「・・・・・ん」

 

  慣れた感覚。

  これは・・・ベット?

 

  えっと、何でベットで寝ているんだっけ・・・

 

  まだ寝ぼけているらしい頭で思考を巡らせる。

  と、隣で何かがもぞっと動いた。

 

 「?」

 「う〜ん」

 

  そこには、人がいた。

  私と同じくらいの女の子。

  金色の長髪をしたその子は・・・・・

 

 「・・・・・ここは」

 

  あたりを見渡す。

  見覚えのあるその部屋は、確かに・・・

 

  コンコン

 

 「フェイト、アリシア、アルフ。朝ですよ」

 「!? まさか・・・・!」

 

  そんなはず無い。

  あの子は、あの子は母さんと・・・・・!!

 

 「ん〜、おはよ。フェイト」

 

  けれど、身を起こしたその姿は私に瓜二つで・・・

 

 

 

 

  魔法少女リリカルなのはAs 〜もう一つの魔導書〜

                        第十四章「白夜の王」

 

 

 

 

  白い空間・・・・・

 

  ここは見覚えがある。

  誰かとあって、誰かと話して、誰かと何か・・・何か大切な約束をした・・・・・

 

  何も思い出せない。

  積み重ねた思いも、記憶も、大切な人たちも何もかも・・・・・・

 

  全てが、俺の全てが白に飲み込まれていく。

  ほんの少しの光すら飲み込んで・・・

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

  カチャカチャと無機質な音が食堂に響く。

  大きく広い食堂、その中心にある一つのテーブルに腰かけて食事を取っている人が何人かいる。

  一人は私、フェイト・テスタロッサだ。

  あともう二人ほどいるんだけど・・・

 

 「・・・・・」

 

  視線だけ向けて、目の前の光景を確認する。

  そこにいたのは―――いなくなった筈の、死んだ筈の二人。

 

  アリシアと、プレシア母さん――――――

 

 「ふふ」

 「っ、―――」

 

  母さんに笑いかけられて、思わず視線を逸らしてしまう。

 

  それとテーブルの傍ではアルフが食事をしていて・・・・消えたはずのリニスもいた。

 

  こんな有り得ない筈の、でも当たり前のように過ぎていく光景の中で、ただ漠然と理解した。

 

 (違う・・・・これは、夢だ)

 

  だって、だって母さんは―――

 

 (私に一度も笑いかけてはくれなかった・・・・)

 

  それに、あの二人・・・リニスとアリシアは―――

 

 (あの二人は、もういないのに―――)

 

  それでも・・・

  それでも、この光景は何なんだろう・・・・・

 

 

  しばらく後になって、みんなで散歩に出た。

  時の庭園はあの頃のように荒れているんじゃなくて、草木が茂り、太陽が優しく照らす場所だった。

 

 「ねえ、今日はみんなで街に出ましょうか」

 「わあ!」

 「いいですね」

 

  どこにでもあるような他愛のない会話。

  現実では決してありえなかった・・・

 

 「フェイトには、新しい靴を買ってあげないとね」

 「え・・・」

 「あー、フェイトばっかりずるーい」

 

  そのありえなかった風景に、当然のように私が入っている。

  これは・・・何?

 

 「魔導試験満点のご褒美ですよ。アリシアも頑張らないと」

 「そうだぞー」

 「むーー」

 

  ぷくっと頬をふくらませてふてくされるアリシア。

  それでも、次の瞬間にはすぐ笑顔が戻っていた。

 

  こんな風にみんなが笑い合っている中、私だけが笑えないでいる。

  だってしょうがない。

  これは夢で、ここにいるみんなは幻で。

 

  でも、それでも・・・・・

 

 「フェイト!」

 

  不意に、アリシアが近付いてきた。

  それがさも当然であるかのように―――

 

 「今度の試験までに、補習お願い」

 「う、うん・・・」

 

