第四話「出会い。そして戦い」
第四話「出会い。そして戦い」
SRXチーム。
一体何のために結成されたチームかは知らないが、なかなかの実力派だとは思う。
それに、ケイスケとリュウセイは……馬が合いそうだ。
というか……合いすぎだ。
いつの間にか眠っていたらしく、重たい頭を振りながらベッドから起きると、すでに朝になっていた。
アキトはベッドから降りると、鏡の前に移動した。
「……酷い顔だ」
蛇口を捻り、顔を洗うと、幾分スッキリした表情となる。
髪を適当に指で梳き、部屋の外へ出ると、
「おわっ!?」
丁度そこを歩いていたであろう男とぶつかってしまった。
体勢が悪かったのか、ぶつかった男は尻もちをついてしまう。
「す、すまない。大丈夫か?」
「あ、ああ、すまねえ」
手を差し伸べ立ち上がらせると、男はまだ成人していないような年齢であることが分かる。
だが、それならケイスケも同じなので、たいして気にはならない。
だが、彼が着ている軍服は違うチームに所属していることを示していた。
男はアキトの顔を見ると、不思議そうな表情で眺めてくる。
「なあ。アンタ、見ない顔だよな? 新しく入った奴ってアンタのことか?」
「ああ。極東支部から配置換えになったアキト・アイザワだ」
「そうか」と言うと、男は繋いでいる手に力をいれ、固く握手をしてくる。
「俺はリュウセイ・ダテだ。よろしくな!」
軍人にしては珍しく明るい気質のリュウセイ。
それが好ましく、アキトも握手の力を込める。
「ああ、よろしく」
「そうだ。朝飯まだだろ? 一緒に食おうぜ」
「ああ、だったら、俺の部下も一緒にいいか?」
リュウセイは快く頷いてくれ、「じゃあ、俺も仲間を連れてくる」と言いその場を離れた。
それを見送り、シックとケイスケの部屋をノックする。
しばらくすると、二人は出てきた……が、その顔は酷かった。
「……寝起きか?」
「寝起きー」
「おふぁおう……」
「顔を洗え。これは命令だ」
二人は素直に頷き、部屋の中へと戻っていく。
数分後、二人は部屋から出てくる。
その顔は先ほどよりシャッキリとしているのが分かる。
と、その時。
「おーい。連れて来たぜ」
リュウセイの声がしたのでそちらに視線を向けると、リュウセイと共に男性が一人、女性が一人が歩いてきた。
三人に見覚えのないシックが秋人に質問してくる。
「なぁ、この人たちは誰だ?」
秋人が答えようとすると、リュウセイが手で制す。
「自己紹介はこんなとこじゃなくて、食堂で飯食いながらにしようぜ」
その言葉に全員が頷き、一同は食堂へと足を向ける。
軍の食堂にしてはミッド基地の食堂は広く、綺麗だった。
それにメニューが豊富だ。
これにはアキトたちも驚き、喜ぶ。
しかし、メニューが多いということは悩むということに繋がる訳であり、決めるのに時間がかかったが無難にA定食にした。
シックとケイスケもそれに倣いA定食だ。
リュウセイたちも同じ物を頼んだ。
聞いてみると、選ぶのが面倒くさかったらしい。
食事を受け取り、開いている席に移動し座る。
食事を開始する前に、まずは先ほどしかけていた自己紹介をする。
「まずは俺からだな。俺の名前はリュウセイ・ダテだ。リュウでいいぞ。階級は曹長だ。よろしくな。ほら。次はライいけよ」
リュウセイに促される形となり、ライと呼ばれた男はため息交じりに自己紹介を開始する。
「ライディース・F・ブランシュタイン。階級は少尉です」
「長いから、ライでいいぞ」
「おい」
「何だよ。本当のことじゃねえか」
「こら、ケンカしないの。ごめんなさいね。この二人はいつもこうなの」
見かねたのか、最後の女性が仲裁に入り、なんとかその場は収まる。
そして女性は、コホンと一つ咳払いをすると、胸に手を当てながら自己紹介を始めた。
