その笑顔が見たくて

In the white world

episode 2

「私は、瑠璃・・・七瀬、瑠璃って言います。これからよろしくお願いします。」

彼女はまた、車の中での活発さを見せていた。

「私は知っていると思うけど、一応正式に自己紹介しておくわね。私は、片桐 明日香。で、こっちが楓。名前は女っぽいけど気にしないように。」

姉さんが、自己紹介をはじめ、さらりとひどい事を言う。

・・・気にしてるのに・・・。

「じゃあ・・・なんて呼べばいいかな?」

呼称は前もって決めておいた方が言いと思い、訊いてみる。

「どう呼んでもらっても構いません。・・・楓様。」

軽く会釈をするように言う。

「・・・様付けは止めてほしいな・・・俺・・・そんなに偉いわけじゃあない。あと敬語も。ね、瑠璃ちゃん。」

なんとなくそんな言葉が出てきた。

様付けで呼ばれるのは前々から嫌なのだが、彼女を瑠璃ちゃんと呼んだのはなんと言うか・・・喉から勝手に出た言葉・・・といえばいいだろうか、本能に近かった。でも、違和感は感じない。女性を呼び捨てにするのは嫌だし、さん付けも姿からか、しっくり来なかった。だからなのかもしれない。

「わ、分かりました・・・楓・・・さん。でも、この家って広いですね・・・」

あまり敬語は抜けていなかったが、様付けで呼ばれるより明らかに良かった。

「確か・・・200坪くらいだったっけ?」

「207.95坪。私はしっかり覚えてるわよ。」

「・・・・・・瑠璃ちゃん・・・瑠璃ちゃん・・・・・・」

瑠璃ちゃんが俺の言った呼び名を何度も何度も復唱している。

「え・・・?もしかして七瀬さんとかのほうが良かった?」

復唱している表情や声から推理して、恐る恐る訊いてみる。

本人が嫌がるものを強制するつもりもない。

「あ・・・いえ・・・なんだか懐かしい気がして・・・でも、気のせいですよね。・・・だれも、そんなふうに呼んでくれなかったから・・・」

そう言ってうつむく。

その顔は、どこか儚げでそことなく愁いを秘めているように見えた。

どちらが・・・、

どちらが・・・彼女で・・・

どちらが・・・、

どちらが・・・仮面なのか・・・

俺には分からなかった。

今はまだ。

「でも、ちゃん付けは止めて欲しいです・・・すみません・・・」

笑顔を浮かべて、また軽くうつむく。

「謝る必要はないよ・・・それだったら・・・瑠璃さんでいいかな?」

うつむく彼女の顔を覗き込むようにして訊く。

しかし、彼女の顔は影で見えなかった。

「はい。それでお願いします。」

顔を上げた時も、笑顔だった。

俺は、「瑠璃さん」に少々違和感があったが、本人が嫌がるのを強制したくはなかった。

そのうち慣れるだろう。

「じゃあ、楓、瑠璃さんを案内して。私、書かなきゃいけないレポートがあるから。」

一瞬にして、どんよりとした雰囲気を打開するように、少し声を荒げて姉さんが言う。

そして、自分の部屋に入っていく。

その背中は、まるで逃げるようだった。

・・・・・・どこか・・・何かが・・・

「――気のせいか。じゃあ、瑠璃さん、案内するから付いてきて。」

そう勝手に自己完結して、キッチンへ歩き出す。

瑠璃さんは、どちらにかはたまたその両方か、疑問符を浮かべていた。

 

気付いたのは、ダイニングキッチンに入ってから。

カウンター付きで、大きさは学校の教室1つ半程度。

それはテーブルの上にあった。

昼食。

「そういえば・・・食べてなかったな・・・」

「そうですね・・・お腹空きましたし・・・」

くぅと、お腹の音がなる。

犯人は瑠璃さん。

軽くうつむいて顔を赤らめている。

続いて俺の腹の音もなる。

「じ、じゃあ、俺は姉さんを呼んでくるから、瑠璃さんは準備を終わらせて。」

場の空気の居心地がものすごく悪かったので、逃げるようにキッチンを出る。

「・・・あ、はい。分かりました。」

背中に瑠璃さんの声を受けながら、廊下を姉さんの部屋目指して歩いていった。

廊下を玄関の方向とは反対側へ――階段を登り、廊下の突き当たりの部屋。

姉さんの部屋の前。

軽くノックをする。

暫くの沈黙。

小さな返事が来た。

「お昼・・・食べる?」

再び沈黙。

どこか窓が開いているらしい。

まだ夏の気配が抜けていないのか、少しじめじめとした風が廊下に流れる。

「今・・・2時か・・・食べようか。」

「じゃあキッチンに行ってるから。」

そのまま廊下を歩き、窓を閉め、階段を下りる。

2階からドアの開く音が聞こえる。

そのままキッチンへ向かう。

 