  補習か・・・やっぱりあのころ見たいに勉強するのかな。

  教科書を開いて、ノートを取って、それでも間違えることもあるからそれを教えてあげて・・・

  笑い合って、一緒に頑張って、それで・・・アリシアはちゃんと合格して。

  それを母さんやリニス、アルフと・・・私で――――――

 

 「・・・・っぅ!」

 

  不意に、涙がこみ上げてきた。

 

  何で、涙が・・・

  ここはこんなにも優しくて、それで―――

 

 (・・・・・ああ、そうか)

 

  だから涙が出るんだ。

  だってここは・・・

 

 (私が、ずっと欲しかった時間―――)

 

  だから、たとえ幻でも、夢であっても嬉しいから。

  こうやって笑い合えて、普通の家族として過ごせる時間が嬉しいから・・・

  だからこれは―――

 

 (何度も、何度も―――夢に見た時間だ)

 

  溢れ出した涙は止まらない。

  私はそれから、涙が尽きるまで延々と泣き続けた―――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 (・・・・・眠い)

 

  なんや、物凄く眠い・・・

  瞼だけじゃなく、意識だけじゃなく、心までもが眠くて眠くて・・・

  このまま、溶けてしまいそう・・・

 

 (・・・?)

 

  目の前に誰かいる・・・?

 

  うっすらと目をあけると、そこには長い銀髪と赤い眼の―――

  あかん・・・眠くて、視界がはっきりせえへん・・・

  ちゃんと、ちゃんと話さなあかんのに・・・

 

 「そのままお休みを、我が主。あなたの望みは、すべて私が叶えます」

 「・・・望み?」

 「目を閉じて、心静かに夢を見てください」

 

  望って・・・何?

 

  その疑問も聞かぬままに、私は睡魔に誘われてもう一度目を瞑った・・・

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

  閃光と閃光がぶつかり合う。

  それは激しい衝撃を生み、その余波だけで破壊をもたらしていく。

 

 「切り裂け―――」

 「打ち抜け―――」

 

  放たれるは刃と光の奔流。

  それは白を呑み込んだかのように思えたが、直後に中から切り裂かれ黒へと反撃に出た。

 

 「―――盾」

 

  だが、それはまたしても防がれる。

  数えてこれで何度目だろうか、永遠とも思われる繰り返しは、今も続いている。

 

 「―――意外だったな。お前がアレを取り込むとは思わなかった」

 「そういうお前こそ―――どうした、今回はいつになく饒舌じゃないか」

 

  互いにはじかれ、距離がつく。

  実力は依然互角。このままでは今までと何も変わらない。

 

 「・・・心境の変化、と言った所か」

 「・・・そうか。惜しいな、それほどまでに変われたというのに、肝心な所は変わってはいない」

 「そうだな・・・私は、所詮壊れ物だ」

 「―――」

 

  今この瞬間にも互いの命を奪い合っているものとの会話とは到底思えないもの。

  あるいは、これこそが彼女たちの拠り所なのか―――

 

 「もうあまり時間もない。決めさせてもらおう―――」

 

  展開される闇色のベルカ式魔法陣。

  その三角形のそれぞれの頂点に収束する魔力。

 

  広域砲撃魔法―――ラグナロク

 

 「―――」

 

  そして、白の魔法陣も展開される。

  ベルカ式だが、今までとは違う物。二つのベルカ式の魔法陣が重なり、それぞれの頂点を結んだ円形の魔法陣。

  その内側には六芒星が描かれている。

 

  そしてその頂点に、魔力が集う―――

 

 「響け、終焉の笛―――」

 「七つの星に、裁かれよ―――」

 

  まだ、希望の光は見出せない―――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

  ―――ここはどこ?

 

  気がつけばまっ白い空間の中に、私はいた。

  前後左右の間隔もなく、平衡感覚もまるでない。

  まるで、自分がここにいないかのような錯覚・・・

 

  私、どうしてここにいるんだろう―――

 

 (確か、さっきまで・・・)

 

  私は・・・あれ?

