〜その笑顔が見たくて〜
〜
In the white world 〜episode 5
12月27日。
瑠璃さんの誕生日。
という事で、駅近くのフランス料理店に来ている。とはいえ、そんなに高いわけじゃない。値段はぼちぼち。
もっとも、“割り勘するなら”というのが前提だが。
そうゆう訳で、姉さんは不機嫌だった。
瑠璃さんはあまりいい顔をしていない。まあ、当然といえば当然だろう。
姉さんは今日、薄い赤色の余所行きの服を着ている。瑠璃さんは薄い黄色の服。おそらく姉さんから借りたのだろう。昔、これを姉さんが着ていた。
その折、近くから――この3人の誰かから音楽が流れる。携帯の着信メロディーだ。
俺のではない。俺の着信メロディーは自作曲が入っている。
つまりは姉さんのだ。
姉さんはハンドバックから携帯を取り出し、席を立つ。
そのままお手洗いのほうへ小走りで行き・・・電話を取る。その瞬間、彼女の顔が輝いて見えたのは、気のせいなのだろうか・・・?
そう思いつつも、結局どうする事も出来ないので、食事にもどることにした。
瑠璃さんを見ると、どうやら俺を見ていたらしく、目線が合った刹那に食事に戻る。
怪訝に思ったが、男には知らないほうがいいこともあると勝手に解釈し、気にせず食事を続ける。
そうしてしばらくした後。姉さんが戻ってくる。どこか薄笑いしているように見えた。
すると、姉さんは座るなり、
「ゴメン!キョーコから電話が掛かってきて、いまから合コンになってしまったの。今日中には帰ってくるから。あーっと、プレゼントは渡しておくわ。」
そう言って、瑠璃さんの前にきれいにリボンで包装された箱を置く。姉さんは続けた。
「中身は家に帰ってから見てね。あと楓。代金はあんたが払っておいてね。じゃ、私、キョーコを待たせてるから。」
そのまま有無を言わせず去ってゆく姉。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ゆっくりと、一字一句間違いなく俺の頭の中で姉さんの言葉が反芻される。
『・・・〜“代金はあんたが払っておいてね。”〜・・・』
「しまったぁ〜〜〜!!!」
店内という事を忘れて大絶叫する俺。
瑠璃さんが他人の振りをする。
姉さんは・・・今ごろ笑っているだろう。してやったり、と。
確かに。財布には勘定を払うだけのお金は入っている。
しかし。しかし、だ。それは、すなわち家まで電車に乗らずに、歩いて帰らなければならない事を意味していた。
定期もあの駅は範囲外。学校とは反対方向だからだ。
一瞬、瑠璃さんに電車賃を借りるという事も考えたが、その希望は刹那にして打ち砕かれた。
今日、ここに来る時に瑠璃さんは財布を忘れて、姉さんに電車賃を借りた事を思い出したからだ。
つまり。電車賃は彼女も自分の分しかない。
ワーニン、ワーニン。緊急事態発生、――――
頭の中で警報がうるさいほどに鳴る中、俺はまず瑠璃さんに余計な心配をさせないように努めることにした。
とにかく落ち着く。まずはそれから。・・・気付くと、店内の視線は皆、俺に集まっていた。
前を見ると、瑠璃さんも他人の振りをして食事に没頭している。
本気と書いてマジですか?これは・・・
周りの視線は気にしない事にして、食事に戻る。
自然と背中に突き刺さっていたプレッシャーが解けていった。興味がなくなったのだろう。
それを感じ取ってか、瑠璃さんが話しかけてきた。
「あまり大きな声を出さないで下さいよ・・・恥ずかしいじゃないですか。」
「で、他人の振りをするのだな。君は。」
少々棘のある言い様だったが、頭が正常に機能していないこの有様では、それを訂正する事はしなかった。―――いや、出来なかった。
「すいません・・・でも、恥ずかしくて・・・」
そのまま俯いたままの状態で固定化してしまう瑠璃さん。
その様を見て、ゆっくりと頭が正常化していく。
そして、完全とは行かないものの、許容値まで正常化を果たした頭が考えた事は、
「ま、それはいいといして、さっさと食べてしまおう。店を出てから渡したいものがあるから。」
決まりが悪そうに言葉を紡ぎだす事だけだった。
「は、はい。」
彼女も力なくそう答えるだけで、あとは2人とも何も言わずに黙々と食べているだけだった。
このときは本気で姉さんを恨んだ。
その後。無言のまま食事を終えた2人は、代金を払ったあと、駅に向かって歩き出した。
そのまま駅まで歩く。無論、無言で。
駅の前で、俺は瑠璃さんに、
「ほら、これ。」
といって、黄色のリボンで包装された袋を渡す。
「え・・・?これは?」
瑠璃さんが訊き返す。
「誕生日プレゼント。言ってたろ、店から出たら渡す、って。」
瑠璃さんは、俺と袋の両方を交互に見てから、
「あ、開けてもいいですか・・・?」
恐る恐る訊く。
「あなたのご自由に。プレゼントなんだからそれはもう瑠璃さんのもの。俺がとやかく言う資格はないよ。」
瑠璃さんは、俺の顔を見つつこくこく頷き、恐る恐る開ける。
「い、いや、バクダン入ってる訳じゃないんだから、そんなに慎重に扱わなくても。」
ついつい本能で突っ込んでしまう俺。
しかし、瑠璃さんはその声さえも届かないような真剣さで、ゆっくりと袋の中身を取り出した。
袋から出てきたのは、クマだった。
正確に言うならば、クマのぬいぐるみ、だが。
そのクマが、頭巾をかぶり、風呂敷を背負っている。つまりはドロボウだ。
