第十三話「夢の跡」










それは知られたくなかった過去。

過去の過ち。

償い方は、未だに分からない。












周りの景色が朧げだ。

そうか、と無意識に理解する。

これは夢だ。



(なんの夢だ? これは)



夢の中で、小さな女の子が泣いている。

周りの大人達は、女の子が見えないように気にも留めない。

どうして泣いているのだろう?

男の子は近づき、女の子に話しかけた。



「どうしたの?」



女の子は涙が溜まった瞳で男の子を見上げる。

可愛い、と少年は思った。

手が勝手に動き、少女の頭に置かれる。

そしていつもしていたかのように、ゆっくりと撫ぜる。

たったそれだけで少女は泣き止み、笑顔を見せた。



「うん。泣いているより、その方が可愛いよ」



場所が唐突に変わる。

どうやら公園のようだ。

二人とも手にアイスクリームを持ち、ベンチに座っている。

少女はペロペロと美味しそうに舐めている。

少年もそれに倣い、アイスを舐めた。

ひんやりとした冷たさが舌に広がり、ついで甘さが広がる。



「美味しいね」

「うん!」



少年の問いに答える少女の口の周りには、アイスがベッタリとくっ付いていた。

苦笑しながらハンカチでそれを拭ってやる。

すると頬を真っ赤に染め、俯いてしまった。

どうやら恥ずかしかったらしい。

見た目は小さいのに、立派に女の子なんだなぁと少年は感じた。

アイスを食べ終わり、二人は遊具で遊ぶことにした。

ブランコに乗り、どちらがより高くこげるかを競争。

次にかくれんぼ。

少年が鬼をやり、少女が隠れる。

十数え、早速とばかりに探しにかかる少年。

だが、探せど探せどどこにも見当たらない。

やがて夕方となり、途方に暮れそうになるが微かに声が聞こえた。

声を頼りにそちらの方を探すと、



「み〜つけた!」



少女は蹲りながら泣いていた。

少年の姿を見るや否や抱きつき、ワンワンと泣く。

少年は苦笑しながら少女の頭に手を置き、ゆっくりと撫ぜた。

まるでいつもしているような不思議な感覚がする。



「ほら泣き止んで。今度はちゃんと見つけてあげるから」

「本当……?」



少年は笑みを携え頷いた。

その笑みを見て、少女も笑みを零した。



「うん。やっぱりヴィータは笑っている方が可愛いよ」



ああ、と理解する。

これは、ヴィータと同じ夢を見ているのだと。

一緒のベッドで寝て、抱きついているから夢の中でリンクしてしまったのだ。

では、そろそろ起きなければ。

このまま夢を見続ける訳にはいかない。

だって、あまりにも居心地が良すぎるから。

少年
――秋人――の意識はその場所から遠のいていった。




















「ん……」



まだ暗い部屋の中で目を覚ます。

頭を振り意識を強引に覚醒させると、パジャマに抱きついているヴィータの手を優しく外す。

時計を見てみると、まだ夜中という時間だ。

秋人はベッドから這い出ると、音を立てないようにリビングへと移動した。

台所で水を汲み、飲み干す。

乾いていた喉にひんやりとした水は嬉しく、すぐに空っぽになってしまった。

コップをシンクに置くと、暗闇から声が聞こえた。



「どうだい、ロリータと一緒の布団は?」

「アイツ、体温が高いから暑苦しいですよ」

「フフ、子供というものはそういうものさ。だが、そこがいいものでもある。冬場には湯たんぽ代わりにもなるしね」



……湯たんぽは世界共通認識なのだろうか?

