今夜は長くなりそうだと感じた。

だが、その場に駆けつけたなのはの証言によりその場はすぐに沈静化していった。

勘違いを起こした美由希に白い視線が集まり、何ともいたたまれない。

しかし、此処で手を差し伸べてはつけ上がるだけだ。

ぐっと、手を引き、出しそうになる手を引きとめる。

やがて恭也による美由希への説教が終わり、士郎が話しかけてくる。



「まあ、そう言う事情なら仕方がないだろう。学校へは、私が連絡しておこう」

「ありがとうございます、おじさん」

「いやいいよ。でも秋人君の女装姿か……少し見たかったな」

「お、おじさん……」



笑いながら「冗談だよ」と言い、四人は相沢家を去っていった。

残されたのは秋人と美由希のみ。

気まずさだけがその場に漂い、何ともいずらい。

声をかけようと口を開くと、美由希の方から話しかけてきた。



「あの……ごめんね。私勘違いして……」

「いや、俺も普段の態度が悪かったから……」



またしても沈黙が流れる。

どうにか打開できないかと考えるが、何も浮かばない。

だが、その時一筋の光明が差し込んだ。



「そうだ。じゃあ、また夕飯作ってくれないか?」

「え……?」

「お前がすまないと思っているなら、それでチャラだ。……駄目か?」



美由希は首を横に振り、笑顔で、



「そんなのでいいなら、喜んで!」



その笑顔は、秋人の胸に何かを差し込んだ。

温かいような、それでいて不安定な何か(・・)を。




















 あとがき

白髪になりました、どうもシエンです。

何故この女装ネタが浮かんだのか分かりませんが、最初から決まっていました。

……何故でしょう?

そして電撃参戦の会津秋子さん。

K○NONは一切関係ありせん。

うん、私の脳は腐っている。

ではまた次回お会いしましょう。






拍手返信

※此処に胸ハンター秋人の誕生を宣言する!

>ついに宣言されてしまった!!
というか胸ハンターって何すればいいんですか!?



※宛、シエン様>@『鋼角のレギオス』ではなく『鋼殻のレギオス』かと。
宛、シエン様>A作品の影響を受けるのは仕方ない部分があると思いますが、
作品名を間違えるのはどうかと愚考します。

>申し訳ありません。
確認を怠ってしまいました。
今後は、このようなことがないように気を付けるしだいであります。
不快な気持にさせてしまい、大変申し訳ありません。


作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。