〜その笑顔が見たくて〜

In the white world

episode 6

コンコン・・・

ノック音。・・・虚ろな意識の中でその音を聞く。

眠い。寝かせてくれ・・・今日は日曜日・・・

「楓さん、起きてください。もう9時ですよ。」

再びノック音。

まだ9時・・・いつもならもっと遅い時間に起こしに来るのに・・・

「楓さん・・・入りますよ・・・」

ドアが開く音。近づく足音。

「3秒猶予をあげます。その間に起きないと酷い目にあいますよ。」

・・・・・・酷い目・・・でも眠い・・・

「3,2,1・・・」

「おやすみ・・・」

恐いもの知らずでは断じてないが、睡魔に負けたので、もう一度夢の世界へ行くことにした。

そして・・・

鈍い打撃音。

「ぐぉくぬぉおぅ!!」

自分でもなにやら訳の分からない叫び声をあげて、起き上がる俺。

もう少しで夢の国から黄泉の国に行くところだった。

痛みをこらえながら目を開けると、ベッドの上に広辞苑。

「なぜ広辞苑が・・・」

痛みに負けて再びベッドの上へ。

「上から落としただけです。運悪く角に当たりましたけど。」

よく生きてたな・・・俺・・・

「忘れたんですか?今日・・・」

そこで言葉を切る瑠璃ちゃん。

「なんだっけ?」

ベッドの上にある広辞苑を投てきする構えを見せる瑠璃ちゃん。

「冗談だ。だからその広辞苑は床に置いて、ね。ね?」

既に痛みを忘れて説得にかかる俺。なんだか悲しい。

「じゃあ・・・何処に行くって言ってました?」

既に涙目を浮かべて訊く瑠璃ちゃん。

そう、確かあれは・・・

 

5月19日。土曜日。

夕飯時。姉さんはサークルの人と飲んでくるそうだ。

ということで今は2人だ。

「楓さん、今度の日曜日、百貨店に行きません?」

「で〜とか?」

すると、瑠璃ちゃんは顔を真っ赤にして、

「違いますよ・・・」

そのまま俯いてどんどん声が小さくなっていく。

「まあ、日曜日なら・・・って言うかいつも暇だけどな。」

「それじゃ明日。9時47分にでる電車に乗るつもりなので、9時半に家を出たいんです。そのつもりでお願いします。」

そしてサラダにドレッシングをかける。

「了解。8時半過ぎに起きればいいんだな。」

言いながら俺はマヨネーズをかける。

その後、食事もとっくに終え時計の針が1を指す頃に、姉が顔を赤くして帰ってきた。べろんべろんに酔っ払ってはいなかったので、瑠璃ちゃんに後は任せて明日に備えて寝ることにした。

 

 

「姉さんは?」

急いで着替えて、朝ごはんを食べ、そして靴を履きながら瑠璃ちゃんに訊いた。

「まだ寝てます。」

微笑を浮かべながら言う。その顔は、まるで子の寝顔を見る母のようであった。思わずその顔を眺めてしまう。瑠璃ちゃんと目が合い、脊髄反射で目を逸らす。

「どうしたんですか?なんか顔が赤いですよ?」

微笑みながら言っているものの、どうやらよく分かってないらしい。

俺はそれを半ば無視して、玄関のドアを開ける。瑠璃ちゃんは頭の上に疑問符を多数浮かべながら外に出る。俺はそれに続いてで、ドアを閉めて一応鍵をかけておく。

駅への道すがら、俺は瑠璃ちゃんに訊いた。

「あそこに言って何買うの?」

「いろいろですよ。フライパンがダメになったし、鍋敷きももう2つぐらい欲しいので。」

「まさかとは思うけど・・・俺に買わせようと思ってない?」

瑠璃ちゃんはきょとんとした顔で押し黙っている。どうやら図星みたいだ。

「私はそのつもりで言ったんですけど・・・荷物も重くなりそうですし・・・」

ゆっくりと口を開いていった言葉に訊かなきゃよかったと後悔する。

「仕方ないなぁ・・・カード使うか・・・」

誰にも聞こえないぐらいの小さな声で言ったつもりが、瑠璃ちゃんにばっちし聞こえていたらしく、目を輝かせてこちらを見ている。

気付かない振りをする。

しばらく2人、無言の状態―――瑠璃ちゃんは目を輝かせて未だこちらを見ていた―――が続き、駅の2階の端が見えてきて人が増えてくる。周りの人間がこちらに注目する。

とうとう、駅がはっきりと見えるところまで来た時に、観念した。電車の中を想像したのが間違いだった。まあ、先に気付いてそれはそれでよかったが。

「あ〜!わかった、わかった。時間が余ったら何か好きなもの買ってやるから。その目はやめてくれ、こっちも恥ずかしい。」

どうせ俺の通帳のカードじゃなし・・・

さすがにその言葉は飲み込んだが。

 