「私はアヤ。アヤ・コバヤシよ。階級は大尉で、この三人のチーム、“SRXチーム”のリーダーでもあるわ」
「SRXチーム?」
聞いたことのないチーム名に疑問を覚え秋人は質問をするが、詳しくは言えないとのこと。
なるほど、軍規に触れるほどの重要なチームらしい。
リュウセイたちSRXチームの紹介が終わったことにより、今度はこちらの番となる。
「シック=クローツェル。階級は准尉。趣味は、絵を描くことかな?」
「俺はケイスケって言います。ケイスケ・マツダ。階級は軍曹です。ほら、最後秋ちーいけよ」
秋ちーと呼ばれたことに少しムッとするが、堪えて口を開く。
「アキト・アイザワ中尉だ。所属部隊は今のところないが、イングラム少佐の元に配属されることになった。よろしく」
「アキト・アイザワ……?」
秋人の名前を聞いたライディースは顔をしかめる。
その顔を見て、秋人はここでもか……と苦笑した。
どこへ行っても、何年経っても、『命を無視された戦士』という呪われた称号は付いて回るらしい。
秋人の表情に気が付いたシックは、なんとか話題を変えようと口を開く。
「そう言えば、ライディース少尉のファミリーネームのブランシュタインって、あの名門の?」
空気を変えようと振った話題だったが、今度はライディースの表情が曇る。
しばらく黙っていたライディースだが、やがて口を開き、静かに、
「俺はブランシュタイン家とは一切関係ない」
またしても重苦しい空気が流れる。
耐えきれなくなったリュウセイが口を開く。
「そ、そういえば知っているか? バーニングPTって、軍の適性を図る役割もあるんだぜ。俺はそれで軍にスカウトされたんだ」
「え? リュウセイもか? 俺もバーニングPTやってて軍にスカウトされたんだ!」
「おっ。お前もか! 奇遇だな!」
「同じスカウト組だな。仲良くしようぜ! ほら、お前らも難しい顔していないで仲良くしろよ」
どうやら同じゲームをやっていてスカウトされた者同士気があったようで、ケイスケとリュウセイはもう名前で呼び合っていた。
これにはムッとしていた二人も苦笑してしまう。
空気が緩和されたことにより、改めてとアヤが話を切り出してきた。
「私たちは、ある理由からミッド基地に配属になったのだけど、あなたたちはどういった経緯で?」
『ある理由』という言葉が引っかかったが、それは前述したSRXチームと関係があるのだろう。
その疑問にはあえて触れずに、アキトは簡単に説明した。
「そう……南極でも事件が切っ掛けに」
「シラカワ博士が操縦していたグランゾンの攻撃によりこちら側の戦力は大幅に低下……補充の意味もあるのでしょう」
ライディースの言葉には納得する点があるが、アキトにはどうにも納得できないものがある。
何故、自分たちなのか。
極東基地とミッド基地の移動距離が、他の基地よりも短いから。
それもあるだろう。
そして、タイプT輸送という任務によってやって来たというものも含まれているはずである。
しかし、だったら他にも補充要員が送られてくるはずなのに、アキトたち以外に補充要員が来たという知らせは入っていない。
「臭うな……」
「おいおい。食事時にオナラするなよ」
「俺じゃねえぞ?」
「わ、私じゃないわよ!?」
そのやり取りに、ため息を吐きながらもライディースは「違う」と静かに言った。
そして最後にケイスケも違うと言い、みんなの視線がアキトに注がれる。
「ん?」
「アキト……お前って奴は」
白い視線を浴びながら、先ほどのみんなの発言を思い出してみる。
そうすると、見る見るうちに頬が真っ赤に染まる。
「違う! 断じて違う!」
「怪しいな……どう思う、リュウ?」
「アレは間違いなくやったな」
「違うと言っているだろうがッ!」
席を立ちあがり、ケイスケとリュウセイに走り寄るアキトだが、それよりも早く席を離れ逃げる二人。
相変わらずの風景にシックの笑いは止まらない。
