〜その笑顔が見たくて〜
〜
In the white world 〜episode 7
翌日。朝の食卓は重苦しかった。無言。朝のニュースに出ているアナウンサーの声だけがダイニングキッチンに流れる。いつもなら、朝は3人、他愛の無い話をする。昨日は夕食を取らなかった。彼女と顔を合わせたくなかったのだ。その時にあの時の話を聞いたのか、単に空気を察しただけか、姉さんも話そうとしない。姉さんが話さなければ、あとの2人に会話があるはずも無く。無言の朝はゆっくりと過ぎていった。
そそくさと逃げるように家を出る。姉さんはまだ部屋から出てきていない。いつもならば駅まで一緒に行くのだが、今日は一緒に行きたくなかった。1人で駅に行き、いつもとは違う―――姉さんが乗る位置からは死角となる―――場所から電車に乗った。
電車が発車し、東のいるはずの車両まで移動しようとした。しかし、止めた。どうせ駅に着けば会えるし、学校に行けば否応無く会えるだろう。無理に人ごみを掻き分けていく必要はないと思った。
そのうち、学校の最寄駅に着き、ホームに降りる。すると、2つ向こうの車両から定期を持った東が降りてこちらを見つけたのか、こっちに歩いてきた。
「どうしたんだ?いつもと違う車両に乗ったりして。今日は休みかと思ったぞ。」
薄ら笑って言う。理由は大方見当がついている顔だった。
「姉さんと鬼ごっこをしててね・・・。」
「んなわけねぇだろ。まあとにかく、歩こう。行く途中に話を聞こう。」
俺のボケをあっさり流して、改札へと歩いていく。俺はその後ろについていった。
改札を出て、それでも口を開かない俺に、東は促すように言った。
「昨日、何があった?」
「・・・・・・」
図星。そう言い当てられて、軽く口をあけて東の顔を見る。
「図星か。どうして昨日とわかった?って顔だな。分かるよ。付き合いは短いが、おまえのことはよく分かっているつもりだ。分かりやすい性格してるしな。」
ははは・・・と東が笑い、
「よかったら話してくれよ。よっぽどのことがない限り人には話さない。約束する。」
こいつのよっぽどはほぼ全ての事象に値するのだが、話さないでいるのはつらい。それに東なら・・・馬鹿にはしないだろう。そう思った俺は、東に全てを打ち明けることにした。
「実は―――」
ゆっくりと話し始めた。ただ、身内ではない誰かに聞いて欲しかっただけかもしれないが。
俺は、全てを吐き出すように話した。土曜日に誘われたこと。瑠璃ちゃんが好きだったこと、告白したこと。そしてフラれたこと。全て。
全てを打ち明けると、胸の奥から何かがこみ上げてきた。
「つまり・・・玉砕か。」
「あっさり一言の下に片付けないでくれないか。」
涙声になっていた。
「お、おい・・・泣くなよ・・・」
「泣いてない。気持ちの整理が出来てないだけで、これは目にゴミが入ったんだ。」
自分でもよく分からないことを言う。東は黙ったまま。
暫し2人は俯いたまま時間が過ぎる。辺りに同じ学校の生徒が増えてきて、校門の前に着いた時、東が口を開いた。
「言おうかどうか迷ったんだが・・・やっぱ言うことにするわ。」
校門より少し手前の塀に寄り掛かる。校門を見る目は、まるでその先に獰猛な野獣がいるかのような目をしていた。自然と俺も東の横に寄り掛かる。
「土曜の日な。俺・・・瑠璃ちゃんを見たんだ。別に変な場所じゃない。駅前のスーパーの前だ。たまたまそこの駅前に用があってな。そしたら、この学校の制服を着た・・・俺たちと同じ学年の女子が、瑠璃ちゃんに声をかけてたんだ。なんて言ってたかは分からなかったけど、瑠璃ちゃん、困ったような微妙な顔してた。その女子は、言うだけ言ったらどこかに言ってしまったけどね。」
土曜日なら、瑠璃ちゃんに誘われた日だ。その1時間程前に瑠璃ちゃんはその女子に会ったことになる。一体その時に何があったのか。
「片桐、今なら帰れるぞ。先生には来る途中で調子が悪くなって帰ったと言っておいてやるから。」
「いや、いい。気持ちは嬉しいが止めとく。家に帰っても彼女と2人きりというのはちょっと・・・」
東は、「それもそうか・・・」と呟いて、校門をくぐった。俺も後についてくぐる。1限目は古文だったはずだ。
そしてチャイムが生徒玄関に入る前に鳴り響き、2人は教室へと全速力で走った。
「ぬぅ・・・。」
昼休み、俺は机の上に置いた1枚の手紙を見て唸った。俺の下駄箱に入っていた。表には、片桐 楓様と女の子の文体で書いてある。手紙の内容は、放課後に屋上へ、といったようなことが書いてあった。明らかにあれ系統の手紙だった。