 

 

  私は、何をしていたんだっけ・・・?

  まるで、白い霧がかかったかのようにぼやけて、思い出せない。

 

  もっと前は・・・?

  例えば、昨日。

 

  記憶の糸を少し前までに伸ばしてみる。

  けど―――

 

  あれ、何で―――?

 

  やっぱり、思い出せない。

  それだけじゃなかった。

 

  今までの事が、全部まっ白に染まっていく。

 

 

  嫌―――

 

 

  一か月前、二か月前、三か月前―――

  どんどん、記憶が白に染まっていく。

 

 

  嫌―――!

 

 

  大切な出来事、大切な想い、大切な出会い―――

  その全てが、無くなっていく―――!

 

 

  嫌―――何で、何で!? 忘れたくないのに!! 私は―――

 

 

  それすらも、もう白に染まった。

 

 

  何を、忘れたんだろう・・・

 

 

  残ったのは、幼い記憶。

  一人ぼっちだったころの、私・・・

 

  ちょうどその頃には、お父さんが仕事で大怪我をして・・・

  それでお母さんはお父さんの看病に付きっきり。

  お兄ちゃんは剣の修行に余計に身を入れるようになって、お姉ちゃんも同じように修業を始めた・・・

 

  そんな中で、私はいつもどの輪にも入れなくて。

  一人でよく機械を弄っていたっけ・・・

 

  そのころはまだ友達もいなくて、ずっと一人きり・・・

  あれ、私・・・友達なんていたっけ。

  気のせいかな・・・

 

  何も無い白い空間。

  ここは、一人っきりの私にはお似合いかな。

  このままいっそ、白に溶けてしまおうかな・・・・・

  私がいなくても、どうせ・・・

 

 

 

 『アンタが心配なの!』

 

  ・・・?

  あれ、今の・・・

 

 

 『私たちもいるってこと、忘れないで』

 

  忘れる・・・?

  そんな、私は・・・

 

 

 『ごめんね、迷惑ばかりかけて』

 

  そんなことないよ、私は・・・

 

 

 『まったく、デタラメだな君は』

 

  私からしてみれば君の方が凄いんだけどなあ・・・

 

 

 『友達になるのって、どうすればいいのかな・・・』

 

  簡単、名前を呼べばいいんだよ。

 

 

 『辛くなった時、挫けそうになった時、俺がお前を支えてやる。お前の相棒と一緒にな』

 

  ありがとう。凄く嬉しかった。

 

 

 『さあ、行きましょうマスター』

 「そうだね、レイジングハート」

 

  そうだ。私にはたくさんの友達がいた。

  大切な、大切な出会いをたくさんした。

 

 「それを忘れるなんて―――情けないね」

 

  いつも、大切なものはこの胸に。

  どんな事があっても変わらずに、奇麗なままで輝き続けている。

 

 

  そうだ。私はもう独りじゃない―――

 

 

 「ありがとう。レイジングハートが起こしてくれたんでしょう?」

 『何やら精神汚染のようなものが起きたので対処させてもらいました』

 

  精神汚染・・・さっきみんなのことを忘れかけたのもそのせいかな。

 

 「ここは?」

 『私たちは白夜の書に取り込まれたようですから―――ここはおそらく内部かと』

 

  白夜の書の中―――そうだ!

  ここが白夜の書さんの中なら―――!!

 

 「レイジングハート、陣耶くん探せる!?」

 『可能です。反応は微弱ですがここにいます』

 「なら―――お願い」

『はい。左前方、約200ヤード地点』

 

  急がないと。

  たぶん、私の予想が正しければ陣耶くんも―――!!