それを初めて見たライディースとアヤは、開いた口が塞がらないのかポカンとしていた。
そして次第に込み上げてくるある感情。
「ふふ……あはははっ」
口に手を当て、笑うのを堪えていたアヤだったが、どうやら決壊してしまったらしく大声で笑った。
ライディースの方も顔を伏せ、肩を震わせている。
「追い詰めたぞ……!」
数分間の追いかけっこにより、二人は隅っこへと追い込まれてしまった。
前方はアキトが塞いでおり、横に逃げようとしても壁があるため逃げれない。
まさに絶体絶命といった感じである。
アキトはにこやかに笑みを浮かべながら拳をポキポキと鳴らしている。
二人の頬に冷や汗が流れ、背筋が凍る。
どうにか切り抜けようと頭を巡らせていると、そこに届いた冷たい男の声。
『SRXチーム。及びアキト中尉、シック准尉、ケイスケ軍曹はブリーフィングルームへ集合。
繰り返す、SRXチーム。及びアキト中尉、シック准尉、ケイスケ軍曹はブリーフィングルームへ集合』
スピーカーからはイングラムの声。
それ以上のことは告げられずに、放送はプツリと切れる。
さすがの秋人も、上官の命が下ったからにはこれ以上ふざけてはいられない。
すぐさま二人についてくるよう告げ、アヤとライディースの元へと戻る。
「一体何の用なのかしら? スクランブル要請じゃないみたいだけど」
「行ってみれば分かるさ」
そう言うとアキトは歩き出し、六人はその場を後にした。
が、先頭を歩いていたアキトは立ち止まり一言。
「ブリーフィングルームはどこだ?」
結局、アヤが先頭指揮をとる形となり、六人は無事ブリーフィングルームへと辿り着いた。
ドアの前で一礼し、アヤが答える。
「失礼します。アヤ・コバヤシ大尉。以下五名、参りました」
「入れ」
静かにドアが開かれ、そこに居たのは紛れもなくあの男。
イングラム・プリスケン少佐。
六人は空いて居る席に適当に座ると、イングラムに視線を集める。
イングラムは六人をまんべんなく眺めると、やがて口を開いた。
「お前たち六人にはこれから模擬戦をやってもらう」
「模擬選?」
一番最初に口を開いたのはリュウセイだ。
それに何故か慌てている節が見受けられる。
「な、何で俺たちが模擬戦しなきゃならないんだよ」
「不服か?」
「そんなんじゃないけど……けどなんで!」
「これは決定事項だ」
断言され、それ以上何も言えなくなってしまうリュウセイ。
黙ってしまったリュウセイの代わりに、シックが尋ねる。
「SRXチームとは特別なチームだと聞きました。それと何故、俺たちが戦わなければならないのでしょうか」
「うむ、それはだな。まずはこのモニターを見ろ」
モニターに六人の視線が集まる。
モニターに映し出された映像は、SRXチームの三人にとっては忘れることができない映像だった。
南極の惨劇。
グランゾンの一撃によって壊滅した南極支部。
そして、連邦の兵士たちの……。
「くっ……」
リュウセイは視線をモニターから逸らす。
アヤも逸らそうとしたが、できなかった。
ライディースはただ、じっと現実を受け入れている。
「これが、グランゾンの威力……」
「す、凄い……」
「こんなの……一方的じゃねえか」
アキトたちも目を逸らしたかった。
しかし逸らせない。
初めて見たグランゾンの異質なフォルム。
グランゾンの名前の通り、圧倒的な強さ。
そして――――残虐さ。
こんなものが保有されている……いや、製造できるディバイン・クルセイダーズと、これから覇権をかけた戦争をするのだ。
肌が粟立ち、震えが起きる。
恐怖している?
それとも……歓喜か。
どちらとも取れる震えを堪えながら、秋人はじっとモニターを眺めていた。
ふと、ビアン博士……いや、ビアン総帥の言葉が思い起こされる。
――――……もはや、人類は逃げ場を失った!
