第十二話「兄妹」










それは温かな触れ合い。

兄妹。

うん、悪くない。












「成程、このおっさんがアキトの師匠という訳か」



秋人が淹れた紅茶を啜りながら、ヴィータは納得いったという顔をする。

アレから場所をリビングへと移し、ヴィンセントのことをヴィータに話したのだ。

最初は訝しげに睨んでいたヴィータだったが、秋人の話を聞き終えると穏やかな表情になっていた。



「秋人君。私にもこのロリータのことを教えてくれないかい?」

「ロリータ言うな!」

「ふむ。では北欧妖○物語と呼ぼう」

「北欧……何? 何、それ?」

「それはだね、昔あったエロ
――――



無言でヴィンセントの頭部を殴る。

殴られた当人は痛みを堪えながらも笑顔だった。

ため息を吐きながら説明する。



「コイツはヴィータ。俺の知り合いの八神はやてっていう女の子のとこに住んでいる……ああもう面倒だ。
 ロストロギアから生まれたプログラム生命体だ。コイツの他に三人いる」



秋人の言葉を聞いていたヴィータは耳を疑った。

最重要機密をあっさりとバラしてしまったからだ。

動揺するヴィータ。

だが、ヴィンセントは納得いったように深く頷いた。



「成程……道理で普通の人間とは違う訳だ」

「……分かるのか?」



紅茶を口に含むヴィンセント。

カップから口を離し、話し始める。



「私は暗殺者……と言っても、前線からは遠のいているがね。それに魔導師でもある。だから気配には敏感なのだよ。それに、可愛い娘のものとなれば尚更だ」



「へー……」と感心したように相槌を打つヴィータ。

納得したらしい。

どうせ隠していても、この人にはいずれはバレてしまう。

だったら、最初から言ってしまった方がいいと判断しての発言だったのだが、どうやら正解だったようだ。

なんだかんだ言いながらも秋人はヴィンセントを信頼している。

こういう大事な話は簡単に口を滑らすような性格ではないことは重々承知なのだ。

例え普段が常識外れだったとしても。



「他に三人居ると言ったよね? どんな子たちなんだい?」

「他の奴等? 何で聞くんです?」



ヴィンセントは意外だという顔をする。



「知りたくならないかい? 思うだろう、普通?」

「そういうものですかね? まぁいいや。他の奴等は……真面目馬鹿と、近所の若奥さんと……犬です」

「おい!?」

「ふむ。なかなかユニークな集団のようだ」

「だから、おい!?」

「煩いぞ、ヴィータ。どうした? そんなに顔を真っ赤にして」



息をゼェゼェと切らしながら必死で主張するヴィータ。

大声を上げすぎた為か、咳き込んでいる。

秋人は水を一杯汲んでやり、手に渡した。

それを勢いよく飲みほし、一声。



「シグナムのどこが真面目馬鹿だ!」

「真面目馬鹿だろう? 融通が利かないし」

「じゃあ、シャマルは何で若奥さんなんだよ!?」

「雰囲気かな? あと……顔立ち?」

「ザフィーラは人間形態にもなれる! それにアイツは狼だ!」

「ほとんど犬だろ? 俺には狼には見えんし、狼というよりは眉毛犬だ」



何か言いたそうにしているが、的を得ている為なのか言い返せない。

そんな二人を見て、ヴィンセントは優しく微笑んでいた。




















アレから少し経ち、ヴィータは八神家へと帰路を辿っていた。

もちろん独りでだ。

最初は秋人が送ると言っていたが、流石に子供扱いされていると感じ断った。

だが、もう一度手を繋ぎたいと思ってしまったのも事実だ。

自分の掌を見つめる。

ほんのりと秋人の体温が感じられるような気がする。

手を繋いでいた時、周りからはどう見られていたのだろう?

男の子と女の子?

迷子の手をひくお兄さん?

兄と妹?

もし兄と妹に見られていたのなら、それはそれで嬉しい。

あんなボンクラだが、秋人が兄ならいいかも知れない。



「……って、馬鹿かアタシは」



自嘲気味にそう呟くと八神家の門を開け、家の中へと入って行く。



「ただいまー」



だが、その言葉に返ってくる言葉はなかった。

不思議に思いながら、リビングへと移動する。

誰も居ない。

いつもは誰か必ず居るのに、今日に限って誰も居ない。

出掛けたのだろうか?

しかし、書き置きなどを探したがそれらしい物は見当たらない。



「どこ行ったんだろ? ……ん?」



不意に何か物音が聞こえた。

音源を探ると、どうやら二階から聞こえてくるようだ。

階段を音を立てないように静かに上がり、音がする部屋の前までやってくる。

シグナムの部屋だ。

耳をドアに当てると何やら複数の話し声もする。

まさかとは思うが、泥棒だろうか?