「行けばいいじゃないか。」
東が無責任に言い放つ。
「だから・・・嬉しいような、悲しいような・・・って言わなかったか?」
フラれた翌日にあれ系統の手紙。個人的には行きたくないのだが・・・
「じゃあ俺も行ってやるよ。」
「何でそうなるんだ!?」
「・・・気になるんだよ。何か引っかかるんだ。第6感っていうのか、そんなものが何か嫌な空気を感じ取っているんだ。」
急に真面目な顔になって言う。
「・・・気付かれないようにしてくれよ。」
「それは分かってる。」
軽く片手を挙げて、了解、と意思表示する。そして始業5分前の予鈴が鳴る。
・・・こいつ、いつもどこかでヘマかますからなあ・・・
何処となく心配が残る。やがて5時間目の英語Uの先生が来て授業が始まった。
放課後。グラウンドではみんな部活に精を出している。一部帰宅部なるものが頑張って家へと歩いているが。実を言うと俺もそれの1人なのだが、今日はこのことがあってここに来ている。東はどこかに隠れて聞き耳を立てているはずだ。
屋上には誰もいなかった。ドラマとかだと、既に相手がここで待っているのだが。まあいい。俺は手すりに寄り掛かって空を見た。
青空。雲ひとつ無い、とまではいかないものの、雲は少なく、それが日の光に映えていた。少しその景色に感動していると、屋上の扉が開く、重苦しい音。
首を元に戻し、屋上に出た人物を見る。実はまだ来ていなかった東・・・ではなかった。知らないこの学校の女子生徒。まあ、ここは学校だから当たり前なのだが・・・、2年。俺と同じ学年。それなのに顔を見たことも無かった。いや、見たことがあって、覚えていないだけなのかもしれない。
小さな顔、清楚な感のある肩の辺りに切りそろえた黒髪、少し高く、形のいい鼻、口。しかし、目には威圧的な意思が感じられた。その目が何か彼女のイメージを壊している、とまで感じられる。しかし、美人、という部類に入ることは間違いないだろう、それぐらいの顔立ちだった。
「片桐・・・さん?」
彼女は少し顔を傾けて訊いてきた。俺はそれに声で答え、頷くことで答える。
それを見て、彼女は軽い安堵の溜息をし、
「私は・・・水上・・・水上茜といいます。横・・・いいですか?」
俺はそれに再び頷いて答える。
彼女―――水上さんは、俺の横に来て屋上からグラウンドの向こうの町並みを見ながら、
「今日は、こんなところに急に呼び出したりして・・・すいません。あと・・・来てくれてありがとう。」
彼女は心なしか緊張しているようだった。
「いや・・・」
そこで俺はそこで始めて口を開いた。彼女はそれを訊いて少し緊張が和らいだのか、
「たぶん、予想はついていると思うんですけど・・・」
その言葉の中には、うっすらと微笑が浮かんでいた。俺はその言葉にも黙したまま答えない。
「私と・・・付き合って欲しいんです。1年の合唱コンクールの時に、あなたがピアノを弾いているのを見て、それで・・・」
彼女はそのまま俯いてなにやらもごもご言っていたが、それ以降は聞き取ることが出来なかった。
彼女がゆっくりと顔を上げた。気が付けば何も喋ってはいない。もごもご言っていたのが終わったことに俺は気付いていなかった。彼女はしばらく待っていて、俺が何も喋らないのに不安になって顔を上げたのだろう。その証拠に、彼女の顔には不安の色がこれでもかといわんばかりににじみ出ていた。
おそらく今、東はどこかの影で頭を抱えているだろう。この男は何をしているんだ、と。
それでも俺は喉から声が出ずにいた。その俺の顔を、不安を精一杯隠した顔で見る水上さん。
そして・・・
「ごめん・・・な。」
出た言葉はそれだった。彼女が嫌い・・・な訳でもない。好きという感情まで届かないというか・・・男として彼女を見れないのだ。
彼女は黙ったままで、何か悪いことしたかな、とも思い始めてしまい、早々にこの場から立ち去ろうとした。東もいることだし、早く解散してしまおうと思った。まあ、彼女が屋上から去らなければあいつは一向に屋上から出ることが出来ないのだが。そして屋上の扉に手をかけたそのとき。
「やっぱりあの金髪の女の子が好いの・・・?フラれたのに・・・?」
その言葉に、屋上の扉を開く手を止めた。ゆっくりと彼女の言葉の意味を解析し、彼女を凝視する。
水上さんは、俺の顔を見て、1歩引こうとするが、後ろは屋上から落ちないように少し高めに作られた手すりがあるため、後ろには下がれない。それほど怖い顔をしているのだろうか・・・?
