To a you side 外伝F -Bitter Sweet Love Songs- Prelude
※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。
さて、問題――
『自分より強い相手に勝つためには、自分のほうが相手より強くないといけない』
――この言葉の矛盾と意味を考えて、どういうことか答えよ。
強さの問答は歴史や世界の枠を超えて、老若男女関係なく常に追求される。
シンプルに考えれば自分より強い敵に勝つには、相手より自分が強くなればいい。
修行して相手を上回る強さを磨く、相手を倒す武器や兵器を使う――幾らでも答えは出てくる。
ただそれでは、言葉の矛盾と意味が成立しない。
自分より強い相手――己は弱者で相手は強者、それが前提なのだから。
相手が自分を上回っている以上、戦えば自分が負ける。
ならば自分が勝つには、相手より強くなければいけない――簡単に出る答え、ゆえに正しくも間違えてもいない。
問題だけを素直に追ってしまうと、前半と後半に含まれた矛盾に混乱してしまう。
この問題の解答も人それぞれあり、才能の有無や追及する強さの意味によって異なる。
模範的な解答は――『自分の最も優れたものを、最良の状態で出して決める』事だろう。
相手は自分より総合的に勝っているならば、相手より優れた面で戦う。
ようするに自分の得意とする面を磨き上げて、コレがあれば勝てるという条件で勝負に挑めばいい。
高町なのはやフェイト、守護騎士達――恭也達のような気高い戦士達が出しそうな正当な解答。
優れた面を持つ人間だからこそ出せる答えだ。
俺のように――才能も何もない人間では、自分の切り札さえ勝負に出せない。
戦えば常に相手は自分よりも強く、相手より優れた面を何一つ持たない自分では勝てない。
持っているカードはブタでは、相手がどんなカードでも上回る事は叶わない。
負けるしかないのか? どんな敵でもただ倒されて死ぬしかない?
――本当にそうならば、今の俺の存在こそ最大の矛盾。
負け続けた人間が今も生を謳歌しているのは何故か――そこに俺自身の答えがある。
ウォン・リーファ、『クリステア』の称号を持つ世界有数のヴォーカリスト。
絶大な人気を誇る美人シンガーで、英国や中国を拠点に国境を越えて数多くのファンを虜にしている。
サイドアップにした艶のある黒髪、黒曜石を思わせる瞳、すっきりと通った鼻梁――繊細かつ大胆な歌唱力。
一般人では近付く事さえ出来ない、高嶺の花。
おしとやかな御嬢様には珍しい白いシャツに黒いパンツの服装も、彼女の美を惹き立たせる。
無論、ファンを前にこのような気軽な私服を見せたりはしない。
『ハイ、次はリョウスケの番ですよ。制限時間、ありますよねー?』
「分かってるからいちいち確認するな! 日本の伝統を舐めるなよ」
『大切な友人達が育った国ですもの、私は大好きですよ。日本の歌をもっと聞かせてくださいね』
「くっそー、せめて国縛りルールにすればよかった。適当に歌ったら何故かばれるし」
『リョウスケの歌はとても情熱的です。
心を籠めて歌っているかそうでないか、簡単に分かりますよ』
奇跡の歌声と美貌を持つシンガーは――ファンを魅了する笑顔で、俺の困った顔を楽しんでいる。
日本のアイドルでも仲良くなれる可能性は皆無なのに、リーファは中国や英国が誇る歌手なのだ。
世界的なヴォーカリストと日本の片田舎の剣士が、このような友好的な関係を結べるなど通常ありえない。
そう、普通ならば。
『それにしても日本とは面白い遊びがあるのですね。しりとり歌合戦、と言うのですか?
ゆうひが"お笑い"とつけなければいけない、と怒っていましたよ』
「てめえの頭につけてろお笑い演歌歌手め、と今後会ったら言っとけ」
『ふふ、了解です。でも海鳴に住んでいるのでしたら、リョウスケの方が会う機会が多いのでは?』
「あの女が懇意にする住処には近付きたくないの」
悪魔城の主ドラキュラでも近付かない魔窟だぞ、あそこは。
業界では有名な漫画家、"天使のソプラノ"を世に送り出した寮だ。絶対因果が絡んでいるに違いない。
それにしてもあの関西弁女、地方テレビの番組をよく知っているな……今のルールも、その番組から起用しているのに。
俺は今、ウォン・リーファに勝負を挑んでいる。
勝負方法は「しりとり歌合戦」、内容は文字通りだ。
最初の文字を決めて、その文字から始まる歌を探して歌う――制限時間内に、歌えなくなれば負け。
その番組では歌えなくなったら墨汁で顔にラクガキされたり、へんな着ぐるみを着せられたりしていた。
ただ、これは暇潰しの遊びではない。
ゆえにルールはシンプルかつ絶対――勝者が敗者の権利を握る。
『日本の童謡ですか……可愛らしいテンポですね。一緒に歌っていいですか?』
「お前が歌うのは、俺が歌った後だろ。歌唱力を問う勝負じゃないぜ。
自分の心に在る音色を競う勝負だ」
『自分の思い出を奏でて、相手の耳に自分の音色を届ける――素敵な勝負ですね。
では、私が昔コンクールで歌った曲を披露しますね』
当たり前だが、余裕である。
かなり難しい繋げ方をしたのだが、幼い頃表舞台で歌った曲と結び付けるとは大したものだ。
演奏も何もなくとも、彼女は響かせる歌声は心を震わせる。
彼女がどれほど非凡で、自分がどれほど凡庸か――