本当は日本人なのではないかという疑問が出てくる。

だが、聞いても無駄なことだろう。

昔『ヴィンセントは本当は日本人なのではないか』と聞いたことがあったが、曖昧にはぐらかされてしまったことがあるのだ。

いつか化けの皮を剥いでやると意気込んでから早七年、一向に成果は上がっていない。



「いいものだろう。他人の温もりというものは」

「……ええ、そうですね。独りでは味わえませんよ。あんなもの」



「フッ」と軽い笑みを見せ、ヴィンセントは笑った。

反射的にムッとなるがすぐに表情を崩し、同じような笑みを見せ微かに笑った。



「さぁ、もう寝なさい。明日も学校だろう?」



秋人は頷き、二階へと引き上げた。

静かにドアノブを回し自分の部屋へと入り、ベッドへと向かう。

ヴィータの寝顔を覗き込むと、秋人は笑った。



「全く、可愛い寝顔してやがる」



そう言いながら頬を突く。

寝言らしきことをなにか言いながら、ヴィータは寝がえりをうった。

そのせいで掛け布団が剥がれてしまう。

苦笑しながら布団を掛け直してやり、秋人も布団に入った。



「おやすみ、ヴィータ」



ヴィータの髪を梳いてやり、目を閉じた。




















翌日の相沢家は、大声で満たされていた。

なにせヴィータが目を覚ました時、秋人に抱きついていたのだ。

恥ずかしさで一杯になったヴィータは秋人を殴り飛ばし、寝起きで不機嫌な秋人はヴィータに拳骨をくらわす。

そのせいで互いにヒートアップしているのが今の現状だ。



「こら! 朝っぱらからケンカしない!」

「だって!」「コイツが!」



互いの声が重なる。

仲はいいようだ。



「そんな聞きわけがない子はご飯抜きにするよ?」



底冷えする声。

本当のあのヴィンセントから発せられたのか疑いたくなるような声だ。

思わず二人の動きが止まる。



「分かったら顔を洗ってきなさい」

「はい……」

「分かった……」



バタンとドアが閉められ、静寂が広がる。

ヴィンセントが居なくなたのをいいことに、二人は肘で牽制しているが。

すると、またドアが開かれる。



「またケンカしたら……分かっているよね?」



恐怖しか呼び起さない笑み。

二人は引き攣った笑みでそれに答えた。



「じゃあ、そういうことで」



再び去ると、今度は二人とも喧嘩をする余裕がないようにぺたんと座り込み、肩で息をしている。

ヴィータは冷や汗も掻いている。



「なぁ、……あのおっさんっていつもあんなに怖いのか?」



唾を飲み込み、息を吐いてから秋人は答える。



「いや、あんなヴィンセントさんは見たことがない。……なんだかんだでいつも甘かったから」

「そうか……」



そのまま二人は座り続け、またヴィンセントの雷が落ちるまでそうしていた。




















その日の午後。

シグナムは病院へ行く為の道を歩いていた。

シャマルが一応精密検査を受けた方がいいと言ったからだ。

断ろうとしたのだが、シャマルは有無を言わせずシグナムを家から追い出した。



「全く、アイツも過保護になったものだ」



そう言いながらほくそ笑む。

これも全てはやてが主人になってのことだ。

いい変化だ、とシグナムは考えていた。



「シグナムさん?」

「む? お前は……」



恭也はシグナムを見つけると、手を上げながら近づいてくる。

しかし、その歩き方は少しぎこちなかった。



「その歩き方……どうかしたのか?」



恭也は片足を見つめ、苦笑した。



「今朝の鍛練で少し打ち身を。ですから、これから病院へ行く所です。シグナムさんは?」

「私も病院へ行く所だ。丁度いい、共に行こう」



恭也は頷き、シグナムの隣を歩く。

他愛ない話を互いにしながら歩くと、病院が見えてきた。

自動ドアを潜り、受付へ。

それを済まし、二人は椅子に腰かける。

暫く待っているとシグナムが呼ばれた。



「では、行ってくる」

「ええ。……シグナムさん」



診察室へ行こうとするシグナムを恭也は引きとめた。

振り向くと、恭也はシグナムだけに聞こえるような小さな声で、



「少し話があります。俺の診察が終わるまで待っていてくれませんか?」



真剣な表情でそう言った。

仮にも武人のシグナムは、なにかしらの覚悟のようなものを感じ取りしっかりと頷く。



















二人の身体は共にしばらくすれば勝手に治るという、なんとも医者要らずの結果だった。

二人は病院の帰り道、公園へ寄って行くことにした。

恭也が買ってきた缶ジュースを片手にベンチに座る。

缶を開けジュースを口に含むと、初夏の夕陽に照らされた身体が冷え、なんとも美味しい。

そうしてしばらく黙っていた恭也だったが、不意に口を開いた。



「シグナムさん。秋人のことをどう思います?」

「相沢?」



恭也の方を振り向くと、真剣な表情でそう問いかけているのが分かる。

秋人のことを聞くだけで、何故こうも真剣になる必要があるというのだ?

