Kiss of the Vampire
※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。
――忍と、喧嘩をした。理由は実にくだらない事で、本当に個人的な事。他の誰が聞いても、きっと首を傾げる。
とにかくあいつの全てが嫌いになって、年の終わりに関係も終わらせた。きっぱり清算、お互い二度と会わない事を誓い合った。
そして迎えた新しい年、本当に気分がいい正月。女と乳繰り合っているより、独りの方がずっと清々しい。
「……あれ? もしかして、宮本じゃねえ!? 俺だよ俺、ほら!」
「あん……? おー、お前か」
などと思っていた矢先に、顔見知りと出会ってしまう不幸。あいつの顔を見るのも嫌で、正月早々遠出した矢先にこれだ。
街頭で再会した、背の高い男。茶髪にロンゲ、コーディネートされた、メンズファッション。洗練された外見。
一見してモテそうな男、実際顔も整っている。問題があるとすれば、見覚えがある程度の認識しかない事だろうか?
ガキの頃の顔をぼんやり思い出せる、その程度の関係。名前も思い出せない。再会しなければ、完全に忘れ去っていただろう。
「ケンジー、その人知り合い?」
「小学校の頃の知り合いだよ――まだ、そんなもの振り回しているんだな。その袋を見て、すぐにお前だと分かったぜ」
道を歩いていた俺にわざわざ横付けして、高級車の運転席から男が声をかけてくる。持ち歩いていた竹刀袋で、俺だと分かったらしい。
助手席には女が一人座って、同じくこちらを見ている。男と同じく、俺を馬鹿にするような目で。
男の恋人だろうか、今時という感じの若い子だった。化粧は濃いが、男からは好かれそうな容姿の女である。
二十代過ぎても化粧もせずブラブラ遊び歩く、あの馬鹿女にも見習わせたい。思い出したら、またイライラしてきた。
「それで、何か用か。デートの途中だろう、二人で遊びに行けよ」
「まあ、そう言うなよ。何やってるの、今。あそこ飛び出したとは聞いてたけど、仕事とかは?」
「……別に。その日暮らしで適当にやってるよ」
「おいおい、無職かよ。アウトロー気取りはいいけどよ、職歴もねえんじゃ今の世の中やっていけないぞ」
心配しているというより、馬鹿にした口調。一定の職にも就かず、のんびり気ままにやっている俺を完全に見下ろしている。
怒る気にはならなかった。一般人から見れば、俺は所詮ごく潰しのニート。否定はしないし、社会人のような苦労もしていない。
海鳴町へ流れ着かなければ、多分今も孤独を旅路とした放浪生活を続けていただろう。
自由と言えば聞こえはいいが、真面目に働く大人から見れば野良犬と変わらない。餌を漁って生きているだけだ。
「何なら、俺の会社で雇ってやろうか? もっとも、チャンバラごっこが取り柄のお前じゃ大して役に立ちそうもねえけど」
「俺の会社……?」
「ケンジ、社長やってるの。ベンチャーだけど、海外に大手の取引先がいて年商は億単位。
億よ、億。見るどころか、想像も出来ない額でしょ? ふふん」
嫌味じゃなく、少しだけ感心した。単純に人を小馬鹿にしているだけではなく、自身の成功の裏づけがある。
俺と同年代で億を稼ぐのは、本当に大変な事だ。実際に金には苦労させられたから、尚更凄いと思わされる。
俺だってアリサがいなければ、そんな額を手にするのは難しかった。大金を掴むのは、努力だけでは難しい。
「この車も先月、一括現金で購入したばかりだ。これから彼女を連れて、たまの休日楽しんでくる。
お前は彼女とかいるのか? 俺にも紹介してくれよ、遊びに行こうぜ」
「けんじー、やめなよ。可哀想でしょう、この人にそんな事を聞くのは」
「おー、悪い、悪い。そうだよな、そんな女がいるのなら正月に一人で出歩かねえか。はっはっは」
馬鹿笑いする男の腕にもたれかかって、女もイヤらしい笑みをこちらに向ける。はいはい、仲がよろしいことで。
この社会では勝ち組に入る男の恋人の座を掴み、女もご満悦のようだ。俺と比較して、その優越感を楽しんでいる。
昔は同じ学校で勉強をしていた人間。同じ過去を持つ男が、違う現実を歩む、輝かしい将来を手に入れている。
人というのは環境によって、こうも変わるのか――男も同じ気持ちなのか、俺に侮蔑の視線を投げかけていた。
ウンザリしてきた。何が悲しくて、他人の勝利を元旦から見せ付けられなければならんのだ。
こういう場合は厄介だ。殴れば暴力しか取り柄がないと思われ、文句を言えば負け犬の遠吠えと言い返される。
名残惜しむ関係でもないし、とっとと別れて――うげっ。
道路の反対側、車を挟む形で俺は見てはならないものを見てしまった。
祝福された新しい年の始まりから、普段着で歩いている女が一人。
この寒空の中薄着のまま長髪をなびかせて歩いており、顔に不機嫌を剥き出しにしている。