これほどまでの兵器を造らなければ勝てないほどの相手なのだろうか、バグスたちを操る敵とは……。
ビアン総帥は、今のままの連邦では勝てないと見切りとつけ、決起したのだろうか。
それほどまでの脅威と確信して、連邦に反旗を翻した。
(もしかしたら、ビアン博士は……)
いや、それは憶測にすぎない。
そう、自分たちと戦わせ、真実の敵が居ることを伝えようとしているなどということは。
「映像は以上だ」
そう言うと、イングラムは端末を操作しモニターを切り替えた。
どこかの孤島だろうか。
小さな島が映し出されていた。
「お前たちには、この島で模擬戦を行ってもらう」
「ちょっと待ってください!」
「何だ。アヤ」
「わざわざ実戦をしなくとも、シュミレーターを使えば済むんじゃありませんか?」
そう言われると、イングラムはある二人の男を見つめた。
リュウセイとケイスケだ。
視線を受けた二人は肩を竦ませた。
「……ここに居るある特定の者は、実戦でなければ実力を発揮できない。だからだ」
確かにケイスケはどちらかと言えば実戦向きだ。
しかしまさか、似た者同士であるリュウセイまでもとは……。
「対戦形式は、SRXチーム対秋人率いる極東基地チーム。作戦行動時間は明日の○七○○。詳しい説明は明日行う。以上だ」
そう言い残し、イングラムはさっさとブリーフィンブルームを出て行ってしまった。
残された者たちはというと――――
「実戦か……」
「……俺たちが戦うんだよな」
精神的に、まだ軍人的に適していないナイーブな心を持っているリュウセイとケイスケはボソリと呟いた。
そんな二人を励まそうと声をかけようとした秋人をさえぎり、ライディースが言い放つ。
「何をうだうだ言っている。元はと言えば、実戦でなければ実力を発揮できないお前たちが悪いのだ」
「な、何だと!? おいライ! もう一辺言ってみろ!」
リュウセイは頭に血が上り、ライディースの襟首を掴む。
しかし、ライディースは顔色一つ変えなかった。
「何度でも言ってやる。お前たちはまだ軍人としては失格だ。分をわきまえろ」
「ライ!」
言いすぎと判断したアヤが止めに入るが、二人はやめようとしない。
互いにヒートアップしていく中、今まで黙って事の成り行きを見守っていたアキトが静かに言う。
「なら、明日の模擬戦で結果を出せばいいだけの話だろう」
五人の視線がアキトに集まる。
五人の視線を受けながらも微動だにせず、口元を歪ませアキトは言う。
「明日の模擬戦でケイスケとリュウセイが俺たち四人のうち一機でも落とせば結果として充分だ。どうだ? 悪い話ではないだろう?」
その言葉を聞いて、リュウセイはライディースの襟首から手を放し、ケイスケを見る。
ケイスケはというと、アキトの言葉に呆然としていた。
しかし、リュウセイは、
「面白れえ……やってやろうじゃねえか! なぁ、ケイスケもやるだろう?」
しかし、ケイスケはあまり乗り気ではないようだ。
リュウセイの顔から目を逸らし、ライディースたちを見つめている。
おそらくだが、リュウセイと自分は同じ程度のレベル。
そして、ライディースたちとアキトたちも同じ程度のレベルだろう。
だとしたら、勝てる見込みは……ゼロに等しい。
「無理だ……」
「そんなの、やってみなければ分からねえじゃねぇか! お前はやらなくても俺はやるぞ」
リュウセイの決意を聞き、アキトはニヤッと笑った。
「オーケー。ならば決定だ」
「ちょっと、秋ちー!?」
「うるさい黙れ。これは上官命令だ。問題ありませんね、アヤ大尉?」
「え? ……ええ、まぁ」
「ならば決定だ。明日、楽しみにしているぞ。リュウセイ曹長」
「おう! 返り討ちにしてやるぜ!」
その言葉を聞き、秋人はブリーフィングルームを出て行った。
その後をシックも追う。
ケイスケは……その場を動かなかった。
ブリーフィングルームを出てから少し歩いた廊下で、シックがアキトに話しかけてくる。
「いいのか? ケイスケ、かなり追い込まれていたぞ」
「そうだろうな。ケイスケはまだ軍人としては幼い。だが、やる時はやる男だ。俺はそう信じている」
「ふーん……なんだ、勝たせる気あるんだ」
