マイ・ベスト・フレンズ
                               
                                
	
  
 
 なのはが家に遊びに来る事になった。着替えまで用意してくるとの事、夜通しで遊ぶ気満々だった。 
 
友達の家に泊まるくらいで大はしゃぎするなんて、本当に子供だと思う。聞けば、友達の家に泊まるのは初めてらしい。 
 
初体験ならば、良い思い出にしてあげる事が友達としての義務だろう。気が進まないけど、これも友達の為だ。仕方がない。 
 
  
「お寿司でもとってあげようかしら? 皆で一緒に御飯を作るのも悪くないわね、う〜ん……」 
 
「……楽しみにしすぎだろ、お前。一週間以上先の約束なのに、夜中まで悩むな」 
  
 
 言い掛かりをつけるご主人様を、当日は追い出そうと心に決めた。ふん、楽しみになんかしてないもん。 
 
友達は多い方が楽しい。家主のはやては当然参加として、あたしの自慢の親友であるすずかも誘った。 
 
あの子は引っ込み思案なところがあるから、あたしが積極的にリードしてあげないと。 
 
  
「フェイトを誘えなかったのが残念ね……綺麗な花を立てて、フェイトとして話しかけようかしら」 
 
「……それ、友達思いじゃなくて立派な嫌がらせだからな」 
  
 
 女心の分からない男に指摘されてちょっとショックだった。生前友達の家に泊まった事がなかったので、勝手が分からないのよ。 
 
はやてからもウキウキしっぱなしだと苦笑されてしまったが、その当人も約束の日を楽しみにしているくらい分かってるんだから。 
 
なのはも、すずかも、はやても――そしてあたし、アリサ・ローウェルにとっても初めての、お泊まりの日。 
 
当日、朝から時間より早く遊びに来たなのはとすずかを、あたしとはやての二人で歓迎した。 
 
  
「おにーちゃんは今日はいないの、アリサちゃん」 
 
「良介は、仕事で明日の朝まで帰ってこないわ。気兼ねなく、ゆっくりしていってね」 
 
「……アリサちゃんが張り切りすぎて、ヴィータ達まで遠慮して出ていってもうた……ちょっと悪い事した気がするわ」 
 
「――友達思いだね、アリサちゃん」 
 
  
 女の子四人揃えば、広い家でも賑やかになる。あたしも今日はメイドの仕事は一切忘れて、大切な友達と遊ぶ。 
 
まずはゲーム全般が大の得意であるなのはに、八神家で最近静かなブームとなっている初代テトリスで対戦を挑んだ。 
 
あたしのご主人様も、この子には散々やられたと聞いている。メイドとして、一矢報いてあげたい。 
 
  
「……すごいね、はやてちゃん」 
 
「ゲームの腕はなのはちゃんが上やけど、アリサちゃんは頭脳で勝負しとるな。計算が早いわ」 
 
 
「……終わらないね、はやてちゃん」 
 
「もうどっちか譲らんと、一日経っても勝負がつかんて!?」 
 
 
 
「腕が痙攣する前にやめた方がいいわよ、なのは!」 
 
「頭が痛くなる前に終わらせようよ、アリサちゃん!」 
 
 
 
 ゲームを楽しんだ後は、飲み物を飲んで一息。元幽霊のあたしは水分を必要としないが、気分の問題だ。 
 
はやてが用意してくれたお菓子をつまみながら、四人で他愛もない話をする。 
 
 
 
「なのはの通う学校ってどうなの? やっぱり楽しい?」 
 
「うん。担任の先生は優しいし、クラスの皆とも仲良くしているよ」 
 
 
 
 陰りのないなのはの笑顔を見ていると、羨ましく感じてしまう。あたしにはもう、望めないものだから。 
 
あたしにとって、学校は楽しい場所ではなかった。100点ばかり取っていて、周りから煙たがられた。先生の授業も次第に退屈になった。 
 
異常な頭脳だと親に嫌われて、誰にも相手にされなくなった。勉強も苦痛になったけど―― 
 
 
 
