To a you side 外伝× Single Mothers by Choice
※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。
田舎で知られる海鳴町でもクリスマスシーズンはあり、町中にカップルが溢れる。神様への感謝は無くとも、男と女には特別な日である。
俺には縁のない行事だと毎年欠伸でもして過ごしていたが、今年は俺にとっても特別となるかもしれなかった。
あくまでも、過去形。神を鼻で笑っていた俺に、とうとう神罰が下ったのである。
『本当にごめんなさい、良介さん! 急患が入りまして、今日の御約束は――』
「正月にバレンタイン、ゴールデンウィークに夏祭り、秋の紅葉と来て、次はクリスマスか。
今年一年、結局お前と何処にも出かけられなかったな』
『私も今度こそ良介さんと一緒に過ごしたかったんですけど、患者さんをそのままにしておけなくて』
携帯電話の向こう側より、周囲の喧騒と共に悲痛な謝罪の声が届く。多分、電話相手は必死で頭を下げているに違いない。
空を仰ぎたくなる、訃報。縁起でもないが、そう言いたくもなる悲しさ。土壇場でキャンセルされた男の悲哀は、言葉では表現出来ない。
人々が行き交う駅前が待ち合わせ場所だったが、相手は今日も来れないそうである。
もっとも悲しみにくれているのは、むしろ彼女の方だった。
『良介さんが大切ではないと言っている訳ではないんです! しょ、正月は何とかお休みを頂けますから』
「"クリスマスは何とか休暇が取れそうなんです。会えませんか?"――と、今日持ちかけてきたのはお前だぞ」
『ごめんなさい、本当にごめんなさい!』
海鳴町にデートスポットは数少ない。地元民であれば尚の事、最初のデートでほぼ行き尽くせる。
自然豊かな優しい町並みなのだが、雄大な山も美しい海もクリスマスに高鳴る心を満たしてはくれない。
だからこそ今日この日だけは愛しい故郷を離れて、大都会へ向かう。駅前は、クリスマスデート定番の待ち合わせ場所となるのだ。
男は別にして、待ち合わせに現れる女性は平凡とも言える容姿ばかり。レベルは低くないが、特別に高くもない。
別に女を見下すつもりは無いが、俺の待ち合わせ相手に比べれば月とスッポンだった。
フィリス・矢沢はそれほどまでに美人で、心も綺麗な女性。にやけた顔をしている男達に、見せびらかしてやりたい。
でも今この時だけは、俺がこの場で誰よりもカッコ悪い男であった。この場にいる男の誰でもいいので、代わって欲しい。
どれほど美人であっても、会えなければ愛を語らう事も出来やしない。
「分かった、もういいよ。仕事、頑張れよ」
『……怒ってますか、良介さん。お、怒って当然だと思います。いつか、埋め合わせをしますから』
「正月からそう言ってそろそろ一年経過しますよ、フィリスさん。いつまでも待てるか」
『矢沢先生! 先ほど急患で運ばれてきた患者さんの容態が――!』
「……俺を相手する余裕なんてないんだろう、お前は。患者だけ相手をしてやれ」
『こ、今晩必ず電話します! 一度二人で話を――』
フィリスが言い切る前に、俺は電話を切った。剣でなくても、彼女の心を切り裂いた感覚が手に残った気がする。
待ち合わせの時間まで後一時間、これほど早く来たのは自分でも楽しみにしていたからだろう。それだけに、ショックは大きい。
その場に座り込みたくなった。DVなどという言葉が近頃あるらしいが、女を苛める感性が信じられない。
言葉だけでも責めるだけで辛いのに、暴力まで振るうなんてどうかしている。フィリスは今頃切られた電話を手に、泣いているだろう。
"矢沢先生"、看護師にそう呼ばれる彼女は医者だった。ドクターという職業にも休暇はあるが、緊急も多い。
フィリスは海鳴大学病院でも特別信頼されている名医だった。この俺もまた、彼女には何度もお世話になった患者の一人だ。
憧れの美人女医を、自分の彼女にした自覚はそれほどない。実際俺もフィリスも、お互いに告白はしていない。
患者と医者の関係を超えたのは、個人として会うようになってから。男と女の関係になったのは、身体を重ねた後の事。
思いやりのある医者、手のかかる患者――俺にとってフィリスは珍しい女性であり、フィリスにとって俺は困った男性だった。
今まで会った人とは、少し違う。その微々たる差が特別意識を生んで、俺達は意識し合うようになった。
「……あいつの事を責められないよな、俺も……」
特別な関係になっても、俺達には譲れないものがあった。それが患者であり、剣だった。
他人を癒す者と、他人を傷つける者。本来ならば相容れない者同士なのに、今も一緒にいるのはどうしてだろうか?
