静けさはほほえみつつ
「マシュマロにワサビを仕込んでおくのはどうでしょう、主」
「仕込みが微妙に難しい割に、味はマイルドになりそうなので却下」
「人は、大切なモノを失うのを恐れます。剣士さんの写真を目の前で破れば効果的ではないかと」
「俺が自分の写真を引き裂くの!? 嫌う以前に頭は大丈夫か心配されるよ、妹さん!」
「忍さんの顔をホワイトチョコレートで落書きするのはどうですか、リョウスケ」
「お前の発想は御近所のガキの悪戯レベル」
「お得意のゲームでボコボコにしてやればいいじゃねえか、子分」
「剣で勝つよりも遥かに難しいっすよ、ヴィータのおやっさん」
「自分で言うのも心苦しいけど……居留守使ってみるのはどうや、良介」
「世の中には電話やメール、FAXや手紙、念話や衛星回線といった、あらゆる所在確認手段が存在するんだよ、はやて」
「こうなれば、捨て身の手段。乙女の禁じ手、女体盛りをアレンジして――」
「……自分にチョコを塗りたくるのも嫌だけど、あいつはお前と同じく親父属性があるから食われてしまう気がするぞ。シャマル」
「お前にその気がないから断ればいい」
「その道は何年も前に通過済みです、シグナムさん」
「親しい間柄の異性が居るのならば、その者との関係を告げればいい」
「例えば久遠とか――牙を立てるな、ザフィーラ!?」
「お前のことは彼女がアリサ殿の次によく理解しているだろう。誠心誠意心をこめれば、逆に拒絶するのではないか」
「この時代、この町の女共は既成事実に飛びつくんだよ。夜天の姉さん」
「――家族会議で真剣に考える議題なの、これ……?」
何故か八神家にあるホワイトボードに案を書き込んでいたアリサが、可愛らしいあくびをする。頭脳担当のくせにやる気も出さずに、この態度。主のピンチだというのに。
八神家の家族会議も恒例になってしまっているが、日を追う毎に家族が増えていき、今ではご覧の通りの大家族。女だらけで、男の肩身が狭い。
なのに会議で議題を上げるのが俺ばかりなのは、どういう事だろう……? うちの家族は幸せ者揃いか、それとも俺が特別不幸なのか。
どいつもこいつも一癖も二癖もあるくせに、平和を満喫しおって。
「ホワイトデーは明日だぞ。今晩中に結論を出さないでどうする」
「結論とかいらないし。忍さんに、バレンタインのお返しするだけじゃない」
「舐めてかかってはいけない。ここで上手く事を進めれば、奴との関係も悪化できるかもしれない」
「もはや希望的観測ね」
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、生欠伸。この野郎、人が真剣に人間関係について悩んでいるんだぞ。少しは、ご主人様のためにその優秀な頭脳を使え。
ホワイトデーはバレンタインに比べて世間ではあまり重要視されていないが、俺にとっては人間関係に関わる大切な日。この日の行動と選択は、後々非常に大切になる。
忍が先月贈ってくれたのは何と、チョコレートケーキ。桃子から教わったらしく、見事なデコレーションで飾られたチョコレートケーキであった。
いつもの変化球かとおもいきや、まさかの豪速球。手作りで頑張ってみたと、恥ずかしそうに言っていたあいつは悔しいが胸にぐっと来た。
で、チョコレートケーキのご相伴に預かった者達を集めて、忍へのお返しのプレゼントを考えている。なるべく――なるべく、嫌われる方向に。
アリサを除いて、こやつらはなかなか協力的だった。家族愛、と信じたい。面白がっているのではない、と信じたい。
「野暮なプレゼントではなく、主の誠意を見せましょう。暗がりに連れ込んで、押し倒すのです」
「お前は、俺を犯罪者にしたいのか」
「明るいところならば安全ですね、剣士さん」
「路上だと、即行で逮捕されるから!」
「自宅でしたら大丈夫ですよねー」
「この家、目撃者が多すぎる」
「女の子の家に押しかけるなんて流石や、良介!」
「ノエルがさくらに祝電入れそうだから嫌だ」
「ゲーセンしかないよな、子分」
「なるほど、男と女が寝技で格闘して――って、やかましい!」
「ラブホテルについては、このシャマルさんにお任せ!」
「主婦ネットワークから検索されたラブホとか、生々しいわ!?」
「女に恥をかかせるなよ、宮本」
「好かれる方が問題なんだよ、シグナム!」
「お前もついに、男となるのか……」
「何で泣いているの、オオカミさん!?」
「そ、その……すまない……私はこういうのは初めてで、知識しかないのだが……」
「そういうところはウブなのか、夜天の姉さんは!?」
「――どうせ、いつも通りでしょ」
何だかんだ言っても次の日、二人は会う。連絡もしていない、約束もしない、ただ当然のようにあって話すだけ。
特別なものも時間も必要とせず、適当に会って、喋って、朝から晩まで過ごす。飽きもせず、退屈もせず、お互いのことだけを考えて。
世間が賑わっている中、その日二人は静かに過ごす――
「ところで、侍君。今日は何の日か、ご存知でしょうか?」
「ホワイトデーだろう」
「もうトボケなくなってる!?
私は女で、侍君は男。ならばここで然るべき物を用意しておいたのなら、忍ちゃんの侍君への好感度は針を振り切れます」
「コンピューターの場合、壊れたら全部消えてしまうよな」
「侍君との愛の思い出は、バックアップ済み。大量保存しております」
「ええい、どこまでも迷惑な」
「ほらほら、もうすぐ日が変わるよ。このタイミングで出したら神」
「何が悲しくて、お前と朝から真夜中まで過ごさねばならんのだ」
「そんな事言って、終電過ぎるのを待っているくせに。忍ちゃんを帰さないつもりだな、このこの」
「歩いて帰れ、ボケ」
「ここから家まで一緒に歩いて帰ったら、ちょうど朝帰りになるよね」
「3月って寒いんだぞ、意外と」
「ならば心を温めるべく、ホワイトデーのプレゼントを」
「やかましい奴だ。今、出してやる」
「えっ!?」
「ふっ、お前もまだまだ甘いな。何も持っていないからといって、何も用意していないとは限らないのだ」
「……や、あの、えと……ほんとに?」
「うむ」
「やばい、くらっときた」
「そのまま脳卒中にでもなってくれればハッピーエンドなのに」
「ここで押し倒されても喜んで受け入れる自信あるよ、今の私」
「痴女も一応通報出来るんだぞ、おい」
「ホテル代は私が出すから」
「その条件でオッケー出す男が好きなのか、お前!?」
「はよはよ」
「はいはい、八神家の皆と相談して決めた一品だ」
「どうせ、どのプレゼントなら私に嫌われるのか相談したんでしょう」
「な、何故それを!?」
「盗聴器」
「交番に連れ込むぞ、てめえ!」
「先に言っておくけどね、侍君」
「なんだよ?」
「時間の無駄だったね」
「何でこんなムカつく女に好かれてるんだ、俺!?」
――誰のが採用されたのかは、忍と俺だけの秘密にしておく。
<終>
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