その笑顔が見たくて
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In the white world〜episode 1
静かに・・・ピアノの音が流れる。ゆっくりと。なめらかに。
「朝から精が出るわね。はい、コーヒー。」
姉が、俺にコーヒーを手渡しする。ピアノの上には飲食物を置くなと言ってあるので、手渡しである。
「ゴメン、姉さん、起こしちゃった?」
「いいのよ。どうせ目覚ましで起きる時間だったから。どんな目覚し時計よりも目覚めは良いわよ。」
姉さんは、ウィンクをする。そんな姿にも、まったく違和感が無いのが不思議である。
「でも、それってうるさいって事と同義語じゃない?」
すると、姉は静かに、首を振った。長い黒髪が、朝の空気に舞う。
「そうじゃないの。目覚ましに必要なのは、ただうるさいだけじゃないってことよ。」
俺は、飲み干したコーヒーカップを姉に手渡した。
「じゃあ、朝ご飯でも作ろっかな。それまでガッコの準備でもしてたら?」
そう言って、コーヒーカップ2つを持って台所へ向かって行った。
そして、俺はもう一度ピアノに向かい、弾き始めた・・・。
「まさか・・・独学でここまで上手くなるなんてね・・・。楓は・・・誕生日になると、楽譜が欲しいって言ってた。他の家の子は、あのゲームが欲しいだの、やれこっちのゲームも欲しいだの言っていたのにね。そのうちに、自分の小遣いで楽譜を買うようになって、誰に習ったわけでもないのに、作曲までして―――」
台所から、独り言のようにつぶやく姉の声が聞こえてきていた。
走って、走って、走りまくった。
なぜ走っているかというと、電車に遅れそうだからである。
途中、誰かを跳ね飛ばした気もするが・・・・・・ゴメン。
途中に何かあったものの、まあ何とか電車に乗れた。
電車の中には東がいた。
東 雄貴(あずま ゆうき)。
入学して、趣味が違うにもかかわらず、いきなり意気投合してしまった無二の親友である。
「楓。今日は来ないのかと思ったぞ。」
第一声がそれ・・・?
お前がそう来るなら・・・
「うぅ〜お父さんは悲しいぞぉ〜?」
ベタなボケをかましてみる。
「いつからお前は俺の父親になったんだ!?しかも最後が疑問形・・・」
細部までツッコミをどうも。
それじゃあ・・・親父がだめなら・・・
「無論、父親が駄目だからって母親にするのは無しだぞ・・・」
・・・・・・
「はははh・・・・・・そんなことはないぞ〜」
「図星だな・・・。」
うるさい・・・そう言おうとした時、
「うるさい!少しは静かに出来んのか!?」
怒られてしまった。しかもおじいさんに。
ジト目で、東をにらめつけてやると、あいつもこっちを睨んでいた。
考えは同じらしい。
はぁ・・・
2人は同時に溜息を付く。
おじいさんの怒声を聞き流しつつ――
ってまだ怒ってる・・・
無論このまま聞き流しつづける事を決めたのも、2人とも同じだった。
「おい、英語の訳を見せてくれ・・・」
現在3限目。
小声で俺に言ってくる。
声は後ろからで、この声も聞き覚えがある、東だ。
・・・こんな推理をするのはまったく意味が無いのだが・・・
こいつは席が、なんと俺の後ろだったりする。
だから、ほぼ英語の時間は俺に訳を訊く。
「何で俺に訊くんだよ・・・家で訳くらいやって来いよ・・・」
「いいだろう・・・お前英語ペラペラだし。昼飯奢るからさ。頼むよ・・・。」
英語がペラペラというのは、父がグループの会長であるのも関係して、英語が必須ステータスなのである。
英語が話せなければ、外国の人とは何も話せない。
俺とは、世間話しかしないのだが、それでも正確に聞き取って、把握しないと相手に失礼なのである。
とまあ、こういうわけで、こいつには、英語の時間は頼られっぱなしである。
その代わり、いつも昼飯を奢らせているのだが。
とうとう懇願するように、言う。
それもそのはずだ。次の次くらいにこいつは英文を訳さなければならない。
出席番号の関係で。可哀想な奴である。
今日はギリギリ当たらないと鷹をくくっていたら、3人欠席がいるせいで、計算上当たってしまうことになる。
あと10分。
先生の話の長さによっては、当たらない可能性もあるが、念には念を入れたいのだろう。
「ほらよ。」
先生に見つからないように、後ろにノートを渡す。
「サンキュ。」
東が、ノートを受け取ろうとした時・・・
「おい、片桐に東。何をしているのかな・・・?」
意地悪そうな顔で先生がこちらを見ていた。
無論、こってり後で絞られた。
後3日間の昼飯を奢らせるのを了承させたのも、当たり前である。
現在昼休みである。
「何でこんなに今日は人がいないんだ・・・?この食堂はいつも修羅場なのに・・・」
「それは土曜日だからに決まっているだろう。土曜日にわざわざ食堂で食う奴なんぞ部活やる人間の少数だけだろう。」
・・・・・・は?