上り方面に3駅。この駅の駅前には子の県最大級の百貨店がある。

6階建てで地下1階。1階が生活雑貨と食品売り場、2階が服、靴などのファッション系。地下1階がレストラン街、3階から上が駐車場と言う馬鹿にでかい百貨店である。

交通の便利さがあり、安さも相成って土日、ここはごった返すのだが・・・

「今日は人が少ないな・・・とっとと買ってしまおう。」

「そうですね。・・・あまり重いものを買うと疲れるから、フライパンなんかは後にして、先に夕飯の材料から買います?」

「じゃあ、先に言ってた欲しいもの買ってしまうか。服かなんかだろ?」

笑顔で言った俺の言葉に、瑠璃ちゃんは驚いたような顔をして、

「え・・・?いいんですか!?てっきり冗談かと・・・」

誰も冗談なんて言ってないってば。

瑠璃ちゃんは、そう言って嬉しそうにエスカレーターに小走りで向かっていく瑠璃ちゃん。俺はその後ろを歩く。

エスカレーターを上り、2階へ。そこを瑠璃ちゃんは楽しそうに見てまわる。服、ズボン、スカート、靴など。さすがに、宝石屋の前で立ち止まった時は焦ったが。

結局、思ったよりも少ない、1万円強程で済み、地下1階で昼食をとることにした。

「・・・にしても、もう2時間半も経ったのか。」

イタ飯屋の列―――とは言っても前に1つの家族連れがいるだけだが―――に並んでいる。最低でもあと10分はかかりそうだ。とは言いつつも、俺は遅く朝食を取ったので、空腹はそれほど感じていない。

「楓さん、おなかへった。」

店側が用意した、並んでいる人用の椅子に腰掛けて瑠璃ちゃんが子供のようなことを言う。

ちなみに俺は瑠璃ちゃんに買ってあげたものが入っている紙袋を提げて立っている。椅子の数が5個ほどしかないのだ。

「俺は減ってないから大丈夫だ。」

「む〜・・・」

足をばたばたさせて頬を膨らませる。

辺りには人が増えてきた。人が少なくてもやはり休日。昼時に近づくに連れて人は増えていた。

前に並んでいた家族連れ―――男性と女性と子供の3人―――が入っていき、店の前には俺たち2人だけとなった。昼時を過ぎているので、俺たちの後ろに並ぶ人はいなかった。瑠璃ちゃんが席を詰めて座りなおす。

「ほら、次なんだからそれまで我慢しろよ。」

「むぅ〜・・・」

深く腰掛けて浮いている足をぷらぷらさせ、頬をぷっくりと膨らませて誰もが不満だと分かる顔を再び。俺は横に座って、持っていた紙袋を瑠璃ちゃんの足の上に置いた。

「・・・・・・」

瑠璃ちゃんは俺が紙袋を置いたことに何も言わず、その紙袋をずっと見つめていた。足も地について、頬もすでに膨らんではいなかった。

暫し無音の時間が続く。周囲からは雑音は絶えないが、2人の間には音は無かった。そしてウェイターが呼び、店内にやっと入る。

「なあ。」

店内に入って。注文を済ませ、まだ沈黙を保っている目の前の女の子に声をかけた。

「2人でこんな店に入るのは初めてだよな。」

「うん・・・。」

「こうやってるとさ・・・やっぱりいいや。」

途中で恥ずかしくなって止める。いつもならば何なんですか?と訊いてくるのに、押し黙ったまま。ゆっくりと椅子の背もたれに背を預けた。

客の数も減ったためか、はたまた店が小さいだけか、思ったより早く料理が来た。どうやら空腹で言葉が少なかったらしく、そこそこの会話をしながら、少し遅めの昼食を取った。

そのあとで、目的のもの+αに、夕飯及び明日の食事の買い物をして、帰路についたのだが・・・+αになぜか時間がかかってしまい、電車に乗ったのは4時半ごろ。家に着いたら5時を回ってしまう。

「かなり遅くなってしまったな。」

家の最寄駅に着いて、自然と語気が強くなり、遅くなってしまった要因を作った人を横目で見る。彼女は冷や汗をかきつつ、

「そうですね、どうしてこんなに遅くなったんでしょうね?」

声が裏返っていたりする。

「ふ〜ん・・・」

ジト目で瑠璃ちゃんを見る。

「・・・ごめんなさい。」

俯いたまま小さな声で言う。

改札を通って、駅の外に出る。見慣れた駅前の風景。自然と2人の足は帰路へとつく。

もう5月。夕方になってももう肌寒さは感じない。5時を過ぎて慌てて家へと走る子供。商店街へと急ぐ女性、駅前のスーパーから帰る女性。会社帰りの男性。

ふと公園に目が止まる。砂場には誰かが置き忘れた青いシャベルがあった。

「ちょっとよっていくか。」

返事もまたずに公園へ入り、小さなベンチに腰をおろす。瑠璃ちゃんがその横にちょこんと座る。

俺はしばらく夕日を眺めていて、瑠璃ちゃんが口を開いた。

「どうしたんですか?夕日なんて見て。」

それには答えることなくもう暫し夕日を眺め、その日が山に半分ほど沈んだころ、ようやく口を開いた。

「あのさ、瑠璃ちゃん・・・」

彼女はゆっくりと顔をあげて俺の顔を見る。俺は少し目線をそらして、

「俺さ、・・・瑠璃ちゃんのこと好き・・・なんだと思う。あの・・・その・・・あっと・・・付き合って・・・くれな・・・ませんか?」

瑠璃ちゃんは俯いて答えない。沈黙の時が続く。夕日がほとんど沈んでしまい、街灯に白が灯り、そして。

「・・・。ごめんなさい。」

少し涙ぐんだ声が黒に染まりつつある公園にひびいた。しかし、強く、はっきりとした意志を灯した声で。彼女はゆっくりと言った。

「そうか。それじゃあ帰ろっか。」

努めて普段の声で言おうとしたが無理だった。何かが胸の奥からこみ上げてきて、彼女を半ば置き去りにする形でそそくさと公園から逃げる様に出た。彼女からは見えない場所から、家に向かって走った。頬に流れる何かにも構わず、ひたすら。無我夢中で。

 

 

 

 

To be continued

 

 

 

 

この話はフィクションです。

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