「それは・・・どう言う意味かな・・・いや、どうしてそんなことを知っているのか・・・まずそれから訊こうか。」
彼女は、雷撃にでも打たれたように硬直し、俺の目を見たままもごもごと口を動かす。
「それは、瑠璃ちゃんに片桐に告白されても断るような言葉をあの日に言ったから・・・いや、吹き込んだ、といったほうが正しいかな・・・?」
答えたのは、水上さんではなく、東だった。俺の左手後方にあるポンプの後ろに隠れていたようだった。あまり広くも無い屋上で、野球部の声しか聞こえないようなこんな場所では、屋上のどこにいてもここの会話は聞き取れる。俺はてっきり彼女のすぐ横にあるボイラーの影だと思ったのだが・・・だからあの場所に彼女が来るようにしたというのに。期待を裏切りおって・・・。そんなことはまったくどうでもいいのだが。
水上さんは、さらに追い討ちを食らったような顔をして、俺と東を目で交互に見る。この間も体が硬直しているのか、顔も動かずに眼球だけが動いている。
しかし、その東の言葉には俺も驚いた。俺も思わず東を見る。
「そうだよな?」
東は水上さんにそう確認をする。彼女の視線は、どこか青空の彼方を泳いでいた。まるでありもしない答えか、または助けを求めるように。しかし、東は無常にもその彼女に追い討ちをかけるように口を開く。
「俺もあんたの名前は今ここで初めて知った。でも、俺はあんたを土曜日の日、駅前のスーパーで瑠璃ちゃんと会って話をしているところを見た。それがどういう意味か・・・分かってるよな?」
水上さんは、口が「あ」と「う」の形に交互に動いている。それにも構わず東はなおも続ける。
「それに・・・片桐がフラれたことも知っているってことはあんた、昨日、片桐たちを尾行してただろう?あの公園まで。」
明らかに彼女の顔は「何であなたがそこまで知っているんだ!?」と切実に告げていた。それを読み取ってか東は、確実に追い込むべく、さらに言い募る。
「どうして知っているか?って顔だな。教えてやるよ。それはな、かたぎ―――」
「もういい。止めろ。」
止めたのは、彼女の叫び声ではなく、俺の声だった。
「答えは彼女の顔で全て分かった。それに俺はそこまで深く知るつもりは毛頭無い。悪いが、そこで勘弁してやってくれ。彼女にも悪気は無いんだろうし。」
東は、俺が止めたことに驚きつつも、「おまえ、甘いな。」と言わんばかりの顔をしていた。
「優しいのね。片桐さんは。」
2
人の沈黙にメスを入れたのは騒ぎの中心人物の水上さんだった。「・・・ごめんなさい。」
そうとだけ呟いて、屋上から去って行った。一瞬見えたその顔には、涙が浮かんでいるように見えた。
俺は再び手すりに寄り掛かる。東も、その横に寄り掛かった。
「これでよかったんだよな・・・?」
東が何の確認をするためか、訊いてきた。
「騒ぎを大きくしたのはおまえだぞ。まあ、なんて言おうか迷ってたところだったからな。助かったと言えば助かったことになるがな。でも、ものにはやり方ってものが・・・」
その言葉に、東はわずかに、本当にわずかに顔をしかめ、
「まあ・・・いいじゃないか。彼女のことはそういう目で見れなかった。それは事実だろ?」
「ああ。それは確かだ。どうしてかは俺にも分からん。第6感みたいなものがそう告げたのかもしれん。何でだかは俺にも分からないんだ。」
「でもあの子。おまえと性格が合いそうだったけどな。」
その言葉に俺は思いっきり顔をしかめて、
「はあ?だから、俺は、彼女をそういう目では―――」
「彼女を女の子としてとか、そういうことじゃなくて、友達として、人として。おまえと性格が合いそうだって言ったんだよ。まあ、見た目からの想像も少し入っているが。あの子はおまえのいい友達になれると思う。まあ彼女が立ち直れれば、だが・・・」
