To a you side 外伝F -Bitter Sweet Love Songs- overture
                               
                                
※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。
	
  
 
 特別な出逢いではなかった。 
 
同じ居候仲間、旅先で立寄った家の一員――俺にとっては、ただそれだけ。 
 
見目麗しい英国美女、洗練された声を持つ歌姫、朗らかな笑顔の似合う女性。 
 
人並み外れた特徴を上げればキリがなく、欠点らしい欠点も無い。 
 
大抵の男が心奪われる美女であっても――フィアッセ・クリステラは、俺にとって所詮赤の他人でしかなかった。 
 
口説いたつもりは無く、何処にでも居る女として扱った。 
 
彼女も俺を友達として仲良くしても、それ以上では決して無かっただろう。 
 
 
そんな俺達を強く結び付けたのは――音楽。 
 
 
生命が奏でるメロディーの神秘に惹かれ、自然が演奏する音色に可能性を見出した。 
 
剣士としても、魔導師としても大成出来ない俺を照らし出す希望。 
 
音楽に詳しいフィアッセに教えを請うのは、当然の帰結だった。 
 
特殊な学期や設備は必要とせず、青い空の下で俺達は自由に歌った。 
 
優しさの知らない俺には戸惑いもあった時間だが、不思議な安らぎを感じていた。 
 
運命はそんな俺達を試すかのように、数々の事件に引き摺り込む。 
 
 
高町家の亀裂、天才と凡人のジレンマ、壊された日常、呪われた歌――闇夜を血に染める鴉。 
 
 
死闘の果てに光を掴んだ瞬間、二人の手は繋がっていた。 
 
重ねて言うが、俺達にとっては特別でも何でもない。 
 
周囲に冷やかされてもフィアッセは笑顔で受け止め、俺はそ知らぬ顔を通した。 
 
お互い好きだの、愛しているだの口にはしていない。 
 
フィアッセの夢を聞いた時も――日本を離れると告げられた時も、俺は引き止めなかった。 
 
彼女の夢を応援する事が、俺なりの恩返しだったからだ。 
 
別れを惜しんで涙するフィアッセを抱きしめて、俺は静かに見送った。 
 
彼女の肌のぬくもり、唇の感触、飛び散る汗、喜びを含んだ声――全て覚えている。 
 
彼女の未来を奪う者は、絶対に許さない。誰であっても。 
 
 
 
たとえ――フィアッセの大切な友人であったとしても。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 イギリスは世界のありとあらゆる民族の人が独自の文化を保ちつつ、何の違和感もなく生活出来る国である。 
 
首都ロンドンは新しいものと古いもの、沢山の民族や文化が混ざり合い、独自の魅力を放っていた。 
 
イングリッシュ・ガーデンもその一つで、歴代の王によって手が加えられている。 
 
その中で一番美しい華を前にしても、俺は愛でる余裕も無かった。 
 
取り出した手紙をグシャッと握り潰して、俺が眼前の女を睨み付ける。 
 
 
「・・・・・・嘘?」 
 
『はい。心配かけてゴメンナサイ、リョウスケ』 
 
 
 100万$の夜景より素敵な笑顔を浮かべて、ウォン・リーファは両手を合わせる。 
 
世界中にいる彼女のファンが悶絶しそうな愛嬌ある仕草も、怒り心頭の剣士の心をより一層燃やすだけだった。 
 
高らかに指を鳴らして、再度問う。 
 
 
「何の為に?」 
 
『念の為に』 
 
「・・・・・・」 
 
『・・・・・・』 
 
 
 不敵な表情で見上げるリーファを、憎しみの頂点から見下ろす俺。 
 
このまま見つめ合っても、黒曜石を思わせる綺麗な瞳は揺れないだろう。 
 
俺は万を超えるファンの誰もが触れた事のない、彼女の細い首筋に手を回して――ロック。 
 
 
「な・ん・の・た・め・に?」 
 
『世界一の名探偵と、麗しき犯人のやり取りがやりたかったんですよ〜!』 
 
 
 俺の腕の中で見苦しく抵抗して、世界有数のシンガーが馬鹿な事を叫ぶ。 
 
俺が新世界の神になったら付き合ってやるよ、そのコント。 
 
手加減しているとはいえ、喉を絞めているのに声が揺るがないのは流石だった。 
 
 
「お前の手紙を見て、大慌てでイギリスまで飛んで来たんだぞ!? 
事と次第によっては――」 
 
『クス、私に脅しですか? 簡単に弱点を見せるようでは、世界を舞台に歌えませんよ』 
 
「――ウォン・リーファを、我がサークルから除名する」 
 
『リョ、リョウスケ、それは酷すぎます! 貴方が神――いえ、悪魔ですか!?  
先日送って下さった手紙に書かれていた冒険談、まだ途中ではないですか! 
赤い洗面器の男性の話の続きをまだ伺っていませんよ!? 
 