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

  ・・・懐かしい夢を見ている。

  俺がまだ、何も知らなかった頃の。

  現実の厳しさを知らなかった頃―――

 

  あの時の火災で俺は両親を失い、同時に心に壁を作った。

 

  俺に近づけば、またあんなことになるかもしれない。

  そんな恐怖が、いつの間にか俺を独りにした・・・

 

  そんな自分が許せなかった。

  あの時、両親を死なせてしまった自分。

心に壁を作り、他人を受け入れようとしなかった自分。

  自分勝手な強がりで、周りに迷惑をかけてばかりの自分・・・

 

  結局、俺は何がしたかったんだろうか・・・

  それすらも、今は白に消えた。

 

 

 

 『・・く・』

 『・・・・う』

 

 

  不意に、懐かしい声を聞いた。

  それともう一つ、とても身近にある声を。

  この声は―――誰だったか。

 

 

 『・・が・・』

 

 

  そうだ。ここで会って、大切な何かを交わした・・・

  俺は、元々何のためにここまで来た。

 

 

 『じ・・・ん』

 

 

  そうだ。俺が支えると約束した少女。

  あいつは、何のためにここまで来た。

 

 

 『ありがとう』

 『陣耶くん』

 

 

  ああ、そうだ。

  俺が塞ぎ籠っていただけで、みんなはいつも俺が欲しい手を差し伸べてくれていた。

  周りを見渡すだけで、ほら。こんなにもたくさんの手が差し伸べられている。

 

  独りじゃないよ、とあいつは言った。

 

  そう、独りじゃない。

  俺は、こんなにもの人に囲まれて生きている。

  いつまでも、過去に囚われていたら前に進めない。

 

  俺はこの手を掴みたい。そのために―――

 

  まずは、あいつとの約束を果たしに行こう――――――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「陣耶くん! 陣耶くん!」

 「・・・・・ぁ」

 

  俺を呼ぶ声がする。

  うっすらと目を開けると、そこには白いバリアジャケットに身を包んだなのはがいた。

 

 「・・・おはよう、なのは」

 「おはようじゃないよ! もう・・・!」

 

  心底安心したという風にホッと胸を撫で下ろすなのは。

  どうやら、かなり心配をかけたようだ。

 

 「ごめんな、心配かけて」

 「いいよ。こうして陣耶くんが無事だったから」

 「けど大丈夫? レイジングハートがここじゃあ・・・」

 「精神汚染だろ。対象の最も辛い記憶を見せつけ、自我を壊した後ここに封じ込める」

 「え? どうしてそんな事―――」

 

  疑問に答えてやりたいのは山々だが今はそんな暇はない。

  さて―――

 

 「話は後だ。なのは、手伝ってほしい事がある」

 「え? う、うん、いいよ。何を手伝えばいいの?」

 「こいつを―――白夜の書を止めるのを手伝ってくれ」

 

  今のままでは勝ったとしても闇の書のごとはやてを消してしまうだろう。

  それじゃあ本末転倒だ。

 

 「それはいいけど、どうやって・・・」

 「今俺の手元にクラウソラスはない。だからお前がレイジングハートで俺の行動を補助してくれ」

 「と、言われましても・・・具体的にどうすれば」

 「魔法処理を手伝う感覚でいいよ」

 『簡単ですね』

 

  苦笑して魔法―――以前から用意しておいた一つの魔法を起動する。

  なのはもそれに手を添えて手伝いをしてくれる。

 

 

  さあ、約束を果たそうか。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

  魔力が高まる。

  あたりに壮絶な被害を及ぼすであろうそれを今まさに放とうと―――

 

 「―――?」

 

  唐突に、その動きが止まった。

 

 「・・・内部で不具合が生じたか? だが―――」

 

  闇の書は冷酷に、ためらいなく終焉の光を解き放つ。

 

 「ラグナロク―――」

 

  終焉の光が迫り来る。

  だがその中で―――

 

 「まったく、待ちくたびれたぞ・・・・・」

 

 

  彼女は、確かに微笑んでいた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「さて―――終わったな。手伝ってくれてありがとな」