シックに対し、意味深な笑みを見せるアキト。
ケイスケとリュウセイが普通に戦っては、自分たち四人には到底勝てないだろう。
だがあの手を使えば、勝てる。
そう、アキト自身が極東基地で学んだあの手を使えば。
必ず
時刻七時、輸送船タウゼントフェスラー内。
重苦しい空気が流れている。
昨日打ち解けたばかりだというのに、六人とも黙ったままだ。
誰一人として言葉を発しない。
いや、発そうとはしている者は居ることには居る。
しかし言葉は喉でせき止められ、口から出てこない。
「はぁ……」
誰かのため息。
しかし、誰が吐いたのかは分からない。
ケイスケは下を向いたまま、誰かのため息に便乗するようにため息を吐いた。
ふと、肩に温かい感触があることに気がつく。
顔を上げてみると、シックが肩に手を置いていた。
シックはSRXチームに聞こえないように小声でささやいた。
「大丈夫だって。作戦は俺たちが考えた。後は、お前次第だ」
「作戦……?」
「そう、作戦だ。対SRXチーム用のな」
ニッ、と笑みを見せるシック。
その笑みには、不安など微塵も見受けられない。
心なしか心が晴れていく気がした。
そこでイングラムからの艦内通信が入る。
『もうすぐ、演習予定地に到着する。各自パーソナルトルーパーに乗り込め』
各々重い腰を上げて格納庫へと移動し、自分のパーソナルトルーパーに乗り込む。
シックは自分のパーソナルカラーに染められた、白銀の量産型ゲシュペンストMk−Uに。
ケイスケは、アキトが乗っていた量産型ゲシュペンストMk−Uに自分のマニューバパターンを覚えている限り登録した機体に。
アキトは――――ゲシュペンストMk−UタイプTTへと。
なぜアキトがタイプTTに乗っているかというと、話は少し前にさかのぼる。
タウゼントフェスラーに搭乗する前に、アキトはケイスケ用の量産型ゲシュペンストMk−Uをイングラムに申請した。
しかしそれは却下され、アキトの機体をケイスケに譲るという結論にいたり、イングラムの独断によりアキトにタイプTTが渡された。
だが、大事な試作機、自分などが乗る訳にはいかないと言ったが、イングラムは、
「俺が要請した機体だ。ならば、俺がどのように使おうが構わない」
とのことで、アキトは渋々ながらもタイプTTを譲り受けた。
いきなり乗ったこともなく、慣らしも終えていない試作機で模擬戦とはいえ戦場に出向く訳にもいかないので、アキトはタイプTTに乗り、感触を確かめた。
少し動かしてみると、多少勝手は違うが今まで乗っていた量産型ゲシュペンストMk−Uと同じ感覚で操縦できることが分かった。
しかし、違和感も感じる。
あまりにも自分にマッチしすぎているのだ。
奇妙に思ったアキトはコンソールを叩き、機体の詳細データを確認した。
「何だ、これ……俺のマニューバパターンが登録されている?」
そこに表示されているのは紛れもなく自分のマニューバパターン。
本来乗るはずだったこの機体の主は、アキトと同じマニューバパターンなのだろうか?
……いや、それはない。
ここまで詳細に……いや、何から何までアキトと同じマニューバパターンを取っている人物など居るはずがない。
なぜならそこには、シックやケイスケとの連携パターンも登録されていたからである。
ならば導き出される答えは一つ。
「俺はこれに乗ることになっていた? では、何の為に俺たちにここまで運ばせた?」
そこまで言葉に発して、やっと気がついた。
思えばおかしな話だ。
自分たちが居た極東基地で補給をするのは構わないが、そこでDCに襲われ急遽護衛をつけることにした。
ここまではいい。
だが、なぜアキトたちだったのか。
極東基地には他にも、カイ少佐やベテランのパイロットは沢山居る。
それなのにたった二人の――ケイスケは省く――護衛で上の承認が下りるなどあり得ない。
軍の大事な試作機。
これをたった二人の、それも一癖も二癖もある連中に任せたのだ。
そしてさも偶然のようにビアン博士の反抗声明があり、イングラムの元へつくことになった三人。
何か裏があってもおかしくはない。
あの男は一体何を考えている?
