To a you side 外伝F -Bitter Sweet Love Songs- Sarabande
※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。
――クリステラソングスクール、イギリスの偉大なソプラノ歌手が開いた音楽学校である。
安全な環境にある美しい敷地で学ぶ事が出来て、一流の現役歌手による個別レッスンを受けられる。
緑豊かな広大な敷地に施設が充実しており、1人〜2人部屋の完全寮滞在で年少生徒は共同部屋となっている。
教室での授業をはじめ、それぞれ工夫を凝らした課外授業も行われているらしい。
「相変わらず、無駄に広い学校だな・・・・・・」
街の喧噪には無縁の自然に囲まれた敷地で、規律ある自由な教育環境が約束されている学校――クリステラソングスクール。
近年創立された歴史浅いスクールだが実績は確かで、卒業生は皆大した歌手になっている。
断固として認めたくないが、俺を此処へ連れてきたリーダもこの学校で卒業し、世界有数のシンガーとして活躍している。
『クリステラ』は気高く、そして宝石より価値のある称号なのだ。
「――日本の学校と同じく侵入は容易いけど、顔パスは難しいだろうな」
麗しいお嬢様にデートを強要され、遠回りを重ねて、ようやく辿り着いた目的地。
大人しく誘拐されていた方が、犯人を遠慮なくぶん殴れる分マシだった気がする。
フィアッセに会う為に、誘拐犯に今日一日甘美な生き地獄を味わったのだ。
強制的に二人っきりのイギリス観光をさせたくせに、あの女は俺をスクール内へ通すなりとっとと帰ってしまった。
俺は敷地内に置き去り、別れ際に頬にキスして満足げにリーファは別れを告げた。
今回の御礼に、次の手紙は官能小説顔負けの俺とアイツの濃厚な絡みを書いてくれるわ。
お嬢様暮らしで免疫がないだろうからな、大人を舐めた事を後悔しやがれ。
――お陰で、不法侵入とあまり変わらん状況に陥ってしまった。
「警備員に見つかればリーファの名前を出せばすむけど、この学校は手強い女がいるからな。
出来れば誰にも会わずにフィアッセの元へ辿り着きたいが・・・・・・難しいか」
既に日は暮れかかっており、イギリスの大地が夕陽に染まっている。
校舎やボーディングハウス以外に主だった施設は少ない為、見晴らしが良いのが難点だ。
生徒の個性を伸ばす教育に相応しい最高の環境と言えるが、外部の人間が目立ち過ぎる。
「フィアッセが今日校内に居る事はあの女から聞いているけど・・・・・・どうするべきか」
やはり校内の案内を含めて、フィアッセを知る人間とコンタクトを取る必要があるだろう。
この学校には何度か訪れた事はある。俺の顔を知る人間だって居る。
警備員に事情を説明して、客人として再度正面からやり直すのが正当だが――言語の壁が厚い。
日本語と英語の応酬で誤解を生み、リーファの口添えさえ取り消される羽目になれば堪らない。
フィアッセとの再会が牢獄越しなんて、絶対嫌だ。
これまでの人生経験と不運を顧みてありえそうだからな、本当。
この学校は基本的に校長や教師と面談し、生徒の得意なところ、不得意なところを話し合いの中で見つけていく。
長所短所を把握する事で、生徒の進路が自然に見えてくるのだ。
教師は常に生徒達から一歩下がったところに位置、彼らの発言や論旨を明確にて、アドバイスを加える。
授業の中心はあくまでも生徒自身というスタンスが、教師と生徒の繋がりを深める。
昨今の日本の学校に根付く教育問題や、学校内のトラブルの一切が此処にはない。
俺が見つかれば生徒は即先生へ報告、学校関係者に連絡が行き届き――自動的にフィアッセの耳に入る。
感動の再会どころか、これ以上なく最低な思い出にランクインされる。
とりあえず不自然に警戒せず、人目につかない程度に敷地内を歩いていく。
「・・・・・・こんな不要な苦労、あの女が面通ししてくれれば済んでいたのに」
校内を遠目から下調べして気付いたのだが、どうやら今は休憩時間らしい。
レベルの高い授業を受けるには、自主的に行う練習は必然と言える。
優秀な生徒同士が互いに刺激を与え合う事により、おのずと自らを高めていく事に繋がるのだ。
どの子も皆生き生きと学校生活を送っており、生徒同士の強い絆が後に強力な人脈となる。
俺の人脈にノミネートされている人間は居ないか――フィアッセの情報を知るべく、チェックしていく。
教室で教材を準備する先生、発声練習を行っている生徒、俺と視線が絡み合う女性、賑やかに笑い合っている生徒――
――え・・・・・・?
脳裏によぎった疑問を元に、慌てて視線を戻して見る。
渡り廊下の窓を開けて、豪快に身を乗り出している女性――
遠目からでも美しいと認識させるほどの美女。
距離的に俺を認識するのは難しい筈だが、女性は明らかに俺を捉えていた。
女性は驚いた顔で見つめていたが、俺だと確実に認識した瞬間――その場で、泣き崩れた。
「リョウスケ・・・・・・リョウスケ、リョウスケーーーー!!」
「叫ぶな、馬鹿! 恥ずかしいだろ!?」
聞こえる筈のない距離――日本にまだ馴染みの少ない英語でも、彼女が何と叫んでいるのか分かった。
――俺が求めていた顔見知り、フィアッセを知る手掛かりを確実に保有、条件に適した女性。
クリステラソングスクール設立者の一人娘――フィアッセ・クリステラ。
心配していた異国の恋人との再会は大勢の生徒と教師の注目を集めて、嫌な盛り上がりを見せた。
ドラマティックに抱擁してキス――とまではいかなくとも、どうして普通に会えないんでしょうか女神様?