これからもずっと、私の大好きな友達でいてください』 
 
 
 嘘のような本当の話、当たり前の世界で展開されるファンタジカルな事件。 
 
俺にとっては日常の延長でも、世界で活躍する歌手を魅了する物語となるらしい。 
 
自分でも、驚きの連続ではあるんだけど。 
 
  
「その大好きな友達を悪質な罠で嵌めるとは、いい度胸じゃねえか! 
どうせ心の中では、小さい島国の野蛮な剣士だと笑ってるだろ貴様」 
 
『日本は大好きですよ。リョウスケの生まれた国ですから』 
 
「そんなお世辞と笑顔で誤魔化される男じゃねえぞ。 
これ以上はぐらかすつもりなら、除名のみならずお前に制裁を加える」 
 
『・・・・・・私に暴力を加えるつもりですか? 
リョウスケは女性にも平気で手を上げる人なのは知っていますが、過剰なスキンシップは慣れています。 
私のいる世界は華やかなだけではないのですよ』 
 
 
 美麗な顔に、悲しみと疲れが混じった感情が浮かぶ。 
 
多くの人々を魅了する舞台の裏側では、人間の欲望が渦巻いている。 
 
杓子定規だった最初の頃と比べ、心を許してくれた手紙には彼女なりの弱音も滲んでいた。 
 
ファンには見せない一面を素直に相談してくれた友人――だからこそ、気持ち悪い同情や励ましはしない。 
 
 
「この場でお前の下着を剥いで、日本で今回の旅費として売却する」 
 
 
 美貌をこれ以上ないほど素直に引き攣らせる、麗しのチャイナ娘さん。 
 
精緻な彫刻のように寸分の歪みも欠点もない、美しく整った目鼻立ち―― 
 
抜けるように白い肌は触れれば吸いついてきそうなほど瑞々しく、曇り一つない。 
 
そんな彼女の下着は、世界遺産より貴重なお宝である。 
 
それでも根を上げないリーファの胆力は、御嬢様なのに大したものだと思う。 
 
 
『そんな事言って・・・・・・実は、私の身体に興味がおありですか。 
本当は、リョウスケ個人が下着によからぬ事をするつもりでは?』 
 
「お前の汗臭い下着なんぞ触りたくないので、ビニール袋に放り込んで持って帰る」 
 
『ゴミ扱いしてませんか、それ!? あんまりです!』 
 
 
 下着を性欲処理に使われるのは嫌だけど、無碍に扱われるのもプライドが許さないらしい。 
 
難儀な歌手魂である。 
 
俺は深く嘆息して、彼女の首から手を離した。 
 
 
「フィアッセの為か?」 
 
『・・・・・・』 
 
「お前一人か、他にも共犯がいるのか分からないけど――フィアッセを思ってやった事だろ? 
俺を呼んで、あいつを喜ばせようとか考えたんだな」 
 
『違います、自分の為です』 
 
「一応、そういう事にしておくか。俺も気付いたのは、ついさっきだしな。 
馬鹿なやり取りしてたら、遅ればせながら頭も冷えた」 
 
 
 俺やリーファ――世界各地のペンフレンドにとって、手紙は大切な思い出を綴る一ページ。 
 
まして彼女はクリステラソングスクールの一員、他者を傷つける言葉は使わない。 
 
俺に迷惑をかけると分かっていて嘘の脅迫状を書いたのは――手紙以上の大切な誰かの為に他ならない。 
 
恋愛感情に鈍い人間は生来のものもあるが、何より人と接する経験がない為。 
 
人間と親密にする機会に恵まれれば、嫌でも他者の感情に敏感になってしまう。 
 
乱れた髪を丁寧に直して、リーファは俺に向き直る。 
 
 
『・・・・・・本当にゴメンナサイ。私の独断と我侭なんです。 
久し振りにソングスクールを訪ねて、後輩の皆さんからフィアッセの様子を聞きました。 
授業内容やスクールの運営に支障は出ていないようですが、溜息を吐く時間が増えているそうです。 
フィアッセはああいう子ですから、心配しても大丈夫で済ませてしまって――』 
 