もしそうならいい度胸をしている。

守護騎士の家に忍び込むとは命知らずな泥棒だ。

ヴィータは自分のデバイス
――グラーフアイゼン――を握り、ドアを勢いよく開け放った。



「こら! そこでなにを……している?」



ヴィータの視界に入ってきたのは、傷だらけのシグナムとそれを看病するはやて達。



「ど、どうしたんだ、シグナム!?」



慌ててシグナムの傍へと駆け寄る。

シグナムは苦々しい表情をしたまま、なにも語ろうとはしない。



「ヴィータちゃん、静かに。傷に触るわ」

「シャマル、これは一体どういうことだ!? ちっとも分からねぇよ!」



ヴィータの言葉を聞き、シャマルはシグナムを見た。

シグナムは一つ頷き、シャマルを促す。

ため息を一つ吐き、シャマルが口を開いた。



「鍛練をしに異世界へ行ったことは知っているわね?」

「あ、ああ……」

「その世界は、汚染物質に満たされた世界だった。まともな生物は全て死滅していたわ……」

「じゃ、じゃあ。管理局の連中か!? アイツ等にやられてたんだな!」



シャマルは首を横に振った。



「管理局なんかより恐ろしいものだったわ、アレは」



そう言うシャマルの肩は小さく震えていた。

思い出し、恐怖しているのが目にとれる。



「なんだよ……なにと戦ったんだよ!?」

「汚染獣だ」



それまで黙っていたザフィーラが口を開いた。

汚染獣。

それは全次元世界を見渡しても稀な異常生命体。

汚染物質を栄養として取り込むことのできる巨大生物であり、成長の過程で形態が変化するが、
どの形態も硬い甲殻と飛行するための翅を持ち、飛行が主な移動手段となる。

基本的に人の目の届かない場所に生息し、あまりにも危険な為、生態調査は殆ど進んでおらず謎が多い。

無論、そのルーツも謎であるが、何らかの生物が汚染物質が蔓延した環境に適応する為の進化を遂げた姿と言うのが定説である。



「汚染獣……なんでそんなのと戦ったんだ……! 勝てる訳ないだろう、今のアタシ達に!」

「だからこそだ。シグナムはより強い者と戦うことで、かつての感触を取り戻そうとした。そして失敗。それが、この様だ」



悔しそうに歯噛みし、項垂れるシグナム。

それを止めなかったシャマルも、自責の念により胸を痛めていた。



「アキトの言うとおりだった……」



ヴィータは俯きながら、絞り出すようにそう言った。



「お前は真面目馬鹿だ! 融通が利かない、大馬鹿野郎だ!」



そう言うと踵を返し部屋から、いや、家から飛び出した。




















トボトボと夜道を歩く。

どこかに当てがある訳ではない。

頼る友人も居ない。

家には、帰りたくない。

だったら、どこへ行けばいいというのだ。

そんなことを考えていると、一軒の家の前まで来ていた。



「アキトの家……」



涙が溢れた。

あった。

頼れる家があった。

それが、なによりも嬉しい。

震える指でインターホンを押す。

暫くすると、秋人の声が聞こえてきた。



「ヴィータ? なんで此処に居るんだ?」



カメラから此方を見て、秋人は驚きを隠せなかった。

何故此処に居る?