遅めの昼食を食べた後。

姉さんは食べてすぐに部屋に戻り、瑠璃さんは食器を片付けていた。

キッチンの隣にあるリビングに入り、ピアノの椅子に座る。

そっと鍵盤の上に指を乗せ、ゆっくりと奏で始める。

未完成の曲。

Shadow of Summer

そう筆記体で書きなぐられた楽譜。

半分も出来ていない。

最近、作曲はおろか、弾くことさえしていなかった。

そのまま流れるように曲は変わり、合計4曲の自曲を弾いて終わる。

その左手側。

キッチンへと繋がる引き戸。

その側に、瑠璃さんが立っていた。

「上手ですね・・・」

胸の前で手を合わせて言う。

ゆっくりと歩み寄ってくる。

「上手いとはよく言われるけど・・・自分では何か足りない気がするんだよね・・・」

でも・・・彼女、瑠璃さんはすでに俺達に打ち解けているように見えた。

子供の頃から人懐っこいのかもしれない。

それが・・・あの・・・何かに怯えたような表情が・・・その疑問が尚一層強く残っていた。

「そうですか?でも、楓さんは大会とかには出ているんですか?」

「みんな訊くけど・・・大会は出てないよ。趣味程度だからね。上手くなりたいとは思うけど、誰かに習ったりするのも嫌だしね。」

瑠璃さんはへぇ・・・といった顔でこちらを見ている。

椅子に座っていても、あまり瑠璃さんと視線の高さが変わらない。

歳はいくつだろう・・・と、ふと素朴な疑問が浮かぶ。

訊いてみようと思うのだが、答えがわかりきっている。

秘密です。とか、そんなこと女の子に訊くものじゃありませんよ。とか、そんな答えが返ってくる、そんな気がする。

 

それから。

家中を案内し、終わった頃には、もう太陽が山の向こうに消えてゆく頃だった。

 

夜。

都会からも遠く離れたこの土地の夜に、雑音はない。

不気味な静寂の中にたまに通る車の音が映える。

――コンッコンッ

小さなノック音が静かな部屋に響く。

今の時刻は夜の10時。

今はもう作曲作業を止め、明日の予習中だ。

おそらく今も姉さんはレポートを書いているのだろう。

日が沈み、静寂と黒がこの家を包み込む前に、作曲作業を止めた。

うるさいと怒られるからである。

「どうぞ、開いてるよ。」

ゆっくりと扉が開く。

入ってきたのは、手に湯気の立つカップとサンドイッチが乗ったお盆をもった瑠璃さんだった。

「夜食を持ってきたんですけど・・・いりますか?」

お盆を軽く上にあげて訊く。

「あ・・・、ありがと。ここに置いておいて。」

机の左端の部分を指す。

ゆっくりと部屋を横切るように歩き、音もなく机の上に置く。

ひょこっと、机の上にある本――教科書だが――を覗く。

俺が今まで予習をしていた数学の教科書。

「・・・分からないです・・・」

額に汗を流しつつ言う。

彼女には難しすぎるようだ。

今にも頭から煙が出てきそうである。

「ふと思ったんだけど・・・瑠璃さんって何処から来たの?」

すっと彼女の顔が陰る。

「それは・・・秘密ですっ。」

言った時の顔は笑顔だった。

まあ、履歴書を見れば分かるけど・・・

「じゃあ、私はこれで・・・」

音を立てないように歩いて部屋を出て、ドアを閉めようとする。

「姉さんにも夜食持っていってあげて。いらないって言っても、ドアの横において置けばたぶん食べるから。」

「分かりました。それじゃあ、暫くしたらお盆取りに来ますから。」

そう言ってドアを閉める。

廊下を歩く音が小さくなる。

サンドイッチを手に取る。

そのまま口に運ぶ。

味は良かった。

4つあったサンドイッチを食べ終わり、コーヒーを飲み干す。

カップをお盆の上に返し、また机に向き合う。

 

予習を終え、時刻を見ると11時。

そのままお盆を持って廊下に出る。

2階に下りて、キッチンへ向かう。

リビングは電気がついていた。

流し台にお盆を置き、リビングを覗く。

そこには、テレビを付けたまま寝ている瑠璃さんがいた。

静かな寝息を立てている。

「どうしようかな・・・@毛布をかけてそっとしておく。Aやっぱり起こす。B襲う。」

独り言。

だれも訊いていないと思うと、独り言を言ってしまう時がある。

「やっぱり男ならBかな・・・」

そう言って、瑠璃さんに近づく。

と、顔側面に何かが当たる。

そのまま倒れこむ俺。

側には英和辞典が転がっていた。

「やめなさい。」

冷たく言い放つ姉さん。

「・・・ん・・・んにぃ・・・」

倒れたときの音か、瑠璃さんが起きる。

「冗談だって。」

ゆっくりと起き上がって言う。

これは本当である。

「その割には本気に見えたけど?」

目はいまだ侮蔑の色を秘めていた。

「あ、すいません・・・寝てたみたいで・・・お盆取りにいけませんでした・・・で、何の話ですか?」

ソファーに座ったまま瑠璃さんが言う。

「気にしないでいいから、ね。」

姉さんが何か言う前に答える。

「・・・・・・まあ、未遂だし、そういうことにしてあげるわ。」

意味深な姉さんの言葉に瑠璃さんはクエスチョンマークを浮かべていた。

「とにかく、俺は寝るから。」

「あ、お休みなさい。」

瑠璃さんの声を背中に浴びつつリビングから逃げ出した。

そのまま、やる事もなかったのでベッドに入り、睡魔が訪れるのを待った。

姉さんが瑠璃さんに誤解したまま瑠璃さんが寝てる間の出来事を話さないことを祈りつつ・・・

 

 

 

 

                To be continued

 

 

 

 

この話はフィクションです。

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