(探る必要があるか……)
そこまで考え、コンソールを元に戻し、アキトは機体から降りた。
やはり、何度確認しても自分のマニューバパターンが登録されている機体。
自分の癖を全て把握している機体。
この機体に乗るということは、イングラムの姦計に乗るということに繋がるが、今はそんなことを考えている余裕はない。
探るのは、この演習を終えてからだ。
軍の機密事項に触れるような機体だ。
自分一人の力では到底分からないだろう。
こういうのに適任なのは、ケイスケの無駄なハッキングスキル。
しかし、今のケイスケにそれは頼めない。
全ては演習を終えてからだ。
アキトたち三人はSRXチームとは反対側の陣地に着き、イングラムの号令を待つ。
『ではこれより演習を開始する。各自気を抜かぬように戦え』
号令がかかった。
シックを先行させ様子を見る。
まず視界に飛び込んできたのはライディースの機体『シュッツバルト』。
シックを確認すると、両腕に装備された三連マシンキャノンを斉射してきた。
しかしそれは簡単によけられる程度の攻撃。
どうやら相手も様子見をしているようだ。
「リュウセイの性格からして、一番最初に突撃してきそうなのに」
そうは言っているが、顔は真剣そのものだった。
いくら模擬戦とはいえ、相手は試作機を任されているSRXチーム。
模擬戦用のペイント弾とはいえ、少しの油断が命取りにつながりかねない。
「さぁて……あっちはどうなることやら」
シックを先行させたのは様子見の役割もあるが、ライディースの相手をしてもらう為でもあった。
相手の性格上、危険な役割は自分がやると言うと見越してのことだったが、どうやら読みは当たったようだ。
アキトとケイスケはツーマンセルで行動し、森の中を移動している。
ここならば、相手が索敵をしてきたとしてもそう簡単には攻撃は当たらない。
だが、弱点もある。
こう視界が悪けく、身動きが取りにくければ、もし見つかった場合何も出来ずに倒されてしまう可能性もある。
もう少し移動したら森から出よう、そう判断し、アキトはケイスケに通信を入れる。
「ケイスケ。後、もう少し敵陣へ移動したら森を抜けるぞ」
しかし、ケイスケからの反応はない。
「ケイスケ。聞こえているのか?」
『え? ああ、うん。聞こえている。分かった』
「…………」
肝心のケイスケがこれでは、この作戦はどうなるか分からない。
今三人のチームリーダーは秋人だが、この作戦の要はケイスケなのだ。
ケイスケがしっかりしてもらわなければ、作戦は失敗したも同じとなる。
「ケイスケ。怖いのは分かるが、もう少し気を楽にしろ。肩の力を抜け」
『ああ……分かった』
しかし、その声は固いままだ。
「だから……気を抜けと言っているだろうが。いつものお前らしくいけ」
『いつもの俺……』
「そうだ。いつものお前だ」
しばらく黙ると、ケイスケは元気そうに口を開いた。
『そうだな。いつもの俺らしく行くか! ありがとな、秋ちー!』
「……今度秋ちーって言ったら減給だからな」
『そんな秋ちー! 横暴だ秋ちー!』
「だぁ! いつものお前に戻りすぎだ!! もう少し緊張感を持て!!」
『さっきの言葉と正反対のこと言ってるって気づいてる、秋ちー?』
「……気を抜きつつ、緊張感を持ったまま戦え」
『それって戦場の常だと思うけどさぁ。何気に難しいんだぞ?』
「分かってるよ! いいからついてこいっ!!」
『へいへい。りょ〜かい!』
気の抜けた返事を聞き、アキトはため息を吐きながらも安心していた。
いつものケイスケに戻った。
これならば、勝てるかもしれない。
先行しつつ機体を走らせていると、レーダーに映る敵機の反応。
その数は二つ。
間違いなく、リュウセイとアヤだ。
視認できる距離まで走らせ、機体の動きを止める。
二人は迎え撃つ作戦のようで、背中合わせに立っていた。
「ケイスケ。シックがあのライディース相手にいつまで持つか分からない。こちらから仕掛けるぞ」
『仕掛けるって言うけど、勝算はあるのか?』
フッと軽く笑う。
「あるわけないだろ。行くぞッ!!」
そう言うと、アキトはブースターを噴かせながら二人に駆けていった。
ケイスケも慌てて後を追う。
相手のレーダー範囲内に入り、リュウセイとアヤはこちらに気づき迎撃態勢を取り、模擬戦用に威力を落としたメガ・ビームライフルを斉射。
