〜その笑顔が見たくて〜
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In the white world〜episode 4
そして・・・24日。
父がいなくなるまで。
3人で食べていたデコレーションケーキ。
それは・・・懐かしくて、またあのときの思い出が・・・ゆっくりと、しかし確実に。
―――そう・・・あれは・・・2年前・・・1月26日・・・
「姉さん、父さんは?」
キッチンで夕飯の準備をしている姉さんに訊く。
「そういえば・・・今日はまだ連絡ないわね・・・」
そう言った途端、鍋が吹き零れる。
「わわわ・・・」
慌てて火を消す。
ふう・・・と溜息をついた。
そして電話が鳴った。
悪夢が・・・ゆっくりと近づいてきていた・・・
いつもと変わらずに電話を取る。
「はい・・・片桐ですが・・・」
「え・・・・・・?はい・・・はい・・・そうです。明日香と・・・楓です・・・はい・・・え・・・・・・?」
姉さんは、そう言ってゆっくりと受話器を落とした。
受話器からは慌てた中年男性の声が聞こえる。
俺は、姉さんに代わって受話器を取る。
「すいません。お電話代わりました・・・。」
『えっと・・・楓・・・君?』
声が変わったことに驚きもせず、効いてくる。
「はい。そうですが・・・」
『落ち着いて聞いて。取り乱さないでくれよ・・・』
なだめるように言う。
「その前に・・・あなたは誰ですか?」
『おお、すまんすまん・・・。私は警視庁の神崎といいます。』
え・・・警察?
嫌な予感がした。
『お父さんが・・・アメリカで・・・事故で、お亡くなりになりました。明日、遺体が本土に到着しますので、そちらには明日の夕方になりますが・・・』
信じられなかった。
しかし、何とか立っていられた。
『あともう1つ・・・おそらく、明日にはマスコミがそちらに来ると思いますので、対処の方をお願いします・・・』
そんなことはどうでもよかった。
それは彼らが何とかしてくれるだろう。
「分かりました・・・1つだけお願いできますか?」
『なんでしょう・・・?』
「会社のほうに連絡お願いできますか?」
『分かりました。やっておきましょう。』
何も言わずにゆっくりと受話器を置く。
側にいた姉さんがいなくなっていた。
2階のドアが閉まる音。
ゆっくりとソファーに身を沈める。
ゆっくりと時が流れる。
まわりすべての時が止まったようだった。
自然と涙は流れなかった。
立ち上がり、ピアノにある作りかけの楽譜を手に取る。
父さんが出張中に書き上げてしまうつもりだった曲。
明後日の誕生日。
その時に弾くつもりだった曲。
それをもってキッチンへ。
ガスコンロに火をつける。
そこへ楽譜を放り込む。
紙は瞬く間に燃え出し、白は黒へと姿を変える。
全てが黒になったところで火を止める。
その足で自分の部屋に入り、ベッドに身を沈めた。
そのあとのことはうろ覚えだ。
頭がそのことを否定しているのかもしれない。
電話がたくさん鳴って、カメラやメモ帳なんかを持った人が家を囲んで・・・父さんだったものを見て・・・はじめて涙が・・・
「―――でさん?楓さん?」
瑠璃さんの声で正気に戻る。
いるのはピアノのあるリビング。
「あ、いや・・・ちょっと・・・ね。懐かしいなぁ・・・って。2年ぶりだけどね。」
頭を掻きながら言う。
姉さんは、声にこそ出さなかったものの、あのことか・・・と納得した顔をしていた。
「そういえば・・・」
まるで話題を変えるように話を切り出す瑠璃さん。
「3日後あたしの誕生日なんですけど・・・知ってました?」
「ああ、姉さんから聞いてた。それが?」
瑠璃さんは、首を軽く振っていった。
「いや、なんとなくね。」
「楓。瑠璃さんにクリスマスプレゼント買ってきたんでしょうね?」
「え?」「そうなんですか?楓さん。」
とうとうな姉さんの台詞に、目を丸くする男と、目を輝かせて感嘆の意を表す女の声が同時にあがる。
「ええ、そうよ。楓張り切ってたものね。」
姉さんが意地悪い笑みを浮かべてこちらを見る。
はめられた。
「楓さん、プレゼントどんなのですか?」
そんなことは知らない瑠璃さんは、いまだ目を輝かせて訊いてくる。
「はははh・・・そのうちに渡すよ・・・。」
声が裏返っているのが自分でもはっきり分かった。
きょうび5歳の子供にだって分かるような嘘だった。
「楓さん・・・・・・」
瑠璃さんは少し目に涙を溜めていた。
実は、この4日間で曲を1つ書き上げた。
この日のために。
でも、俺はそれをプレゼントではないと思っていた。
何故かは分からないが、姉さんや父さんの時も、曲はおまけだった。
「楓〜・・・駄目でしょう?女の子泣かしたら。」
原因を作ったのはあんただ。
言いたかったが、余計に叩かれるので止めておく。
瑠璃さんはもう溢れそうなくらい溜めていた。
「俺の負けだ・・・許してくれ・・・」