『……お金の管理を、あたしに任せてもいいの? 大切なんでしょう』 
 
『大切だから、お前に任せるんだ。俺より頭がいいからな、細かい計算は任せた』 
 
『……、うん! 世界一のお金持ちにしてあげる!』 
 
 
 
 死んだ後で認められるなんて、芸術家みたいだと笑ってしまう。それが天才の運命ならば、あたしは心から満足して受け入れよう。 
 
この生命は、救われたもの。あいつ一人が認めてくれるのならば、親がどう思おうとどうでもいい。 
 
死ぬ前に夢見た学校への未練は全て、友達に叶えてもらおう。それだけで、十分満足だ。 
 
 
 
「そっか、来週テストなんだ……じゃあ昼から、あたしがなのはの勉強を見てあげるわ!」 
 
「えっ!? い、いいよ、アリサちゃん。自分で勉強するから大丈夫!」 
 
「そう言って、苦手な科目は諦めるのね」 
 
「あぅ……!」 
 
「はい、決定。すずかは、はやての勉強を見てあげて」 
 
「何でわたしまで!? きょ、今日はええやんか……遊ぼうや」 
 
「今日出来ない人は、明日も出来ない」 
 
「うわっ、何やろう。この得体のしれない、説得力は……!?」 
 
「頑張ろう、はやてちゃん」 
 
 
 
 なのは達が勉強道具を取りに行っている間に、台所に立ってお昼のサンドイッチを作る。 
 
桃子さん直伝の料理を、愛娘のなのはに食べてもらうというのも変な気がするが、喜んでもらえたのでよしとする。 
 
午後からは勉強タイム。あたしがなのはのテスト勉強を、すずかははやてを見てあげる事になった。 
 
すずかは頭がいいが教えるのは苦手らしく、はやての質問に答える形でやっている。 
 
 
 
「――そこで意味を読み取って、次の文節に繋げるの。回答3はひっかけだから注意しなさい」 
 
「ありがとう、アリサちゃん。ここの意味がよく分からなくて、ずっと悩んでいたの」 
 
「自分で勉強してどうしても分からなくなったら、遠慮しないであたしに聞きなさい。100点取れるように鍛えてあげるわ!」 
 
「そ、そこまで望んではいないよ!?」 
 
 
 
 友達とこうして一緒に勉強する日が来るなんて、夢にも思わなかった。自分のレベルには誰もついていけないのだと、勝手に切り捨てた。 
 
自分の不幸は、他人だけの責任ではない。あたしだって自惚れて、他人なんて見ようともしなかった。 
 
気付いた時には、もう自分の人生は終わっていた。それでも、こうして少しずつやり直しが出来ている。それが嬉しい。 
 
 
 
「今時の教科書はやっぱり違うわね……内容も随分変わっているわ」 
 
「参考書とか書店で覗いたりもするんやけど、やっぱり難しいわ。分かりやすいのがあったらええんやけど」 
 
「……アリサちゃんなら作ってくれるよ」 
 
「自費出版!?」 
 
 
 
 勉強といえど、楽しければ時間が過ぎるのは早い。一通り終わった時には、夕方になっていた。 
 
なのはは完全にグロッキー、目をぐるぐるさせている。少しスパルタにしすぎたかもしれない。 
 
基本真面目に毎日予習復習しているんだろうけど、苦手な分野はあるらしい。なのはらしいと思う。 
 
先生役お疲れ様という事で、夕御飯ははやてが作ってくれた。八神家のお母さんはたくましい。 
 
 
 
「また腕をあげたわね、はやて。中華のレパートリーを増やすなんて」 
 
「なのはもおかーさんに教えてもらってるけど、ここまで美味しく作れないよ」 
 
「何や照れるな……うちは食べ盛りな子が多いから、大皿な料理も必要になってくるんよ」 
 
「……剣士さんも、その一人?」 
 
「あいつはヴィータと、いつもおかずの取り合いしているわ」 
 
 
 