 「どういたしまして。じゃあ、ここからどうやって出よう・・・」

 「簡単だ。こうすりゃいい」

 「え?」

 

  軽くトンッ、となのはを押す。

  そのまま倒れるかと思ったその時、光の鏡のようなものが出現しなのははそこに倒れこむ。

 

 「じ、陣耶くん!?」

 「先行ってろ。俺も後から行くから―――それまでの間、あいつを頼む」

 

  返事を聞かぬままに光は消え、同時になのはも消えた。

 

 

  そしてその瞬間、世界を揺るがすほどの衝撃が襲った――――――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

  闇の極光が白夜の書を呑み込んだ。

  今まで構築していた砲撃魔法がいきなり消えて、身動き一つとらず・・・

  いったい何が・・・

 

  その矢先、一つの閃光―――桜色の光が極光の中から飛び出してきた。

  あれは―――!

 

 「なのは!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 (なのは!)

(無事だったんだね!)

 (うん。心配かけてごめんね、二人とも)

 

  前を見据える。

  そこには、いまだ健在の闇の書さん。

 

 (なのはちゃん、聞こえる?)

 (リンディさん)

 (状況はあまり良くないわ。さっきまでの白夜の書との互角の戦いで少しは消耗している筈だけど、時間がもうないわ)

 

  持ってあと一時間。リンディさんはそう言った。

  けれど、消耗しているのならどうにかできるかもしれない。

 

 (分かりました。それまでに、何としても闇の書さんを説得して見せます!)

 (・・・分かったわ。お願い)

 

  通信が切れる。

 

 「―――レイジングハート、いけるね」

 『All right

 

  胸にあるのは、一つの想い。

 

 「お前も、もう眠れ」

 「―――いつかは眠るよ。けど、それは今じゃない」

 

  眠るのは、まだまだ先の話。

  たくさん泣いて、たくさん笑って、精一杯走り抜けたその後の事。

 

  今は、まだ走り続ける。

 

 「今はみんなを助ける。はやてちゃんを、フェイトちゃんを、あなたを!」

 

  陣耶くんは私に“頼む”と言った。

  後から行くからと、そう言った。

 

 「だから―――」

 

  私は私のするべき事を。

  陣耶くんは来る。だから心配する必要なんかないし、信じて待てばいいだけ。

 

  だから、それまでの間。

 

 「無茶させるけど、ごめんね」

 『いいえ、謝る必要はありません。あなたがその気でなかったのなら、私が焚きつけていましたから』

 「―――ありがとう」

 

  ほら、こうしてレイジングハートも信頼で応えてくれている。

  なら私も信じないと。

  信じるということを、私は陣耶くんとレイジングハートに教えられたから。

 

 「レイジングハート、エクセリオンモード―――ドライブ!!」

 

  だから、みんなを助けるために―――行こう。

  この悲しみの連鎖を、断ち切るために。

  そのための力を、私は奮う。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「まったく―――遅いぞ、寝ぼすけ

 「悪い悪い。すまんな、手間をかけさせて」

 

  白い世界の中で、穏やかな声が響く。

 

 「まったくだ。これで万が一やられていたらどうする気だったのだ」

 「結果オーライということで一つ」

 

  目の前にいるのは白夜の書の管理人格。

  ついさっきまで闇の書と激闘を繰り広げていた者―――

  俺は―――夢という形で、こいつと何度も会っている。

  始まりは―――四年前、あの火災の日から。

 

 「で、どうだ?」

 「ああ、ラグナロクによってプログラムは弱体化。容易に破壊する事に成功した。

  が、私は結構なダメージを受けた。私が表に出て戦うのは難しいな」

 「そうか―――まあいいか。うし、ならこれで行けるな。約束は果たしたぞ」

 

  遠い昔―――四年前の約束。

  俺がこいつを知った時に誓ったこと。

 

 “なら、僕と君で終わらせようよ。そんな悲しい事”

 

  そんな子供じみた考えで言った約束。

  こんな大事になるとは予想もしなかったが・・・

 

 「んー、あいつらにはどう説明したもんかね」

 「ありのままに言えばいいだろう。全部忘れさせられていました、と」

 「それもなあ・・・」

 

  夢で会っていたくせに何で記憶がないのか?