東は笑いをこらえて、今にも吹き出しそうである。
「土曜日ということは、姉さんが家で昼飯を作っているということか。無理だな。」
「っということは・・・今日は無し、明日は日曜・・・つまり、昼飯奢るのは、月曜だけだな。」
うんうんと東が頷いている。
「そうなるな・・・残念だが・・・って何でそうなるんだよ!」
思わず手が突っ込みの形になってしまう。
「・・・・・・55点だな。」
何が。
そう思うが、こいつに言っても解答してくれないと、すでに分かっているからもう訊かない。
「詐欺だな・・・」
全体の感想を言ってみる。
東はそこと無く視線をそらしている。
「まあ、これは来週一週間の昼飯奢りで。」
我ながらグッドアイデアである。
「おっと、電車時間が・・・」
腕時計をしていないのに見る振りをして、小走りで食堂から出る・・・いや、逃げたといった方が正しい。
こいつの誤魔化しかたの典型的なパターンである。
ま、いつもはこれでこの前のお詫びと何かをしてくれるから、それはそれでいいのだが。
とりあえず、一緒に帰るために追う事にした。
何とか生徒玄関で追いつき、一緒に外に出る。
道に出ると、目の前に黒光りの車、見覚えのあるナンバー・・・
そして・・・見覚えのある顔。
・・・というか、家族。
「楓。ついでがあったから迎えに来たんだけど・・・迷惑だった?」
「いや・・・そういうわけでは・・・無いけど。って、そこに居―――」
「ソンナコトハナイデス。イマ、ボクハカエデクントカエロートシテイタトコロデシタノデ。ボクハヒトリデカエリマスカラオキヅカイシヨウトシテイタトモイイキレナイノデカエリマス。」
東が割り込んできたかと思うと死ぬほど片言で、意味不明な日本語を言っている。
いや、日本語かどうかも怪しい。
ちなみに訳すと、「そんなことは無いです。今、僕は楓君と帰ろうとしていたところでしたので。僕は1人で帰りますからお気遣いしようとしていたとも言い切れないので帰ります。」と言っていた。
「と、続けるけど。」
ガチガチに固まっていた東と、呆気に取られた姉さんが我に帰り、こちらを向く。
「そこに居る女の子・・・誰?」
「まあ・・・それは家に帰ってからで。東・・・君だっけ?乗っていく?」
姉さんの提案に、東は目を輝かせて、
「お世話になります!えっと、Sデパート近くの市電の駅・・・通ります?」
姉さんは、運転手と暫く話をして、
「ああ、大丈夫よ。あの辺りは車が多いから、ちょっと離れた場所に止まるけど・・・いい?」
「構いませんですよ、ハイ。」
と言うわけで、また日本語がおかしくなった東を乗せた車――まあ、小型リムジンみたいなものだが――は、走り出した。
車の中では、他愛の無い話をし、おおむね平和に過ぎた。
東がガチガチに固まっている事を除けば。
東を降ろし、家に着き、家の中に戻った後。
「で、姉さん、その子は?」
早速本題を切り出す。
車の中でも、ひっき無しに、挙句の果てには東と2人で同時に質問をしたりしたのだが、分かったのは、「瑠璃」と言う下の名前だけだったからだ。
「じゃあ、自己紹介して。」
姉さんが少女に促す。
少女は、金髪で、俺よりも背が頭1つとちょっと低い。
車の中での台詞からは、活発的なイメージがあったのだが、今はなんとなく人見知りが激しそうで、それが尚、彼女の可愛さを引き立てている、と言った感じである。
そして、そっと少女が口を開いた。
「私は―――」
To be continued
この話はフィクションです。
実際の組織、グループ等とは何ら関係はありません。
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