帰った筈だと考えてみるが、ヴィータが泣いているのに気付き、すぐさま玄関へと移動した。

鍵が開く音が聞こえると、秋人はヴィータの元へと駆け寄ってきた。



「どうしたんだ? こんな時間に」



秋人の声を聞いた途端、安心感からか嗚咽が止まらなくなってしまった。

えぐえぐと声を上げ泣きじゃくるヴィータ。

背中に秋人の手が回される。

お腹に額を押し当て、抱きついた。

恥ずかしさはない。

それよりも安心感が勝っている。

秋人はため息を吐くと、頭にそっと手を置いてきた。

そのままクシャクシャと撫ぜてくれる。

秋人はなにも言わず、ヴィータを抱きしめ続けた。






暫くそうしていると気持ちが落ち着いたのか、ヴィータは顔を離した。

眼が赤く腫れているが、そこは指摘しない。

とりあえず背中を押し、家の中に入れることにした。

リビングへ通すより前に、ヴィータを洗面所へと連れて行く。

蛇口を開き水を流すと、ヴィータに顔を洗うことを進める。

素直に頷き、ヴィータは顔を洗った。

濡れた顔を拭くと、少しはサッパリしたような顔つきになった。

秋人は一つ頷き、リビングへと誘導した。



「おや? どうしたんだい、ロリータ?」



ヴィンセントはソファに座りながらヴィータを見るなりそう言った。

この人はヴィータが泣いていたことに気付いている。

でも言わない。

昔からそうだった。

言いたくないこと、聞かれたくないことには極力触れない。

言いたい時に相手から言ってくれるのを待つ。

そういう優しい性格をしているのだ。



「ロリータ言うな……」



力なく言い返すヴィータだが、なにも聞いてこないヴィンセントに安心したのか少しだけ笑顔だった。

此処はヴィンセントに任せて大丈夫だろうと判断した秋人は台所へ赴き、紅茶を淹れた。



「そうかい……そんなことが」

「うん……」



ヴィンセントに安心したのか、ヴィータは家で起こったことを話していた。

微かに聞こえてきたキーワードを頭の中で並べる秋人。

シグナムの負傷。

汚染獣。

笑顔の消えた家。

どれもこれも、ヴィータにとっては深刻な問題だ。

秋人はため息を吐くと、紅茶の入ったティーカップを持ってリビングへと足を向けた。



「ほら、アップルティーだ。飲め」

「ありがとう……」



カップを手に取り、香りを嗅ぐ。

仄かに香るリンゴの香りが心に優しい。

口に含むと、下に拡がる甘みが心を溶かす。



「……泣くなって」

「泣いてなんか……ない」



そう強がるが、溢れ出る涙を見る限り嘘だと分かる。

秋人が手を頭に置き撫ぜようとすると、ヴィンセントが先に手を置いていた。

ゆっくりと秋人と同じように撫ぜる。

すると、ヴィータは押し殺していた声を上げ、泣いた。

手を背中へと回し、ヴィータを抱きしめる。



「こういう時は泣いてもいいんだよ? ロリータ?」



その光景はいつか見たことがあった。

母親が亡くなり、ヴィンセントに引き取られた秋人は慣れない地で友達も出来ずに独り泣いていた。

だが、ヴィンセントが現れると嘘のように涙が引き、泣き顔は見せなかった。

しかし、急にヴィンセントが抱きしめてきて、「私の前でも泣いていいんだよ」と言った。

それがなによりも嬉しく、大泣きしたのを秋人は思い出した。



「…………」



秋人はその光景を眺めると、台所へと移動した。

あの時の体験から、この後は腹が減ることを知っているのだ。

心を慰めるには心からの料理。

そう桃子から教わった秋人は、誠心誠意心のこもった料理を作った。




















「さて……寝るか」



時刻は零時過ぎ。

そろそろ寝ないと明日が辛い時間だ。

だが、問題がある。

秋人の家にはベッドが一つしかないのだ。



「私と一緒にソファで寝るかい?」



ふざけたことを言うヴィンセントを殴りつけ、秋人は言った。



「ん。俺がソファで寝るから、お前は俺のベッドで寝ろ。ヴィンセントさんは新聞紙にでも包まって寝てください」

「酷いっ!?」

「うるさい、黙れ。本はと言えばアンタが居なければ問題はなかったんだ。我慢しろ」

「ロリ〜タ〜、秋人君が虐めるよ〜」



「ははは……」と笑うしかないヴィータ。

だが、心は温かかった。

不愛想な秋人。

変なヴィンセント。

奇妙な組み合わせだが、何故だかホッとする自分が居る。

おかしな気分だ。

なら、もっとおかしなことを言っても問題はないだろう。



「アタシは……アキトと一緒がいい……」



言っている意味が分からず、「ん?」という顔をする秋人。

頭を掻き、頬を抓ると、夢ではないことを理解したのか驚きの声を上げた。



「いや、それは……その、でも……駄目だろ?」

「駄目なのか?」

「やぁ……常識的に?」



渋る秋人に向かい、ヴィンセントが言い放つ。



「なにを悩むことがある? 兄妹なら一緒に寝るくらいするだろうに」



全くこの人は、と言う秋人だが、ヴィータを見てみると、凄い勢いで頷いているのを見てしまった。

諦めるしかないらしい。



「分かったよ! 一緒に寝ればいいんだろ、寝れば」



その言葉を聞くと、ヴィータは跳びあがらんばかりに喜んだ。

それを見ると、秋人は苦笑した。



(全く、やれやれだ)



秋人は笑顔だった。

勿論、ヴィンセントも笑顔だった。

だが、その笑顔はどこか悲しそうだった。


















 あとがき

兄妹になりました、どうもシエンです。

ヴィータと秋人を兄妹にしてみました。

ヴィータから見たら、秋人は頼りない兄貴かなぁと思い、してみました。

フラグが立ちました(ぁ

このまま妹ENDへGOです!(ぇー

ではまた次回。






拍手返信

※シエンさんへ・・・最高です!!

>ありがとうございます。
そのお言葉だけで、これからも頑張れそうです。
最高かどうかは……アハハ(汗)




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