小学校時代の男なんぞ目じゃない、よく見た顔の女。どうやったら忘れられるのか、神様に聞いてみたい。
そのまま黙って通り過ぎればいいものを、忌々しい事にこっちに気付いて顔を向ける。
「っ……」
月村忍、関係を終わらせた女。彼女は俺に気付き、その前に停車している男と女に視線を向ける。
勝ち組カップルは忍の存在に気付いておらず、俺の事を指してあれこれ言っては笑っている。
ゲーム大好きのインドア女の分際で、あいつは目も耳もいい。会話の流れも敏感に察したようだ。
忍は好戦的な笑みを浮かべて、最後に俺を見つめる。俺は舌打ちした。
(目を向けんじゃねえ。消え失せろ、ボケ)
(――)
何でお前が此処にいるんだ。お前と会いたくないから、俺はわざわざ来た事もない町に遠出したんだぞ。
断言して言える。こいつは追いかけてくるような、殊勝な女ではない。信じ難いが、本当に偶然この町に来たんだ。
多分、俺と同じ理由――会いたくないから遠出して、たまたま同じ町を選んでしまった。
昔からそうだった。繋がりを持つ前から、こいつとは約束も何もしていないのに会ってしまう。
一体、どういう縁があるのだろうか? 喧嘩別れしたくらいでは、断ち切れないらしい。
忍は俺の言いたい事を全て察して――大胆に車道を渡って、近づいてきた。くそったれ。
「遅いよ、良介。待ち合わせの時間を過ぎても来ないから、迎えに来ちゃった」
「……はあ?」
「良介の知り合いですか? 初めまして、この人の彼女をやってる月村です」
忍はにこやかに笑って自己紹介。手を入れた俺のポケットに自分の手をつっこんで、ぎゅっと握るのも忘れない。
恋人が隣にいるにもかかわらず、男は忍に見惚れていた。ぽかんとした顔のまま、完全に心を奪われている。
スタイル抜群の、日本人離れした美人。完全な愛想笑いなのに、その笑顔は異性を虜にする。
「遅いから心配したんだよ、もう。いつもどおり、遅刻した罰」
「っ……!?」
忍はそう言って、俺の首筋を噛む。痛みを与える吸血ではなく、快楽を感じさせる甘い接吻。
甘く噛んで、濡れた舌で舐め取る。吸血鬼の女が見せる愛の洗礼に、同姓の女まで恍惚とした顔で見つめている。
出逢った事とは違い、大人の女性としての大人の一面。艶を知る忍は、夜の一族の女となっていた。
「おっ――おいおいおい、な、何の冗談だよ、宮本!? 嘘だろ、どうしてお前なんかに、こんな……
彼女、そんな奴やめとけよ! そいつはな、ガキの頃から本当にロクでなしで――」
「ごめんなさい、私ロクでなしのこの人を愛しているんです」
昨日別れたばかりなのに、忍はハッキリとそう言い切った。二の句もつけられないほど、堂々と。
世間に認められたカッコいい男性より、日陰者の人間がいいのだと。欠点ばかりの男が好きなのだと、言い切った。
結局、忍の一人勝ち。剣を振るう機会もなく、俺は見せ場もなく舞台から落とされてしまった。
「――たく、何が恋人だ。お前とは昨日の夜、別れただろう」
「最後だからって無理やりエッチして、そのまま放り出すって酷いと思うんだけど」
「遠回りにおねだりしたのはお前。しかも、口でしか嫌がってなかったくせに」
「日が変わった後だから姫始めにカウントされちゃうんだよねー、アレ」
「俺も同じだろうが、その場合。何が悲しくて、姫始めが別れたばかりの女なんだよ」
「私だって会いたくもなかったのに、何故か会っちゃったし。あーあ、一人で電車乗るんじゃなかった。
……寂しいだけだったし、違う男ばかり声かけられるし最悪」
「その調子で新しい彼氏を見つけろ、失恋女」
「フラれた男よりはマシだよね、きっと」
「勘違いするなよ、フッたのは俺だ」
「立ち直りが早いのは女の方なんだよ。男だけ、未練たらしいの」
「ほほう、だったらこの場で別れようぜ」
「これで153回目のバイバイだね、いいよ。今度こそ、もう付き合ってあげないから」
「お前こそ、愛人でいいからって泣いて頼んでももう駄目だぞ」
「大っ嫌い」
「死ね」
「「フンッ」」
「……」
「……」
「……早く行けよ」
「……そっちこそ」
「……、……寒いだろうが!」
「……、……寒いでしょう!」
「大体お前のせいで、あんなバカップルの自慢話聞かされたんだぞ!」
「こっちだって、くだらない男にナンパされたんだよ!」
「あーあ、他にいい女いないかな」
「あーあ、他にいい男いないかな」
街角で言い争いをして――同じ道を歩いていく。
人間より寿命の長い吸血鬼との関係は、時間が経ってもなかなか途切れない。喧嘩をしても、絶縁しても、何をしようと。
ならば潔く観念すればいいのだが、お互いに譲り合わない。我の強い男女に、恋愛なんて成立しないのかもしれない。
俺達はこんな感じで、これからも生きていく。
<END>
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