 子供みたいにがっついていると、はやても笑う。すずかは家の中のあいつの様子を、興味深そうに耳を傾けていた。 
 
すずかがあいつに関心を持ってくれるのは、嬉しい。自分の友達に頼りにされているのなら、推薦をしたあたしも鼻が高い。 
 
こんなあたしでも人を見る目があったのだと、安心させられる。友達とは不思議だ。 
 
日が沈めば、夜の時間。子供だけの家でも寂しさを感じさせず、止まった心臓がドキドキしそうだった。 
 
 
女の子の鼓動が最高に高まるのは、お風呂に入った後――無防備なパジャマ姿での、恋のお話。 
 
 
「なのはは、学校に好きな人とかいるの?」 
 
「ふぇっ!? まだ早いよ!?」 
 
「小学生で初恋はむしろ遅いくらいよ。幼稚園児のカップルも増えている世の中で」 
 
「……アリサさんはたまにほんまか嘘かよー分からん、怪しい情報を仕入れてくるな……」 
 
 
 足が楽な姿勢で寝そべっているはやてが、苦笑いしている。女の子は常にアンテナを立てているのよ。 
 
なのはは風呂上がりである以上に顔を真っ赤にして、何度も首を振る。 
 
 
「い、いないよ、そんな人……お話する人はいるけど」 
 
「黙っておいてあげるから、正直に言ってみなさい」 
 
「ほ、本当にいないから、詰め寄ってこないでー!」 
 
「ほらほら、喋っちゃいなさい」 
 
「にゃははははは、やめてー!?」 
 
 
 敏感ななのはの身体を弄って、この娘の胸の内を軽く探ってみる。友達ならではの特権だ、うりうり。 
 
――十分後。息も絶え絶えになって、魔法少女は堕ちた。断固として話さない、ちっ。 
 
恋を成就させる手伝いをしてあげようと思ったのに。 
 
 
「好きな人がいないというのも寂しいわね……こういう人がいいとかないの?」 
 
「はぅ〜、突然言われても……友達ならユーノ君とか、クロノ君とか」 
 
「ありきたりでつまんない」 
 
「ええー!? はやてちゃん〜!」 
 
「おー、よしよし。いじめっ子やな、アリサちゃんは」 
 
 
 なのはを優しく抱きしめるはやて。ふむ、この娘の恋も気になるところね…… 
 
同じ家に住んでいるからこそ、分からない事だってある。あたしは早速マイクを差し出してみる。 
 
 
「はやては誰か好きな人がいるの?」 
 
「吉田さん」 
 
「あの人、今年で90歳よ!?」 
 
「恋に年齢の差は関係あらへんよ、アリサちゃん」 
 
「介護で毎日通っているからって、恋が簡単に成就したら苦労はしないわ!」 
 
「初恋は実らないもんやねー」 
 
 
 うぬぬ……なかなかやるわね、はやて。見事にはぐらかされたわ。 
 
お年寄りの介護で、はやても随分鍛えられたようだ。この子は本当にしっかりしてきている。 
 
母性を感じる女の子も魅力的なのだと、はやてを見ていて実感させられる。 
 
 
「すずかはどうなの? この際、打ち明けてしまいなさい」 
 
「……好きな人?」 
 
「そうよ。気になっている男の人とか」 
 
 
「剣士さん」 
 
 
「うっ――!?」 
 
「盛り上がってまいりました!」 
 
 
 はやてがわくわくした顔で拍手している。復活したなのはも、上気した顔でこちらを見守っている。 
 
この話の流れはちょっとまずい。 
 
 
「ほ、他に誰かいないの!?」 
 
「? アリサちゃん、好きな人が二人以上いるの?」 
 
 
 すずかが真顔であたしに問いかけてくる。当然の疑問に、あたしの方が言葉に詰まってしまう。 
 
月村すずか。感情が芽生えるにつれて、花が開いていくように綺麗になっていく女の子。 
 