  それはこいつが毎回俺の記憶を消していたからである。

  いや、消すというよりか封じるか。

  最初から全部知ってたらそら不自然だし、どっかでボロが出るからな。

 

  ともかく、俺は最初から全部知っていたわけだがそれを全部封印されていたわけで・・・

 

 「なんか気不味いな・・・」

 「仕方あるまい。お前も納得しただろうに」

 「ま、そうだけどさ」

 

  何にしても、騙していたことに変わりはないしなあ・・・

 

 「さて、時間もない。そろそろ行くぞ」

 「ああ」

 

  暴走までもうあまり時間もない。

  タイムリミットは、おそらく後・・・一時間ほど。

  早く行かないと・・・あ、そうだ。

 

 「忘れてた」

 「何をだ?」

 「契約だよ、契約。名前をやる。いつまでも白夜の書じゃ味気が無いからな」

 

  これは俺なりの宣誓だ。

  俺がこれから共に戦う相棒への―――

 

 「名か―――」

 「まあ受け取ってくれや。じゃないと主としての示しがつかない」

 「―――そうだな、せっかくの贈り物だ。ありがたく受け取るとしよう」

 

  魔法陣が展開される。

  紡がれるのは、契約の言葉―――

 

 

 「白夜の主の名において、汝に新たな名を与える」

 「―――」

 

 

  これから共に戦うこいつ。

  この戦いは、これまでの運命に反逆する戦い。

  それに相応しい名を―――

 

 

 「対抗する意志、足掻く力、運命に反逆する者―――」

 

 

  さあ、共に行こう。

  この悲しみの連鎖を、断ち切るために。

 

 

 

 「トレイター」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「アクセルシューター!!」

 「―――!」

 

  無数の光弾が襲いかかる。

  けれど―――

 

 「甘い」

 「くうっ―――!」

 

  全て叩き落とされた後に強烈なパンチが繰り出される。

  ぶつかり合う障壁と拳が激しい火花を散らす。

 

  けど、それもすぐに砕かれた。

 

 「っ!!」

 「―――」

 『Schwarze Wirkung

 

  黒色の魔力が拳を覆う。

  それをそのまま繰り出してきて―――!!

 

 「くっ、ああ!!」

 

  とっさに防御するけどそれごと吹き飛ばされる。

  幾分か吹き飛ばされた所で、何とか体勢を立て直す。

 

 「一つ覚えの砲撃魔法―――通ると思ってか」

 

  違う、たとえ通らなくても―――!

 

 「通す!! レイジングハートが力をくれてる! 命と心を賭けて応えてくれてる!!」

 

  私を信じて、他でも無く―――私に力を貸してくれている!

 

 「泣いてる子を―――救ってあげてって!!」

 『A.C.S. standby

 

  レイジングハートから魔力による翼が出現する。

  力強く―――遠く空へ羽ばたくように。

 

 「アクセルチャージャー起動、ストライクフレーム!!」

 『Open

 

  槍のような先端から魔力刃が展開される。

 

 「!」

 「エクセリオンバスターA.C.S.―――ドライブ!!」

 

  魔力をこめて一気に突撃する。

  単純なその突撃を躱すことはせずに真正面から受け止められる。

 

  ぶつかり合った障壁と魔力刃が激しくせめぎ合う。

 

 「―――」

 「―――届いて!!」

 

  魔力刃の部分が確かに障壁を貫く。

  これなら―――!!