なんとなくミスマッチに見えなくもないが、かわいい。
そういう系統の店を物色していると、これを見つけた。瑠璃さんが気に入るというよりは、半ば俺の趣味で買ったものに近かった。しかし、
「ありがとうございますっ。大切にしますね。」
食事中とは打って変わった笑みで言う。気に入ってくれたようだった。
「・・・・・・あれ?」
瑠璃さんが何かに気付く。クマの手に―――正確に言うと脇に、だが―――1枚のカードが挟まっている事に。
「なんですか?これ。」
瑠璃さんがクマからカードを取って訊く。
「開けてごらん。俺からのバースデーカード。」
瑠璃さんは、それを聞いてゆっくりと2つに折られたカードを開く。
そこにかかれていた文字は―――
『ハズレ』
「・・・・・・・・・」
瑠璃さんはそのカードを凝視していた。
怒ったかな・・・
俺がそう思っていると、突然に瑠璃さんが笑い出した。いや、笑みが零れた、のほうが正しいかもしれない。
「何ですか?これ。何が書いてあるのかと思ってあけたら『ハズレ』って。」
目に涙をうっすらと浮かべて訊く。別に泣いているわけではないだろう。嬉し泣き、というやつであろう。
「え?何のことかな?クマからのクリスマスプレゼントじゃない?」
「クリスマスプレゼント、って遅いですよ、それ。どちらにしても『ハズレ』はないでしょう?」
「まあ、笑えたならいいじゃない。」
笑顔で言う俺。
それに対して、瑠璃さんも笑顔で、
「まあ、いいですけどね。」
と答える。
「じゃあ、俺はこっちだから。」
と、線路沿いの道を指差し、歩き出そうとする。
「え?電車に乗らないんですか?」
訊き返す瑠璃さん。
「乗らないんじゃなくて、乗れないの。」
笑顔を崩さずに言う俺。
「何でですか?お金は?」
「さっき勘定を払った時にスッカラカン。」
「定期券は?」
「学校とは逆方向だから使えない。」
駅前で問答を繰り返す2人。
大きな声を出しているというわけでもないので、側を通る人も一瞥するだけ。
「どうにかならないんですか?」
「歩いて帰るしかないよ。瑠璃さんは電車で先に帰っててもいいよ。」
言って歩き出す。
「そういう訳にもいかないでしょう・・・」
そう言ってついてくる瑠璃さん。
「1人で帰るの怖いですから。」
まあ、ごもっともな理由である。
線路沿いの道を歩く。
道はそこそこの幅があるのだが、あまり車通りはよくない。
静かな道。とはいっても、思いっきり住宅街なので、そう恐い事はない。
しばらくして・・・
「楓さん。」
唐突に瑠璃さんが俺の名を言う。
「何?」
訊き返す。
「あ、あの。プレゼント・・・ありがと。」
「いや、いいって。誕生日なんだから、そこまで・・・」
少し恥ずかしくなって額の頭を掻きつつ言う俺に、瑠璃さんは、
「そうじゃなくて、一介の家政婦なのにここまでしてもらって・・・」
「そんな事はない。瑠璃さんは一介の家政婦なんかじゃない。」
瑠璃さんの言葉をさえぎって言う。あえて断定口調で。
「え・・・?」
瑠璃さんがぽかんとした顔でこちらを見る。
「確かに、客観的に見るとそう見えるかもしれないけど。俺は、少なくとも俺はそう思っちゃいない。」
2人の視線が合う。途中でなんとなく気恥ずかしくなり、視線を正面へ向ける。
「俺は、瑠璃さんのことは、そうだな・・・どうなんだろうね。・・・家族に近いのかな。この感じは。」
「・・・・・・・・・そう・・・ですか・・・」
瑠璃さんが俯く。
しかし2人は、歩みのペースを落とさずに夜の道を歩き続ける。
「じゃあ、誕生日ということで、1つお願いを聞いて欲しいんですけど、いいですか?」
「なんとなく論理が飛躍している気がするが・・・・・・どうぞ。」
促されて、瑠璃さんは、心を落ち着かせるような仕草をし、もう一度深呼吸をして、その呼気に混ぜて言った。
「家族なら・・・本当に私のことをただの一介の家政婦じゃないと思っているのなら、・・・好きなように呼んでもいいですよ。」
「え?」
いまいち意味が理解できなかった。
「だって、さん付けで呼ぶのなんとなく違和感、感じてるでしょ?」
「え?・・・」
同じ言葉を繰り返す俺。
「あくまでなんとなくだけど、そんな気がしたから。ほら、初めて会った時も、ちゃん付けにしたがってたし・・・。」
「いや、あれは別にしたかったって訳じゃなくて・・・」
頭でこうしたい、と思ったわけじゃない。あえて言うなら本能に近い。俺はそう思っている。
別に何かの欲がかかわっていたわけじゃない。
「でもまあ、許可が下りたのであれば、お言葉に甘えさせていただきましょうか、瑠璃ちゃん。」
「はい。楓さん。」
瑠璃ちゃんと呼んだ時。何処となく彼女の笑顔が増した気がしたのは、気のせいだったのだろうか。
その後他愛のない話をし、何とか家に着いた。
そのまま順々に風呂に入り、それぞれやるべき事を終え、寝床につく。
俺は、姉さんが帰ってきたことを確認してから家の鍵を閉め、ベッドに入る。
その後、店で領収書をもらえばよかったことに気付いて大声をあげて騒ぎ、酔った姉さんと、怒った瑠璃ちゃんに怒られたのは、次の日の28日、深夜のことだった・・・・・・・・・
To be continued
この話はフィクションです。
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