お風呂で見た女らしさといい、将来忍さんのような美人になるのは間違いない。こ、困ったな…… 
 
 
「あいつはやめておきなさい。全然頼りにならないわよ!」 
 
「世界で一番頼りになると、アリサちゃん本人が――」 
 
「女の子を不幸にするタイプよ、あの手の男は!」 
 
「アリサちゃん、毎日とっても幸せそうなのに」 
 
「何であたしが基準なのよ!?」 
 
 
「だって、アリサちゃんの好きな人も――剣士さんでしょう」 
 
 
 ――っっ!? あ、うっ……お、落ち着くのよあたし! 冷静に、冷静に。こういう時は円周率を百桁ほど数えて……スーハ、スーハー。 
 
やるわね、すずか。さすがはあたしの親友。さりげなく急所をついてくるとは思わなかったわ。 
 
純真なだけに、無垢に人を揺さぶってくるから怖いわ。 
 
 
「あのね、すずか。あたしはあいつに恩があるから、一緒にいるだけよ」 
 
「……私も恩があるから、一緒に――」 
 
「す、すずかの分もあたしが返しておいてあげるわ!」 
 
 
 ダメダメダメ、すずかにメイド服なんて犯罪的じゃない! あたしは女だけど、襲う自信があるわ。 
 
ロリコンメイド野郎の好きになって、絶対にさせない! 
 
すずかの代わりに、あたしが身を差し出せばいいのよ。あくまで、すずかの代わりに。 
 
 
――むっ、はやてがニンマリと笑っている。な、何よ……? 
 
 
「じゃあ、アリサちゃんの好きな人は誰なん?」 
 
「あ、あたしの事は別にいいじゃない!」 
 
「わたし達は全員、ちゃんと言うたよ。今度はアリサちゃんの番や」 
 
「――い、いないわ」 
 
「嘘ついちゃ駄目だよ、アリサちゃん!」 
 
 
 なのはが猛然と食ってかかる。あんただっていないと言ったじゃない! 
 
あたしが反論する前に、はやてがなだめる。 
 
 
「まあまあ、なのはちゃん落ち着いて。アリサちゃんの好きな人を知る方法はあるんよ」 
 
「いないって言ってるでしょう!」 
 
「――携帯電話の待ち受け画面、見せて」 
 
 
 慌てて側に置いていた携帯電話を取って、胸元に隠す。中を見られたら、一目瞭然だ。 
 
コッソリと撮った写真、寂しくなったらいつも見て元気をもらっている。あたしの、大切な人―― 
 
顔が熱くなるのを止められない。こんな行動に出れば、好きな人がいると公言したのと同じだ。 
 
 
「……アリサちゃん、可愛い」 
 
「と、突然何を言うのよ、すずか!?」 
 
「大人ぶっているけど、この中でアリサちゃんが一番乙女してると思うわ。 
ええなー、こんな愛くるしい子をメイドにするなんて」 
 
「は、はやてまで……」 
 
「アリサちゃん、おにーちゃんの写真メールで送って!」 
 
「絶対、嫌よ! これはあたしのなんだから!」 
 
 
「ふふ、やっぱりおにーちゃんなんだ!」 
 
 
「あっ!?」 
 
「夜はまだまだこれからやで、アリサちゃん」 
 
「いやー、もう許してー!」 
 
 
 夜のイベントで皆をからかって遊ぼうと思ったのに、あたし一人がからかわれる羽目になった。 
 
これも全部、あいつのせいだ。あの野郎のせいで、あたしの人生は何もかも変わってしまった。 
 
 
一緒にいるだけで楽しくて、幸せで――最高の友達。 
 
 
あたしの願いは全て、叶えられている。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<END>  
 
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