 

  レイジングハートがカートリッジをロードする。

 

 「! まさか―――!!」

 「ブレイク―――!」

 

  魔力が一気にチャージされる。

  躱す暇なんて与えない。このまま―――!!

 

 

 「シューーート!!!」

 

 

  周囲を、強烈な閃光が襲った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

  排気ダクトから魔力の残滓が排出される。

  至近距離でのエクセリオンバスター発射は私にもダメージを与えた。

 

 (ほぼゼロ距離、バリアを抜いてのエクセリオンバスター直撃。これで、ダメなら―――)

 

  対抗手段は、もうほとんど残されていない。

  少なくとも、私一人で有効なダメージを与えるのは難しいかもしれない。

 

 『Master!!』

 「っ!!」

 

  レイジングハートに呼びかけられて上を見上げる。

  そこには、未だ悠然としている闇の書さんがいた。

 

  あれでほぼ無傷―――

  実力差は、たぶん相当のもの。今の私じゃあ止められないかもしれない。

 

  それでも、絶対に諦めない―――

  だから

 

 「もう少し、頑張らないとだね」

 

 

 

 「それだけの気力があるのなら上等だ。やるぞ、なのは」

 

 

 

  響いた声は、とても聞き覚えがあるもので。

  それは、後で行くと言って私を出してくれた人―――

 

 

  後ろを見上げれば、確かにいた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「それだけの気力があるのなら上等だ。やるぞ、なのは」

 「え?」

 「!?」

 

  反応はそれぞれだった。

  呆けた顔をする者もいれば驚愕する者もいる。

 

 「陣耶くん!」

 (ちょ、アンタ無事なのかい!?)

 (大丈夫なの!?)

 (ああ、これから俺もあいつを止めにかかる。サポートを頼むぞ)

 

  掌に小型の転送魔法が起動する。

  転送する物は―――ビルの屋上であの二人に取り上げられてからほったらかしにされいるであろう相棒。

 

  それは、確かにこの手に戻った。

 

 「待たせたな、相棒」

 『遅いですよ、相棒』

 「ハハ、スマン」

 

  軽口を叩きながら、相棒を握りしめる。

 

 

  これで、準備は整った。

 

 「―――お前たちが二人掛かりで来ようと、結果は変わらない」

 「それは、やってみなくちゃ分からないだろ」

 

  相棒を空へ掲げ、その力を解放する。

 

 「クラウソラス、エクセリオンフォーム―――セットアップ!!」

 『Standing by, set up

 

  俺の剣が起動する。

  現れた剣はいつもより長い俺の身の丈ほどある長剣と化し、剣にはお決まりの鍔も出現した。

   白銀の両刃の刃に金色のラインが二本奔っている。さながら、どこかの伝記に出てくるような西洋剣である。

 

 「続けて―――いくぞ!!」

 「っ、それは―――!!」

 

  左腕を掲げ―――そこに白夜の書が現れる。

  声を高々に、その名を紡ぐ。

 

 

 「対抗する意志、足掻く力、運命に反逆する者、トレイター!!」

 

 

  白の鼓動が響く。

  今まさにその真価を発揮せんと大気が揺れる。

 

 「セットアップ!!」

 

  同時に、白の光が俺を包み、容姿が少し変貌する。

 

 

  両手両足に白銀の鎧が装着され、見開いた眼は漆黒から深い蒼へ。

  そして、背には二翼の白い翼。

 

 

 「いくぞ、トレイター」

 『いこうか、我が主』

 

 

 

  ここに、白夜の王が覚醒した。

  紡がれる最終局面の序章は、終わりを見せ始めた。








   Next「大切なオクリモノ」

   それはほんのささやかな、とても尊いオクリモノ―――








   後書き

   主人公復帰。それにしても今回はとても強引な感が・・・

   今回出番が少なかったフェイトやはやては次回で補完します。

   定期考査が終わって結果が怖い今日この頃、ラタトスクの騎士が欲しい・・・・・けど金が無い。








作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。