狙いは勿論のこと技量の低いケイスケ。
ケイスケは事前に言われた通りにアキトの陰に隠れ、アキトの動きに合わせて機体を動かす。
リュウセイは焦れたのか、アヤの前に出て攻撃してきた。
おそらく相手の作戦はこうだろう。
ライディースが様子を見て、敵が居るようなら攻撃しながら陽動し、相手を二人の元へ連れてくる。
連れてきたところで待ち構えていた二人が一斉射――――といったところだったのだろうが、その作戦は見抜いていた。
その為に、一番危険性の高い様子見という作戦をシックに課したのだ。
あの男は何事にも不器用に見えながら何かと器用に事をなす。
今もライディース相手に奮闘しているはずである。
まだもう少しは持つだろうが、相手は名門と名高いブランシュタイン家の出身。
いくら家とはもう関係ないと言っていようが、油断出来る相手ではない。
もしかしたらもう……。
いや、シックが相手ならライディースだって苦戦するはずである。
シックは味方の援護、支援に回ることが多いが、地味にコツコツと敵を迎撃する事で有名であり、実戦訓練の際も味方の援護だけをしているかと思えば、
ちゃっかりメインとなるターゲットは自分で撃破していたり、ここぞという場合は自ら突貫してターゲットを破壊して撃墜スコアを稼いだりと、
地味でありながら曲者っぷりを発揮することでも有名――部隊内で――であり、居たら居たで困る、居なかったら居なかったらで困るという『曲者』なパイロットなのだ。
さしものライディースも苦戦しているに違いない。
ならば、勝機は今しかない。
シックが時間を稼いでいてくれている間に、二機を落としてしまえばこちらの勝利だ。
ケイスケと交換したM950マシンガンをリュウセイとアヤの間に発射する。
一発一発の威力は低いが、そう何発もくらったら一たまりもないのがマシンガンの特徴だ。
読み通りに、二人の距離が開く。
その瞬間、アキトはブースターを最高速で噴かせながらリュウセイに取り付き、ケイスケはアヤに取り付く。
先ほどからの動きを見て、リュウセイの方がアヤよりも若干技量が上なのが分かっての配役だった。
『へっ。俺の相手はアキト中尉か。面白れぇ!!』
「いくら同じ機体だからと言って、油断はするなよ。リュウセイ!」
『そんなモン、戦車隊とヤッた時に分かってらぁ!!』
スプリットミサイルが発射される。
弾頭が外れ、細かなミサイルが秋人を狙ってくるが、二、三発くらっただけで済んだ。
続けざまにメガ・ビームライフルが秋人を狙ってくるが、寸でのところで避けれた。
(ほう……中々やるじゃないか)
内心驚く。
ライディースが言ってたよりも、いくらかマシな動きをしている。
しかし、まだ動きが粗削りだ。
隙がありすぎる。
M950マシンガンを相手の右足を狙って発射。
何とか避けようとしているが、いかんせん相手が悪すぎる。
呆気なくつかまり、機体はペイントだらけになってしまった。
「ふぅ……さて、あっちはどうなっているかな?」
一方。
ケイスケ対アヤは均衡した戦いを繰り広げていた。
相手が撃てばこちらが避け、こちらが撃てば相手は避ける。
このまま続けば、ライフルのエネルギーがなくなり攻撃手段がなくなってしまうのはアヤの方だろう。
模擬戦の直前にアキトに貰った情報によると、タイプTTにはジェットマグナムは搭載されていないらしい。
しかし、こちらにはそれがある。
近接距離に持ち込まなければならないが、それが当たればいくら最新鋭機だろうと一撃で倒せるはずである。
何とか近距離線に持ち込みたいが、アヤは後退しながら撃ってくる為それができない。
ジリジリと、少しずつ焦ってくる。
早く仕留めなければ不利になるのはアヤの方のはずなのに、ケイスケは焦っていた。
不意に、アキトの言葉が思い出される。
――――いつものお前らしくいけ。
その言葉を思い出した瞬間、フッと肩の力が抜けた気がした。
ナチュラルに操縦桿を握り、射撃。
すると、少しだけだがアヤにかすった。
そのことで動揺したのか、アヤの動きが見てとれて鈍る。
今が好機と取ったケイスケは、ブースターを噴かせ接近しながらメガ・ビームライフルを発射する。
距離は二十メートルとない。
今しかない。
「ジェットマグナム、機動!!」
左腕に装着されたジェットマグナムが電気を帯び、スパークを起こす。
後、十メートル。
(取った!! ……っ!?)