俺は今でも他人を傷つけ、自分もまた傷付いている。それがどれほど、フィリスの心を傷つけているのか承知の上で。
剣を止めて欲しいと願っていても、フィリスは決して口にはしない。俺の心配ばかりして、労わってくれている。
長生き出来ない人生だと覚悟していたのに、大人になっても健康でいられる。彼女との出逢いは、奇跡だった。
止めようと思った事が無いといえば、嘘になる。フィリスに泣かれた時、いつも真剣に悩んでしまう。
苦笑する。捨てられなくとも捨てようと思ってしまうほどに、俺はあいつが大切になってしまっている。
今この時も自分の幸せを犠牲にして、他人が幸せになれるように努力する女を。
携帯電話を手にし、通信履歴からある番号を発信する。この携帯電話で、フィリスと同じくらい繋げる相手と。
程なくして、相手は電話に出た。何年経っても変わらない声が、耳に響く。
『どうしたの、良介。今日はフィリス先生とデートでしょう? 絶対電話するなと、念押ししたくせに』
「デートは中止、年明けに予定していた仕事を早める。準備してくれ」
デートが出来なければ、仕事があるだけ。つまらない男になってしまったものだと、つくづく思う。
俺みたいなロクデナシを一般人にしやがって――長年傍で説教し続けた女を思い浮かべて、毒ついた。
男を放り出して仕事に励むのなら、俺だってお前みたいな女なんぞ忘れて仕事に専念してやる。
世間はクリスマス――俺達は今日も待ち合わせられず、それぞれの職場へ向かう。
この世界に、サンタクロースはいない。大人だけではなく、今の時代子供も分かっている。プレゼントは、探せば何処かで売られている。
神様となったイエス・キリストは、実在したのかどうかは分からない。探してもいないけど、居たという痕跡は残されている。
しかし、世界の何処かに存在する――10メートルを超えるトナカイが。
「りょ、良介さん!? どうしたんですか、その怪我!?」
「子供を食べる、悪い動物がいてな……あいてて……」
「早くベットに横になって下さい! すぐに怪我の手当てをしますから!」
飲食店などに限らず、病院でも常連という概念は存在するらしい。俺が顔を見せた途端、受付の女性がフィリスを呼んでくれた。
全身修羅場の状態でも平然と対応するあたり、俺の通院暦を如実に物語っている。またか、という顔をされた。どうもすいません。
診察室に通されて、求めていた女性との対面。クリスマスだというのに、俺達は血と消毒液の臭いに染まっていた。
「また危ない仕事をしたのですね!? 脅威に怯える村人を助けるのは大変結構ですが、自分の身体も案じて下さい!
ちゃんとお仲間さんと一緒に行ったんですか? 一人で無茶はしていませんよね?」
「お前……電話では殊勝にしていたのに、直接対面すると元気に小言を並べるな」
管理外世界における討伐依頼は極めて危険度が高く、見入りに合わない仕事である。人と自然との戦いは、今でも続いているのだ。
大概は文化が発達しておらず、日々の生活で精一杯の人間ばかり。報酬は雀の涙、疲労と怪我に見合った仕事にはならない。
クリスマスという特別な日に引き受ける仕事ではない。頑張っても、報われない。
そう、こういった仕事は――人々の感謝の笑顔を、対価としなければならない。今日という日も頑張る、誰かさんのように。
「あの電話の後で大怪我して病院に来るなんて思いませんよ、普通は!