上手い下手を競う勝負ではないが、実力の差を嫌と言うほど見せ付けられた気分だった。
『自分より強い相手に勝つためには、自分のほうが相手より強くないといけない』
――この言葉の矛盾と意味。
相手が自分より強いのならば、相手より秀でた面で挑めばいい。
俺が剣士ならば、彼女相手に剣で戦えば勝てる。
なのに――負ければ相手の言いなりになる勝負で、世界を代表するヴォーカリストに歌の勝負を挑んでいる。
彼女は俺より優れているのに、彼女が得意とする分野で戦っている。
無謀だ。馬鹿だ。愚か極まりない。
矛盾があるというならば、俺自身こそ最大の矛盾だ。
でも、矛盾があるからこそ――人生ってやつは面白い。
例えば、ジュエルシード事件。
最後の局面で、俺はプレシアを相手に無抵抗の勝負を挑んだ。
自分が抵抗するか敗北を認めれば終了、相手は魔法でも何でも使用可能。
負ければ相手の言いなり、圧倒的不利な条件を俺は自分から申し出た。
勝負の結果はさて置いて、あの戦いで俺はプレシア・テスタロッサの本質に触れる事は出来た。
やり方はどうあれ、どんな勝負でも同じだ。
相手の牙を砕く、強さを支える心の芯を折る――優雅に羽ばたく翼を、斬り裂く。
自分の得意な面で天才を上回るのではなく、天才を凡人にする。
仮に相手が世界を滅ぼす魔王ならば、人間にしてしまえばいい。
戦うにしろ説得するにせよ、相手を知ればそれが可能だ。
その為に自分ではなく相手の一番で戦う――それでこそ、相手の本質が見えてくる。
ただでさえ勝てない勝負で、相手に有利な条件で戦う。愚かにも程が在る。
なのは達とは正反対、本人達が聞けば怒るか呆れるだろう。
――勝てる勝負にただ勝っても意味がない、少なくとも俺はそう考える。
相手を理解する――孤独を愛する剣士には似合わないが、凡人だからこそ出来るやり方だ。
相手の土俵に立ってみて分かる事実がある。
ウォン・リーファの歌声は、素晴らしい……
感嘆で出るため息というものを、初めて自覚した気がする。
キッチリと向かい合っているからこそ、周囲の評価や雑音に囚われず彼女の本当の歌声を聞けた。
名誉や欲望に惑わされず、彼女は真摯に多くの人達に自分の想いを届けている。
彼女と、同じように。
だからこそ――本当に、残念に思う。
彼女の歌が静かに終わった。一人だけの拍手なのに――リーファは心から嬉しそうに笑う。
偶然か必然か、結ばれた最初の音は俺の原点へ繋がった。
俺の国の最初の言葉『あ』――俺の始まりを示す音。
リーファは俺の隣に座り、何も言わずに耳を傾けている。
『自分より強い相手に勝つためには、自分のほうが相手より強くないといけない』
――強くなる必要なんてない。
誉れ高き歌い手に自分の歌を聞いて貰える――
不利だと分かっていても敢えて踏み込んだからこそ、最高の栄誉が与えられるのだ。
負けても悔いはない。
それはきっと勝利よりも素晴らしい、敗北だ。
「『あ』ふれる陽だまりのなかで、口げんか繰り返す――
――肩をいからせた二人をたんぽぽの綿毛が笑ってた」
『自分より強い相手に勝つためには、自分のほうが相手より強くないといけない』
――勝つために、強くなる必要なんてない。
誉れ高き歌い手に自分の歌を聞いて貰える――
不利だと分かっていても敢えて踏み込んだからこそ、最高の栄誉が与えられるのだ。
それはきっと勝利に近しい、誉れだ。
「遠い記憶は今でも胸の奥で光ってる――
――崩れ落ちた廃墟だとしても南風はきっと吹くはず」
ゆったりとした時の流れを旋律に変えて、俺は彼女に想いを届ける。
世界を舞台に歌い続けるヴォーカリストの心を、自分の大切な曲で温かな気持ちで満たす。
剣も魔力も、技術すらも必要はない。
この歌は眠れる悲劇の少女を、悪夢から目覚めさせたのだから。
そして――
"歌に、素人とかプロとか関係ないよ。歌いたいという気持ちが、大切なの。
相手に聞いて欲しい――届いて欲しいって言う願いが、その人だけの音色を奏でるの"
――彼女が、保証してくれたのだから。
「あの日にかえれる翼を広げてこの大空を飛びたい――
――Long Way Home」
いつかみた青い空に真っ直ぐに広がって、消えていく。
たった一人の――けれど百万に匹敵する観客を前に、俺は生命の唄を歌い終えた。
あの時魅せられた奇蹟は余韻も残さず、心の中だけにアリサを再び抱いた感動を残して。
俺は彼女の横顔を見つめる。
リーファは静かに瞳を閉じて、ゆっくりと首を振った。
俺より遥かに優れた歌い手の、優しさに満ちた敗北――
『クリステラ』の称号を持つ歌手ではなく、ウォン・リーファ個人として彼女は負けを認めた。
自分の一番では得られなかった勝利――彼女の心に触れて、抉られるような痛みを覚える。
本当の敵ならば、どれほど良かっただろうか。
俺はゆっくりと立ち上がり、自分の懐から一枚の手紙を出した。
「では、教えて貰おうか。この脅迫状の真意を。
――誘拐されたフィアッセ・クリステラの、居場所を!」
あらゆる文化の最先端と伝統が混在する国『イギリス』――
遠く離れた海鳴町より舞台を移し、古き異国の歴史と伝統を残すロンドンで対峙する。
バラの花咲く優雅で優しい幻想は、今ここに終わりを告げた。
<続く>
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