モモと時間どろぼう
梅雨の時期になると、一人だった頃をよく思い出す。
孤児院を出て一人旅、剣の修業と称して当てもなく一人で旅をしていたあの頃。
寒くなれば南へ、熱くなれば北へと歩くその姿は武者修行と言うよりも――
困難から逃げる難民でしかなかったのかもしれない。
「うお、今日もすげえ雨だな」
「おー」
梅雨の時期になると、一人だった頃をよく思い出す。
寒くなれば南へ、熱くなれば北へ逃げればよかったが、梅雨の時期は逃げ場がない。
日本中何処でも雨が降るのは稀であっても、雨が急に降ってくる事もあって、時間をかけて逃げられないのだ。
雨を斬る剣士はいても、梅雨を切れる剣士はいない。
「シュテルは読書か、いい趣味しているな」
「ほんー」
雨は嫌いだが、傘は好きだった。
幼稚だと思われるかもしれないが、傘は子供でも振り回せる武器だった。
そして何よりも、金が無い自分にとって傘は手に入れやすい道具だった。
別に盗んでいた訳じゃない。傘は道具であり、手に入れやすいので、何処にでも捨てられていた。
「知っているか、ナハトヴァール。
ディアーチェはあのチャリティーコンサート事件の後から音楽に目覚めて、こういう雨の日はよく聞いているんだ」
「るーるー♪」
何よりも、濡れるのが嫌いだった。
情緒ある旅人であれば天の恵みだと歓迎するかもしれないが、俺にとってはただの足止めだった。
雨宿りできる家がない以上、屋根のある所に隠れなければならない。しかし、意外と場所がない。
都会でなくても屋根のあるところなんて何処にでもある。
「ユーリなんて、梅雨の時期に咲く紫陽花を育てているんだぞ。
俺にはない感性だけど、俺の家族を喜ばせたくてやっているんだよな」
「すきー」
しかし、浮浪者を受け入れてくれる場所は少ない。
風呂にも満足に入っていない人間なんて、子供であっても汚らしいだけだ。
いっそ雨が洗い流してくれればいいのだが、あいにくと雨だってあまり清潔ではない。
濡れ鼠になった子供が町中を歩くだけで、敬遠される。
「おとーさん」
「おう」
「ねるー」
「そうだな、昼寝でもするか」
雨音を聞きながら、読書をしたり、音楽を聴いたり――
リラックスする時間を過ごす事が出来る、贅沢な時間。
梅雨があけるまで、俺は家族とのんびり過ごしている。
<終>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.