……今度こそ嫌われてしまったものだと……私の事なんて……」
「そんなの、いつもの事じゃないか。怒りたい気持ちはあるけど、お前じゃなくて患者に怒りたい。
こんなクリスマスの日に――怪我するような馬鹿を」
「!? まさか、良介さん……私に会う為に、こんな怪我を――」
どんな自殺願望を持った人間なんだ、そいつは。女一人に会う口実で、モンスターと戦う馬鹿なんぞこの世にいるもんか。
綺麗なお医者さんに会う為に、わざと怪我して保健室へ行く。小学生じゃあるまいし、大の大人がする事ではない。
俺はただデートをドタキャンされて、モンスター相手に八つ当たりしただけだ。
「勘違いするな。俺は仕事でたまたま怪我して、この病院に来たんだよ」
「こんな大怪我をして、現地で治療もせず血を流したら此処まで来たんですか!?
良介さんは昔から、いつもそうです! 嘘ばっかりついて……誰かを思い遣って、自分を傷つけて……
怒れなくなっちゃうじゃないですか。本当に、酷い人です」
「だったら、怒らなければいいのに」
「良介さんが、怒らせるような事ばかりするからです!
もう……何やってるんですか……どうやって謝ろうか悩んでいた私が、馬鹿みたいじゃないですか!」
フィリスは泣いていた。泣きながら、笑っていた。涙腺が緩み、甘えるように俺の胸を軽く小突く。
患者に向ける態度ではない事に、不謹慎ながら笑ってしまった。フィリスはやっぱり医者で、優しい女性だった。
デートは確かにしたかった。でもそれは、こいつを喜ばせたかったから。
こうやって、笑っていて欲しかった。その為なら道化になろうと、馬鹿でも何でもする。
「良介さんには、しばらく入院してもらいます」
「また入院!? 入院するほどの怪我でもないだ――あいだだだだっ!?」
「盛大に血を流している患者の申告なんて、当てになりません。少なくとも年が明けるまで、入院してもらいます」
「! これ、が、医者の、やることか……!」
傷口をカルテで叩くなんてするか、普通!? 遠慮が無いにも、程がある。凶悪なモンスターでも、こんな卑劣な攻撃はしない。
やれやれ、俺達は結局こういう関係に収まってしまうのか。医者と患者、これが原点である限り逃れられない。
文句を言うとフィリスは叩いていたカルテを、止める。
「良介の、馬鹿――私だって、寂しかったのよ。今晩は絶対、帰さないんだから」
……顔を俯かせていても、耳が真っ赤に染まっているのが分かる。俺も俺できっと、顔が赤くなっているに違いない。
行儀正しいフィリスの、女としての言葉。これまでは家族だけに向けていた、彼女なりの我が侭。
他人に優しいフィリスとの関係の変化――自分に優しくして欲しいという、サイン。
いつ聞いても……反則級の、可愛さだった。堕ちない男なんて、いない。
「今日は一緒にいような、フィリス」
「……うん。良介の好きなホットココア、入れてあげる」
「お前に好きにさせられたんだけどな、あの飲み物」
「私と、どっちが好き?」
「ココアって言ったらぶっかけるだろう、お前」
「良介が意地悪なのが悪いのよ」
診察室の窓の外には、雪が降り始めていた。ホワイトクリスマス、なのに俺達は何処にも行かない。
世界中の美しい光景よりも、お互いの顔を見て笑っている。ロマンなんて何も無いのに、心だけはときめかせて。
血に染まった白衣と剣を傍に置いて――俺達は今晩だけ特別に、男と女になった。
<END>
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