東は、そうとだけ言うと、「じゃあ、帰るか・・・」と言って、屋上の扉の取っ手に手をかけた。俺もそれに続く。
「東・・・ありがとな・・・」
東は照れくさそうに「いいって・・・」と小さく言って、屋上の扉を開けた。東がそのままで固まる。俺は不思議に思って屋上へと続いている階段を覗いた。
階段を急いで駆け下りていく音。
「今の・・・何?」
「どうやら・・・聞かれてたみたいだな。彼女に。それは、俺は一向に構わんのだが。彼女も諦めが付いただろうし。」
東は、「俺は」のところを少し強調して言う。東の言いたいことは分かる。
「・・・帰るか。」
俺はそう言って、階段を下りていく。その後ろに東が続く。
そうして2人は教室に寄ってカバンを持ち、外に出た。
電車に乗り、降車駅につく。東は今日もここに用があるとか何とか。しかし、まだ時間があるから俺の家に寄って行く、だそうだ。
「今あんまり家に帰りたくないんだよなぁ・・・姉さん、帰ってきてるといいな・・・」
現在時刻は4時。望みは限りなく薄い。
「分かるような気もするが・・・まあ、俺もしばらくいるからそれまでにあんたのお姉さんが帰ってくることを祈るしかないな。」
薄情なことをさらっといいのける東。そのとき、道路を挟んだ向こう。交差点から少し離れた辺りに、見慣れた人影を見つけた。鮮やかな金色の長髪。見まごうはずも無かった。瑠璃ちゃんだ。
買い物帰りか、幸か不幸か進行方向が一緒だった。
ひっそりと気付かれないように後ろを歩こうとする。しかし、
「お〜い、瑠璃ちゃ〜ん!」
東が余計なことをした。まさか・・・この男・・・それが目的じゃあ・・・
東は俺の顔を見て、してやったりと笑みを見せた。はめられた。
瑠璃ちゃんは振り返り、俺たちの姿を確認すると、少し躊躇するような素振りをして、こちらに歩いてきた。まだ少し距離があったので、俺たちを見たときの瑠璃ちゃんの顔はわからなかったが。
そして。背後で大きな物音。振り返ると、大型トラックが交差点を過ぎた辺りで事故を起こしていた。そのまま、スピードを緩めることなく、こちらに突っ込んでくる。
東は危険を察知して、来た道を何とか戻ってトラックの暴走コースから外れようとする。しかし、トラックの暴走コースは、俺には瑠璃ちゃんに激突するように思えた。
この予想が取り越し苦労であることを望んだ。が、無駄だった。
明らかにトラックは瑠璃ちゃんにぶつかる。そう思ったときには、俺は駆け出していた。来た道を戻るのではない。瑠璃ちゃんをかばうためだった、かどうかは分からない。とにかくカバンを投げ出し、もてる瞬発力全てを使い果たすかのごとく地面を蹴り、彼女に飛びついた。
足に鈍い音と感触。不思議と痛みは感じなかった。その後、俺はどうなったかは分からなかった。
背中から地面にぶつかって、地面を転がる。身を起こそうとしても出来ない。
悲鳴と、怒号と、東の叫び声が聞こえる。しかし、視界は晴れなかった。辺りには闇しかない。
そばに彼女の息遣いを感じた。どうやら無事のようである。
額に何か生暖かい感触。何かは分からなかった。
何も見えない。視界にあるのは黒の1色だけ。
そして、何に安心したのか、ゆっくりと意識が遠のいていくのが分かる。それはダメだと分かっていても、意識はそれを許してはくれない。
近くから女性のうめき声のようなもの。聞きなれたような男の声。その言葉は俺に向けられていると分かる。
しかし、それを理解する前に。意識は闇へと暗転。
To be continued
この話はフィクションです。
実在の組織、グループ等とは何ら関係ございません。
尚、KST内とのプロフィール等とは少々相違点がありますがご了承ください。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらお気軽にこちらまでどうぞ