だが、その想いに答えるように言葉を選び、シグナムは口を開く。



「……よく分からないというのが現状だ。アイツは……掴みきれん」



恭也は「でしょうね」と静かにそう言ったが、「でも……」と言葉を区切る。



「アイツも程分かりやすい人間は、そうはいない」

「分かりやすい?」



そこに居る筈のない秋人を見つめ恭也は呟く。

語りかけるように。



「ええ。アイツはただ、自分の身の置き場が分からないだけなんです。どこまで他人に踏み込んでいいのか、どこまで離れればいいのかが分からない。
 だから、自分から距離を取ってしまう。自分が傷付かないように」



知らなかった。

なんとなく秋人が距離を取っていることは分かっていたが、そういう理由があるとは皆目見当がつかなかった。

だから、時折寂しそうな目で見ていたのか。



「シグナムさんは、秋人と手合わせをしましたか?」

「ああ、一度」

「その時、本気を出していなかったでしょう? 秋人の奴」



そういえば、そのような気がする。

あの時の秋人はなにか不自然だった。

精錬されているのに、不純物が混ざっているような違和感、そのようなものが感じられた。



「アイツは戦う自分を嫌悪している。……というより、できないんですよ」

「できない?」



遠くを見つめ、昔を思い出すように恭也は語る。



「昔、アイツと手合わせをしました。その時も、切りのいいところまで競り合い、そして態と負けた。けど、一度だけあったんです。アイツが本気を出したことが」



そう語る恭也の表情は、ある種の恐怖のようなものが感じられた。

唇が微かに震えている。



「あの時、偶然秋人に木刀が当たり額から血が少量出ました。そして次に気が付いた時には、俺は床で寝ていた。身体中血だらけでね」

「まさか……相沢がやったというのか?」



恭也は眼を瞑り頷く。

脱力していく自分が居ることに、シグナムは初めて気が付いた。

恭也の実力は知らないが、おそらく自分と同程度だろう。

その恭也を一度とはいえ倒してしまう秋人に、恐怖感を微かに覚える。



「あの時の秋人の顔は忘れられない。まるでアイツではない別の人物のような顔をしてました。
 俺の目が覚めると、アイツは泣きながら謝っていた。そのギャップが更に怖かった。なにを体内に飼っているのか分からない秋人に、恐怖したんです」



シグナムはなにも言えなかった。

秋人が強いことは知っている。

だが、そこまでとは知らなかった。



「アイツ、一度だけ俺に話してくれたんです。過去に起こした過ちを」



恭也の独白に近い言葉をシグナムは黙って耳を傾けた。

そして、秋人の起こした過ちに対し、怒りが沸き上がってくる自分を確認できた。



「……その話は本当か?」



自分でも驚くような冷たい声が発せられた。

戸惑いがちに恭也は頷く。

持っていた空き缶を握りつぶし、シグナムは歩きだす。

その背中に恭也は声を掛ける。



「シグナムさん。俺はあなただから話した。そして、秋人を責めないでください。アイツも反省している」



果たして、その言葉はシグナムに届いたのだろうか?

頷きも振り返りもせずに、シグナムはその場から姿を消した。



















「ん? 話し?」

『ああ、お前に聞きたいことがある。では、待っているぞ』



そう言うと、シグナムは一方的に念話を切った。

首を傾げるが、話があるのなら行ってみるしかないと判断した秋人は腰をあげ、二人に告げる。



「俺ちょっと出かけて来る」

「こんな時間にか?」



訝しげに訊ねてくるヴィータに、秋人は曖昧に笑って答えた。

ヴィンセントを見ると、ヴィンセントは全て分かっていると言いたそうな表情で頷いている。

それを答えとし、秋人は家の外へ出た。

夏が近いとはいえまだ夜は冷える。

一つ身震いをすると、歩きだした。

シグナムとの約束の場所は近くの公園。

此処からなら十分とかからない筈だ。

空を見上げると、善からぬことがあると告げたそうに、月には雲が覆っていた。




















約束の場所。

そこにシグナムは独りで佇んでいた。

近づくと、こちらを振り向く。

だが、その表情は今まで見たことがないような表情だった。

疑心と信頼。

そのような感情がないまぜになっているような表情をしている。



「どうしたんだ、こんな時間に? ああ、ヴィータのことか? アイツなら俺の家に」「聞きたいことがある」



秋人の言葉を遮り、シグナムは訪ねて来る。

今までこのようなことがあっただろうか?

シグナムは人に話は最後まで聞き、それから自分の言葉を発するタイプだ。

それなのに何故……。



「……なんだよ、聞きたいことって」



黙り込むシグナム。

自分から振っておいてなにを戸惑っているのだろう?