突如としてケイスケの前に現れた円盤状のもの。
それは高速回転してながらケイスケ機に接触し……。
「うわぁぁぁああぁぁぁぁあああぁっ!!」
コクピット内が真っ赤なランプによって赤く染まり、モニターには『撃墜』の文字が現われる。
その文字を見た瞬間、身体から力が完全に抜け、シートに背を預けてしまう。
「あーあぁ……負けちまったぁ」
ケイスケとリュウセイが撃墜されたのは同時刻だった。
それを確認し、イングラムは全機に通信を通す。
『リュウセイ、ケイスケ共に撃墜を確認した。演習は以上を持って終了とする』
撃墜していた機体は撃墜マークが消え動けるようになり、タウゼントフェスラーへと帰還して行く。
ケイスケも渋々と機体を立ち上がらせ、スラスターで移動を始めた。
『あー……残念だったな』
モニターに現れたのは、すまなそうな表情をしているアキト。
ケイスケはついグチを溢してしまった。
「あんな武器があるなんて聞いてない」
『すまない。まだこの機体の全てを把握していないんだ』
恨めしそうにアキトを見つめるケイスケ。
その視線に耐えきれないのか、コホンとワザとらしく咳払いをするとアキトは真面目な顔つきになる。
『まぁ、正確な情報を与えなかった俺も悪いが、最後の詰めが甘かったのはお前だ。反省しろ』
「……始末書は?」
『模擬戦だそんなものはない。それにお前は良くやった方だ』
「ならいいや。あーあぁ! 今度は絶対勝つ!!」
その様子がケイスケらしく、秋人は苦笑した。
タウゼントフェスラーに帰還し、機体から降りた二人を待ち構えていたのは、情けない顔をしたシック。
二人の顔を見るなりシックは、
「俺一人にあんな役をさせるなんて……お前は鬼か!?」
どうやら相当苦戦したらしい。
チラッとライディースを横目で見てみると、額には汗が光っていた。
なるほど、二人とも善戦したらしい。
「あー、分かった分かった。今度飯でも奢るから許せ」
「絶対だぞ? 誤魔化したりしたら許さないからな!」
「なぁなぁ秋ちー、俺は?」
「お前はなし」
「そんなぁ! ひっでぇ!!」
情けない顔をした二人を見て、アキトは苦笑した。
そんな三人の元に、SRXチームの三人がやってくる。
「引き分けだけどお互い良い勝負だったわ」
「いえ、こっちも勉強になりましたよ」
アヤが差し出してきた手を握り、握手をする。
「今回は良い勝負だった。だが、次は負けん」
「お手柔らかにいこうぜ?」
シックも、ライディースが差し出してきた手を取り握手をする。
「あー……」
「うーん……」
ケイスケとリュウセイは互いに唸りながら、何も発しようとしない。
大見えを切った手前、恥ずかしいのだろう。
リュウセイは一度目を瞑り、開いた時にはいつもの顔に戻っていた。
「今回は二人とも負けちまったけど、次は絶対に勝とうな!」
「……ああ!」
ガッチリと握手を交わす二人。
と、突然響き渡る警報。
「っ!? 緊急アラーム!?」
警報はしばらく鳴り響き、止んだ時を見計らってイングラムからの艦内通信が入る。
『佐世保基地が、DCの攻撃を受けているという報告が入った。各自、機体の武装を実戦用に換装次第、我々は佐世保基地へと向かう。以上だ』
プツリと通信が途絶える。
その報告を受けた秋人たちの肩は、ワナワナと震えている。
佐世保基地は――――アキトたちが居た基地だ。
あとがき
引き分けでした、どうもシエンです。
やはり、戦闘シーンは難しいです。
今回は身に染みました。
次回はアキトたち三人の古巣、佐世保基地襲撃がメインです。
では、また次回お会いしましょう。
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