いろんな意味で敗北宣言をする。
瑠璃さんは、俺の顔とそのちょっと下のほうを変わり変わりに凝視してそれからこちらに手を伸ばす。
目標は上に乗っかったイチゴだった。
いきなりで対応が遅れたためかイチゴを守ることは出来なかった。
瑠璃さんは、すかさずそれを口に放り込んで、
「クリスマスプレゼント。これで許してあげます。」
にっこり笑っていった。
そこには涙のなの字もなかった。
その時、上のイチゴのないケーキが姉さんの方へ移動を開始した。
無論、勝手に皿やケーキが動くはずがない。
動いたら、すぐさま抹消する。絶対に。
姉さんは見せ物にしてそうだが・・・それはともかく。
つまりは姉さんがケーキを盗ったのである。
「姉さん、何してるの?」
移動する皿の動きを止めて抑えこんだ口調で訊く。
「いや、このケーキが私に食べて欲しいって―――」
「言ってない。」
皆まで言わせずに否定する。
「この手が勝手に―――」
「じゃあ、そのいけない手を切断してあげようか?それに、その勝手に動く手の行為を受け入れる姉さんも姉さんだと思うけど・・・」
笑顔で言う。
その笑顔に対する姉さんの反応からして目は笑っていないようだったが。
「クリスマスプレゼントとしていただいたまでよ。」
いきなり高飛車な態度で出る姉さん。
開き直って言うな。
「クリスマスプレゼントって言うけどね。そんなこと姉さんには言ってないぞ。曲は作ったけど・・・。」
そう言った途端、瑠璃さんの顔が曇った。
「そうね。冗談だもの。」
「・・・・・・」「え゛・・・・・・」
前者は俺。後者は瑠璃さん。
「・・・だろうな・・・」「イチゴ・・・」
もう一度。
自分のケーキが乗った皿を自分の下に引っ張ってくる。
すると、その上になかったイチゴが戻る。
瑠璃さんだった。
「・・・別にいいのに。そんなことしなくても。」
「勝手に食べてしまったあたしもあたしですから・・・もらってください。」
瑠璃さんのケーキにイチゴを戻そうとした手をさえぎるように言う。
「いらないなら私がもらってあげるわよ。」
姉さんが割り込んでくるが、2人が同時に視線を向けたため、黙り込む。
そのイチゴを盗られないうちに放り込み、立ち上がる。
そのままピアノへ向かう。
瑠璃さんは今から俺が何をするのか分かったような分からないような・・・といった感じの顔だった。
楽譜をピアノにおく。
楽譜には
White fairyと書いてある。ゆっくりと弾き始める。
最初は滑らかに。
そしてゆっくりと、確実に力強くなっていく。
やがて包み込むような優しい音が鳴り響いて終わる。
ピアノを元に戻し、ソファーに座る。
瑠璃さんは拍手をしてくれる。
姉さんは、いつもこう質問する。
「題は?」
と。
「White fairy。テーマは考えてみて。」
そう言って明らかに減っているケーキを食べ始める。
おそらく彼女が目を離した隙に食べたのだろう。
微妙なところで食い意地の張っている人である。
姉さんはしばらく考えて、
「題は白き妖精・・・テーマは晩冬・雪かしら?」
クリームのついたフォークをこちらに突き出して答える。
「正解。もう簡単になってきたろ?」
「もう何年もやってきているからね。あんたのは分かるわよ。」
姉さんは勝ち誇ったような顔でケーキの残りを食べ始める。
といってももう一口だからすでに食べ終わったが。
「すごいですね。そこまで分かるなんて・・・」
瑠璃さんが尊敬の意を表すると、姉さんはテンションがあがって、
「あ、そうそう。3日後に外食するから夕飯の準備はしなくていいわよ。瑠璃さんの誕生日を祝ってね。プレゼントも用意してるし。」
いらないことをホコホコ喋ってしまった。
姉さんは慌てて口を押さえるが、遅い。
別に、瑠璃さんに言うのがまずかった・・・というのは、少しあるのだが、一番の失態は俺に聞かれてしまったことだ。
当初はドッキリ計画ということではあった。
この家の暗黙のルールとして―――とは言っても俺と姉さんだけだったが。―――この場合は失態を理由にその失態が影響を及ぼす事柄のことはそいつの奢りというものがある。
つまり、姉さんが口を押さえたのは俺に奢らされる。そう思ったからであろう。
ま、そのことは明日に持ち越すことにいたしまして・・・
「俺、明日の用意して寝るわ・・・おやすみ。」
「おやすみなさい。」「お、おやすみ。」
笑みを含んだの声と裏返った声。
前者が瑠璃さんで後者が姉さん。
俺は、軽く笑みを浮かべながら予習をして、寝る。
次の日。
姉さんに27日のことはすべて彼女の奢りということを了承させた。
これでこちらは出費無しである。
そして3日が過ぎ―――
12月27日―――
瑠璃さんの誕生日――――
To be continued
この話はフィクションです。
実在の組織、グループ等とは何ら関係ございません。
尚、KST内とのプロフィール等とは少々相違点がありますがご了承ください。