過ぎ去りし永遠の日々
※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。
「あの子を動物に例えると、犬ね。飼い主を見つけたら、いつも健気にとことこ寄ってくるもの」 ―アリサ・ローウェル―
「剣士さん、おはようございます」
「すずか、今日は一日休暇だろう。自分の好きなように過ごしていいんだぞ」
職場に居ないと落ち着かない、女の子。職務熱心を褒めるべきか、仕事人間ぶりに嘆くべきか。
俺の護衛役である月村すずかは、2月14日の今日も変わらずに俺の元へとことこやって来た。
冬の終わりの冷たい日、海鳴町では雪が降っている。月すら真っ白に染める、白い雪が。
「剣士さんとお話したくて来ました。これから出かけられるのですか?」
「雪が降っていて寒いので家にいようと思ったら、アリサに追い出された。大の男が昼間からゴロゴロするな、だとよ。
毎年あの手この手で、家から追い出しやがって。どんなメイドだ、まったく」
「どうして毎年家から追い出されるのですか?」
「……今日はバレンタイン・デー、後は分かるな?」
「分かりません」
実に素直に、首を振られた。ここまでキッパリ否定されるとは思わず、ずっこけそうになってしまう。
人間社会にはだいぶ慣れてきているのに、たまに驚くほど世間知らずな面を見せる。誘拐犯に簡単に攫われそうで怖い。
バレンタインの風習は知っているとは思うが、一応聞いてみる。すずかは、静かに答えた。
「女性が男性にチョコレートを贈る日、日本独自の習慣だとお聞きしています」
「……日本独自だと強調したのは、カイザーだろう?」
「アンジェリーナもメールで教えて下さいました」
世界の経済や政財界を牛耳る、貴族達。知識が豊富で見識も確かなのだが、たまにロクでもない事をすずかに教えるので始末に困る。
この様子だとまたあれこれ囁いたに違いない。今度会う機会があったら、日本剣道の恐ろしさを思い知らせてくれるわ。
世界に喧嘩を売る覚悟を固め、仕方なく一から説明する。
「そのチョコレートをアリサが今日作っているんだよ。その姿を見せたくないから、理由をつけて俺を家から追い出すんだ」
「真心を込めてチョコレートを作っているのでしたら、恥じ入る事ではないと思うのですが」
「俺もそう思うけど、本人は恥ずかしいらしい。後でどうせ渡されるのでバレバレなんだけどな、実際は」
傍から聞けば陰口、本人を知る者が聞けば褒め合い。一言で言うと、アリサは恥ずかしがり屋の可愛い奴なのだ。
俺のメイドであり、すずかの親友である理由の一つ。俺とすずかを結びつけたのも、アリサだった。
俺とすずかの共通の話題、あいつの事をお互い話すだけで一日くらい余裕で経過する。
「すずかこそ、誰かにチョコレートを上げる予定はないのか?」
「ありません」
これまたキッパリと、首を振る。そんな予定があれば俺の所に来ないのは分かっているが、他人事ながら寂しい娘である。
姉である月村忍に似た、西洋の美少女。豊かな感情表現は出来ないが、時折見せる素直な表情は驚くほど可愛い。
無口で無感情なのは変わらずだが、心を開いた人間には親しさを見せる。この辺も、姉とそっくりだった。
俺には敬語なのは、世界で一番尊敬しているかららしい。半ばでも冗談なら胸を張るが、本気でそう思っているので色々困る。
「剣士さんには忍お姉ちゃんとさくらお姉ちゃん、ノエルとファリンが内緒で用意しています」
「内緒なのに、べらべら喋ってる!?」
「当日まで秘密だと、言われています」
「いや確かにもう当日だけど、あげる前に本人に知られたら意味がないだろう!?」
すずかは基本的に素直ないい子なので、さくらや忍も内緒だと前置きして教えたのだろう。すずかも悪気があって言ったのではない。
無知は罪だというが、すずかの場合は世情に疎い面があるのでこういうドジをしてしまう。自覚させるのも、難しい。
俺も言えた義理ではないが、もっと他人と触れなければならない。近づく事で、人との距離感や付き合い方も分かってくるのに。
この子はいつも、俺の傍を離れようとしない。
「忍の奴、また手作りにでも挑戦しているのか?」
「はい」
「元々器用だから料理は下手じゃないんだが、失敗も多いんだよなあいつ」
姉の事を話題にしつつ、妹を観察する。俺の話を大人しく聞いているすずかの表情に、美はあっても華はない。
恋甘き乙女の日であっても、月村すずかは常温のまま。恋に興味を示さず、愛に関心を寄せない。
こうして長年共に歩んでいても、少女の想いは見えない。心はいつも雪のように白く、純白な想いに胸を満たしている。
別にチョコレートを催促する気はないのだが、形のない想いというのも寂しいものだった。
自惚れではなく、慕われている感覚はある。俺を守ろうとする意志は強く、長き時が過ぎても変わる事はない。
あの時交わした血は今も赤く、温かい。けれど、その思いは純粋すぎて見えない。
時折思う。この子の想いは、どのような形をしているのか――
「剣士さんは、甘い物が嫌いと伺っています」
「嫌いというより、好んで食べないだけだ。基本的に、食べ物に好き嫌いはない」
だから義理チョコでも友チョコでも、喜びはしないけど全部食べる。味わう事は忘れず、当然お礼も言う。
男が甘いものなぞ軟弱などという考え方は、恵まれた人間が持てる思考だ。貧乏人に、男も女もない。
金でも、容姿でも、才能でも、恵まれない人間はどんな物でも欲している。世間的にはゴミでも、宝となる事だってあるのだから。
すずかはそうですか、と言って、
「剣士さん、これを受け取って頂けませんか?」
「これって……カード?」
「はい、剣士さんに差し上げたいのです」
真っ白な、カード。華やかな装飾が何もない、綺麗な白の布地。怪訝に思いつつも受け取り、裏返す。
――在った。この子の、想い。綺麗な字で、彼女自身の気持ちが綴られている。
"From Your Valentine"
キリスト教司祭であるバレンチノが最後に遺した、愛のメッセージ。
自分の命を犠牲にしてまで、神の愛を伝えた聖人。月村すずか、彼女は一人の護衛として俺にこの言葉を捧げてくれた。
俺の為ならば、自分の命でも――恋や愛などの穢れにも染まらない、真摯な想いをこめて。
「ありがとう、すずか。お前は、優しいな」
「剣士さんを護る事が、私の仕事です」
「そうか……よし、すずか。あそこの塀の影で盗み聞きしている女を、始末しろ。俺を狙うヒットマンだ」
「はい、行ってきます」
「ちょ、ちょっとすずか!? お姉ちゃんに、拳を向けちゃ駄目!」
俺の命令を忠実に果たす護衛に、満足する。実の姉でも容赦がないのが、高ポイントだった。
あの子もそろそろ大人に近づいていく。思春期を迎えれば身体は発達し、心にも大きな変化を及ぼすだろう。
今在る想いも、変わらずにはいられない。子供心の純真さは、大人になるにつれて消えていく。
けれど、こうして形になった思いが残されていれば――また思い出す日は来るだろう。
すずかが俺を守ってくれるのならば、俺もまたこのカードを大切にしようと思う。
大人になった二人が、一緒に見る日が来るかもしれない――
<END>
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