 
 胸の奥に刺さっている棘が鈍く疼いた。 
 
同じような質問を、長年連れ添ってきた少女が俺に問いかけていたのだ。 
 
 
"良介、最近よく溜息吐いているけど大丈夫? 何か心配事なら――" 
 
"大丈夫、別に問題ねえよ" 
 
 
 本当に些細な感情・・・・・・決して抜けない、小さな棘。 
 
忙しない日々に埋もれつつも、ふと心の中を覗けば簡単に顔を出す。 
 
今回の手紙を呼んで疑いもせずに日本を飛び出したのも、無意識に色々溜め込んでいたからかもしれない。 
 
緊急時とはいえ、パスポートとチケットをすぐ用意出来たアリサも今考えれば怪しい。 
 
あいつの情報ネットワークなら、犯人の手掛かりくらい簡単に掴める筈だ。 
 
この事件の裏を見抜いていたな、あのメイドめ。 
 
 
『リョウスケとフィアッセが特別な関係なのは知っています。 
遠く離れていても、お互いを思う強い気持ちで二人は結ばれているのも―― 
 
でも人の心は不安定なものだから・・・・・・どれほど信じられても、寂しさが心に隙間を空けてしまうのだと思います』 
 
 
 愛に見返りは不要でも、人間の心は貪欲に出来ている。 
 
どれほど毎日が満たされても、心の何処かで求めてしまう。 
 
フィアッセの応援をしていた俺も、結局は英国の地を踏んでしまった。 
 
 
「手紙を読んでも、俺が来なかったらどうしてたんだ?」 
 
『そんな人と、友人にはなりません』 
 
  
 ウォン・リーファは博愛主義の優等生ではない。 
 
ステージの上では誰からも愛される人気歌手でも、友人は選んでいる。 
 
嵌められてイギリスまで呼び出される羽目になったが、それでも許せてしまうのはこいつに心を許している証拠だろう。 
 
何処にでもある紙切れに想いを綴り、俺は悪戯好きなシンガーと心を結べた。 
 
あの日のフィリスの言う通り、世界も人間も歩み寄って見なければ分からない。 
 
何やら気が抜けた俺達は二人して、イギリスの名所に寝転がる。 
 
派手に人目に付くが、二人とも気にしない。 
 
 
「・・・・・・フィアッセには何も言ってないだろうな?」 
 
『サプライズは乙女の基本ですよ』 
 
 
 大前提をよく理解している友に、俺は親指を立てた。 
 
今回の事はソングスクールへの交通費で許してやろう。 
 
寛大にそう言ってやると、リーファは声を立てて笑った。 
 
 
『此処からでは詳しい場所は分からないでしょう、私が道案内します。 
どうせなら、デートでもいかがですか?』 
 
「修羅場にしたいのか、貴様は!?」 
 
 
 最近では中国で大活躍しているが、英国もこいつの立派なステージ。 
 
彼女の魅了されたファンは腐るほどいる。 
 
日本の剣士とデートする姿を見られれば、国際ニュースになるぞ。 
 
ファンの包囲網で、イギリスから出られなくなりそうだ。 
 
 
『平気ですよ。堂々としていれば、却って目立たないものです』 
 
「同じ人種ならそうだけどよ!?」 
 
 
 日本人が英国が誇る人気シンガーと歩いていれば何処でも目立つわ、馬鹿たれ。 
 
不満を申し立てたせいか、リーファは機嫌を悪くしたようだ。 
 
 
『私とのデートはそれほど嫌ですか?』 
 
「嫌」 
 
『フィ、フィアッセだったらいいのですか?』 
 
「当然だろ」 
 
『日本人の男性は、女性を大層好む優柔不断であると伺っていたのですが――』 
 
「NOと言える日本人を目指しております」 
 
 
 フフン、俺様は魔導師でも剣士でも使い魔でも幽霊でも歌手でも――その他諸々でも、容赦しないぜ。 
 
嫌なら嫌と、ハッキリ言ってやる。 
 
美人の特権は俺ルールに適用されないのさ。 
 
 
――そして俺の付き合う女性は皆、聡明で強い。 
 
 
『私が通訳しなければ通じないと思いますよ、貴方の日本語では。 
それでも平気だと仰るのなら、私は帰ります』 
 
「やめて、ボクを一人にしないで!?」 
 
 
 ――ちなみに。 
 
これまでの彼女の英語の会話は全て、俺のニュアンスである。 
 
 
 
日本語はある程度理解出来るのに、会話は全て英語――そんな意地悪な彼女が、俺の友達である。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く>  
 
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