しばらくそのまま黙って見守っていると、シグナムは口を開いた。



「お前は、金の為に力を振るっていたとは本当か?」

「……恭也から聞いたのか?」

「いいから答えろ!」

「その前にこっちの質問に答えろ。恭也から聞いたのか?」



渋々頷くシグナム。

それを見て、ため息を吐くと懐からタバコを取り出した。

一本取り出し咥え、火を点ける。

苦々しい顔をして煙を吐き出すと、シグナムが話し始める。



「今まで私が満足する者は少なかった。その点お前は、私の攻撃を受けきった。
 後は鍛えればなんとかなると思った。例え今はまだ脆弱でも、いつかは開花すると、そう思った。本当のお前は、それ以上だったのだがな」

「そんなことは……」

「嘘ではないのだろう? 賭け試合の覇者とやらなのだろう?」



何気なく出た言葉は、即座に否定されてしまった。

秋人は言葉を失って息を呑むしかない。

シグナムは気まずい顔で視線を秋人から外した。



「高町恭也が知っていることは全て聞いた。私は、それが真実ではないのを祈るのみだ」



問いかけ、懇願するような瞳に秋人は呑み込んでいた息を吐き出した。



「全部知っているのか……そう、俺は過去に金の為に賭け試合に出て戦っていた」

「何故そのようなことを……!」

「言っただろう? 金の為だよ」



過去、賭け試合に出ることになった理由を秋人は話し始めた。

夜空を見上げながら昔を思い出すように。



「ヴィンセントさんに引き取られて俺は海外に行った。だが、ヴィンセントさんはお金がなかった。
 いつも遅くまで働き、帰ってくると泥のように眠る。そんな毎日だった。
 でも、いつも俺のことを気にかけてくれていた。自分の身体は省みない癖に、俺が怪我などをすると凄く心配していた。だから、恩返しがしたかったんだ」

「その考えは立派だ。だが、もっと他の稼ぎ口があっただろう」



タバコの煙を吐き出し、秋人は頷く。



「だがな、見ず知らずの、それも東洋人の子供に仕事を回してくれるわけないだろう? 
 俺は途方に暮れていたよ。でも、ある日電話が掛かって来たんだ。ヴィンセントさん宛てにな」



星の一点を睨むように秋人は見つめる。

あの星が憎いとばかりに。



「そいつはどこで聞いたのか知らないが言ったんだ。ヴィンセントさんに賭け試合に出ろって。でも、ヴィンセントさんはその時家に居なかった。
 そこで、俺がヴィンセントさんの弟子だといったら……そいつは手を叩いて喜んでいた。『是非出てくれ。報酬は弾もう』ってな」

「…………」

「それから毎日戦っていた。大人とだぞ? 子供の俺が。まぁ、武器の使用は禁止という枷があったからよかったが、もしなかったら俺は簡単に死んでいた」



片手を握りつぶし、自分が死んだということをアピールする。



「けど……ことが公になってしまったんだ。警察の手が回り、俺にまで届きそうになった時、ヴィンセントさんは俺を日本に逃がした。まぁ、その前に散々殴られたがな」

「……その稼いだ金は、どうしたのだ」

「いくらか貯まったら渡そうとしてた。けど、バレて計画はオジャン。渡そうとしたけど、ヴィンセントさんは受け取ってくれなかった」

「当たり前だ。そのような汚い金など、誰が受け取るものか」



吐き捨てるようにシグナムが言う。

秋人は自嘲気味に笑った。



「そう、俺は考えが甘かったんだ。そして……子供すぎた。それからだよ、戦うことに嫌悪感を抱くようになったのは。
 戦うと……どうしてもあの時のヴィンセントさんの顔を思い出してしまうからな。悲しそうなあの顔を……」

「成程……そういうことか」

「納得したか?」

「ああ、納得した。お前は救いようがない愚か者で……お前は……卑怯者だ」



そう言うとシグナムは踵を返し、その場から去っていった。

残された秋人はタバコを吸うが、タバコの煙は当に消えていた。




















 あとがき

ソウルイーターは原作の方が好きです、どうもシエンです。

今回、恭也の口よりシグナムに秋人の過去が語られました。

そしてシグナムの話とはなんなのか……この時の秋人には想像もつかなかったでしょう。

ではまた次回。






拍手返信

※シエンさん此れからも楽しみにしてます

>ありがとうございます。
これからも誠心誠意頑張りまっす!




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