「久し振りに会った程度で泣くな、いちいち!」
「・・・・・・だって、本当に久し振りだったから・・・・・・リョウスケぇ〜」
「甘えるな、甘えるな」
日暮れの静かな世界は二人に優しく、夕闇に包まれて俺達だけの空間を作ってくれる。
間もなく見えるであろう満天の星空もまた、二人に美しく魅せてくれるであろう。
正直不慣れな雰囲気なのだが、腕に寄りかかるフィアッセの温もりを感じるだけで抗議する気力も無くなる。
彼女の優しい空気は、俺の心もまた安らぎに満たしてくれた。
「パニックにならなかっただけマシだが、アイツにはまた怒られたな」
「・・・・・・私も後で叱られるかも」
好奇心剥き出しの生徒や警戒心露な教師陣に、理知的な眼鏡を掛けた教頭が冷静に応対してくれた。
警備員やリーファから連絡が行き届いていたのか、俺個人を知っているがゆえか。
スクール内に立ち尽くしていた俺の身分を明らかにして、場を綺麗に収めてくれたのだ。
――冷ややかな視線と共に、厳しい説教を食らったけど。
フィリスとは種類の違う御小言は、意地悪な継母を連想させる。
特にフィアッセと関係を持って、一番俺の一挙一動に厳しいのがアイツだ。
「でも、本当に驚いたんだよ。リョウスケが私に会いに来てくれるなんて思わなかったから」
「・・・・・・迷惑だったか?」
「全然――嬉しいよ・・・・・・」
敷地内の柔らかな草原に二人で座り、フィアッセが俺の腕を抱き締めたまま寄り添う。
彼女の端正な顔を振り向かせ、そのまま接吻。
啄ばむように唾液を絡めて、濃厚で愛しい時間を味わう。
「少し心配だったけど、フィアッセは頑張っているようで安心したよ」
「ううん、私なんてまだまだだよ。教えられる事もいっぱいあるし、失敗も沢山してる。
・・・・・・ちょっと不安だったりしてたんだ、最近・・・・・・」
ポツリと漏らす本音は、彼女の心から滲み出る未来への心配でもあるのだろう。
スクールの伝統の中で、人間形成に書かせないものとして大切にされているのが寮制度。
寮生活は人間関係の絆を強く、社会人になってからの将来のネットワークにも役立つ。
教師や在校生だけではなく。世界で活躍する卒業生が、クリステラソングスクールを心から愛し、誇りとする――
この学校で出会い、共に過ごした先生や友人達の絆が一生の宝となるように、音楽教育と同じくフィアッセは励んでいる。
海鳴町で育んだ精神を、この学校で皆に歌声として伝える為に――
だが――それは理想であり、現実は厳しい。
皆楽しむだけではなく音楽に一生懸命、この世界に入門する厳しさも学校で教わる。
お互いに良きライバルとしての関係を築けるかどうかは、個人個人の心に関わる。
競争は美しい結果だけを生まず、時に醜い争いを生む。
――魔法も剣も凡人の俺だからこそ、天才を羨む気持ちは痛いほど理解出来る。
理屈ではないのだ、こういう気持ちは。
『同じ釜の飯を食う仲間』、とは素直に割り切れないのだ。
フィアッセは人間の心の美しさも醜さも、よく知っている。
彼女は優しい心を持っているが、優しさは厳しさに敏感で苦痛も人一倍感じる。
この学校は国境を越えて優秀な人材が集まり、外見から身分に至るまで異なる。
同じ人種でも諍いが起きるこの世界、一つの学校内で綺麗にまとめるのは決して簡単ではない。
責任を自分できちんと背負っているからこそ、フィアッセはこうして悩んでいる。
人間関係に完璧な解決法なんて、存在しない――俺はその事実に、嫌というほど苦しめられた。
何も背負わない俺に、彼女の不安を払う術はない。
「フィアッセ、俺はさっき学校内を少し覗いて見たんだけど――皆、いい顔してた。
教師も生徒も自分の時間を大事にして、今を一生懸命頑張ってる。
自律した、自信のある、音楽社会の貴重な一員になるために、自分の武器を磨いているんだ。
結果はお前の目の前にちゃんと在るよ、フィアッセ」
「リョウスケ・・・・・・私、頑張れているかな? ママのようにやれているかな?」
「それはどうだろうな」
「言っている事がさっきと違うよ、リョウスケ!?」
「あはは、だってよ――」
脅迫状が届いた瞬間、怒りや不安と共に蘇った気持ち。
離れ離れになる瞬間に、届けられなかった想い。
何年間も腐らせてしまったけれど、脅迫状の返信として伝えよう。
「――お前は俺の好きな、フィアッセ・クリステラだからな。お前の理念でやればいいさ。
俺は何処からでも、お前を応援してる。不安になったら、遠慮なく呼べばいい」
「・・・・・・っ、そ、そんな、事言ったら・・・・・・本当に呼んじゃうよ・・・・・・?
私がどんなに寂しかったか、リョウスケ知らないから――そんな事言えるんだよ・・・・・・」
「俺は気軽な風来坊だからな、何度でも呼べよ。あの時と同じく、お前を守ってやる。
何度でも、一緒に歌おう」
心を熱く、胸を軽やかに、頭を真っ白に――
あの温かい家の庭で二人で奏でた音色を、声に乗せて歌おう。
応援歌だってかまわないさ、フィアッセの重荷を軽く出来るなら。
泣きじゃくるフィアッセを、俺は温かく抱き締めて――俺は一人の少女を救った唄を、彼女に聞かせた。
――その後フィアッセが俺を離さず、日本から脅迫状が届いたのは言うまでもない。
<END>
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